十七話 心配されていたので、社会復帰することにする
翌週から、陽太は誰に言われるでもなく授業に出席するようになった。
とはいえ、クラスメイトは遠巻きに見守るだけ。
陽太の張りつめた雰囲気に、一線を引いているようだ。
「どうしたんだ、授業に出るなんて」
「……出ちゃ悪いのかよ」
休み時間に話しかけたところ、不機嫌そうに返されてしまう。
確かに不躾な物言いだったかもしれない。
「すまない。気になってな」
「別に。大した理由じゃない。……お前も、いつもオレを呼びに行くの大変だろ」
どうやら俺のことを心配してらしい。
このあたり、やはり陽太の根幹は変わっていないと俺は思う。
「いや、手間というわけでもないが……それに、陽太と話すのは嫌いじゃない」
「そ、そっか。でも、母さんや星子の態度が変わって、ちょっと気が楽になったからな。
ここ数日の一件は驚くほど陽太に好影響を与えたと見える。
これなら、『暗黒の種子』を取り除ける日も近いか。
一抹の寂しさを感じないでもないが、間違いなく喜ばしい出来事である。
「無理はするなよ」
しかし油断は厳禁。
作戦とは、成功しかけ気が緩んだときが一番危ういのだ。
◆
とはいえ、陽太はあまり熱心に授業を聞いている風でもない。
教科書は広げているものの、ノートをとる様子もなく、窓から外を見ていたりする。
有体に言えば、授業態度はよろしくない。そのため、教師から叱責と共に問題を当てられることも多かった。
だがその度、陽太は澱みなく答えていく。
黒板に数式を書けといえばすらすらと書き連ねるし、暗記科目であれば朗々と詳細まで語って見せる。
恐らく、すでに自習を済ませた範囲なのだろう。
それだけの時間が有り余っていたということだ。
が、真面目なのはその間だけ。
答え終わればまた窓に視線を移してしまう。
「3xです」
たった今も、彼女はあっさりと答えると銀髪をかきあげ席に着いた。
そして物憂げに運動場を見つめている。
……偉く様になっている。
どこかやり込められたはずの数学教師も恍惚とした眼差しを向けているような――数学教師は女性なのだ。気のせいのはずだ。
◆
次の時間は体育だった。
俺たち男子はサッカーである。
当然のことながら陽太とは別々。
女子は短距離走だとか。
サッカー……確か手を使ってはいけない競技のはず。足でゴールへとボールを運ぶ。
それ以外はよくわからない。
「なぁ、晴翔ぉ」
「なんだ、萩野」
授業中、唐突に萩野から話しかけられた。
今のこいつは敵チームである。
だというのに、堂々と俺に近寄ってくる。
利敵行為ではないだろうか。
そう伝えると
「いやいやー、サッカー部の連中がガチガチにやってるだけで、俺たち関係ねーって」
だそうだ。
まあ、実際俺もいまいちルールを理解できていないので積極的に参加はしていない。
ボールが来れば近くの仲間に返球する程度。
ドリブルは三歩までだった気がするし。
「眼福だよなあ……」
一応俺はボールが来ないか警戒しているというのに、萩野はグラウンドの端の方に注意がいっている。
「お前は何を見てるんだ?」
「はぁ? 女子の授業に決まってんだろーが! お前には体操服の良さがわからねーのか!」
何故か逆切れ。
チームに貢献していない同士とはいえ、俺がこいつに叱責されるのは意味が分からん。
「ああ、うん。わからん」
体操服とは単なる動きやすさを重視したものではないのか?
妙に興奮している隣の男に、引き気味になりながら適当な相槌で誤魔化す。
しかし、萩野は俺の反応など知ったこっちゃないとばかりに語り始める。
教師に咎められればいいのに。
太ももがどうとか、背徳感がどうとか。
聞き流していたのだが、途中から毛色が変わってきた。
「いやー、体操服とか抜きにしても、このクラスの女子はレベル高いわけよ。わかる?」
「そうなのか?」
別に興味があるわけではないが、萩野の台詞につい反応してしまう。
俺の知っている女子高生とは、このクラスという狭い範囲しかない。
「水島さんは、正統派の眼鏡美人って感じだし。南ちゃんは背の高さの割にデカいしなぁ」
が、熱が入ってしまって俺の返事など気にしていない。
最早自分が語りたいから語る。そんな状況である。
それにしても、よく陽太はこれと親友をやっていたな。
到底、話題が合うとは思えない。
「ルナさんは肌と白い体操服の色合いがエロいしなあ」
「む……」
突如、萩野に対し、無性に腹立たしい気分になった。
多分、授業を真面目に受けていないからだ。
夢中で語る彼の背後に忍び寄ると、俺はひざ裏を蹴飛ばした。
「うぉっ!」
力が抜けたこいつは崩れ落ちる。
……教師は見ていない。
気づかなければ反則ではないのだ。
そもそもボールが来てすらいないが――。
と思ったら来た。
そのまま寝転んでる萩野の顔面へヒット。
「萩野ぉー! 何サボってんだァ!」
結局ボールは場外へ。
同じチームのクラスメイトからの罵声が飛ぶ。
「お、覚えてろよ、てめえ」
俺は萩野を無視してボールを取りに向かった。
◆
昼食の時間である。
腹の虫が空腹を訴えてきて、俺はいつものように売店へ行こうと席を立つ。
この学校、食堂はない代わりに売店がある。
あまり品揃えはよろしくないと学生からは不満の声が上がっているようだが、俺としては十分だ。
味が三種類あればローテーションでなんとかなる。
頼めばお湯ももらえるし。
「晴翔」
「ん?」
呼び止めたのは陽太だった。
「お前、また売店か?」
「ああ」
「……ち、ちょっと来い」
陽太の頼みなので聞いてやりたいが、今はあまり嬉しくない。
不評の割に売店は混みがちなのだ。
出遅れれば、時間をかけて並ばねばならない。昼休み、特に予定があるわけではないが、どうせなのだから手間は省きたいが人情というもの。
「今日は売店いかなくてもいい! いや、お前さえよければなんだけど……」
「どういうことだ?」
意図が理解できないが、昼食抜きで過ごせというのか。
まあ、そのぐらいならなんとかなるが……。
「べ、弁当作って来たから。ほら、お前栄養とか考えずに食べるだろ? だからさ!」
陽太はしどろもどろ。
普段彼女が食べているものより、一回りほど大きい弁当箱が手渡された。
色は鈍い黒。
……栄養バランスなど考慮していない俺にとっては、実際ありがたい申し出である。
「いいのか?」
「お、おう。そのために持ってきたんだから。あ、教室で食べるなよ!? ……そうだな、屋上に行こう」
◆
「旨いな」
青空の下、俺はから揚げを一口かじると呟いた。
弁当のため冷えてはいるが、決してべたべたはしていない。むしろ、サクサクとした食感は保たれている。
熟練したものを感じ、素直に感服。
「そ、そっか」
だが、陽太はあまり嬉しそうではない。
自身の食事に手を付けることなく、俺の食べるさまを見守り続けている。
何か、癇に障ることをしてしまっただろうか?
「卵焼きも食べてくれよ」
俺が疑問を伝えるより早く、陽太は弁当の端にある黄色い塊を指差してくる。
陽太の勧めるそれは、
中から黒いもの――海苔だろうか――がはみ出ている。
だが、味に問題はない。
「うむ。よくできてる」
「ホントか!? じゃあ、次はおにぎり食え。おにぎり」
彼女は、パッと輝くような笑顔と共に包みを俺へと手渡した。
かなりデカい。
軽く野球用のボールより二回りほど大きいサイズ。
「これは、すごいな」
「……作ってたら、どんどん形が崩れてさ。それを補修してたらこんな大きさに」
恥ずかしそうにもじもじする陽太。
俺としては食べごたえがあるのは望ましい。
下手に言葉にするより伝わるだろうと、無言でがぶりと食らいつく。
「味はいいと思うぞ? 具も多いし、陽太らしくて悪くない」
「そっか。そういってくれると、嬉しい」
陽太の持ってきた弁当は中々食いでがあるものだった。
すぐに動く気にはなれず、しばしの間雑談に興じてから教室に戻ることとなる。
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