episode.22「で……結局何なのあんたら?」

東庄とうじょうのバカヤロー、死ねぇぇえっ!」


 ぼすむっ。

 ……と、ゲームセンターのパンチングマシーンをぶん殴ってみたところで、あきらへの鬱憤うっぷんが晴れるはずもなく。


 JRの常苑とこぞの駅前から、モノレールで私鉄沿線の緋煌ひおう町へ。


「それでは先輩、また明日」


 門限の時刻も近づいてきて、茉奈まな涼真りょうまのウサ晴らしは果たされぬままお開きとなった。


「うん。水薙みなぎも気をつけてね。ここんとこ、やたら街中に変なのがうろついてるから」

「はい……先輩も、元気出してください」

「わたしは元気だよ、ムカついてるだけ。大体、何だってこのわたしがあんなのとケンカしたくらいで元気無くさなきゃなんないのよ? 心配しすぎ」


 やけくそに笑い飛ばし、明るく手を振って茉奈は歩きだす。

 口に出して言ってみたら、なんだか自分でもその通りな気がしてきた。


 そもそも、東庄ってそんな奴だ。

 口も性格も意地も悪くて、茉奈に対しては特にひどい。


 いつも、いつも、いつも、いつも……

 考えてみればアイツはいつもあんな感じで、今日だってそれと似たようなものだった。


 邪魔だ、失せろ、と言うのなら、喜んで放っておいてやる。こっちも後輩が心配だから一緒に面倒を見てやっただけなのだ。


 あー、せいせいした。したといったら、した。


 これでやっと、茉奈も普通の女子高生に戻れる。


 あんなイカれた殺伐ファンタジー野郎は、無意味におっぱいをアピールするような頭と尻の軽い金髪女とホテルでいちゃいちゃしてればいい、ていうかナニあの女…………


「…………っ」

 考えていたら余計にムカついてきた。


 あの男はひょっとして、人をイラつかせる天才か何かなのだろうか。


「――っ、と。すいません……」


 公で頭をいっぱいにしていたら、通行人とぶつかりそうになってしまった。


 男の人だ。


 ちょっと見上げるほど背が高くて、体つきもがっしりしている。

 衣服と髪の毛がなぜか焦げていて、顔には黒のサングラス。


 公を巨大化して、十歳くらい年を取らせて、火の輪くぐりに失敗させたらこんな感じになるのかもしれない。

 まあ何にしろ、アイツに雰囲気が似ているということは堅気かたぎの人間では絶対にないだろう。今のこの街では珍しくもないが。


 ともかくここは、安全第一。

 何事もないうちに離れたほうがよさそうだ。

 大体、こんな人気のない道で、こんなのが立ってたらさすがに気が付くはずなんだけど……


「ねえ、あなた工藤茉奈さんよね?」

 と、今度は女の声。


 なんと、後ろにも人がいた。


 振り返った印象だと、おおよそ二十歳くらいか。

 ロゼッタとかいう例の女と似たようなキャリアウーマン風の服装だが、あちらのパンツスーツに対してこちらはかなりタイトなミニスカートだった。


 すらりと伸びた二本の長い脚に、大人っぽいルージュの唇。

 就活中の女子大生というには見た目が婀娜あだつやっぽすぎる。


 以上の点を要約すると――


 茉奈は現在、人気のない夜の道で、なぜだか自分のことを知っている怪しげな人たちに行く手をふさがれているのだった。


「な、何なのあんたたち?」


 ……マズい。

 ここまで状況がお膳立ぜんだてされると、その直感はもはや外れようがなかった。


◇◇◇◆


 ……マズい。


 この状況下でチョコパフェをぱくついている阿呆と対面で差し向かいながら、お代わり自由のコーヒーを一口、苦りきった顔で公はすする。


 ホテルを焼け出された二人はひとまず、近場のファミレスに腰を落ち着けていた。

 店内は夕食時でにぎわっているが、さすがに食事を楽しめるほど時間と精神の余裕はない。


「とりあえず、今後の方針だが――」


 話し始めると、鼻の頭にクリームをつけて馬鹿がこちらを見上げてくる。

 公は構わず、


「バベルと次に接触したら、ブツを引き渡してさっさと追っ払う。奴が持ち帰ったブツの受け取りは〈廻廊殿かいろうでん〉の誰かにやらせる。それまでの間、俺たちは極力〈緋星會エカルラート〉関係者との接触を避ける。この件に奴らをまともに巻き込めば、お前の正体が露見するリスクもそれだけ大きくなるからな」


 もちろん〈緋星會〉側は、襲撃事件の当事者たる二人から事情を聴取する意向だった。そこを公が『依頼人の安全を確保するために』と強硬に言い張って、ほとんど無理矢理に振り切って出てきたのだ。


 きょうから直々におおせつかった護衛の任務である以上、後になってとがめられるようなことには多分ならないだろう。


「ひょれわ、わかりまいたが……」

 んぐ、と向かい側の抜け作は、咀嚼そしゃくしていたパフェを飲み込んで、


「次の接触とは、具体的にはいつ、どうやって?」


 公は手元のコーヒーを飲むべきかぶっかけるべきか五秒ほど真剣に悩んでから、飲んだ。


「……お前にしては、良い質問だ。こちらから渡りをつけるのは不自然だが、かといって、あえて向こうの目に付きやすくすれば来て欲しくない連中まで呼ぶことになる……」


「で?」

「今のところは、奴にうまいこと俺たちを見つけてもらうしかない。二、三日待って奴が来なければ、依頼そのものをキャンセルして手を引かせる名分も立つだろう」


「結局、人任せなのですね」

「…………誰のせいだと思ってる」


 脳足らずがパフェのコーンフレークをつつき、公がコーヒーに口をつける。


 テーブルの上にひねた沈黙が漂いだした、そんな中で――


「……ん?」

 公のポケットで、携帯電話が震える。


「メール……工藤から?」


 アドレスの交換はしていたが、実際に届くのは初めてだ。


 ……まだ、怒っているのだろうか?

 期待もせずに開いてみると、想像以上に中身はひどかった。


『レベル13サーティーンに告ぐ。女の身柄は預かった。返して欲しくば……』


 犯行声明、脅迫文に続いて、添付画像は……縛られ、猿轡さるぐつわまされた茉奈の姿。


 やられた――


 愕然がくぜんとなる公の携帯へ、続けて茉奈の番号から着信が入る。


『初めまして、レベル13。メール読んでくれたかしら?』


 ……女?

 茉奈の声ではない。


「貴様、何者だ」

『相棒よ、バベルの。代わってあげてもいいけど、やっぱり彼女と話したいかしら?』

「無事でいるんだろうな」

『待って、今出てもらうから』


 少し、間を置いて声が変わる。


『……なに、何なの?』


「工藤、無事か?」

『…………その声っ、やっぱあんたのせいか、この疫病神ぃぃぃッ! おっしゃる通りに大人しく帰ったらおかげさまでこのザマよ、どーもありがとう馬鹿しねっ!』


 物凄く無事らしい。

 元気いっぱいの罵声ばせいが一段落すると、また最初の女が出てきた。


『どう、安心した? ま、詳しくはメールの通りよ。何か質問は?』


「ああ、今ちょうど忙しくてな。いくら追加で払ったら来週まで預かってもらえるんだ?」

『……ふふ、ダメよ。いいから、早くお迎えにいらっしゃい? 時間にルーズな男なんて彼女に嫌われちゃうんだから』


 通話が切れる。公は、深々と息を吐き出す。


「何事ですか?」

 コーンフレークを口の端にくっつけ、頓馬とんまいてきた。


「バベルの相棒とかいう奴に工藤がさらわれた。お前、護衛に俺が付くってことまで事前に奴に伝えてたのか?」

「ええ、一応。つまらない仕事なら受けないというものですから」


 悪びれもせず、盆暗ぼんくらうなずく。


「道理で……俺の周りで一番、間抜けで隙だらけの奴を的確に選んで攫っていきやがった。それなりの下調べはしてあったんだろう」

「ですが、なぜあなたの関係者を? そもそも、この件にバベル13本人以外が関わるという話も聞いていませんし……」


 不思議がる間抜けを冷ややかに見やり、公は皮肉っぽく笑う。


「奴らが知ってる今のお前は、架空の人間だからな。脅しの材料を探りようがないから、俺のほうを脅してきた。

 雇い主をその手で殺してでも、ブツを奪って一人で来い、だと」


「………っ」

 リゼットの顔から表情が消えた。当然だろう。


『その手で、殺してでも』――彼女にとっては、皮肉や冷笑で片付けられる言葉ではない。


「……行くつもりですか、彼女を助けに?」


 硬い彼女の問いかけに、公はそれでも皮肉と冷笑をもってむくいた。


「お前の姉を殺したくせに――か?」


「っ、フォース……!」

 蒼い瞳に、激情がたぎる。


 視線にこめられた殺気をいなして、やおらに、さりもなく公は立ち上がった。


「行くさ。折角せっかく向こうからお呼びがかかったんだ。この機会を逃す手はないだろう?」


◇◇◇◆


 薄暗い、倉庫の中みたいな、どこだかわからない場所だった。


 縛られっぱなしの身体が痛いけど、その程度で済んでよかったというべきだろうか?


 波の音が聞こえてくるから、緋煌町ではないはずだ。

 公と敵対している奴らが、茉奈の身柄を攫った後も〈緋星會〉の勢力圏にずっと留まるとは思えないし……


「で……結局何なのあんたら?」


 縛られた茉奈を見張っているのは、もちろん街中で出くわした怪しい男女の二人組だ。

 電話に出るため猿轡さるぐつわを外され、茉奈はようやくその正体を尋ねることができた。


「うむ」

 男のほうが、誇らしげに胸を反らす。


「俺の名は、バベル13サーティーン。フリーランスのプロフェッショナルにして、かの名高いバベル二世の末裔であるところの十三世だ」


「名高い、って誰よそれ?」


 投げやりに訊き返す茉奈を、サングラス越しの不服そうな視線がジト見してくる。


「小娘……バベル二世を知らんのか? 始祖・バベルの遺産である三つの使い魔を率いて魔王ヤミを打ち果たした伝説の勇者だぞ?」


「……いや、今の子は普通知らないでしょソレ」


 とりなしてくれた相棒の女も、心底興味なさげだった。


「むう……やはり、一族の栄光も今は昔か。俺の代で取り戻さねば……」


 よほどショックだったのか、男は広い背中を丸めて真剣に考え込んでしまう。


「っていうか、そうじゃなくて! あんたらが一体、どういうつもりで、わたしにこんなことしてるのか、ってこっちは訊いてるんでしょうが!?」


「レベル13に対する人質ひとじち――」

 答えてきたのは、女だった。


「あなた、彼の情婦じょうふでしょ? 私たちはね、彼が関わってるとある品物を横から頂戴ちょうだいしに来たのよ。だから、安心して。彼がそれを持ってきてくれれば、無事に帰してあげるわ」


 とある品物とかいうのは、例の『なんとかクォーツ』のことだろう。ここまでの会話の流れからして、大方予想できた答えだ。


 が……いくつか茉奈の知らない単語がある。


「その、レベル13とかってのが東庄とうじょうのことなの? あのお客にも『13』って呼ばれてたけど。……あと、ジョーフって何?」

「あら、レベル13を知らないの?」


 意外そうな女の反応を見る限り、バベル二世とやらよりは有名な名前らしい。


「ここでは『東庄』って名乗ってるらしいけど……彼、行く先々で偽名を使うから、みんなその仇名で呼んでるのよ。魔力レベル、マイナス13――魔法を使わず魔力を吸い取る、魔人殺しのスペシャリスト。

廻廊殿かいろうでん〉を裏切ったお尋ね者の賞金首で、金に汚く仕事も選ばず、行状は冷酷無比にして悪逆非道、不埒千万、傍若無人、傲岸不遜、厚顔無恥、暴飲暴食、酒池肉林。

 そりゃーもう、やりたい放題のヤクザっぷりで、札付きの悪党でさえ一緒に仕事はしたがらないとか――全部ウワサの受け売りだけど。

 それと情婦ってのは、彼のオンナってことね」


「あー……大体納得できたけど、一番大事な部分が死ぬほど見当違いだわ」

「というと?」


「決まってるでしょ。わたしは、あいつのオンナなんかじゃないってこと! こんなことしたって無駄だから帰してよ」

「あら……」


 茉奈の抗議に、女はさして驚いた様子を見せなかった。むしろ、年上の余裕とかそんなモノっぽいものを振りまきつつ、艶然えんぜんと微笑んでくる。


「さっきの電話、喧嘩中なの? それとも、もしものときにはそう言うように、って彼に言われてるのかしら? どっちにしろ初々しい反応よねー。おねーさん、トシを感じるわ」

「いや、だからそうじゃなくて……」


「だーめっ」

 ぴた、とほっそりした指先を当てて、女は茉奈の唇を塞ぐ。


「この一週間、私ずっとあなたたちを監視してたのよ? 女嫌いで有名な13があんなに気を許してるんですもの、無関係だなんて信じられないわ」

「……女嫌い?」


 それを言うなら、彼の態度は性別を問わず人間全般を嫌っているようにも見えるが……


 いぶかる茉奈の視線から、女は逃げるように目をらし、どこか気まずげにほおく。


「あー、じゃああの話も知らないのかしら? だとしたらちょっと可哀想よね……」


 思わせぶりをよそおいつつも、口調は既に言う気満々だった。


「彼にまつわる有名なうわさよ。女嫌いになった原因は、〈廻廊殿〉を追放されたときにれた女を殺したからだ、って。

 名前は、確か……ファリス・アーネル・アルスティード。

 彼と同じ勇者の仲間で、原因は内輪の三角関係じゃないかとか。さしずめ、タチの悪い年上女にもてあそばれちゃったってトコかしらね?」


 ……その話って。


 以前、本人が涼真りょうまに語ったのと符合ふごうする内容ではある。


 とはいえ、いかにもゴシップじみて胡散うさん臭い噂だ。

 少なくとも、あのときに垣間かいま見せた暗さと自己否定は、女嫌いの一言で済むようなレベルでは到底なかった。


「バカバカしい。アレが、そんな可愛げのある性格してますかっての。アイツは、そんな理由で仲間を殺す奴じゃないし、わたしのことも助けになんて来やしないわよ。もし来るとしたら、わたしに構わずあんたら二人とも殺そうとするんじゃないの?」


「あら、そうなの?」

 ただの脅しと受け取ったのか、女は軽く驚いたふりをして、からかうように言ってくる。


「ま、実際の彼の性格についてはあなたのほうが詳しいでしょうけど……男と女については、別よ。彼は絶対、あなたを助けに来る。女の勘をナメてもらっちゃ困るわ」


「…………。」

 ……ほんとに、来てくれるのかな?


 強がってはみたものの、こうなってしまったからにはそれに期待するしかなかった。


「どの道、あと二時間ってところね」


 女は時刻を確認すると、携帯電話を茉奈のポケットへ。


「指定した時間に彼が来てくれるか、楽しみにして待つとしましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る