外伝 歳を感じていたので、茶々を入れることにする

 端末を使い大まかな下調べは終わった。

 相変わらず立てつけの悪い自室で寛ぎつつ、窓を見ればとうの昔に日が暮れていた。飛高家を後にしたのは随分前のことである。


 シラサギパークは小規模な遊園地ではあるものの、地道な営業の成果で土日はそれなりに繁盛しているらしい。

 事前に陽太の好きな乗り物に目星をつけておくべきだと考えたのだ。

 そうして、チェックリストが完成した。


 一休みとして、最早定例事項となった陽太の浸食率確認を行う。

 現在43%。


 ……何故か大幅減している。

 考えられるのは家族との関わりか?

 星子との出先で何かがあったのだろうか。

 兎も角、前に進んでいるのは間違いないらしい。


 浸食率を集計ファイルに記し終わってもまだ時間がある。


 そういえば、定期報告がどうとか言っていたはず。

 玲緒奈にも伝えておくか。


 俺は端末を取り出すと、玲緒奈への通話を選択する。





「珍しいじゃない、あんたからなんて」


 あたしは開口一番そう言った。


 あたしの努めてる出版社は締め切り間際で絶賛デスマーチ中。

 ようやく休憩に入ったところで、相手によっては文句を言って切ってやろうと思っていた。

 

 でも、送信者名は予想外の人物。

 アムルタート――晴翔だ。

 物珍しさによる興味も手伝い通話しているわけ。


「定期報告を入れろと言ったのはお前だろう。レオーニャ」

「馬鹿。本名で呼ぶなっていつも言ってるのはあんたでしょ。……まさか、意趣返しのつもり?」


 今のオフィスにはあたし以外出払っているとはいえ、どこに耳があるのかわからないのだ。

 認識改変の力があるとはいえ、あたしたちのものは聖獣ほど強くない。

 ある程度の確信を持っていれば正体は見破られる。もしそうなれば世界中から追い立てられるに違いない。


 『旅団(レギオン)』関連の調査を行っている記者の正体が、当の組織の幹部だったなんて笑えない冗談。

 実は、この会社に入社出来たのも知識を買われてなのだ。


 組織の壊滅後、フリーライターの振りをしながら情報をちら見せさせていたら、上手いことスカウトが来たってだけだけど。


「……浮かれているのかもしれん」


 嫌味で返したつもりなのに、晴翔の返事は意外なものだった。

 つまりは――。


「成功した、みたいね」

「ああ。今週、第二段階に移行する」


 律儀に彼はあたしに説明してくれた。

 遊園地デートとか若いわね。


 ――あたしもまだ歳ではないけど。


 だけど、ガラスを見れば、随分くたびれた顔の女性が映っていた。

 バリバリのキャリアウーマンってのも面白そうかと思ってたけど、化粧で誤魔化すにも限界がある疲労の色。

 これが自分だとは思いたくない。正直、この世界のハードワークっぷりは、悪の組織を上回る。

 ぶっちゃけ趣味みたいなもんだし、仕事やめよっかな……。


 『旅団(レギオン)』の技術を切り売りすれば、一生遊んで暮らせるだけの金が手に入る。

 それだけ向こうの世界は技術的に発展してる――いや、していた。

 実際、晴翔はそうして食いつないでるみたいだし。

 勿論、この世界に大した影響を及ぼさない範囲に留めているらしいけど。


 しかし、晴翔の話を聞いているうち、沸々と疑問が湧いてきた。


「にしてもあんたさ」

「……?」

「ルーナを陽太って子に戻したいの? それとも、オトしたいの?」


 なんか、青春真っ盛りの子供に茶々入れるようであれだけど、これは重要なことだ。

 食事に誘って遊園地って、この子、恋人でも作りたいの?

 それも思い出の場所めぐりって。


 一応、男と女でしょうに。


「陽太に戻したいに決まってるだろう。何を言っているんだ、今さら」

「……はぁ」


 あたしはため息。


 晴翔は、生まれのせいで感情の機微に疎い。

 一応、ルーナと一緒に一年以上いたおかげで、少しはマシになったみたいだけど……。

 男女のそれに関しては、この世界の小学生以下なんじゃないかしら。


 でも、無理もない。


 晴翔――アムルタートはある人物のクローンだ。

 本来なら単なるスペアパーツのはずが、偶然自我を持ち、個人として目覚めた。そこからめきめきと頭角を現し、幹部へと上り詰めたのだ。


 だから彼は親の顔なんて知らない。家族なんて概念も持たない。

 元からいないんだから。


 だけど、その分――常識がないのが玉にきずだけど――優秀。

 少なくともあたしとこいつが戦えば、十戦やって十回あたしが負けるほど。金剛との二人がかりで何とか渡り合えるレベルか。


 じゃなきゃ、白銀の魔法少女シルバー・ウィッチへの潜入工作員になんて選ばれない。


「っていうか、あんた、あっちの世界に戻るって言ってなかったっけ?」

「……ああ。陽太を元に戻したら、な」


 ご苦労なことだ。

 向こうの世界にはもう何もない。

 進みすぎた科学力による自滅を起こし、星自体の生命力が枯れてしまった。

 恐らく、今となっては砂漠が広がっているだけ。


 それが理由でごく一部の生存者が『旅団(レギオン)』として、星を蘇らせるエネルギー探しに旅立ったのだ。

 じゃなきゃ、次元間侵略なんてハイリスクなことするわけがない。


 でも、それもサヴァロスのでまかせだった。

 あいつは星を甦らせるといいつつ、単に多次元を支配する力――『暗黒の種子』を求めていただけ。

 そして企みに気付いたあたしたちは奴から離反し、ルーナと協力することで討った。


「あんたさ。凄い残酷なことしようとしてるってわかってる?」

「――だから、陽太を元に戻してからなんだ」


 思わずため息をつく。


 晴翔の中では、陽太って子を男に戻したら家族とのぎくしゃくも解消。

 疎遠になった友人とも仲直り。

 元々好きだった女の子と結ばれてハッピーエンド。


 そんな予定らしい。

 そうすれば、あの子はもう自分を必要としない……なんて思惑。


 あたしはルーナ――陽太に詳しくない。


 でも、家族に関してはそれでよくても、友人に関しては無茶だろうってことはわかる。

 だって無理でしょ。

 一度絆が途切れたのに、それを無視して仲良しこよしなんて。

 なんか調査員の報告だと、同級生の女の子に敵意むき出しみたいだし。


 自力で思い出すならまだしも、絶対にわだかまりが生まれるに決まってる。

 よしんばなんとかなっても、修復には時間がかかるはず。

 それまで支える相手が必要になるに違いない。


 別れるつもりのくせに、相手の支えになっちゃうなんて、どう落とし前をつけるんだか。

 その上、男に戻す気とか。


 ……言わないけどね。


 若いんだから、散々悩んで答えを出せばいい。

 まあ、結果次第じゃ尻拭いを手伝ってやらなくもないけど。


「――聞いているか?」


 ……いけないいけない。

 考え事に集中してた。


「一応ね」

「じゃあ、切るぞ」

「あ、あんた。部下に無茶振りするの止めなさいよ。あの子たちにも生活があるんだから」

「……わかってる」


 短く答え、晴翔は通話を終えた。


 ……元幹部だからか相談事――特に女性の元・構成員から――を受けることが多いのだけど、ドン引きするレベルだった。

 『アムルタート様が見知らぬ女と!』って……アイドルのおっかけか、あの子たちは。

 まあ、若くして出世頭だったんだから仕方がないのかもしれないけど。


 でもいつの間にか『ああいうアムルタート様もアリですね!』とか言い出し始めた。

 『っていうか、甲斐性なさそうだし、眺めている分にはいいけど恋人にはしたくありません』なんてばっさりだ。

 あたしはついていけない。 


 はぁ。

 なんか、話しているとどっと疲れた。

 休憩しに来たはずなのに。若さに当てられたんだろうか。


 もう仕事に戻ろうっと。

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