episode.21「それが、プロフェッショナルだ」

 発生源はいなくなっても、気まずい空気はまだ残っている。

 あきらがソファにもたれてじっと黙り込んでいると、リゼットが先に口を開いてきた。


「あれで、よかったのですか?」

「良いも悪いも、奴らにとっての俺たちは本来、敵も同然の大嘘つきだぞ。怒らせただの、嫌われただの、いちいち気にしても仕方ないだろう」


「そうでしょうか? その割には、さっきからずっとあの荷物ばかり見ているようですが」

「…………そんなことはない」


 一応、否定はしておくが、見ていなかったと言いきれるだけの根拠も思い当たらない。完全に上の空だった。


 我ながら、なんと中途半端な。

 苦々しくも公は自嘲じちょうする。


 この街に来てから――

 あの連中とつるむようになってから、自分自身の気構えがなまくらになりつつあるように思えた。


 恥を知るがいい、愚か者め。

 ここに来た理由を、もう一度思い出せ。


 居心地のいいぬるま湯にかって、楽しく愉快に暮らすことなどお前には許されるはずがない……


「どの道、俺は一週間後には奴らの前から消える人間だ。ド素人の〈弑滅手ヘルサイド〉ごっこに付き合うのにも飽きたところだし、むしろあれでちょうどよかった」

「素人、ですか? 工藤茉奈くどうまなは私と同等の魔力レベルを持っているはずですが」


 独り言めいた公の言い訳に、リゼットは複雑な反応を見せた。お前が読んでるその新聞は昨日のだ、とでも言われたような顔。


 そういえば、と公は一つの事実に気付く。同年齢・同レベルの相手に彼女が対抗意識を抱くというのは意外にありそうな話だ。


 公はなんだか可笑おかしくなった。

 まさか、あんな素人を本気でライバル視する馬鹿が〈廻廊殿かいろうでん〉の本職にいようとは。


「ああ、工藤の奴はまったくひどいド素人だ。奴の魔力は並外れて巨大だが、その分だけ制御も難しい。それが、肝心の制御技術は人並み以下のお粗末さときてる。

 同じレベル37でも、100分の37をかろうじて使えるのと、40分の37を完璧に使いこなすのとでは、戦力としての働きがまるで違う。お前のほうが奴よりマシだと言う気も別にないけどな」


「ええ、そうでしょうね」

 ついさっき同じように邪魔扱いされたリゼットは、思いきり不満げにうなずいた。


「それに、」

 と、公は口元を苦くゆがませる。


「プロの仕事である以前に、コトは人間同士の殺し合いだ。血も流さない怪物や人間をやめたバケモノを狩るのと同じようにいくもんじゃない。奴には、それがわかってない……わかる必要もないことだろうが」


「…………。」

 今度は、リゼットも何も言わなかった。


 ――と。

 再び満ちようとしていた沈黙の中に、無遠慮な電子音が鳴り響く。


 リゼットが左腕のPMDを見やった。


「魔力レベル、60? これは、一体……」


 予期せぬ数値の出現に、リゼットは首をかしげる。ホテル内が〈弑滅手〉だらけなので、一定以上の強い反応のみを通知させる設定にでもしてあったのだろう。


 それにしても、レベル60とは破格の数字だ。

 街に集まった顔ぶれの中に、そこまでの使い手がいたかどうか……


「――――っ!?」


 窓の外に、気配。

 黒い何者かの影が、ベランダに音もなく降り立った。


「来やがったか!」


 立ち上がる公。

 銃口を向けたき出し窓が、発砲を待たず粉々に砕け散る。


 やはり『敵』か――

 乱舞するガラス片の向こうに見えたのは、黒一色のロングコートをはためかせた長身の男。


 公が発砲、一瞬遅れて、男は左手で空中をいだ。


「〈太陽神の戦刃マルドゥーク・レイ〉」


 指先の描く軌跡に沿って、まばゆい光が線を結ぶ。


 見るより早く、公は身を反らしていた。

 銃弾をき斬った光の帯が、間一髪でぎっていく。


 強烈な熱線は部屋の壁をあぶり、公の背後で大爆発――


 廊下と隣室がまとめて吹っ飛んだ。


 銃弾一発に、何もそこまで……。

 苦い笑いがこみ上げてくるほど、火力の差は歴然としていた。


「『ロゼッタ』、念のために聞くが――コレが、例のへっぽこか?」

「え、ええと……」


 公の問いにうながされたリゼットは、顔面を蒼白にして侵入者とのコンタクトを試みる。


「あの、どちらかと部屋をお間違えではないかと思うのですが……もしかすると、あなた様はバベル13サーティーンさんでいらしたりするのでしょうか?」


 男の表情はサングラスで見えないが、呼ばれた名には反応があった。


「なるほど、俺が雇われたことも既に承知か。ならば話は早い。〈砂漠王の炎ギュナム・クォーツ〉とやらを渡してもらおう。避けられる手間と流血は避ける。それが、プロフェッショナルの仕事だ」


 どうやら、当たりらしい。

 しかし、よりにもよって『バベル13』とは……!


 がっしりした長身の体躯に長めの黒髪とサングラス、ロングコートの下にはハイネックのシャツ。


 一見してある種の殺し屋然としたその男の名には、公も大いに心当たりがある。


「おい、何事だ!?」

「すげェ魔力反応だ! 魔人だぜきっと!」


 様子を見に来た〈弑滅手〉たちが、まだけぶる廊下で口々に騒ぎ立てた。


「いや、待て! アレはバベル13じゃないか! ここに来てるとは聞いてなかったぞ!?」

「しかも、あっちはレベル13……〈緋星會エカルラート〉の総帥とダチってのはマジらしいな」

「おいおい、地獄の門番は居眠りでもしてやがるのか? こんな連中と同じ場所に落ちるほど俺の罪は深くないはずだぜ……!」


 何やら好き放題に言われてはいるが、それほど悪名の高い〈弑滅手〉だ。魔人クラスの魔力レベルも、この男なら頷ける。


 バベルのほうもその声を聞いて、こちらへの興味を露わにしてきた。


「ほう……レベル13、お前がそうなのか」


 驚きではなく、確認の――あちらも、公がここにいることを知っていたような口ぶりだ。


「最近、よく似た名前で売ってる妙な同業がいるとは聞いていた。なに、責めようというわけじゃない。商標登録はしてないからな。だが小僧、お前は肝に銘じておくべきだ。じつを伴わない名など、すぐに消えて忘れ去られる……それが、プロフェッショナルの世界だ」


 どことなく芝居がかった大物風を吹かせ、職業的暗殺者プロフェッショナルの哲学を垂れる。

 こちらにすれば、『レベル13』なんてたわけた仇名を自分から名乗った覚えはないのだが。


 一発吹いて満足したのか、バベルは少しトーンを落として、


「ともあれ、俺たちはプロフェッショナルだ」


 ……しつこいな、それ。


「俺たちがここでやり合うかどうかは、お前を雇った依頼人の決めることだ。さあ、渡すのか渡さないのか――選ぶのならば、生きているうちだ」


 バベルの視線は、公からリゼットへ。

 御大層に述べた哲学の通り、まずは流血を回避しようという意外と穏便な提案だった。


 それで済むなら、こちらとしても越したことはない――

 公も割りきった一策を思いつく。


 無理に戦って倒さずとも、要は目的さえ果たせればいいのだ。


「よし。少しだけでいい、話し合わせてくれ」


 公はバベルに断って、リゼットと二人、声をひそめた内緒話を始める。


「ここは素直に渡してやれ。奴とやり合うのはリスクが大きすぎる」

「えー? そんな、弱腰な……」


「知るか。あんなのを呼ぶほうが悪い。雇い主はお前なんだから、渡してもじきに帰ってくるだろう。きょうには別口のプロを雇って奪い返したとでも言っておけばいい」

「……それは、確かにそうですけど」

「わかったら早く出せ。この騒ぎじゃますます面倒な連中が集まってくるぞ」


 き立てる公に、リゼットは信じられないほど呑気のんきな顔で言った。


「でも、今は手元にありませんよ」

「……は?」

「ホテルのフロントで貴重品と一緒に預けてしまいました」

「…………。」


 ……………………アホか、こいつ。


「お前、売り物の禁制品を宿のフロントに預けるようなお目出度めでたい密輸業者がいるか!」

「だって、預けてください、と……」

「真に受けるな、そんなものっ! ああいうのは犯罪者じゃない真人間用のサービスだ!」


 ひそひそと彼女を怒鳴りつけておき、公はバベルへ向き直った。ひどく疲れた気分だ。


 嫌な汗を自覚しつつ、なるべく申し訳なさそうに切り出す。


「……すまん。その、今はモノが手元にないそうだ。いや、ほんの少し待ってくれれば、すぐに取りには行けるんだが……」


「そうか――」

 バベルは少し、顔をうつむけて、


「そう来るのなら、仕方がない。先に護衛を片付けてから、改めて返事を聞くとしよう」


 まあ……そうなるわな。

 悲しいあきらめをみしめつつ、公はリゼットへ指示を飛ばした。


「撤退だ! 何でもいいから足止めしろ!」

「は、はいっ――」


 リゼットが攻撃魔法を放つ。


「〈雷精簇駆ユーグ・ドライブ〉っ!」


 火花を散らす球状の雷が、広い部屋中にばらかれた。


雷精らいせいユーグ〉の神霊魔法。


 取り囲まれた格好のバベルは、下手に身動きを取ることすらかなわない。触れれば、瞬時に感電、爆発の餌食となる。


 これは、うまい足止めだ。

 茉奈がよく使う〈焔霊えんれいシャーラ〉の神霊魔法と似ているが、使い方に応用が効いている。


 公が内心、危うく彼女をめかけたそばから、


「あれ……?」


 弾ける火花が互いに触れ合い、あれよあれよと誘爆の連鎖がバベルの姿を呑み込んだ。魔力の制御に失敗したらしい。


 ……本気で工藤と同レベルだ、こいつ。


 暗澹あんたんとしつつも、とにかく公は駆けだした。ギャラリーの一人とすれ違いざま、左腕で豪快なラリアットを見舞う。


「げふぉっ!?」


 悶絶するそいつから奪い取った魔力で、床に手をつき魔法陣を展開――壁抜けの魔法を応用した術で、リゼットと二人、一気に一階のロビーへと転移した。


 フロント……はあったが、この状況で悠長なことは言っていられない。二人はほとんど脇目も振らず、正面玄関から外へ走り出る。


「――――ッ!」


 ドンっ! と、足元の石畳をブチ割る勢いで。


 空からバベルが降ってきたのは、まさにその瞬間、二人のちょうど目の前だった。

 いい感じにげた素敵なアフロが、不敵な笑みをたたえている。


「場所を変えるなら、遠慮せずそう言え。俺もビルの上よりは、下のほうがやりやすい。如何いかなる場所でもタフに戦い、選べるときは戦場を選ぶ。それが、プロフェッショナルだ」


 まさに、プロフェッショナル。呆れた仕事熱心さだ。


 この男に、勝てるだろうか……?

 じりじりと熱くれた心で、公は自問する。


 しかるべき場所へ叩き込んでやれば、銃弾の一発で人は死ぬ。

 それは〈弑滅手〉であろうと同じだ。

 とはいえ、致命傷を与え得る手段と可能性について、相手がより多くを握っていることは認めざるを得ない。


 しかも、今はリゼットがいる。

 彼女を戦力に数えるかはともかく、工藤と水薙みなぎを事前に追い払っておいてよかった、と公は心から思った。

 三人もいたら確実に悪夢だ。


 公にも目的がある以上、こんなところでやられるわけにはいかないのだから――


「……やってやるさ。この『仕事』は失敗できない」


 トリガーにかけた右手の指が、たかぶる戦意にうずきだす。


「そうか……お前もまた、プロフェッショナルか」

 感慨深げにバベルがつぶやく。


 サングラス越しに交錯する視線。


 一触即発になりかけた空気を、フイにしたのは追手のほうだった。


「しかし、邪魔が入りすぎたな。時を改めるとしよう」


 みなぎる殺気の圧力が、言葉とともにふとゆるんだ。


 幅広なバベルの肩越しに、出動してきた守衛隊ESFの車列が目に入ってきた。背後のホテルからも物見高い〈弑滅手〉たちがわらわらといて出てきている。

 建前としては、これらは全て公の味方側だ。


 バベルは身をひるがえすと、目にも留まらぬスピードで街のどこかへ消え去っていった。


「ひとまず、助かりましたね……」


 リゼットがほっと安堵の息を漏らす。完全に、ただの被害者の顔で。


「一つだけ、確認しておきたいんだが……何だって、あんなヤバい奴を雇った? 入念に吟味ぎんみしてへっぽこを選んだんじゃなかったのか?」


 当然すぎる公の問いに、リゼットも真面目に不思議そうな顔で答えた。


「確かに、不可解です。ブラックリストの上のほうから、しっかりと条件に適合する人材を探しだしたはずなのですが……」

「待て。なぜそこでブラックリストを、しかも上から当たっていく?」


 当然すぎる公の問いに、リゼットは心底、不思議そうな顔で問い返した。


「私も一つだけ、確認しておきたいのですが……ブラックリストというものは、雇っても役に立ちそうにない無能な人材のリストではないのですか?」

「…………そんなリストがこの世にあったら、一番上にお前が出てるだろう」


 リゼットからの反論はなかった。


◇◇◇◆


 無理押しは避けて戦略的撤退、そして連絡。


 バベル13の行動は、今のところ事前の指示通りだった。


「……ああ、わかっている。しかし、本当にやるのか?」


 何を今更、とPDMの通信を介して『相棒』が彼に告げてくる。

 不本意ながら、今回の仕事に関する主導権は元より彼の手にはない。


 通信を切ると、腑に落ちぬ表情をサングラスで押し隠しバベルは再び移動を開始した。


「是非もなし……冥府魔道めいふまどうに堕ちゆくもまた、プロフェッショナルの宿命か」


『奴』のことは、雇い主には知らせていないが……依頼さえ果たせれば問題はなかろう。

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