二話 歪まされていたので、孤立する

 根負けした陽太を連れ、俺は教室へと戻ってきた。

 入室した途端に幾対もの視線が俺たちへと向くが、今となっては日常茶飯事。

 気にするようなことではない。


 何故なら、ほぼ毎日陽太は授業をポイコットするからだ。

 それを呼び戻すのも恒例行事。

 俺たちは飄々と自分の席へと戻る。


 とっくの昔に五時間目は終わっていて、今は六時間目への休み時間。

 五時間目の終わりのチャイムが響く直前、陽太はようやく授業に出る気になったのだ。


 曰く


「オレは兎も角、お前の成績が落ちるのは拙い」


 だそうで。


 俺の成績は中の下。

 これはあまりよろしくないものらしい。


 一方、陽太は上から目線なだけはある。


 授業に出ていないにも関わらず、一年生の三学期末テストは全て満点に近いものだった。二年生になっても同様の成績をキープし続けている。

 教師が陽太に強く出られない原因もそこにある。


 ルーナの肉体スペックが高いのも理由の一つだが、それだけではない。

 何せ彼女、自宅での予習復習は欠かしていないのだ。


 友人は俺以外いない上、部活にも所属していないので勉強時間が有り余っている。

 かつては趣味もあったのだが、今はもう一切手を付けていないらしい。


 ならば授業に出ろと言いたくはなるが、恐らくこれは彼女なりの反抗なのだろう。


「おう、色男。ルナさんと一体何をやってたんだよぉ?」


 席について鞄から教科書を取り出していると、軽薄そうな声が俺を呼んだ。

 顔を上げれば、金髪の少年が突っ立っていた。


「なんだ、萩野か」


 萩野(はぎの) 義弘(よしひろ)。

 俺の陽太以外で唯一の友人……らしい。


 自称なのでどうにも判別に困る。

 陽太同様、俺も交友関係は狭いのだ。


 彼女の場合、一身上の都合で。

 俺の場合コミュニケーション能力の欠如が原因と、大分開きはあるが。


 ちなみにこの学校、髪の色は自由だ。

 一応進学校らしいが、校則による取り決めはなく、生徒の自主性に任せているのだとか。

 所謂自己責任というもの。


「別に。授業に出ろって交渉していただけだ」

「かーっ! 毎日毎日、男と女が二人きりで授業を抜け出すんだぜ!? 何かあってしかるべきだろ!」

「……はぁ」


 アホらしくてため息が出た。

 俺と陽太が何をするというんだ。


 実際は交渉らしいことをしたのは最初だけで、雑談の後昼寝していただけだというのに。


「お前、呆れてんじゃねー!」


 ツッコミの手刀を受け流すと、俺は授業の準備に戻る。


「陽太と俺に何かがあるわけないだろう……」

「……ヨータ? 誰だそいつ。そんな名前のやつ、クラスにいたっけな」


 ……こんな萩野だが、半年前までは陽太の親友だった――ただし、ルーナとしての顔は知らなかったが。

 それでも俺より仲が良かったと言っていい。

 実は、陽太経由で俺は萩野と知り合ったのだ。


 しかし最終決戦のあの日、関係が一変した。


 陽太がルナへと変質する時、聖獣は粋な計らい・・・・・をしてくれた。


 男が完全に女となるなんて、この世界ではありえないこと。

 明らかに歪で、日常生活を送るにおいて障害にしかなりえない。

 救世主に、周囲の奇異の目を向けさせてはならない――。


 そう考えたのか、彼らは世界の理すらも変質させてしまった。

 聖獣にはそれだけの力があったのだ。


 結果、陽太という存在は世界中の人間の記憶から消滅し、ルナへと書き換えられた。

 血を分けた肉親ですら、彼女を陽太とは呼ばない。

 以前からルナであったかのようにふるまい続ける。


 当然ながら萩野も影響を受けた一人。

 今の彼にとって、陽太(・・)はルナ・・という才色兼備の少女でしかなかった。


 かつて幼馴染だったというだけの雲の上の存在にすり替わってしまったのである。


 善意(・・)により歪まされた関係は早々に破綻し、今では完全に疎遠になってしまっている。

 これが陽太の交友関係が狭い原因。


 なんて考えていると


「黒崎君」


 名前を呼ばれた。

 耳に心地よい、鈴なりのような声。


 向き直るとそこにいたのは線の細い少女だった。


「……赤石さんだったか」

「うん……南だよ」


 ああ、ようやく思い出した。

 この少女は赤石(あかいし) 南(みなみ)。

 同じクラスの学級委員だ。


 何処か小動物を思わせるショートカットの少女で、何かと俺に声をかけてくる。

 彼女も陽太とは浅からぬ縁があり、それが関係しているのだろう。


「飛高さんとどこに行ってたの?」

「屋上……近くの階段だ。あそこは人があまり来ないからな」


 正直に話してしまいそうになり、急いで誤魔化す。

 実は、陽太はスペアの鍵を使うことにより屋上へ侵入している。かつて魔法で作り出したものだ。


 それが教師に知られれば面倒なことになるのは間違いない。

 赤石は密告するような人間ではない。しかし、人の口に戸は立てられないものなのだ。


「そうなんだ……」


 説明すると彼女は自分の席へと戻って行った。

 赤石は、陽太を呼び出しに行った後いつも声をかけてくる。

 学級委員だからかもしれないが、ご苦労なことである。


「羨ましーよなー」

「なんだ、まだいたのか」


 来客が去ったのを確認し、鞄から筆箱を取り出していると、萩野がそんなことを呟いていた。

 とっくに自分の席に戻ったものと思い込んでいたが、どうやら空いた椅子を拝借していただけらしい。


「お前さ、両手に花って言葉知ってる?」

「……馬鹿にするな」


 流石の俺もその程度の日本語教育を受けてはいる。

 睨み付けると


「やっぱ知らねーだろ」


 なんて言いがかりをつけられてしまった。


「例え話をしよう。素直に答えろよ?」

「ああ」


 萩野は真面目くさった顔で語り始める。

 まだもう少しだけ休み時間はあるようだ。

 仕方がないので付き合ってやるか。





 彼の語る例え話とはこうだった。


 陽太と赤石の二人が崖から落ちそうになっている。

 俺の手にはロープが一本だけ。

 残念なことに二人ともを助けるだけの時間的余裕はない。


 ――さて、どちらを先に助ける?


 だそうで。

 思考実験というやつだろうか。


 それにしても


「お前……中々悪趣味だな。同級生を前にそんなことばかり考えているのか?」

「ちげーよ! 例え話だっての! で、どっちを先に助けるんだ?」

「まあ、陽太――飛高だな」


 特に悩む理由もないので、俺は即答。

 かつての陽太なら両方を助けて自分が落ちるぐらいの離れ業を見せるんだろうなと考えつつ。


「ドライだなあ……」


 何故だか感嘆されてしまった。


 ……陽太は俺の命の恩人なのだ。

 受けた恩を返すのは、この国においては当たり前のことだろうに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る