十三話 意識していたので、ブレイクスルー

「――すまん、もう無理だ」


 五周目に突入しようかと思ったあたりで、晴翔からのギブアップ宣言が出た。


「あはは、だから無理すんなって言ったじゃん!」


 あいつはふらふらと、近くにあった建物の壁に寄り掛かる。

 普通なら心配するところだけど、何度断っても一緒に乗るって聞かなかったんだから自業自得だと思う。


「鍛え方が足りなかったらしい」

「なんの鍛え方だよ、それ」


 あまりに突拍子のない言葉が出てきたので、つい突っ込んでしまった。

 っていうか、ジェットコースターに大袈裟だろ。


 ……でも、ちょっと色々あって今朝は気まずかったから、晴翔が馬鹿なことをしてくれてよかった。

 いい意味で天然気味っていうか。状況次第ではありがたい。


「次、行きたいところあるか?」

「ん? 晴翔、大丈夫なのか?」

「流石にジェットコースターは簡便してほしいが、それ以外ならなんとかな」


 言葉の割に晴翔は辛そうだ。

 ……そうだな、落ち着いたところ。流石にここから乗り物系は無理だろうし。

 どうせなら昔行って怖かったところにリベンジしてみたい。


 となると思いつくのは一つ。


「お化け屋敷! これならどう?」

「ふむ……」


 晴翔は腕組みで考え込む素振りをして


「よし、行ってみるか」


 と了承した。





「……どうなんだ、これ」


 オレが呆れたように呟くと晴翔は苦笑い。

 一言でいえば、全然怖くない。


 お化け屋敷は、ゾンビが飛び出してきたと思いきや、次の部屋で女の幽霊が待ち構えるというごった煮だった。

 悪い意味で和洋折衷。

 これだけ統一感がないと雰囲気も損なわれていて、興覚めにもほどがある。


 それに、スタッフもやる気に欠けている。

 脅かそうっていう気合じゃなくて、何とも言えない敵意みたいなのを向けてきていた。


 道理で園内で一番空いてるわけだよ。

 一度来たらもう二度と近寄りたくない逸品だ。


 ……まあ、オレは二回目なんだけど。


「オレ、こんなの怖がってたのか……」


 なんだかすごく恥ずかしくなってきた。

 父さんと母さんは、怖がって途中で泣き出したって言ってたのに……。


 完全な子供だまし。

 いや、そのときオレは子供だったんだからおかしくはないんだろうけど、事前に晴翔に


「あのお化け屋敷すごく怖かったんだぜ?」


 なんて伝えてしまっただけに割り切れないものがある。


「俺は少し興味深いが」


 気分が回復したらしい晴翔のフォローも虚しいだけ。

 ――いやフォローなのか、これ?


「ゾンビとか幽霊とか、珍しくないだろ? いや、現実にはいないけど、創作でよく見かけるじゃん」

「俺はあまりそういうのに詳しくないからな」

「テレビで映画とかやってるのに? オレたちが子供のころからたまに放送してるだろ?」

「……いや、一度も見たことがない」


 う。

 これはもしかして地雷を踏んだのか?

 晴翔の家庭環境は謎だけど、あんまりよろしくない話題だったんじゃ。

 そういえば、晴翔の家にテレビはなかった記憶がある。


 やっぱり、赤貧な環境だったんだろうか。

 それとも厳しく躾けられてたからテレビなんて縁がなかったとか?


「わ、悪い」


 妄想が加速してしまい、ついつい謝罪の言葉が飛び出す。


「……? 謝る理由がわからん。新鮮で楽しいぞ」


 どうやら気にしてないみたいだ。

 ――良かった。


「新鮮か……。確かに、怖いって意味じゃ魔獣の方がよっぽど怖かったよ」


 なんとなく思い出すと、『|旅団(レギオン)』の使役する魔獣の中には、ケルベロスやドラゴン型のものもいた。

 どれも強敵だったと、なんだか懐かしい。


 ……オレの中で、ルーナとして戦った記憶はもはや過去のものとなりつつあるようだった。


「腹、減ったな」


 「うらめしや~」なんて脅かそうとする幽霊をスルーしながら呟く。

 考え事をしていたら、お腹がきゅるきゅると鳴きだしたのだ。


「そうだな。ここを出たら食事にするか」


 晴翔が同意と共に頷いた。

 ならこんなとこに長居はしたくない。

 そう思い、オレたちは一気に駆け抜ける。





 話し合いの結果、食事は園内のレストランで取ることになった。

 遊園地ということで様々な客層を意識してか、和洋中なんでもござれ。

 とりあえず人気のあるメニューは放り込んでみました――って感じがする。


 大抵、そういうのは残念な味になりがちなんだけど、ここは大丈夫だと思う。

 何故なら、凄く昔に家族といったとき、ここで食事を取った記憶があるから。 

 だから味に関しては保証できる。

 勿論、料理人や経営体制が変わってない限りだけど……。


「お子様ランチ……でも頼むか?」

「はぁ? お前、人を何歳だと思ってるんだよ。高二だぞ、高二」


 まさか、嫌味か?

 確かにオレは少し背が低いけど……流石に小学生に間違われるレベルじゃない。


「頼み込めば作ってもらえるが、どうだ?」


 大マジだったらしい。


「アホ。オレは、ハンバーグランチでいい。馬鹿なこと言ってないでお前も決めろよ」

「そうか。なら俺は焼きそばで」


 そう返せば、晴翔はあっさりと引き下がる。

 にしてもこいつ、麺類好きだな。

 三食オール麺類とかザラな気がする。炭水化物の取りすぎでいつか倒れたりしないだろうな。

 ちょっと心配に思うときがある。


 呼び出しボタンを押せばすぐにウェイトレスがやってきて、注文を受け付けてくれた。





「……今さらだけど、なんで遊園地なんだ?」


 食事が来るまでの雑談タイム。

 本当に今さらだけど、気になっていたのは事実なので切り出した。


 いきなり


「土曜日空いているか?」


 と連絡が送りつけられてきたのだ。

 今のオレは休日に予定がある方が珍しいのですぐにOKと返した。

 ついでに


「何処に行くのか教えろ」


 と付け加えて。

 前回のようなことは勘弁。

 それでも中々白状せず、かなりきつめに問いただすことで、ようやく目的地を教えてくれた。

 

「サプライズの方がいいと星子から聞いたからな」


 理由を聞けばこれである。

 だからあいつの言うことを真に受けるなって。


「実は、おばさんの勧めだ」

「母さんの?」

「ああ。陽太が喜ぶと聞いた」


 ふぅん……。

 なんて軽く流そうと考えたのに、昔幼いころ母さんが話してくれたことを思い出してしまった。


 母さんと父さんのなれ初めの地だって……。


 そしてフラッシュバックするのは、先日の星子の言葉。

 あのあとも星子は散々オレを弄ってきた。

 だから


「オレと晴翔はそういう関係じゃない!」


 ってお決まりのセリフで言い返したけど……。


「でも晴翔さんは男の人で、お姉ちゃん女の子なんだよ? 晴翔さんもずっと一緒にいるんだから好きになっても仕方ないよ」


 なんて逆に言われてしまった。

 むぅ……。

 いいんだろうか、期待して。


 まあ、こいつがオレでもいいって言うなら……。

 少しの希望を含め、晴翔の顔を見て――何とも気恥ずかしい。

 すぐに視線を逸らす。幸い、晴翔はオレが見てることに気づかなかったらしい。


 結局、頼んだハンバーグは味がしなかった。

 いや、正確には味わっていられる心持じゃなかった。

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