閑話 日記をつけていた

 が初めて晴翔君と出会ったのは、戦いの中だった。

 結構衝撃的な出来事だったから、日記に綴っておこうと思う。

 戦いは激化していて、いつ何が起きるかわからないのだから……。





『陽太。魔獣ノ反応ヲ確認。迅速二迎撃セヨ』


 独特の発音で、聖獣が僕に『旅団(レギオン)』の出現を告げる。

 彼らは世界中に独自の情報網を築いていて、反応があれば即時に僕に教えてくれるのだ。


 今日の戦場は小波市の街中。

 魔獣――『旅団(レギオン)』が使役するモンスターのこと――が現れたって聞いた僕は、白銀の魔法少女シルバー・ウィッチに変身して向かう。


 本来なら平和に人が行きかうはずの街は、突如現れた魔獣に逃げ惑う人々で一杯だった。


 魔獣は四足獣の姿をしていた。

 簡単に説明するなら羽の生えたライオン。ゲームなんかに出てくるキマイラが一番イメージに近いかな。

 体毛は真っ黒で、まるで光を飲み込む様に鈍く艶やか。


 魔獣は交差点の真ん中で自動車の真上に陣取りながら大きく息を吸い込む。

 僕は慌てて聖獣に、反転空間を展開するよう促した。


『了解。反転空間、展開』


 反転空間とは魔法の一種で、ルーナと『旅団(レギオン)』の戦いの際、周囲に被害を出さないため創り出すものだ。

 地形はそのまま――だけど鏡のように左右逆になっている――類似した平行世界を作りだし、魔獣と僕だけを転移させる。


 僕は誰もいなくなったことを確認し


白銀の魔法少女シルバー・ウィッチ、ルーナ! 月の力でお前を倒す!」


 と名乗りを上げた。

 ……すごく恥ずかしい口上だけど、この台詞は合言葉になっていて、言わないと安全装置が解除されないのだ。


 聖獣は心配性で、暴走を防ぐため、一々能力にセキュリティをかけているのだとか。

 目撃者の存在しない異空間なのが唯一の救い。

 たまに、反転世界を展開する前に言わなきゃならない状況があるのだけど、そのときはとても辛い。


「――!」


 魔獣は自動車から飛び降りると、僕の胴体ほどありそうな四肢でコンクリートを踏みしめ、吠える。

 衝撃に、周囲にあるビルのガラスが砕け、キラキラと光を反射しながら舞い散った。


 魔獣の咆哮には、人間の感情を揺さぶる効力がある。

 例えば耳にしただけで恐慌状態に陥ったり、逆に意味も分からず笑い転げたり。

 幸い、今の僕は防護が働いているので通用しない。


 兎に角先手必勝。

 咆哮の隙を突き、玩具染みたスティックを向けながら呪文を紡いでいく。

 幾何学的な紋様――魔方陣がスティックの先に現れ、瞬いた。


「月の光よ――放て、『ムーンライト・ストライク』!」


 開幕から撃ち込んだのは、習得したばかりの必殺魔法だ。

 極太の奔流が魔方陣から生み出され、魔獣へと一直線に突き進む。


 着弾。

 ――と同時に、周囲を光が包み込む。

 浄化の一撃を受けた魔獣は光に分解され、消滅する――はずだった。


「……やったかな?」


 ――今思えばその日、僕は調子に乗っていた。


 今回が通算十四回目の戦闘。

 『旅団(レギオン)』の第一の侵略指揮官を倒したばかりで、どんな敵でもなんとかなるって思い込んでいたんだ。

 

 でも、その日現れた敵は今までとは明らかに格上だった。

 立ち込める煙の中、無傷のまま魔獣は一気に距離を詰め、牙を突き立ててくる。

 魔法で障壁を貼り、必死にガード――したつもりだった。


 しかし、現実は紙のように容易く引き裂かれ、僕の身体を衝撃が襲った。


 ――レベルが違う。

 そう気づいたときには僕は変身解除していて、地面に倒れ込んでいた。


 体中に傷がないのが救い。

 変身後のウェアには、強制的に変身解除することで多大なダメージを分散する働きがあるからだ。

 だけど、衝撃のせいか体が言うことを効かない。


 ……死を覚悟した。


 変身が解けてしまった僕はひ弱な人間に過ぎない。

 あの魔獣が爪を振るえば、悲鳴を上げる間もなく真っ二つにされるだろう。


 ――だけど、魔獣は僕の方へと進もうとしない。


 無防備な獲物の前に、舌なめずりでもしているのだろうか。得体のしれない恐怖を感じたけれど、瞳は逸らさない。

 必死に歯を食いしばって、恐怖の瞬間を耐える。


 そんなとき、現れたのが一人の男の子。

 彼は魔獣の前に躍り出て――声をかけるまもなく、僕を荷物のように肩に担いで逃げ出していく。


 な、なんで?

 誰もいない空間のはずなのに!?


 そう問いかけようとした僕に、男の子は


「黙ってろ、舌を噛むぞ」


 と冷たく告げたのだった。





 何とかビルの陰に入り、路地裏に隠れると、僕たちは自己紹介。


 命のかかった非常事態に悠長すぎるかもしれないけど、僕はダメージで満足に身動きとれなかったし、男の子もただの人間なのだ。次に魔獣と相対すれば命はないだろう。

 逃げ切れたのは運が良かっただけ。


 回復の間、気を紛らわせる働きもあった。

 そうでないと、不安と恐怖に胸が張り裂けそうだったから。

 一度変身すれば回復魔法で万全を取り戻せるだろうけど、それまでは無防備なのは変わりない。


 男の子の名前は黒崎 晴翔。

 僕と同じ年とは思えないぐらい長身の――僕の背が少し低めなのもあるけど――鋭い目つきが印象的な少年だ。

 

 彼は、偶然反転空間を創るときに巻き込まれたらしい。

 不運にもこの街に引っ越してきた初めての日だったとか。


「黒崎君は、高校生?」

「ああ。小波高校に転入する手はずになっている」


 手はずって……なんか変な言葉遣いだなあ、なんて思いながら僕も自分のことを話す。


「僕は飛高 陽太。同じ学校だね」

「……何、お前、高校生なのか?」


 随分意外そうな顔。

 確かに僕は童顔気味だけど……。


「すまん、失言だったな」

「いいよ。よく言われるから」


 それから、ルーナになった経緯を説明していく。

 女の子の姿になっているのを話すのはすごく恥ずかしかったけど、変身解除の瞬間を見られたのだから今更だと思う。


「ルーナは男だったのか……道理で、誰も正体も掴めないはずだ」


 呆然と呟く黒崎君に、何か悪いことをしてしまった気持ちになりながら、僕は回復に必死で務めた。


「飛高。お前は、この状況を切り抜けられるのか?」

「……うん。僕が勝たなきゃ魔獣は人を襲って街を壊すから。それと」

「ん……?」

「僕のことは陽太でいいよ。でも、変身してるときには呼ばないでね。正体がばれちゃうから」


 それだけ言って、恐怖に挫けそうになる自分を奮い立たせ、僕はにっこりと微笑んだ。





「――変身!」


 魔獣が僕に気づいたのと、僕が駆けだすのは殆ど同時だった。

 ルーナに変身した僕の身体能力は、常人をゆうに凌駕している。


 接近し顔面を殴りつけ――一度距離を取る。

 ……期待はしていないけど、あまりダメージはないみたい。


「――!」


 またも魔獣が吠えた。

 苛立ちの籠った雄たけびが大気を振るわせていく。

 だけど、僕に怯えはない。


 小さな魔法の光弾を一つだけ作り、やつへとぶつけた。

 あっさりと霧散。


 でも僕は慌てることなく、間合いを測り続ける。


 ――黒崎君の言っていた通りだ!


『横から見てたからわかるんだが、あいつは全身に障壁――バリアを張り巡らせているらしい。だからお前の一撃は防がれたんだ』


 業を煮やした魔獣が突撃してきたのをひらりと躱す。


『恐らく爪や牙も似たようなものだな。お前のバリアが簡単に破られたのもそのせいだろう。絶対に魔法で防御はするな』


 彼のアドバイスを肝に命じて動くだけで、随分と戦いやすい。

 キマイラ型の魔獣は直線的な行動しかとれないみたいで、動きを良く見れば優位を取るのは簡単だった。

 先の敗戦は、いきなりの必殺技で自分の視界まで奪ってしまったのが大きい。


 スティックから刃を作り出し、すれ違いざまに切りつける。

 バリアの前にはそこまでのダメージを与えられるわけじゃない。


 ――でも!


『それでも、完全に防げるわけじゃない。お前の必殺技の威力に怯んだからこそ、さっき逃げるだけの時間が稼げたんだ。そして、あのバリアさえどうにかしてしまえば』


 闘牛士のように何度も回避しては、同じところを剣で抉っていく。

 次第に障壁は削げ、小さな切り傷が無数に生み出された。


『安心しろ、あれ・・は通用する。……期待してるぞ』


 僕は、もう一度魔力を練り、一点集中させ放つ。

 肉薄からの――


「月の光よ――放て、『ムーンライト・ストライク』!」


 一閃。

 僕の必殺魔法は魔獣を横向きに貫通し、光の粒子に換え消滅させた。





「黒崎君!」

「陽太か。勝てたみたいだな」


 反転空間を解除し、僕は黒崎君へと駆け寄る。

 どうやら彼もちゃんと現実世界に戻ってこれたみたいだ。


「うん、黒崎君のアドバイスのおかげだよ」

「そいつはよかった。……後、俺も名前でいい」

「名前?」

「ああ。晴翔と呼んでくれ。どうにもその呼び方は慣れない」


 それだけ言って少し照れくさそうにする彼に、若干意外だと思いながら、僕は頷いた。


「晴翔君は、いつから学校に?」

「明日、だな」

「そうなんだ……同じクラスだといいね」


 僕にとっては、戦いの勝利より新しい友人が出来たことが嬉しかった。

 そのことを告げると


「友達? そういうものなのか?」


 なんて聞き返されてしまったけれど……。


「お前は命の恩人だ」

「大袈裟だよ。僕の方こそ、晴翔君に助けられたし」


 そうして、晴翔君は用事があるからと去って行った。





 その翌日、宣言通り高校に転入してきた晴翔君は、中々個性的な男の子だった。


 初日から授業を抜け出し、屋上で昼寝を始めてしまったのだから……。

 僕が懇切丁寧に説得を重ねた結果


「友人の言うことだ。大人しく従う」


 と渋々授業は受けてくれたのだけど……。

 他にも、初めて食べたというラーメンの味に感動したり、カップ麺の作り方を知らず生で食べようとしたり――どんな生活を送って来たのか気になるところ。


 うん、彼といると退屈はしない。

 それにしても、日記を書いていて思ったけど、晴翔君はどうやって屋上に入ったんだろう?

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