episode.18「それができれば合格だ。いいな?」
竹林に、炎が吹き荒れている。
敵の〈
「二人とも、無事か!?」
援軍到着の合図がてらに、
命中した手応えはないが、炎はひとまず吹きやんだ。
正面から
レベル44の――おそらくは、〈
身の丈が三メートルもあろうかという、鎧を着た
強敵だ。
付け加えると、
「公さん……っ」
気付いた涼真が
対照的なのは茉奈だった。
「何よ、あんた?」
ジト
まだ怒っているのか。というか……
「……お前こそ、何だそれは?」
彼女は右手に
……何か、新しく変な趣味にでも目覚めてしまったのだろうか?
「うるっさいわね! これは大事な戦利品なのっ。せっかく二人で集めたんだから、今更邪魔しに出てこないでよ」
邪魔って、お前。
助けを呼んでおいて、何たる言い草を。
文句を言う前に、敵のほうが動いていた。
骸骨が両手を振りかぶり、斬り下ろしの
竹の枝葉を
思った以上に、芸が細かい。
公は、茉奈のいる左手側へ回避しつつ再び発砲する。
しかし。
「あーっ、また撃った! この変態、そんなに
この
やはり、やる気を出させるにしてもやり方は選ぶべきだと公は切実に思う。
あれほどの敵を前にして少しも
ともあれ、今は非常事態だ。
四の五の論じ合うよりも、このやる気を生かすことを考えるべきだろう。
「安心しろ。
おだてたわけではなく、これは事実だった。銃器の火力にはおのずと限界がある。
「俺が攻撃を引きつける。とどめはお前たちで刺せ。それができれば合格だ。いいな?」
「あ……うん」
今度は、茉奈も素直に
涼真にも、しっかり聞こえていたようだ。きっ、とまなじりを決して刀の切っ先を敵に定める。
先陣を切るのは、公の役目だ。
敵の視界を斜めに横切り、発砲しながら距離を詰めていく。数発の弾丸が鎧に食い込み、何発かは剣に叩き落とされた。
公の足が止まる。
空になったマガジンを再
近距離からの斬撃をかわし、飛び
「やあああっ!」
公と入れ替わりで涼真が飛び出した。
右から左へ、
骸骨が、たたらを踏む。
踏みとどまって、
「グオオオッ!」
直下の涼真へと、吹き下ろす炎――
「水薙っ」
公は半ばタックル同然に、涼真の胴を後ろから
「〈
二人の退避を、茉奈が待っていた。
火炎の
立て続けに、四発がヒット。
だが五発目は右の曲刀に弾かれ、続けてもう一方の刀が風の刃を茉奈に飛ばした。
「うわっ!」
「――ぃっ!」
同時に、反転した涼真が斬り付け、後ろから敵の右腕を切断した。
絶叫しつつも、骸骨は残った左の剣を涼真めがけて
ここで再度の、前衛交代。
追撃せんとする骸骨剣士を、鎧の胸当てへの
無論、その程度で倒れる相手ではない。
稼いだのは、ほんの数秒。
着地した公と、骸骨が向き合う。
攻撃は――来ない。
片腕を失い、
何かを狙って、待っているのか。
「…………フォー……ス……」
……こいつ。
左腕に、
燃え上がるような過去の情景が公の脳裏を一瞬、満たした。
「東庄っ!」
茉奈の叫び。
我に返って、敵の刀を銃で受け止めた。
ひどい失態だ。
戦闘中に我を忘れるとは……
しかし、この距離は本来、公の――いや、レベル
「悪いな、工藤」
幸か不幸か、敵は
自由な左手を鎧に押し当てた。
〈魎幻〉から、魔力を奪い取る。
魔人に比べると純度が低く、『喰い殺す』ようなわけにはいかない。
だが、魔法は使えるのだ。
手首の蛇を
「〈
終わった。
そう思ったのは、甘すぎた。
骸骨剣士の
いや、もはや剣士とは呼べまい。
無事に残った頭蓋骨と
「うぇっ!?」
公ではなく、茉奈を狙って。
「やあっ……!」
持っていた鞭がヒットしたのは、幸運な偶然というやつだったろう。
リーチの長さが物を言い、噛まれるより先に
短い悲鳴。
頭蓋骨はたまらず、軌道を変えて逃げを打った。
続いて起きた二つ目の偶然を、果たして幸運と呼べるかどうか。
「ひやあああっ!」
頭蓋骨に引きずられて、茉奈は飛んでいた。
額の角に、鞭が何重にも巻き付いている。まるでジョーズに釣られた釣り人だ。
結果。
当然のことながら、51.5キロの重みで空飛ぶ骸骨がバランスを崩す。
「ぶえっ」
茉奈は、地面に叩き付けられた。
二度、三度とバウンドしながら引きずられていく。
「せんぱいっ……!」
「工藤、手を放せ!」
追いかけながら、公と涼真が二人で叫ぶ。
泣き言しか返ってこなかった。
「無理っ、
一体、何がどうなったやら。
棘付きの鞭が、ぐるぐると茉奈の右腕にも巻きついている。着ていた服が
骸骨のほうも振りほどこうと、左右にぶんぶん迷走中。
そして悲劇が待っていた。
「――わあああっ!」
竹林を
ぽきん。
折れたのは、骸骨の角だった。
もんどりうって転がる茉奈と一緒に骸骨も転がって、
「
茉奈は涙目で体を起こす。
骸骨は、それきり動かなくなった。
「茉奈先輩……」
「平気だ、生きてる」
真っ黒に汚れて腰をさする茉奈を見て、公と涼真の駆け足も緩んだ。
竹林の反対側から、別の足音が近づいてくる。
「さすがに、助けるべきかと思ったが……何とも、妙な勝ち方をしたものだな」
享が見下ろすその足下で、骸骨は黒い靄に変化していった。〈魎幻〉の
やはり、『核』が残ったか――小さな、細長いその物体を享が拾い上げた。
「これは……?」
金属製で、
「あら、可愛い
享の後ろから、史奈が
簪。
公には用途がわからなかったが、茉奈には答えが
「あ、それ知ってる。時代劇に出てくる武器でしょ。首の後ろからこうやって、ぶすっと」
地面に座ったまま、何やらジェスチャー混じりで主張する。
「違うわよ……ほんとに、恥ずかしい」
史奈は残念そうに娘の見解を否定した。
「日本髪に
「う……」
「でも、よかったですね。先輩も無事で、課題も達成できたし、今までで一番よさそうなものじゃないですか?」
ヤブヘビで説教を喰らう茉奈を、相棒が
「そうだな。献上品としては悪くない」
「……は? あんたが持ってくの?」
上機嫌で値踏みする享に、茉奈は目を
「元々、命令書にそうあったはずだが」
「冗談じゃないわよ、こっちは散々苦労したのに……」
すり傷だらけでボロボロの茉奈は、
「大体、日本髪っていうなら普通は黒でしょ。あんたにはこっちのほうが合ってるわ」
享から戦利品をひったくると、緋色の髪にぴかぴか輝く安っぽい冠を
……なるほど、似合う。
尊大で偉そうな態度のわりに、見た目に重厚さがないところまで含めて。
「うわあ……」
涼真が上げた微妙な歓声が、面々に浮かぶ無言の感想を象徴していた。
場の雲行きが、ますます怪しくなる。
「茉奈。お前は親友の私をどういう目で見てるんだ?」
「それを言うならあんたこそ、もう少し親友に優しくすべきでしょ?」
「あう……お、お二人とも喧嘩は……」
「いやー、享たんと茉奈っちはほんと仲いいねー」
「それよりほら見て、立派なタケノコ。今年はもう終わりかと思ってたけど……今夜は、タケノコごはんにしようかしら」
親子と姉妹に悠里まで加わった
輪の外側に弾かれた者同士、木沢が公を
「お疲れ様です、東庄君。中々、いいパーティになってきたんじゃありませんか?」
「……だといいがな」
適当に答える。
公の気にかかっていたのは、戦果よりも戦闘中のことだった。
あの、骸骨剣士の〈魎幻〉。あいつは、確かに……
◇◇◇◆
夜。
日曜日も終わろうとしていた。
工藤家の玄関先で、涼真が見送りの住人たちに
「タケノコごはん
隣でドアを支えているのは、エスコート役を命じられた公だ。
門前の車へと先んずる享に、
「お嬢……」
享が足を止める。
こうして切り出されるのは大抵、運転手や涼真にすら聞かせたくない類の話題だ。
「あのバケモノが言ってやがった『フォース』ってのは……」
こほん、と背後から
玄関から歩いてきた木沢が、涼真以上に丁寧なお辞儀で主君に
「今夜はここで失礼させていただきます、閣下。どうぞ、よきお休みを」
「ああ。ご苦労」
ドアに手をかけた荻島と木沢は、無言で頷き合って別れた。
PART.3 END
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