十六話 図星を突かれていたので、決意を固めることにする

「星子!」


 星子が帰宅して自室に戻ってきた。

 オレは部屋を出て、あいつの部屋に入るとすぐさま詰め寄る。


「ル、ルナお姉ちゃん……その様子だと、駄目だったみたいだね」

「お前が変なこと言うから意識したんだろーが!」


 そのままこめかみをぐりぐり。


「ご、ごめんなさーい!」


 もちろん本気でやってるわけじゃない。力を加減しての軽いお仕置き。

 星子も、それがわかっているのか目を細めている。


 覚悟とか責任とか――余計なことを言いやがって。

 晴翔はオレのことを元に戻そうとしてる。


 ……恋愛対象として見てるわけがないじゃないか。


「じゃあ、晴翔さんはお姉ちゃんのことが好きじゃないのかあ」


 一度解放してやれば、聞き捨てならない言葉が聞こえた。


 ――違う。


 そう声に出して否定したかったけど、間違いなくそれは自惚れ。

 星子の言う「好き・・」と、晴翔がオレに対して感じているだろう「好き・・」は多分違う。

 前者は友情とは異質で、それよりも一歩進んだ、何か。


「お姉ちゃん、ファイト!」


 無責任に応援してくる星子に、苛立ちを感じてしまう。

 何を頑張れっていうんだよ。


「あれ、お姉ちゃんは晴翔さん好きじゃないの?」


 言葉に出してしまっいたらしい。

 星子は若干の興味を隠そうともせずに、疑問を投げかける。


「……好きだよ。でも、友達としてな」


 それだけ付け加えて、ぷいと顔を背けた。

 なんか、癪だ。


「ホントに?」

「ああ! 文句あるのかよ!」


 なんなんだよ、星子のやつ。

 今日は妙に絡んでくる。


「じゃあ、あたしが晴翔さんに告白してもいい?」


 ――一瞬、思考が停止した。





「だ、駄目だ!」


 フリーズから立ち直ると、オレは星子の肩を掴み、ぶんぶんと揺さぶる。


「ちょ、肩痛いよお姉ちゃん、冗談。冗談だから」

「……ならいいけど」


 思ったよりも力が入ってしまっていたらしい。

 でも、素直に謝ることが出来ない。


 ふんと鼻を鳴らして放すと、途端に星子はにやり。


「ねえねえ、お姉ちゃん。今焦った?」

「はぁ? 焦るに決まってるだろ。晴翔は駄目だ。あいつは生活能力ないからな。お前が不幸になる」


 だって、ボロ屋住まいだし。

 平然と三食インタント食品で済ますし。

 一般常識も欠けている。


 だから、駄目。

 あいつと一緒で幸せになれるのなんて、かなりのモノ好きだけに違いない。

 間違いなく星子は違う。


 そう考えて全力でオレが睨み付けてるのに、星子は笑みを崩さない。

 それどころか


「本当かなぁ~。じゃあ、他の女の子だったら?」


 にやつきながら別パターンを提示してくる。


「……」


 オレじゃない誰かと一緒にいる晴翔。


 ……その誰かで思いついたのは、ある一人の女の子だった。


 思わず歯噛みする。歯と歯が削り合う音が、口内から漏れた。


「お姉ちゃん、すごい怖い顔してるよ……それでも誤魔化すの?」


 ――胸の奥底から溢れ出るドロドロとした感情が表に出ていたようで、星子は、怯えを含んだ瞳でどこか心配そうに声をかけてくる。


「陽兄ちゃんって、割と奥手だもんねえ……。去年のクリスマスだって……って、また陽兄ちゃんって呼んじゃった。ごめん、お姉ちゃん」

「いや、いいよ……」


 星子の言葉にふっと気が緩む。

 そうして、とりあえず距離を置こうとあいつのベッドに腰掛けた。

 星子は自然な流れと言わんばかりに、オレの横に座る。

 ……オレが男だったころにはあり得ない距離感。


 あの日以来、星子もたまにオレのことを昔みたいに言うようになった。

 それに伴い、この姿になる前のオレとのやりとりをふと口にする。


 母さんたちも、記憶が混在しているみたいで、星子と似たことをするときがある。

 もしそれが晴翔の行動のおかげだとしたら……正直嬉しいし、否定するつもりはない。

 一度味わってしまえば、昔みたいには戻れないのも事実。


 だって、今までの半年間はどうしようもなく孤独だった。

 陽太(・・)が本当にいたのかも疑わしい。多分、晴翔がいなければオレは早々に諦めて、完全に心が壊れてしまっていたかもしれない。


 それをなんとかしてくれたんだから感謝してもしきれない。


 だけど、行きつく先はオレがかつての姿に戻ること。

 そのために晴翔は頑張ってくれてるんだ。喜ぶべきはずなのに、何故かもやもやを感じていた。


 ……半年間で、女の子としての生活が板についてきたのも事実。

 以前、晴翔と一緒に食事をとったときも、選んだ服は自分によく似合うワンピースだった。

 まるでそれが当然と言わんばかりの選択。


 半年もかけて、ようやく女の子になってしまったことを受け入れられたっていうのに。


 ――今更戻してどうなるんだ?


 元に戻るだけ……なんて言えば簡単かもしれない。

 でもそれは、ようやく癒えてきた傷口を抉りだすのと同じ。


 人間の意識はコインの表裏みたいに簡単に入れ替えられるわけじゃない。

 むしろ、それを土台にして人格というものを積み重ねていく。

 晴翔のやろうとしていることは、元に戻すという名のちゃぶ台返し。

 つまり、オレが半年間積み上げてきたものすべてをひっくり返してゼロにするってことじゃないだろうか。


 それじゃ、結局また性別が変わる苦痛を味わうだけじゃないのか?


 そんな思いがあるのかもしれない……と、オレは別の理由からまるで目を背けるように考える。


「……お姉ちゃん、晴翔さんに何か言われたの?」


 星子がオレの顔を覗き込む。

 自然と浮かない顔になってしまったのが悪かったようだ。


「いや、まあ……女の子としては見てないみたいなことかな」


 流石に事情を全て話すわけにはいかないので、大まかに要約する。

 しかし、これは星子に多大な衝撃を与えたらしい。


「……晴翔さん、酷い」


 晴翔への印象が非難めいたものとなってしまった。


「ち、違う。あいつが悪いんじゃないんだ。オレが親友だっていったから」


 なので慌ててフォロー。


 あいつは約束通り、オレのことをかつての陽太として見ていてくれるだけなんだ。

 オレのことを想っての、行動。


 だけどそれがオレの胸をずきずきと痛ませる。


 必死だったのが良かったのか、星子はいいように解釈したらしく、頬を綻ばせる。

 わかってくれたのかとオレは一安心。だけど――。


「そっか。お姉ちゃんは晴翔さんに女の子として見てもらいたいんだね」


 う。

 不覚にも、星子の言葉は図星をついていた。

 思わず俯いて、頬が熱を持つのを隠そうとする。


「……可愛い!」


 しかし星子の前では逆効果。

 強引に抱きしめられてしまった。その勢いで、ベッドに倒れ込む。


 のしかかるような姿勢。

 ……こいつの方が背が低いくせに。


「よし、なら晴翔さんに気づいてもらえるよう頑張ろう!」

「ちょ、ちょっと待て。余計なことしなくていいから!」


 人の上で盛り上がりだす星子に危険なものを感じ、オレは静止する――のだが、完全に火がついてしまったらしい。


「だって、お姉ちゃん晴翔さんを誰かに取られるの嫌なんでしょ? だとしたら行動しなきゃ」


 こうなった星子は強い。

 またも図星をついてくるのだから。


「手遅れになってからじゃ遅いんだよ?」


 半ばトドメだった。

 確かに、それは嫌だ。

 さっきの想像がフラッシュバック。


「でも……」


 煮え切らないのには理由がある。

 だけど、きっと星子にはわかってもらえないだろう。


「大丈夫だよ、お姉ちゃんは素敵な女の子なんだから」


 星子の言葉は気休めかもしれない。

 それでも、確かにオレにほんの少しの勇気を与えてくれた。


 ……いいことを思いついた。

 晴翔に、オレがちゃんと女の子として生きていけるんだって見せつけてやる。

 そうすれば、あいつも心配して男に戻そうなんて言い出さなくなるはず。

 それどころか、「今のままでいてくれ」なんて頼み込んでくるかもしれない。


 ――そして、その日からオレも少しだけ頑張ってみることにした。

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