一話 サボタージュしていたので、連れ戻すことにする
「えー、飛高! 飛高ルナ! いないのか?」
昼休みも終わり、五時間目。
教壇に立ち、出席を取っていた教師が教室中へと呼びかけた。
しかし答える声はなく、虚しく響き渡るのみ。
誰もが我関せず。
そんな態度に教師は舌打ちをし、もう何度か名前を呼んだ。
「飛高さんなら、お昼休みから戻ってきてません」
このままでは授業が始まらない。
そう考えたのか、女子生徒が答えると、呆れたように教師はため息をつく。
「二年生に上がってから何度目だ? 去年の三学期から生活態度が悪いとは聞いていたが……」
ぶつぶつとぼやくと、彼は次の生徒の出席を取ろうとした。
サボり魔のことは捨て置くつもりなのだろう。
そんな教師に、俺は挙手することで注意を向けた。
「先生」
教師だけでなく、クラスメイト全員の視線が俺へと集中する。
「俺が飛高を探してきます」
「お、おい。黒崎!」
「戻ってこなかったら欠席扱いで結構です」
それだけ告げると、引き留められても敵わないと急いで教室を後にした。
◆
大体予想はついていたのだが、飛高がいたのは屋上だった。
本来なら、屋上は危険性を考え立ち入り禁止で施錠されている。しかし、あいつにとっては大した意味はない。
「ここにいたのか」
床に座り込んで空を見上げていた彼女は、俺が声をかけるとはっとしたように振り向いた。
光を反射し、キラキラと輝くロングの銀髪。
対照的に、エキゾチックな褐色の肌。
すらりと伸びた手足も含め、身体のパーツ、全てが日本人離れした少女だった。
もしブレザーの制服を着ていなければ、彼女がこの高校の生徒だとは誰も思わないだろう。
さながら何処からか迷い込んだ異邦人。
藍色の瞳が、俺を射抜くように睨み付ける。
「……なんだ、晴翔か」
だが、それも長くは持続しない。
視線を緩めると、彼女はあさっての方向へ向いてしまった。
「なんだとは、失礼な奴だ」
「別に。教師かと思っただけだ」
「そうか」
「……帰らないのかよ」
面倒くさそうな声は無視して、俺は彼女の隣に寝転がる。
「そうだな、お前が授業に出るなら俺も出ることにするよ、陽太(・・)」
「ふん……」
つまらなさそうに鼻を鳴らすと、陽太(・・)はまた黙り込む。
数分が経過しただろうか。
時計を確認したわけではないので正確なことはわからない。
ちらりと目をやれば、陽太はそよ風を受けて心地よさそうに目を細めている。
恐らく、隣に俺がいることなど忘れているのだろう。
満腹感から俺も眠くなってきた。
カップ焼きそば二人前を平らげた結果である。
どうにも最近体が鈍ってしまっていけない。
リラックスしたまま瞳を閉じようとしたとき――
「お前、わざわざ探しに来たのか?」
陽太からお声がかかった。
「ああ」
「……二年に上がって何度目だよ。馬鹿じゃないのか」
彼女の物言いに、俺は吹き出してしまった。
それを言うなら、陽太は何度授業を抜け出しているのか。
「なんだよ」
ギロリ。
そんな擬音が聞こえてきそうほど鋭い視線が俺を刺した。
決して彼女の目つきは鋭くない。
むしろ、柔和な印象を与えるものである。だが、それでも瞳に宿る意志の強さから圧迫感を覚える。
「お前の言えた義理じゃないだろう」
「む……」
怯えることなくそう返すと、彼女は言葉に詰まってしまう。
一年以上前、俺が転校してきたときのこと。
授業を抜け出そうとした俺を一日中追いかけまわしたのは他でもない彼(・)なのだから。
「大した時間はかかっていないさ。陽太がいつもいるのはここだからな」
屋上は鍵がなければ入れないため、まず見つかることはない。
つまり、鍵さえどうにかできれば絶好のサボりスポットなのだ。
「……お前だけだよ、オレのことを陽太って呼ぶのは」
ぼそりと呟いて、陽太は目を伏せる。
――飛高ルナ。
彼女の事情は随分と複雑なものだった。
◆
飛高陽太こと、
『旅団(レギオン)』の首領、サヴァロスは、人間の負の感情に着目していた。
ひたすら負の感情を掻き集め、濃縮したそれを最強の兵器へと転用しようとしたのだ。
その名も『暗黒の種子』。
感情を媒介に成長し、莫大なエネルギーを以て増殖する生体兵器である。
あまりの破壊力に、『旅団(レギオン)』内部でも揉めに揉めた。
下手をすれば、感情エネルギーを刈り取る対象である地球人まで死滅してしまう。
エネルギーを求めて侵略したというのに本末転倒である。
開発中止を要求するもの。
デチューンして活用を提言するもの。
侵略者であることは変わらないが、地球を気に入ってしまったもの……。
多くの反対者が現れ、議論は紛糾した。
――結局、サヴァロス以外の全員が離反者となり、実質的に『旅団(レギオン)』は滅びたと言っていい。
しかし、サヴァロスの狂気は止まらなかった。
力のためであれば、全てを犠牲にする覚悟。
実のところ、彼は私利私欲のために行動していた。
一人きりでも『暗黒の種子』を実用化し牙を剥いたのである。
戦いは激化の一途を辿るばかり。
とはいえ、先にも記したとおり、ルーナは『旅団(レギオン)』を制した。
離反者たちの協力もあり、たった一人の少年が巨悪を討ち果たしたのだ。
が、そこからが問題。
首領サヴァロスは、死の寸前、最後の足掻きとばかりに『暗黒の種子』を暴走させた。
道連れを求めてのことである。
見苦しい話だが、彼はすでに正気を失っていたのだ。
制御下を離れた『暗黒の種子』にかかれば、あっという間に地球を飲み込むだろう。
しかし、結局、世界が滅亡することはなかった。
理由はただ一つ。
ルーナが全ての負のエネルギーを背負い込むことで、暴走を鎮圧したからだ。
◆
たった一人の人間が、数百万人の負の感情を取り込むなんて土台無理な話だった。
飛高陽太という人物の存在は、感情の奔流に押しつぶされ、無残にも破壊された。
もしかしたら、少しばかりの原型が残っただけで幸運といえるのかもしれない。
あまりに哀れに思った聖獣たちは、陽太を救うために動き出した。
離反者も同様だった。
同胞を止めてくれた、心優しき少年へ恩を返すため一致団結していく。
――奇跡が起きたのだろう。
聖獣は力尽き消滅してしまったものの、最後の力を振り絞り、一命を取り留めることに成功する。
そうして生まれたのが飛高ルナ。
陽太の人格と、ルーナの肉体――そして暗黒の種子を内に秘めた一人の少女である。
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