十話 彼女は姉のことを考えていたので、着せ替え人形にすることにする

 オレは強引にデパートまで連れて来られていた。

 星子のせいだ。


 あいつときたら、家に帰ったらいきなり


「買い物に付き合って!」


 なんて言い出して、オレを引っ張っていった。

 確かにオレは学校終わったら暇でしょうがないけど。

 晴翔の家で時間を潰そうと思ったら、今日やつは用事があるらしいし。


 ……別に、星子のことは嫌いじゃない。

 変わらずオレを慕っていてくれるのは事実だから。


「ルナお姉ちゃん、次どこにいこっか」


 でも、この呼び方だけはどうにかして欲しい。

 オレはお姉ちゃんじゃないし、ルナでもない。陽太なのだ。


 親しげに呼ばれても、星子の好意がオレに向いていないのがわかるだけ。


「星子の好きなところに行けよ」


 自然とつっけんどっけんな返事になる。

 が、星子がそれを気にした様子はなかった。


 このあたり、星子は根性がある。

 見切りをつけられてもおかしくないことをしているのに。


「じゃあ、お姉ちゃんの服選ぶのとかどう?」

「はぁ? 勘弁してくれ……」


 何を言ってるんだ、こいつは。

 なんでオレがわざわざ新しい服を買わなきゃならないんだ。

 今ある分だけで十分だってのに。


「駄目だよ、お姉ちゃん。ちゃんと服選ばないと。晴翔さんに嫌われるよ?」

「む……」


 言葉に詰まる。

 晴翔がオレに愛想を尽かすのを想像して、ずきりと胸が痛む。


 ……いやいや、晴翔は気にしないだろ。

 そういうの。

 だって、友達だから。


 あいつは、オレのことを女の子としては見てないと思う。

 別に怒ることじゃないのに、自分で考えて何故か自分でむかつく。


「こないだだって、ジャージで出かけちゃうんだから。結局、向こうで着替えたって聞いたよ?」

「だ、誰にだよ!?」

「晴翔さんに決まってるじゃん」


 無理に聞き出したところ、星子は定期的に晴翔と連絡を取り合っているらしい。

 なんで、オレを無視してそんなことを?


 むっとしたものがこみ上げてきて、黙り込んだ。


「もしかして、お姉ちゃん妬いてる? 大丈夫だよ、晴翔さんはお姉ちゃんしか見てないから」

「違う! っていうか、お前あいつに余計なこと教えるな」

「余計なことって……レストランのこと?」


 そっちじゃない。

 以前の昼食に関しては――嬉しかった。

 料理も美味しかったし。


「貸切とか花束とか、そっちの馬鹿なことだよ。晴翔は変なところで世間知らずなんだからな」


 あいつはオレが白銀の魔法少女シルバー・ウィッチとして活動していたころから、変な行動を取ってたからな。

 魔獣が出てるのに避難誘導に従わなかったり。

 オレに併せて平然と授業を抜け出したり――それは今のオレも文句は言えないか。


 生活費に余裕がないからって、高校一年生の校外学習にも参加しなかった記憶があるな。

 あの後、『旅団レギオン』の襲撃があったから来なくて正解だったと思うけど。


 なんて考えていると、星子が言った。


「今度は大丈夫だと思うよ。アドバイザーが経験豊富だから」

「……今度? 今度ってなんだ?」


 何やら聞き捨てならないことを呟いたような。


「なんでもないよ~。とにかく、いつ晴翔さんからお誘いがあってもいいよう、新しい服を買わなくちゃ!」

「むぅ……」


 確かに、またジャージなんかで出かけたらあいつに恥をかかせてしまうかもしれない。

 晴翔は、オレのことを唯一陽太として見てくれる人。

 だから迷惑をかけないようにするのは……何もおかしくないよな?





 そんなことを考えたのをオレは数分で後悔した。


「ルナお姉ちゃん! これも似合いそうだよ!」


 恐ろしいペースで星子が試着室に洋服を供給するからだ。

 オレが着替えている間に、いくつか見繕っては手渡してくる。


 今オレたちがいるのは、デパート内にあるこじゃれたお店。

 学生でもギリギリ手を出せる値段がウリの人気店だとか。それを裏付けるように、店内には学生服の女の子たちがちらほらと。


 星子は、オレが試着室の鏡の前で思わずポーズをとってしまったのに気をよくしたらしい。


 さっき薄手のブラウスを試着したばかりなのに、また似たようなものを持ってきた。

 濃淡の差はあれど、ピンクのものばかり。

 ……流石に疲れた。

 休憩させてほしいとブラウスのまま試着室を出る。


「いい加減にしてくれ、星子。そもそも小遣いはあんまりないんだから、こんなに買えない」

「そこは大丈夫! お母さんにおねだりしておいたから」

「なんでお前がオレのために母さんに頼み込んでるんだよ」


 思わず突っ込みを入れてしまう。

 つい先日、星子は自分の新しい帽子が欲しいってねだってたはずなのに。


「それに、なんでこんなにピンク色の服ばっかり選ぶんだ?」

「え? だってお姉ちゃん、ピンク好きでしょ?」

「……え」

「だから部屋の壁紙もピンク一色だし」

「……違う」


 ――倦怠感の中に少しだけ混ざっていた、浮ついた気持ちが霧散するのをオレは感じていた。


 オレが好きなのは青だ。

 ピンクなんて女の子みたいな色、好きじゃない。


 星子の言ってるのは、多分ルナのこと。

 オレじゃない、別の誰か。


 胸の内に昏いものが湧き出てくるのが止められない。

 自然と奥歯を強く噛みしめる。


「……帰るぞ」

「ど、どうしたの。お姉ちゃん……」

「別に。疲れただけ」


 オレの声は、自分でもぞっとするほど冷たかった。

 星子がびくりと体を震わせる。


 ……妹を傷つけたいわけじゃないのに。


「ごめん、ルナお姉ちゃん。あたし、悪いことした?」

「何もしてない。だから、黙っててくれ」


 さっきまでは我慢できたけど、ルナって呼ばれるたび、不快感が全身に走る。

 オレは苛立ちのまま、乱暴に試着室のカーテンを閉めると、急いで着替えることにした。


「うん……」


 しょぼくれた声。

 なんで、オレはお兄ちゃん・・・・・のままでいられないんだろうな。

 感じたのは自己嫌悪。


 星子が理解できなくて当たり前なんだ。

 何も悪くない。一方的に傷つけているのはオレ。

 だけど、あいつはそれでもオレのことを想っていてくれてる。


 それに応えられない、どうしようもなく醜い自分に反吐が出そうだ。


 無言のままオレが元々の服に着替え終え、何も買わずに店を出ようとしたときのことだった。


「……行くぞ」

「ごめんね、陽兄ちゃん・・・・・

「え……?」


 今度は、もやもやした気持ちが消え去る番だった。

 まるで嘘のように一瞬にして浄化される。


 ――幻聴だろうか。

 振り返り、星子の顔をうかがうと、あいつは申し訳なさそうに誤魔化し笑いを浮かべていた。


「あ、あれ? ごめん、ルナお姉ちゃんのこと、変な名前で呼んじゃった。晴翔さんが移っちゃったのかな。それにしても兄ちゃんはないよね、あはは」


 ――今、なんて?


 そう問いかけたいのに、不思議と言葉が口から出なかった。

 頭が真っ白になってしまって、ただ棒立ち。


「……お姉ちゃん!? どうしたの!?」


 駆け寄ってくる星子。

 オレには、理由がわからなくてきょとんと見つめることしかできない。


「だってお姉ちゃん、泣いてるよ!?」


 オレの頬を、何か温かいものが伝っていると気づいたのは、星子にそのことを指摘されてからのことだった。

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