九話 次なる作戦を立てていたので、尋ねてみることにする

「晴翔さん、失敗したんですか?」

「何がだ?」


 成果報告がてら、電話で星子と話していると、彼女は突然そんなことを言い出した。


「だって、ルナお姉ちゃん、あたしの頭ぐりぐりしながら『余計なことをするな!』って」

「いや、十分成功だった。礼を言う」


 今回の作戦はあくまで第一段階であるものの、十二分に成果を上げてくれた。


 帰宅後、測定器を起動してみたところ、浸食率は60%を切っていた。

 俺単独での作戦に比べ、大幅に影響を与えたことになる。


 星子には感謝してもしきれないな。


「晴翔さん、あんまりお金ないんですよね。悪乗りで無茶なことはさせるなって……」

「……そうでもない」


 悪乗りというほどでもないはずだ。

 十分ウケていたようだし。


 兎も角、効果が現れたなら継続するべきである。


「他に、飛高の喜びそうなことはないか?」

「うーん。それならお母さんに訊いてみるのがいいかもしれません」

「おばさんか?」

「お母さんの方が、多分あたしよりお姉ちゃんのこと知ってると思いますから」


 推薦により次のリサーチ対象が決まった。


「ならおじさんにも訊いた方がいいかもしれないな」


 一人よりも二人だろう。

 そう考えて俺が提案すると、星子から


「お父さんにだけは聞いちゃダメです。絶対、反対されますから!」


 と叱責が飛ぶ。

 よくわからないが、娘について父親に質問するのはよろしくないのだとか。

 ……地球の文化は難しい。





「ということなんです」

「あらあら」


 俺が大体のあらましを説明すると、陽太の母――月美(つきみ)は口に手を当てた。


「ルナを喜ばせてあげたいのね?」

「ええ。飛高には世話になっているので」


 星子の紹介もあったので話が速い。

 俺は今、陽太の家のリビングで陽太の母と対面する形である。

 今日も陽太はいない。

 どうやら、星子が強引に連れだしたらしかった。


「お世話になってるのはこっちよ。……最近、あの子反抗期でしょ? 仲良かった友達ともめっきり疎遠になっちゃって……今じゃ遊んでくれるのは晴翔君だけだもの」

「いえ……俺もあまり友人はいないので。それに、飛高も戸惑ってるんだと思います」


 本来の陽太はとても社交的な人間だった。

 クラスの中心人物ではないものの、全員と繋がりがあるタイプ。

 俺にはそう見受けられたのだ。


 そもそも、陽太を変えてしまった一端は俺たちにある。

 だから、謗られるならまだしも、礼を言われる筋合いはない。


「好きだった場所とか。心当たりがあればお願いします、おばさん」

「……お母さんって呼んでくれてもいいのよ?」

「流石にそれは」


 陽太の母は、ことあるごとにそう言って俺をからかう。

 もしかすると、俺に親がいないことを知ってのことかもしれない。


 とはいえ、確かに、彼女はおばさんという呼称が似合わないほど、若々しい。

 かなりの童顔で、服装次第で下手をすれば陽太と同年代に見えさえする。星子の姉と言っても通用するだろう。


 残念なことに、髪や肌の色から陽太とはあまり似ていないが……。


 ちなみに、陽太の父はかなりの長身である。

 残念ながら、息子に血は受け継がれなかったようだ。


「それは兎も角、ルナが喜びそうな場所ねえ……」

「出来る限り、幼いころのものがいいんです」


 陽太に関する記憶は改竄されたものと、そうでないものの二パターン存在する。

 どうやら、性別的に齟齬が出てしまう場合、改変効果が作用するらしい。

 そのため、性の差分が少ない幼いころほど改変の痕跡が薄いのだ。


 陽太の母は、目を瞑り記憶を辿る。


「遊園地、かしらね。まだ星子も歩けなかったぐらいの時期に行ったのだけれど、すごく喜んでたわ」

「遊園地……ですか」


 示されたのは、シラサギパークというマイナーなところだった。

 二十年ほど前に建築されたのだが、不況の波に負けずなんとか営業を続けているのだという。


 ……何度か、作戦の目的地にした記憶がある。

 遊園地とは、正の感情が集まりやすい場所なのだ。


「そうだ、アルバムがあった方がいいかもしれないわ」


 良いことを思いついたとばかりの彼女は手をぱちんと合わせる。

 そういって、彼女はいそいそと二階へ行ってしまった。





「これ、ルナが五歳の頃のね」

「……はぁ」


 陽太の母は嬉々として、コーヒーカップ型の遊具に乗る幼児を指さした。

 ……それは、銀髪の小麦色の肌をした女の子。

 ワンピースを着て、満面の笑みでカメラへと手を振っている。


 聖獣の改竄した陽太の姿である。

 やつらの念の入れようには、一種の尊敬すら覚える。


 まるで、陽太がこの世界にいたという痕跡を消すがごとく、徹底的に書き換えられていた。

 それがどれほど彼女の心に影を落としたのだろう。

 俺には想像もつかない。


「最近のルナったら、アルバムを出すと怒るから、こんな機会でもないと見れないのよね」


 それは仕方のないこと。事情を知る俺には陽太の気持ちを理解することが出来た。

 彼女からすれば、自分でない誰かの思い出を語られるだけ。


 ――いや、陽太の記憶と合致する部分も勿論ある。

 しかし、それでも登場人物はルナという少女であって、陽太の入り込む隙間は微塵もなかった。


 彼女は、とても、愛おしそうに思い出を紡いでいく。

 「あの時、あれを食べた」「何が欲しいと愚図った」など、枚挙にいとまがない。

 母の愛とは、こういうものなのだろうか。


「……今日はありがとうございました」


 俺としては居心地が悪くてしょうがない。

 軽く会釈して、席を立つ。


「あら。もう帰るの?」

「はい。よ――飛高が帰ってきてもいけないので」

「そう……サプライズだものね」


 幸い、陽太の母に気を悪くした様子はない。


「これからも、ずっとルナと仲良くしてあげてね」

「……はい」


 俺の答えは、少し間が空いてからだった。





「懐かしいわね……」


 晴翔君を見送った後、私はアルバムのページを捲っていく。

 ルナはとても社交的な娘で、友達が多かったから自然と写真も同じ年の子と映っているものが多いのだ。


 どれも笑顔。

 でも、一つだけ項垂れた姿のものがあった。


 確か、星子が年上の男の子に苛められて、助けるために喧嘩して帰ってきたときのもの。

 体格差もあって、まったく歯が立たなかったんだって悔しそうに話してた覚えがある。

 だけど、あの子は一粒たりとも涙を流さなかった。

 頑張ったねって私が抱きしめても歯を食いしばるだけ。


 勇敢な姿に、お父さんがつい写真を残したんだったはず。


「あのころからしっかりお兄ちゃんやっていたのね……」


 私は呟いてからおかしなことに気が付いた。


「お兄ちゃんって、ルナは女の子なのに……年は取りたくないわねえ」


 さあ、油売ってなくて家事を再開しなきゃ。

 晴翔君、上手くいくといいのだけれど。


 それにしても、まさかあの遊園地でデートとはね……。

 娘がそんな年になるんだから、私が年を取るのも当たり前なのかもしれない。

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