episode.18「それができれば合格だ。いいな?」

 竹林に、炎が吹き荒れている。


 茉奈まなが放った魔法ではない。


 敵の〈魎幻ソリッド〉が吐き出したもので、茉奈と涼真りょうまはそれを避けて左右に散っていた。


「二人とも、無事か!?」


 援軍到着の合図がてらに、あきらは敵影をめがけて三連射で発砲。

 命中した手応えはないが、炎はひとまず吹きやんだ。


 正面から対峙たいじし、照準を合わせ直す。


 レベル44の――おそらくは、〈主核体カヴァード〉。


 身の丈が三メートルもあろうかという、鎧を着た骸骨がいこつの巨大剣士だった。二足歩行で、両手にそれぞれ曲刀を構えている。全体的には人間型だが、頭蓋ずがい骨は後方へ細長く伸び、鰐口わにぐちに並ぶき出しの歯は鋭い牙になっていた。


 強敵だ。

 付け加えると、ひたいからもつのが生えており、骨なのに色はほんのりと赤い。


「公さん……っ」

 気付いた涼真がうるんだ目を向けてくる。


 対照的なのは茉奈だった。


「何よ、あんた?」

 ジトにらみ。


 まだ怒っているのか。というか……


「……お前こそ、何だそれは?」


 彼女は右手にとげ付きのむちを持ち、頭には安っぽい金ぴかの冠を被っていた。波型を描くてっぺんには色とりどりの宝石が光っている。


 ……何か、新しく変な趣味にでも目覚めてしまったのだろうか?


「うるっさいわね! これは大事な戦利品なのっ。せっかく二人で集めたんだから、今更邪魔しに出てこないでよ」


 邪魔って、お前。

 助けを呼んでおいて、何たる言い草を。


 文句を言う前に、敵のほうが動いていた。


 骸骨が両手を振りかぶり、斬り下ろしの剣閃けんせんを空中で交差させる。

 竹の枝葉をき散らして、風の刃が公に迫った。


 思った以上に、芸が細かい。

 公は、茉奈のいる左手側へ回避しつつ再び発砲する。


 しかし。


「あーっ、また撃った! この変態、そんなに水薙みなぎに罰ゲームさせたいの!?」


 このに及んで――こいつは、本当に何を言ってるのか。

 やはり、やる気を出させるにしてもやり方は選ぶべきだと公は切実に思う。


 あれほどの敵を前にして少しもひるんでいないのは、凄いと言えば凄いのだろうが……


 ともあれ、今は非常事態だ。

 四の五の論じ合うよりも、このやる気を生かすことを考えるべきだろう。


「安心しろ。魔錬銀ミスリルの弾丸をぶち込んだところで、そう簡単に死ぬ相手じゃない。攻撃力では俺の銃より、お前たちのほうが上なんだ」


 おだてたわけではなく、これは事実だった。銃器の火力にはおのずと限界がある。


「俺が攻撃を引きつける。とどめはお前たちで刺せ。それができれば合格だ。いいな?」


「あ……うん」

 今度は、茉奈も素直にうなずいた。


 涼真にも、しっかり聞こえていたようだ。きっ、とまなじりを決して刀の切っ先を敵に定める。


 先陣を切るのは、公の役目だ。


 敵の視界を斜めに横切り、発砲しながら距離を詰めていく。数発の弾丸が鎧に食い込み、何発かは剣に叩き落とされた。


 公の足が止まる。


 空になったマガジンを再装填そうてん

 近距離からの斬撃をかわし、飛び退きながら更に銃撃。


 口蓋こうがいに吸い込まれた弾丸が炸裂して、骸骨の巨体が後方へる。


「やあああっ!」


 公と入れ替わりで涼真が飛び出した。


 右から左へ、逆袈裟ぎゃくげさの斬り下ろし。鎧の裂け目から黒いもやが噴き出す。


 骸骨が、たたらを踏む。

 踏みとどまって、えた。


「グオオオッ!」


 直下の涼真へと、吹き下ろす炎――


「水薙っ」

 公は半ばタックル同然に、涼真の胴を後ろからさらう。


「〈焔霊群舞シャーラ・フライト〉っ!」

 二人の退避を、茉奈が待っていた。


 火炎のつぶてが巨体に降り注ぐ。


 立て続けに、四発がヒット。

 だが五発目は右の曲刀に弾かれ、続けてもう一方の刀が風の刃を茉奈に飛ばした。


「うわっ!」

 かろうじて残りの火球をぶつけ、茉奈は風の刃を相殺そうさいする。


「――ぃっ!」

 同時に、反転した涼真が斬り付け、後ろから敵の右腕を切断した。


 絶叫しつつも、骸骨は残った左の剣を涼真めがけてぎ払う。斬魔刀で防いだ涼真は、受け止めきれずに吹き飛ばされた。


 ここで再度の、前衛交代。


 追撃せんとする骸骨剣士を、鎧の胸当てへの渾身こんしんの飛び蹴りで公がどうにか食い止める。


 無論、その程度で倒れる相手ではない。

 稼いだのは、ほんの数秒。る上体を引き戻す間だけ。


 着地した公と、骸骨が向き合う。


 攻撃は――来ない。


 片腕を失い、かしいだ巨体。

 何かを狙って、待っているのか。

 眼窩がんかうつろな空洞が、奇妙なほどまっすぐにこちらを見ていた。


 あごが動き、牙の隙間から炎とは別のものがこぼれだす。


「…………フォー……ス……」


 ……こいつ。


 左腕に、戦慄せんりつが走る。

 燃え上がるような過去の情景が公の脳裏を一瞬、満たした。


「東庄っ!」

 茉奈の叫び。


 我に返って、敵の刀を銃で受け止めた。


 ひどい失態だ。

 戦闘中に我を忘れるとは……


 しかし、この距離は本来、公の――いや、レベル13サーティーンの支配領域だった。


「悪いな、工藤」


 幸か不幸か、敵は至近しきんに、銃は右手にある。


 自由な左手を鎧に押し当てた。


〈魎幻〉から、魔力を奪い取る。

 魔人に比べると純度が低く、『喰い殺す』ようなわけにはいかない。


 だが、魔法は使えるのだ。

 手首の蛇を誤魔化ごまかして、公の魔力が左手に集中する。


「〈魔裂衝マナ・ブラスト〉!」


 てのひらからの衝撃が、鎧ごと胴体に大穴を穿うがった。噴き出す煙のような黒い霧に包まれ、〈魎幻〉は崩れ落ちていく。


 終わった。

 そう思ったのは、甘すぎた。


 骸骨剣士の雄叫おたけびがとどろく。


 いや、もはや剣士とは呼べまい。

 無事に残った頭蓋骨とあごだけが宙を飛んで咆えていた。


「うぇっ!?」


 公ではなく、茉奈を狙って。


 きょかれたのは彼女も同じで、魔法で迎撃することはできなかった。みつく牙から逃げ腰の姿勢で、闇雲やみくもに右手を振り回す――


「やあっ……!」

 持っていた鞭がヒットしたのは、幸運な偶然というやつだったろう。


 リーチの長さが物を言い、噛まれるより先に鼻面はなづらを叩く。


 短い悲鳴。


 頭蓋骨はたまらず、軌道を変えて逃げを打った。

 続いて起きた二つ目の偶然を、果たして幸運と呼べるかどうか。


「ひやあああっ!」

 頭蓋骨に引きずられて、茉奈は飛んでいた。


 額の角に、鞭が何重にも巻き付いている。まるでジョーズに釣られた釣り人だ。


 結果。

 当然のことながら、51.5キロの重みで空飛ぶ骸骨がバランスを崩す。


「ぶえっ」


 茉奈は、地面に叩き付けられた。

 二度、三度とバウンドしながら引きずられていく。


「せんぱいっ……!」

「工藤、手を放せ!」


 追いかけながら、公と涼真が二人で叫ぶ。

 泣き言しか返ってこなかった。


「無理っ、からまったぁ……」


 一体、何がどうなったやら。

 棘付きの鞭が、ぐるぐると茉奈の右腕にも巻きついている。着ていた服が長袖ながそでなのがせめてもの幸運というべきか。


 骸骨のほうも振りほどこうと、左右にぶんぶん迷走中。


 そして悲劇が待っていた。


「――わあああっ!」

 竹林を仰向あおむけに滑っていく茉奈の、眼前に立派なタケノコが出現。


 あわれ、クラッシュのき目を見た彼女はタケノコと一緒に宙へ舞い上がった。


 ぽきん。


 折れたのは、骸骨の角だった。


 もんどりうって転がる茉奈と一緒に骸骨も転がって、


ったぁ……」

 茉奈は涙目で体を起こす。


 骸骨は、それきり動かなくなった。


「茉奈先輩……」

「平気だ、生きてる」


 真っ黒に汚れて腰をさする茉奈を見て、公と涼真の駆け足も緩んだ。

 竹林の反対側から、別の足音が近づいてくる。


「さすがに、助けるべきかと思ったが……何とも、妙な勝ち方をしたものだな」


 享が見下ろすその足下で、骸骨は黒い靄に変化していった。〈魎幻〉の残骸ざんがい。浮遊する暗黒が光を放ち、やがて一つの形をとる。


 やはり、『核』が残ったか――小さな、細長いその物体を享が拾い上げた。


「これは……?」


 金属製で、とがった針の根元部分に宝石と花をした装飾がついている。


「あら、可愛いかんざしね」

 享の後ろから、史奈がのぞきこんだ。


 簪。

 公には用途がわからなかったが、茉奈には答えがひらめいたようだった。


「あ、それ知ってる。時代劇に出てくる武器でしょ。首の後ろからこうやって、ぶすっと」

 地面に座ったまま、何やらジェスチャー混じりで主張する。


「違うわよ……ほんとに、恥ずかしい」


 史奈は残念そうに娘の見解を否定した。


「日本髪にったときに使う髪飾りよ。女の子ならそれぐらい知ってなさい」

「う……」

「でも、よかったですね。先輩も無事で、課題も達成できたし、今までで一番よさそうなものじゃないですか?」


 ヤブヘビで説教を喰らう茉奈を、相棒がなぐさめる。


「そうだな。献上品としては悪くない」

「……は? あんたが持ってくの?」


 上機嫌で値踏みする享に、茉奈は目をとがらせた。


「元々、命令書にそうあったはずだが」

「冗談じゃないわよ、こっちは散々苦労したのに……」


 すり傷だらけでボロボロの茉奈は、存外ぞんがい元気そうに立ち上がって、


「大体、日本髪っていうなら普通は黒でしょ。あんたにはこっちのほうが合ってるわ」


 享から戦利品をひったくると、緋色の髪にぴかぴか輝く安っぽい冠をせてやった。


 ……なるほど、似合う。

 尊大で偉そうな態度のわりに、見た目に重厚さがないところまで含めて。


「うわあ……」

 涼真が上げた微妙な歓声が、面々に浮かぶ無言の感想を象徴していた。


 場の雲行きが、ますます怪しくなる。


「茉奈。お前は親友の私をどういう目で見てるんだ?」

「それを言うならあんたこそ、もう少し親友に優しくすべきでしょ?」

「あう……お、お二人とも喧嘩は……」

「いやー、享たんと茉奈っちはほんと仲いいねー」

「それよりほら見て、立派なタケノコ。今年はもう終わりかと思ってたけど……今夜は、タケノコごはんにしようかしら」


 親子と姉妹に悠里まで加わったかしましいおしゃべりに、男どもの居場所はなかった。


 輪の外側に弾かれた者同士、木沢が公をねぎらう。


「お疲れ様です、東庄君。中々、いいパーティになってきたんじゃありませんか?」

「……だといいがな」


 適当に答える。

 公の気にかかっていたのは、戦果よりも戦闘中のことだった。


 あの、骸骨剣士の〈魎幻〉。あいつは、確かに……


◇◇◇◆


 夜。

 日曜日も終わろうとしていた。


 工藤家の玄関先で、涼真が見送りの住人たちに名残なごりを惜しんでお辞儀する。


「タケノコごはん御馳走様ごちそうさまでした、おばさま。先輩方も、今日はお世話になりました」


 隣でドアを支えているのは、エスコート役を命じられた公だ。


 門前の車へと先んずる享に、荻島おぎしまは声をひそめて呼びかけた。


「お嬢……」


 享が足を止める。

 こうして切り出されるのは大抵、運転手や涼真にすら聞かせたくない類の話題だ。


「あのバケモノが言ってやがった『フォース』ってのは……」


 こほん、と背後から咳払せきばらい。

 玄関から歩いてきた木沢が、涼真以上に丁寧なお辞儀で主君に今宵こよいの別れを告げた。


「今夜はここで失礼させていただきます、閣下。どうぞ、よきお休みを」


「ああ。ご苦労」

 一瞥いちべつし、享は車に乗り込んでいく。


 ドアに手をかけた荻島と木沢は、無言で頷き合って別れた。


PART.3 END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る