PART.4 ろくでなしどもの集う街

episode.19「お久しぶりです、13」

 魔力界乱相マナ・タービュランス現象の発生予想時期まで、残すところ約一週間。

 あきら常苑とこぞのにやってきてからでは、二週間の日が経っている。


 来たるべき異変の前兆なのだろう、常苑市各所における〈魎幻ソリッド〉の発生頻度は日増しに高まり続け、平常時を大きく上回る水準を記録しつつあった。


 他方では〈緋星會エカルラート〉の戦力もまた着々と増強が進んでおり、それら〈魎幻〉との戦闘は各方面から呼び集めた〈弑滅手ヘルサイド〉には格好の肩慣らしの場となっている。


 ……が。


 所詮、にわか仕立ての混成部隊。廃工場の件で消えた二人組など、一部には怪しげな連中も入り込んできていた。

 それでなくとも、ただでさえ我の強い〈弑滅手〉をこれだけの数かき集めれば、トラブルの種が尽きることはない。


 ギャスパーとルガーノが賭け事でモメただの、グアンとフロドアが決闘を始めただの、ラズ・アムとその眷属けんぞくたちが儀式で妙な煙をいて同宿の人間が全員ラリっただの、荻島おぎしまが朝帰りしてカミさんに追い出されただの、工藤くどう東庄とうじょうがケンカばかりしてるだの……


「あー、ハイハイ。力任せのヘタクソで悪うございました!」

「お前はそうして、忠告を素直に聞こうとしないのが欠点だ。自分への厳しさと謙虚さが足りないから、いつまでたっても成長できない」


「たったの二週間でどう成長しろってのよ! モヤシやヒヨコじゃあるまいし!」

「モヤシとヒヨコか。上手いたとえだ。ひ弱で未熟なお前に相応ふさわしい」

「……くうぅ、あんた、そんなにわたしが嫌いなの? あー、まぁそーですよね。水薙みなぎにばっか優しくするロリコンの東庄センパイは女子高生になんて興味ありませんよねっ!」


「お前……本当に可哀想な性格してるな」

「マジな目であわれむな、この性格破綻者ッ! あんたにだけは言われたくないっての!」


 ふぅ、とデスクで溜息をつく。


「……いそがしいな」

 おかげで、きょうは大忙しだった。


◇◇◇◆


「もう、ほんっと信じらんない! あんたって男はどこまでガサツにできてんのよ!?」

「くだらんことにこだわり過ぎるのを繊細さとき違えるな。些細ささいな行き違いをいつまでも引きずって感情的になるのは、確乎かっこたる価値観や目的意識がないからだ」


「……はっ。くだらないとか些細とか屁理屈ねて説教垂れるより、ひとこと『ゴメン』って言えないわけ? 結局いつも偉ぶるだけで器の小さい男なのよねー」

「謝るほどのこととは思わんが俺は最初に『スマン』と言ったぞ。その上で指摘したお前自身の過失とくだらなさを認めようとしないのが問題の本質だ」

「っだぁー、もういいッ! こんな理屈っぽい説教男とこれ以上何も話したくないわ!」

「そうか。それもいいだろう。俺もお前の人格的成長に責任を負う気はさらさらないからな。これからもそうやって感情と本能と脊髄せきずい反射だけで生きていけばいい」


「…………ぐうぅぅッ」

「あ、あの先輩。よかったら、私……」

「もういいってば!」

「放っておけ、水薙。ここで後輩に同情されるようじゃ工藤が余計にみじめだろう」

「わ、私はそんなつもりでは……」


 ――とか、何とか。いつものように一戦やらかした険悪な空気を引きずって、茉奈まなと公と涼真りょうまの三人は緋煌ひおう学院の理事長室へと校内の廊下を歩いていた。


 足取りは、まさに三者三様だ。


 先頭の茉奈は、廊下の真ん中を憤然とした大股で歩く。


 後ろに続く涼真は所在なさげにしょんぼりとして、両親が喧嘩中の一人っ子状態。


 そして、公は……


「…………っ」

 ちらり、と後方をうかがって、茉奈は余計に腹を立てた。公だけがいつもと何も変わらない調子で、最後尾を悠々と歩いている。


 これでは、まるで茉奈が独り相撲で一方的に腹を立てているみたいな……


 というか、実際その通りに近いのだが。

 一体、どんな神経をしていれば、ああも平然と人の感情を逆撫さかなでできるのだろうか。


『今の俺は歩く死人だ』


 いつか聞いた言葉を、茉奈はつい思い出す。

 死人にしてはずいぶんな元気だけど、確かに、感情は死んでるとしか思えない。


 彼が抱え込んだ暗い過去はともかく、こういう人間性の持ち主と良好な関係を築くのは無理だ。

 涼真に優しく見えるのだって、なつかれて適当にあしらってるだけだろう、きっと。

 じゃなきゃ、本物のアレな人か。


 蹴破けやぶらんばかりに理事長室のドアを開けると、


「ちょっと、享っ!」

「話なら聞かんぞ」


 機先を制して、享は言ってきた。


「私はただでさえ、クソ忙しい。痴話ちわ喧嘩の仲裁なんぞでお前たちを呼ぶと思うか?」

「何が痴話喧嘩よ!」


 茉奈はずかずか部屋へ立ち入り、理事長席のデスクを叩く。


「だってコイツ、わたしが用意してたお昼のおにぎり勝手に食べちゃったのよ!?

 いや、別にケチったわけじゃなくて、ちゃんとコイツ用のウメとシャケとおかかがあったのに、わたしのツナマヨ喰いやがったのよコイツは!

 なのにマトモな反省もせず、言うにコトかいて『ハラに入れば何だって一緒』だとか……ッ! 作った人の気持ちなんてちっとも考えてないのよ、コンビニで買ったやつだけど!」


 さえぎる隙を与えず一気にまくし立てると、享は大した興味もなさげに、


「……魔法も戦闘も関係ナシか。いよいよ本格的に犬も喰わんレベルだな」


 たった二言で片付けてしまい、さっさと本題に入った。


「ともかく、だ。今ウチに来てるお客の一人が公と古い知り合いだとかで、是非ぜひ会いたいと言うんでな、こうして来てもらったわけだが」


 ……『お客』だと?

 不吉な言葉に怒りも忘れ、茉奈は眉をひそめた。


「アレと知り合いってどんなお客よ? 絶対マトモな奴じゃないでしょ」


 今ここに来ている客といえば、助っ人の〈弑滅手〉連中のことだろう。

 友好組織の援軍、流れ者の傭兵ようへい、未登録の裏稼業……

 所属や分類は様々あるが、総じてガラが悪くチンピラじみている。あの中のどれが公と友達でも茉奈はちっとも驚かないと思う。


 享は小さく咳払せきばらいして、


「マトモかどうかは自分の目で見て判断しろ。本人はさっきからそこにいる」

「……え?」


 応接用のソファには、一人の見知らぬ客が座っていた。


 やばい、と額に冷や汗が伝う。

 今のも全部聞かれていたらしい。


 謝るべきかと思ったが、あちらは茉奈など問題にもしなかった。

 早速ソファを立ち上がり、公と話し始めている。


「お久しぶりです、13サーティーン


『サーティーン』というのは公の呼び名だろうか? 偽名がたくさんあるとは聞いているが。


「……こんなところに何をしに来た?」

 つっけんどんに、公は尋ねた。


 態度の悪さはいつものことだが、再会を喜んでいるようには見えない。借金取りだとか別れた女房が追いかけてきたらあんな顔になりそうだ。


「もちろん、仕事です。こちらの苦境をお助けするための取引をしに参りました」

「取引……?」


 いぶかる公の後を、享が引き取った。


「ああ、ウチへ援軍を寄越よこしてくれたさる組織からの紹介でな。いわゆる『死の商人』というやつさ。知り合いなのに知らんのか?」

得体えたいの知れない知り合いってのが山ほどいるような業界だからな。武器屋の真似事までしてるとは知らなかった」


「それは、正確ではありません。我々が提供を申し出た〈砂漠王の炎ギュナム・クォーツ〉は極めて強力な品ではありますが、所詮はただの〈魔結水晶マナ・クォーツ〉に過ぎない。使い道は、あなた方次第しだいです」

「……だ、そうだが一つ問題があってな」


 お客の訂正を受け流し、享は説明を続ける。


「その有難いお宝とやらを狙っているやからがいるらしい。何でも、脅迫状まで届いたとか。そんないわくつきの代物を売りつけて『苦境を助ける』もクソもないとは思うんだが……」


 顔に浮かぶほろ苦さを隠そうともせず、享は軽く肩をすくめて、


「紹介元の手前、あまり無下むげにもできんし、何せモノがモノでもある。資材部が是非にもと言ってくるもんで、こうして商談と相成あいなったワケさ。おかげですっかり足元を見られてVIP待遇をするハメになった。三日前から、守衛隊ESFの護衛チームで完全ガードだ」


「そんなに凄いの? その『なんとかクォーツ』って?」

「それはもう、ちょっとしたものですよ」


 茉奈の疑問に答えたのは木沢きざわだった。


 部屋の隅で、観葉植物の鉢植えと一緒に並んで立っている。

 いつから、なぜいるのかはわからなかったが、とにかく解説がしたいらしい。


「〈砂漠王の炎〉――その昔、英雄と名高いハイラバラルのギュナム王がお抱えの魔導士に作らせたという由緒のある品物です。その名が示す通り、炎のように赤い色をした大変美しい〈魔結水晶〉で、その内には途方もなく強大な魔力が秘められているのだとか……儀式魔法のサクリファイスとしては最高級の品ですし、来たる戦いにおいても大きな助けになることでしょう」


「ふーん」

「まぁ、当然のように御禁制ごきんせいの品ではありますが」


 と、木沢は締めくくる。

 聞いたところで大した意味もなさそうな解説だったが、本人は満足げだ。


 ゆらゆら揺れながら聞いていた享は、退屈というより寝不足っぽい欠伸あくびを一つ。


「というわけで、公。鬱陶うっとうしい守衛隊ESFに代わって、滞在中の護衛役に貴様を差し出せとのご要望だ。抜けられるのは痛いが、しばらくついててやってくれ」


「滞在はいつまでだ?」


 公の問いに、客は初めて少し笑った。


「ええ、折角せっかくのお祭りですから最後まで見ていくつもりです。商売の相手にも事欠ことかかない状況ですし。久々に、あなたと組んで戦うのも悪くはないでしょう」


 そう聞いた途端、涼真が表情を微妙にくもらせる。

 公を取られると思ったのだろう。


 享は、皮肉と眠気の入り混じった目つきでそちらをものげにながめやった。


「この上に助勢とはまた、有り難いことだな。追加でいくらむしられるのか今から楽しみだ」


 言うだけ言うと、さっさと席を立って奥の控室へ引っ込んでしまう。


「以後、この件は全て公と木沢に任せる。訪問販売の応対なんぞにかかずらうほどひまでもないからな。茉奈と涼真は別命があるまで学生の本分に専念しろ。私は…………寝る」


 ばたん、とドアが閉じて話は終わった。

 残されたのは、いつもの顔ぶれと問題のお客――


「……むぅ」

 正直、だいぶ意表を突かれたが、全体としてはやはりマトモな客とは言えない。茉奈の予想は半分当たって半分ハズレといったところか。


 きりりとした表情に立ち居振る舞い、言葉遣いなどは、ヤクザと区別がつかないような他のお客とは明らかに違う。見た目の造形もまたしかりで、態度の立派さにも劣ることなく端然たんぜんとして洗練されている。


 折り目の正しいスーツ、後ろで三つ編みにしてあるくすんだ色合いの金髪、白皙はくせきおもて、蒼い瞳。

 闇世界の商売人より軍人もしくはお役人、そうでなければお伽噺とぎばなしに出てくる騎士みたいな印象だ。


 享や公や木沢を見ているとなんだか自信が無くなってくるが、こういう人物がこういう立場にあるのはやっぱり変だろう。


 だって、あの客……どう見たって十五、六歳の女の子だし。

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