episode.21「それが、プロフェッショナルだ」
発生源はいなくなっても、気まずい空気はまだ残っている。
「あれで、よかったのですか?」
「良いも悪いも、奴らにとっての俺たちは本来、敵も同然の大嘘つきだぞ。怒らせただの、嫌われただの、いちいち気にしても仕方ないだろう」
「そうでしょうか? その割には、さっきからずっとあの荷物ばかり見ているようですが」
「…………そんなことはない」
一応、否定はしておくが、見ていなかったと言いきれるだけの根拠も思い当たらない。完全に上の空だった。
我ながら、なんと中途半端な。
苦々しくも公は
この街に来てから――
あの連中とつるむようになってから、自分自身の気構えが
恥を知るがいい、愚か者め。
ここに来た理由を、もう一度思い出せ。
居心地のいいぬるま湯に
「どの道、俺は一週間後には奴らの前から消える人間だ。ド素人の〈
「素人、ですか?
独り言めいた公の言い訳に、リゼットは複雑な反応を見せた。お前が読んでるその新聞は昨日のだ、とでも言われたような顔。
そういえば、と公は一つの事実に気付く。同年齢・同レベルの相手に彼女が対抗意識を抱くというのは意外にありそうな話だ。
公はなんだか
まさか、あんな素人を本気でライバル視する馬鹿が〈
「ああ、工藤の奴はまったくひどいド素人だ。奴の魔力は並外れて巨大だが、その分だけ制御も難しい。それが、肝心の制御技術は人並み以下のお粗末さときてる。
同じレベル37でも、100分の37を
「ええ、そうでしょうね」
ついさっき同じように邪魔扱いされたリゼットは、思いきり不満げに
「それに、」
と、公は口元を苦く
「プロの仕事である以前に、コトは人間同士の殺し合いだ。血も流さない怪物や人間をやめたバケモノを狩るのと同じようにいくもんじゃない。奴には、それがわかってない……わかる必要もないことだろうが」
「…………。」
今度は、リゼットも何も言わなかった。
――と。
再び満ちようとしていた沈黙の中に、無遠慮な電子音が鳴り響く。
リゼットが左腕のPMDを見やった。
「魔力レベル、60? これは、一体……」
予期せぬ数値の出現に、リゼットは首を
それにしても、レベル60とは破格の数字だ。
街に集まった顔ぶれの中に、そこまでの使い手がいたかどうか……
「――――っ!?」
窓の外に、気配。
黒い何者かの影が、ベランダに音もなく降り立った。
「来やがったか!」
立ち上がる公。
銃口を向けた
やはり『敵』か――
乱舞するガラス片の向こうに見えたのは、黒一色のロングコートをはためかせた長身の男。
公が発砲、一瞬遅れて、男は左手で空中を
「〈
指先の描く軌跡に沿って、
見るより早く、公は身を反らしていた。
銃弾を
強烈な熱線は部屋の壁を
廊下と隣室がまとめて吹っ飛んだ。
銃弾一発に、何もそこまで……。
苦い笑いがこみ上げてくるほど、火力の差は歴然としていた。
「『ロゼッタ』、念のために聞くが――コレが、例のへっぽこか?」
「え、ええと……」
公の問いに
「あの、どちらかと部屋をお間違えではないかと思うのですが……もしかすると、あなた様はバベル
男の表情はサングラスで見えないが、呼ばれた名には反応があった。
「なるほど、俺が雇われたことも既に承知か。ならば話は早い。〈
どうやら、当たりらしい。
しかし、よりにもよって『バベル13』とは……!
がっしりした長身の体躯に長めの黒髪とサングラス、ロングコートの下にはハイネックのシャツ。
一見してある種の殺し屋然としたその男の名には、公も大いに心当たりがある。
「おい、何事だ!?」
「すげェ魔力反応だ! 魔人だぜきっと!」
様子を見に来た〈弑滅手〉たちが、まだ
「いや、待て! アレはバベル13じゃないか! ここに来てるとは聞いてなかったぞ!?」
「しかも、あっちはレベル13……〈
「おいおい、地獄の門番は居眠りでもしてやがるのか? こんな連中と同じ場所に落ちるほど俺の罪は深くないはずだぜ……!」
何やら好き放題に言われてはいるが、それほど悪名の高い〈弑滅手〉だ。魔人クラスの魔力レベルも、この男なら頷ける。
バベルのほうもその声を聞いて、こちらへの興味を露わにしてきた。
「ほう……レベル13、お前がそうなのか」
驚きではなく、確認の――あちらも、公がここにいることを知っていたような口ぶりだ。
「最近、よく似た名前で売ってる妙な同業がいるとは聞いていた。なに、責めようというわけじゃない。商標登録はしてないからな。だが小僧、お前は肝に銘じておくべきだ。
どことなく芝居がかった大物風を吹かせ、
こちらにすれば、『レベル13』なんて
一発吹いて満足したのか、バベルは少しトーンを落として、
「ともあれ、俺たちはプロフェッショナルだ」
……しつこいな、それ。
「俺たちがここでやり合うかどうかは、お前を雇った依頼人の決めることだ。さあ、渡すのか渡さないのか――選ぶのならば、生きているうちだ」
バベルの視線は、公からリゼットへ。
御大層に述べた哲学の通り、まずは流血を回避しようという意外と穏便な提案だった。
それで済むなら、こちらとしても越したことはない――
公も割りきった一策を思いつく。
無理に戦って倒さずとも、要は目的さえ果たせればいいのだ。
「よし。少しだけでいい、話し合わせてくれ」
公はバベルに断って、リゼットと二人、声を
「ここは素直に渡してやれ。奴とやり合うのはリスクが大きすぎる」
「えー? そんな、弱腰な……」
「知るか。あんなのを呼ぶほうが悪い。雇い主はお前なんだから、渡してもじきに帰ってくるだろう。
「……それは、確かにそうですけど」
「わかったら早く出せ。この騒ぎじゃますます面倒な連中が集まってくるぞ」
「でも、今は手元にありませんよ」
「……は?」
「ホテルのフロントで貴重品と一緒に預けてしまいました」
「…………。」
……………………アホか、こいつ。
「お前、売り物の禁制品を宿のフロントに預けるようなお
「だって、預けてください、と……」
「真に受けるな、そんなものっ! ああいうのは犯罪者じゃない真人間用のサービスだ!」
ひそひそと彼女を怒鳴りつけておき、公はバベルへ向き直った。ひどく疲れた気分だ。
嫌な汗を自覚しつつ、なるべく申し訳なさそうに切り出す。
「……すまん。その、今はモノが手元にないそうだ。いや、ほんの少し待ってくれれば、すぐに取りには行けるんだが……」
「そうか――」
バベルは少し、顔を
「そう来るのなら、仕方がない。先に護衛を片付けてから、改めて返事を聞くとしよう」
まあ……そうなるわな。
悲しい
「撤退だ! 何でもいいから足止めしろ!」
「は、はいっ――」
リゼットが攻撃魔法を放つ。
「〈
火花を散らす球状の雷が、広い部屋中にばら
〈
取り囲まれた格好のバベルは、下手に身動きを取ることすらかなわない。触れれば、瞬時に感電、爆発の餌食となる。
これは、うまい足止めだ。
茉奈がよく使う〈
公が内心、危うく彼女を
「あれ……?」
弾ける火花が互いに触れ合い、あれよあれよと誘爆の連鎖がバベルの姿を呑み込んだ。魔力の制御に失敗したらしい。
……本気で工藤と同レベルだ、こいつ。
「げふぉっ!?」
悶絶するそいつから奪い取った魔力で、床に手をつき魔法陣を展開――壁抜けの魔法を応用した術で、リゼットと二人、一気に一階のロビーへと転移した。
フロント……はあったが、この状況で悠長なことは言っていられない。二人はほとんど脇目も振らず、正面玄関から外へ走り出る。
「――――ッ!」
ドンっ! と、足元の石畳をブチ割る勢いで。
空からバベルが降ってきたのは、まさにその瞬間、二人のちょうど目の前だった。
いい感じに
「場所を変えるなら、遠慮せずそう言え。俺もビルの上よりは、下のほうがやりやすい。
まさに、プロフェッショナル。呆れた仕事熱心さだ。
この男に、勝てるだろうか……?
じりじりと熱く
それは〈弑滅手〉であろうと同じだ。
とはいえ、致命傷を与え得る手段と可能性について、相手がより多くを握っていることは認めざるを得ない。
しかも、今はリゼットがいる。
彼女を戦力に数えるかはともかく、工藤と
三人もいたら確実に悪夢だ。
公にも目的がある以上、こんなところでやられるわけにはいかないのだから――
「……やってやるさ。この『仕事』は失敗できない」
トリガーにかけた右手の指が、
「そうか……お前もまた、プロフェッショナルか」
感慨深げにバベルが
サングラス越しに交錯する視線。
一触即発になりかけた空気を、フイにしたのは追手のほうだった。
「しかし、邪魔が入りすぎたな。時を改めるとしよう」
幅広なバベルの肩越しに、出動してきた
建前としては、これらは全て公の味方側だ。
バベルは身を
「ひとまず、助かりましたね……」
リゼットがほっと安堵の息を漏らす。完全に、ただの被害者の顔で。
「一つだけ、確認しておきたいんだが……何だって、あんなヤバい奴を雇った? 入念に
当然すぎる公の問いに、リゼットも真面目に不思議そうな顔で答えた。
「確かに、不可解です。ブラックリストの上のほうから、しっかりと条件に適合する人材を探しだしたはずなのですが……」
「待て。なぜそこでブラックリストを、しかも上から当たっていく?」
当然すぎる公の問いに、リゼットは心底、不思議そうな顔で問い返した。
「私も一つだけ、確認しておきたいのですが……ブラックリストというものは、雇っても役に立ちそうにない無能な人材のリストではないのですか?」
「…………そんなリストがこの世にあったら、一番上にお前が出てるだろう」
リゼットからの反論はなかった。
◇◇◇◆
無理押しは避けて戦略的撤退、そして連絡。
バベル13の行動は、今のところ事前の指示通りだった。
「……ああ、わかっている。しかし、本当にやるのか?」
何を今更、とPDMの通信を介して『相棒』が彼に告げてくる。
不本意ながら、今回の仕事に関する主導権は元より彼の手にはない。
通信を切ると、腑に落ちぬ表情をサングラスで押し隠しバベルは再び移動を開始した。
「是非もなし……
『奴』のことは、雇い主には知らせていないが……依頼さえ果たせれば問題はなかろう。
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