七話 サプライズを狙っていたので、質問はスルー
作戦開始から最初の休日。
待ち合わせ場所は陽太の家。
事前には大したことは伝えていない。
明日昼飯でも食わないか、程度。
星子曰く、サプライズが重要らしい。
「女の子はサプライズに弱いんです!」
と力説されてしまったが……陽太は女の子ではない。
とはいえ、妹がいうのだからそうなのだろう。
恐らくは。
◆
オレは空きっ腹を堪えたまま、玄関で晴翔を待っていた。
スニーカーを履いたまま座り込む。
別にあいつとの食事が楽しみすぎてとかじゃない。
異常な盛り上がりを見せる星子が鬱陶しいからだ。その上
「絶対に間食は駄目だよ、お姉ちゃん! お昼が食べられなくなっちゃう!」
とお菓子をどこかに隠してしまった。
オレの服装はジャージ。
制服のスカートですらストレスが溜まるってのに、平日まで女の子らしい格好をしてはいられない。
どうせあいつのことだから、前回同様、適当なラーメン屋にでも連れて行くのだろうと予想済み。
晴翔は、三食カップラーメンでも構わないという自堕落っぷりなのだ。
多分、早くに両親を亡くしたことが関係してるんだろうけど、それにしても限度があると思う。
健康面とか大丈夫なんだろうか。
待ち合わせの時間になって、チャイムの音が鳴り響いた。
「ようやくか……」
なんて呆れながら玄関を開け――
「……は?」
オレの頭の中が一瞬にして疑問符で埋め尽くされた。
◆
「待たせたな」
「お、おう」
堂々と入ってくる晴翔。
それはまだいい。
いつものことだし。
だけど、服装が明らかにおかしい。
ピシッと糊のきいたカッターシャツは、明らかに普段学校で着ているものとは異なっていた。
上着は漆黒のタキシード。蝶ネクタイも几帳面に結ばれている。
袖周りには――多分宝石のカフスまで。
今から夜会に行ってきますとでも言いたげな正装。
ドラマの世界のセレブかよって思わず突っ込みそうになってしまった。
「行くか」
「ち、ちょっと待て」
状況が理解できなくて呼び止める。
すると、晴翔は
「どうした?」
まるでオレの方がおかしいみたいに首を傾げた。
「いやいや。どこに連れて行くつもりだよ!」
「それはすぐにわかる」
有無を言わさず引っ張られる。
……こいつは変なところで強引なんだ。
まあ、歩いていくんだからそう遠いところじゃないはず。
◆
オレの予想は大きく裏切られた。
何故かって?
家の前にタクシーが一台止まってたからだ。
ご丁寧に電話で呼んでおいたらしい。
そりゃ、晴翔はタキシード姿で街中を歩くのは恥ずかしいだろうが……と思ったが、この男平然としている。
むしろ並んでいるジャージ姿のオレの方がみすぼらしくて赤面してしまうほど。
「ついたぞ」
大体三十分ぐらいして、オレたちはタクシーから降りる。
「ここって……」
小波市には、小さな湖が存在する。
その名も白鷺湖(しらさぎこ)。一応この街の観光名所らしい。
名前の割に白鷺は一羽たりとも住んでいない。完璧に名前負けな湖だ。
オレが連れてこられたのは、白鷺湖の外周に悠然と聳え立つ建物。
――白鷺ホテル イーグレット。
随分と長い歴史のあるホテルで、泊まったことはないけどある意味思い出の場所。
物心ついたころから、オレと星子の誕生日の食事といえばここだった。
何度か『旅団(レギオン)』に襲撃を受けたこともあり、ルーナとして訪れたこともある。
普段――というほどの頻度じゃないけど――頼んでいるメニューの値段を思い出して
「おまっ、そんな持ち合わせないぞ!」
オレは叫ぶ。
だって
「大丈夫だ。俺が出すから」
「はぁ?」
しかし、晴翔の返答は予想外のものだった。
貧乏な癖に。
流石にその言葉は飲み込んだ。
晴翔は一人暮らしで、光熱費なんかも切り詰めているほど。
っていうか、そうじゃなきゃあんなボロ屋に住むはずがない。
ここの四階にあるレストラン、ランチといえど高校生が遊びで出せる値段を超えている。
確か、一番安いコースでも四、五千円はした記憶がある。
晴翔にそんな余裕があるわけがなかった。
「オレ、ジャージだぞ? 断られたって文句は言えない」
歴史の深いホテルだけあって、最低限のドレスコードぐらいはある。
勿論、タキシードなんてものは要求されないけど。
入店拒否は極端すぎる話だが、それにしてもいい顔はされないだろ。
「安心しろ。それに関しては問題ない」
「問題ないって、オレが気にする。他の客の目だってあるし」
「他の客はいない。貸切だからな」
「か、貸切っ!?」
「知り合いの伝手があってな。あと、お前がどうしても気になるなら服も貸してもらえるらしい」
……もう、オレは開いた口が塞がらなかった。
◆
結局、フォーマルなワンピースに着替えることにした。
ホテルに入ったところ、あまりに浮きすぎてて居た堪れなかったからだ。
だって、ジャージだもんなあ……。
その際、着替えを手伝ってくれた従業員は
「貴女が晴翔様の言っていた飛高様ですか」
なんて言ってたけど……。
もしかすると、彼女が晴翔の言っていた知り合いなのだろうか。
彼女の視線は、様々な情念が籠っているように感じられた。
興味と、警戒と、若干の不審。
でもそんなことはどうでもよく、晴翔にはまたオレの知らない人間との繋がりがあるのだと思い、少しイライラ。
というか、『晴翔様』ってなんだよ。
初対面の客であるオレは兎も角、知り合いに『様』呼びってあいつは何様だ。
「……どうした?」
回想しているうちに、しかめっ面になっていたみたい。
晴翔は心配そうにオレを見た。
今オレたちがいるのは、四階にあるレストラン。
窓際にある、湖がよく見える席に案内されたのだ。
元々ホテルだけあって昼より夜の方が賑わのだけど、貸切効果でオレたち以外誰もいないというのは少しだけ新鮮。
「別に……」
誤魔化すように、オレはフォークでサーモンを口に運ぶ。
バジルの香りが口いっぱいに広がって、思わず顔が綻んだ。
カルパッチョ仕立てで、酸味のきいたソースが旨い。
続けて玉ねぎとキュウリも同時に頂く。
しゃきしゃきとした食感が堪らなくて舌鼓を打つ。
……四ケタ後半なだけはある。
オレの三か月分の小遣いと同額なのだから……。
「着替えるのは意外だった」
皿が粗方片付いたあたりで、晴翔が切り出した。
今のオレ着ているワンピースは、青を基調としたもの。
胸元だけに白いフリルがあしらわれているけど、それ以外は飾り気のない落ち着いたデザインだ。
もう女物の服を着ることに抵抗はない。
ルナにされてから半年。
女の服装にも慣れた。いや、慣らされた。
恐ろしいことに、自室の着替えも全て女物に入れ替えられていたからだ。
ルーナに変身するとき、服は一瞬にして作り変えられていた。
でも、今は違う。
自分の意思で、スカートも、下着も身に着けている。
……慣れるまで、とても惨めだった。
陽太という人格がずたずたにされていくようで、とてつもない苦痛でしかなかったんだ。
晴翔はオレが慣れるまでの様子を知っているから、“意外”だと評したんだろう。
「恥ずかしいのが嫌なだけだよ。事前にどこに行くかぐらい伝えてくれよ」
「それに関してはすまないと思ってる」
素直に頭を下げる晴翔を横目に窓へ視線を移せば、白鷺湖が見える。
……まあ、高いところは嫌いじゃない。
美味と相まって機嫌が良くなるのを感じながら、オレは次のメニューを待った。
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