六話 彼女の妹はアジテーターなので、扇動されることにする
次の日。
俺が最初に聞き込みを行ったのは、陽太の妹である星子だった。
彼女によれば、今日、陽太は一人で出かけていて家にいない。
そのタイミングを見計らっての訪問である。
星子の記憶は改竄されているものの、それでも陽太のことを強く想っていることは間違いない。
最初は怯えていたものの、今となっては不機嫌なときの陽太にすら――むしろ進んで――臆せず話しかけるのだ。
それに、元々兄妹仲は悪くなかったので細かなところまで目が届いている。
陽太の両親でもいいのだが、彼らは俺を見るたび妙に持て成そうとする。
最終決戦の日、彼女を連れて帰ったのが影響しているのかもしれない。命の恩人とことあるごとに褒めちぎるのだが、現実は原因を作った悪党の一味なのだから正反対である。
その分、星子という少女はまだとっつきやすい。
最初の質問相手としては最適だろう。
日高家のリビングでお茶を飲みながら話してみれば
「お姉ちゃんが喜ぶことをしたいんですか?」
随分意外そうな返答が帰ってきた。
「ああ。好きな食べ物とか、場所とか……なんでもいいから教えて欲しい」
「うーん、晴翔さんも十分詳しいと思うんですが」
「……俺が連れて言った結果、あまり喜んでもらえなかったらしい」
「えっと、どこに?」
「ラーメン屋だ。『英楽亭』。星子も知ってるだろう?」
なんて答えれば、星子は呆れた様な顔で俺を見る。
曰く
「最近のお姉ちゃん、男の子っぽいところありますけど、ラーメン屋で心は掴めないと思いますよ」
とのこと。
……まあまあ好評だったのだが。
とはいえ、失敗なのは事実。
「どんな風に喜ばせたいんですか?」
星子が首を傾げながら俺に訊く。
その度、特徴的な跳ねた毛が大きく揺れる。
「……言葉にするのは難しいが、心から笑顔になってほしいと思っている」
「そんなにですか!?」
すると星子は妙に嬉しそう。
うむ。
伝わったようで俺も嬉しい。
「晴翔さん、もしかして覚悟を決めたんですか?」
「ん……? ああ。今までやって来たことの責任を取るつもりだが」
元はといえば、俺たちが攻めてこなければ陽太は平和に暮らしていたのだ。
自己満足と罵られようが、陽太を元の陽太に戻すのが責任の取り方だろう。
「せ、責任ですか。重いですね」
高校生だからかな……なんて呟く星子の頬は朱に染まっていた。
それを無視して俺は促す。
「そうだな。重い。だからこそ、本当のことを教えてくれ」
『旅団(レギオン)』の目的はあくまで感情エネルギーの略奪だったため、人的被害は出していない。
サヴァロスは兎も角――少なくとも俺たちは、地球人の感情に揺さぶりをかけることに重視していた。
だとしても、一人の少年の人生を捻じ曲げたことに変わりはない。
友人としていることすら烏滸がましいのだ。
「でも、うちのお姉ちゃんも『重い』ですよ」
「重い? いや、軽いだろう」
「晴翔さん、すごいですね……」
うっとりとする星子に首を傾げるほかない。
そこまで誉めそやすことではないと思うのだが。
晴翔の姿では本来と比べある程度能力が落とされているとはいえ、人並み以上の身体能力は発揮できる。
それを抜きにしても今の陽太は華奢である。
クリスマスのあの日、ルナとなった彼女を運んだ時は羽のように軽かった。
このような身体で戦ってきたのかと思ったものだ。
「うーん……家族で、お祝いのときにしか行かないホテルのレストランとかありますけど」
「ふむ」
なるほど。
家族の思い出の場所か。
これは効果的に思える。陽太と家族の関係修復にも役立ちそうだ。
「でもそれだけだと弱いかもしれませんね」
「……弱い?」
星子は神妙な顔をしていた。
これは俺も真剣に聞くべきかもしれない。
「こういうのはムードが大事だって、漫画に書いてありました。勢いですよ」
勢いか。
戦いにおいても士気は重要視されるべきである。
例え優位であっても、気迫で圧倒されればあっという間に覆されるのだ。
俺はそれを、他でもないルーナとの戦いで実感している。
圧倒していた状況を覆されたのも一度や二度ではない。
感情論といえばそれまでだが、今回の目的はその感情がメイン。
「理にかなっているな」
「でしょう?」
肯定が嬉しいのか、星子の顔に笑みが浮かぶ。
そして、軍議(・・)が始まった。
◆
「うん! 最高だと思います!」
「ああ」
あたしの立案した計画に、晴翔さんは満足げに頷いた。
定期購読している雑誌を元にしたプランニングだもん。
お姉ちゃんの笑顔が容易に想像できる。
「一分の隙もない、完璧なものが出来たな。これで飛高も喜ぶだろう」
……いつも疑問なのだけど、絶対に晴翔さんはお姉ちゃんを名前で呼ばない。
あんなに仲がいいのに。
苗字か、ヨータって変なあだ名だけ。
なんでだろう?
それでいて、あたしのことは名前で呼ぶんだから、よくわからない。
クリスマスより前は、お姉ちゃんのことも名前で呼んでた気がするんだけど……。
無理に思い出そうとして、頭痛が走り、あたしは考えるのを止める。
「どうした、大丈夫か?」
「は、はい」
晴翔さんは本当に心配そうにあたしを見る。
そんなにつらそうな顔をしてたんだろうか。
だから慌ててガッツポーズで問題ないとアピール。
「長居しすぎたな。俺は飛高が帰ってくる前に退散する。じゃあ、後は手はず通りに頼む」
「……あ、あの!」
参考資料を大量に詰めた紙袋を片手に、玄関に行こうとする晴翔さんをつい呼び止めてしまった。
「なんだ?」
「成功するといいですね」
「……ああ」
あたしに笑いかける晴翔さんの顔はとても優しげで、お姉ちゃんのことを想っているのだとしても、どきりとしてしまったのは秘密だ。
どうか、上手くいきますように……。
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