三話 出鱈目が書かれていたので、身内の恥とする
下校中。
梅雨の過ぎ去った六月ということで、少し陽が強くなり始めた時期。
汗ばむほどではないが、夏の訪れとやらを感じさせる。
……個人的には暑いのは好みではない。
時刻を見ればすでに四時過ぎだ。
小波高校で部活に所属していない生徒はそう多くない。
内申点とやらを加味して、幽霊部員でも入っておくのが当たり前なのだとか。
しかし俺と陽太は帰宅部である。
人通りの少ない通学路を、二人して歩いていく。
「陽太、両手に花の意味わかるか?」
「……晴翔、喧嘩売ってる? なら買うけど」
ふと萩野との会話を思い出して、彼女に伝えてみた。
「へぇ……あいつ、誰と誰って言ってた?」
「そこまでは。だが、赤石が来た後だったな」
ぎりっ。
陽太が歯噛みした音が、隣にいた俺にはよく聞こえた。
今の姿になってからの彼女の癖である。
苛立ちを感じると、無意識のうちに強く歯をかみしめてしまうらしい。
「悪い、これからは気を付ける」
殺気を感じて、俺は素直に謝罪。
陽太は、俺が赤石について話すといつも不機嫌になる。
多分、俺が近寄るのが気に入らないのだろう。
――赤石は、陽太の想い人なのだ。
去年の十二月二十四日。
彼は赤石に告白するつもりだったらしい。
色恋沙汰に疎い俺にはわからなかったのだが、萩野曰く二人は互いに憎からず想いあっていたらしい。そして、そう遠くない未来に結ばれるはずだったとか。
だがその直前、『旅団(レギオン)』の最終作戦が発動し、告白は中断。
そして戦いが終わると、陽太はルナになっていて、淡い気持ちを伝える機会すら奪われたのだ。
赤石も赤石で、気になっていた男の子の記憶は消滅してしまった。
一年生の頃、仲の良かった女の子――それが赤石の中の飛高ルナである。
恐らく、想いは未だ陽太の中で燻っていて、迂闊にも俺はそれを刺激してしまったのだろう。
随分と不機嫌になってしまった彼女が走り去るのを、俺は早足で追いかける。
◆
「本屋、よっていくか」
五分ほど黙り込んでいた陽太だが、少しだけ機嫌も回復したらしい。
俺に対して提案してくる。
「ああ」
特に用事もないので賛同を示し、俺たちは寄り道することにした。
『陰陽堂』という、駅近くにある小さな書店である。
俺たちは徒歩で通学しているので用があるときにしか行かないが、電車通学の生徒にとっては貴重な暇つぶしなのだとか。
小波市は決して大都会ではないため、電車の本数はあまり多くはないのだ。
彼女は早々に、一番奥にある少年漫画コーナーへと行ってしまった。
どうやら欲しい新刊の発売日だったようだ。
このあたり、姿が変わっても嗜好が変わっていない証。
俺も陽太から借りることでたまに読ませてもらうのだが、漫画というものは中々面白い。これが創作だというのだから、人間の想像力とは侮れないものである。
俺は……特に読みたい本もないので、入り口付近の雑誌売り場へと向かう。
趣味のない俺としては、大半の雑誌群に興味を持てない。狙いは週刊誌。
あまりあてにならないと陽太には常々言われているのだが、一般教養に欠ける俺としては常識を得る手段の一つ。
何せ、俺の家にはテレビがない。
一応端末は所持しているが、どうしてもそれだけでは偏りがちな情報になる。
「……何々?」
一際目を引いたのは一冊のゴシップ誌。
けばけばしい色使いで、如何にもB級という雰囲気を醸し出している。
時間の無駄になりがちで出来ることなら遠慮したいものなのだが
『今だからこそ明かされる
俺が着目したのはこの見出し。
他人事ではないだけに興味を惹かれた俺はページを捲っていくことにする。
◆
ゴシップ誌は
『ルーナは三か月前の戦い以降、姿を消した。もしかすると、彼女も『旅団(レギオン)』の一員であり、離反者だったのかもしれない』
なんて一文で締めくくられていた。
最初は懇切丁寧にデータを提示していたのだが、どんどん著者の偏見と推測――最早妄想の域に達している――が入り混じっていき、最後はてんで的外れな帰結へと落ち着いてしまった。
やはり見た目通り三流だったようだ。
たまに有益なことも書かれているため、『旅団(レギオン)』関連の書籍には目を通すことにしているのだが……時間を無駄にしたかもしれない。
一応擁護するなら、『旅団(レギオン)』についてはある程度正確だった。
かつて存在していた三幹部の情報すら、詳細に書き記されている。
まるで、
しかし
『
……名前に変な二つ名が付け加えられている。
このあたりが『
恥ずかしくないのだろうか。こんな馬鹿みたいなあだ名をつけて。
しかも記事の中で、約一名、紅一点だけが偉く持ち上げられていた。
『旅団(レギオン)』内部のマドンナだったとか、あまりの美しさに彼女が離反したときには後追いが続出したとか……。
アホ臭さに胸やけがしてきたので読み飛ばす。
すると文末には記事の著者の名前が。
『黒崎 玲緒奈(れおな)』
見覚えのあるものである。
……頭痛がしてきた。
◆
「何を読んでるんだ?」
何とも居た堪れない気持ちになって週刊誌を本棚へと戻すと、陽太が近くまで来ていた。
「取るに足らないゴシップ誌だ」
それだけ答えて、視線を遮るように俺は移動する。
しかし、彼女の藍色の瞳はすでに見出しを捉えていたらしい。
大体察したのか、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「笑えるよな。オレはここにいるのに。誰も気づきやしない」
「くだらない記事なんて気にするな」
……流石にそれが、身内が書いた記事だとは言わないでおく。
だが、それで彼女の気は収まらなかったようだ。
「誰もオレを陽太って呼ばない。ルーナだって知りもしない……なあ、教えてくれよ。じゃあ、オレは誰なんだ?」
まるで答えを乞うように、それだけ呟くと唇を噛み、目を伏せた。
少しの沈黙の後、踵を返そうとする陽太。
もしかすると、答えなど求めていないのかもしれない。
だけど、俺は言う。
それは伝えなければならないと思ったから。
「お前は陽太だ。俺の命の恩人の。それだけは、どんなことがあっても絶対に俺が覚えている。……そう言っただろ?」
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