episode.16「ボスは赤くてツノが生えてるって」

 あたりに繁る笹藪ささやぶから、がさがさうごめく物音がする。古池のほとりだった。


水薙みなぎ、来るわよ!」

「――はい!」

 さっと身構えた茉奈まなに先駆け、抜刀した涼真りょうまが突っ込んでいく。


 五体ほどの群れで出てきたのは、やたらと大きな――太った猫くらいあるかもしれない、緑色の両生類だった。

 四つ足をついた平たい体に、上向きのギョロ目とふくらんだほお


 カエル……なのだろうが、こうもデカいと気色悪さも百倍だ。


「ふにゃああッ!?」

 ぴょーん、とジャンプした先頭の一体が、涼真のタイミングを外して顔面にべったりと貼りつく。

 彼女は剣を手放して、仰向けにぶっ倒れてしまった。


「むぐぅ……」

 巨大なカエルに馬乗り(?)にされ、涼真が苦しげにもがく。


「っ――こンのぉ!」

 魔法で狙うわけにもいかず、茉奈はダッシュして思い切り蹴飛ばした。


 ゲコ、とうめき声を上げ、カエルが宙を舞う。


「とりゃあ!」

 狙いすまして、追撃の〈光矢撃ルミナス・ボルト〉。


魎幻ソリッド〉は、あえなく爆散して無に還った。


 どうやら大した敵ではない。

 多分、本物の猫五匹に襲われたほうが危ないくらいだろう。


「うぅ、すみません、先輩……」

 気味悪げに顔をぬぐいながら武器を拾い直す涼真にも、それほどの危機感は見られない。


 ごそっ、と。

 やぶから大きな気配がしたのは、そんなときだった。


「何……?」

 茉奈がそちらをうかがうや否や、


「ゲコォッ!」

「うわっ!?」

「ひゃあっ!」

 藪から飛び出た大きな影が、二人の頭上を越えていく。

 

 背後で、ドスン、と重たい着地音。


 白日の下に現れたその姿は、やはりカエルだった。

 猫というより、牛ぐらいありそうな。


「なんか……あれ、ボスっぽくない? デカいし、ボスは赤くてツノが生えてるって前になんかで見たような気がする」

「はい……手強そうです」


 驚愕きょうがくしつつも、茉奈は分析をおこたらなかった。

 涼真も刀を構え直す。

 しかも――

 赤いのがもう一度ゲコゲコ鳴くと、さっきのと同じ緑色のカエルが四方からぞろぞろと湧いてくる。


「うっわ……」

「ふええ……」


 気持ち悪さに引いている間に、緑軍団は一斉に飛びかかってきた。


「くっ――〈焔霊群舞シャーラ・フライト〉!」

 茉奈は瞬時に、魔法を発動。


 呪文詠唱やめがない分、威力も低いが、緑は所詮しょせん、雑魚ガエルだ。ばらかれた炎の弾が、飛び上がった敵を次々撃ち落とす。


「やああっ!」

 その中を、涼真は親玉めがけてまっしぐらに駆けた。


 標的は身じろぎもせず、ゲロゲロゲロ、と歌うように鳴く。


「はうっ……すぅ……」


 涼真は、ことん、と刀を落として、その場でへたり込んでしまう。首は力なく前方へと垂れ、危なっかしく舟をこぎ始める。


「ちょ……寝てる? 睡眠魔法? ラ○ホー的な?」

 茉奈の叫びは、相棒には届かず。


 大王ガマ(仮称)もそちらは無視して、茉奈に向かって飛びかかってきた。


「くうっ」

 ゲロゲロゲロ、と鳴きながら。


「うわっ、やばい」

 茉奈は、慌てて両手で耳をふさぐ。


 幸い、走って逃げることはできたので、まともに声を聞かなければ眠らされずに済む能力らしい。

 が……


「ああああっ、手を使わない魔法なんて、わたし練習してないー!」


 原理的に言えば、体を使ったアクションは魔法には必要ないことが多い。ただ、大抵は誰もが発動のルーティンとしてイメージしやすい『型』を持っている。


 杖を使うとか、手をかざすとか。

 特定の一点に魔力を集中させ、そこから放射して具現化するイメージ。


 呪文を詠唱する時間を省くには、特に有効な方法だ。

 練度れんどの低い初心者であれば、必須といってもいいぐらいに――


 この場合は、茉奈のことだが。


 両手で耳を塞いだまま逃げまどう。

 間抜けな有様の茉奈を、後ろから敵も追ってきた。


「のわっ!?」

 前方から湧いた緑ガエルをジャンプ一番、踏んづけて、茉奈自身もすっ転ぶ。


 背後で、飛び上がる巨大な気配――


「〈光矢撃〉……っ!」

 茉奈は、かろうじて仰向あおむけに転がり、中空の敵を狙い撃つ!


「ゲコォッ」


 命中。


 だがその声は、断末魔だんまつまの叫びとはならなかった。威力が足りず、赤い巨体は形を持ったまま重力に従って落下してくる。


 茉奈の、上に。


「――ほげっ!?」

 耐抗レジストが得意とはいえない茉奈には、結構な重さと衝撃だった。


 かれたカエルみたいなポーズで動けない茉奈に対し、本物のカエルが大口を開く。

 出てきたのは、歌ではなかった。


「…………っ」

 長い舌が、茉奈の首に巻きついてくる。

 両手を使って解こうとするが、腕力ではとてもあらがいきれない。


 冷たくぬめった死の感触が、茉奈の呼吸を締め付けた。

 苦しい。目が、かすむ……


「先輩っ!」


 涼真の声――そして、風が駆け抜けた。横一文字に両断されて、〈魎幻〉の巨体が重量を失う。

 ……助かった。


「茉奈先輩……」

 げほげほとき込む茉奈に、涼真が涙目で寄ってくる。


「うん、だいじょうぶ。ありがと、水薙……」

 どうにか、体を起こす。


 ちょうど茉奈のお腹あたりに、黒いもやが漂っていた。


〈魎幻〉の遺留魔力。

 突然、それが光を放ち、形となって茉奈の上に落ちた。


「え……?」

 今度は、痛くない。


 それほど大きなものでもなかった。緑色で細長いひも状のシルエット。植物のつるにも見えたが、どうも人工物らしい。


「トゲの……むち?」

 首をかしげて言う茉奈のふところを、涼真ものぞき込む。


「これが……『核』なんでしょうか?」

「そうだと思うけど……ゲームじゃないんだから、ほんとに武器なんて落とされても」


 ご丁寧ていねいに革製のグリップ付きで、金属のとげが鋭く光っている。こんなの持って戦ってる〈弑滅手ヘルサイド〉なんて、さすがに今時いないだろう。


「いいんじゃないですか? 戦利品の種類は問わない、って指令書にもありましたし」

「まあ、そうだけど……」


 苦労したわりには、という感じ。


 最初のお宝をゲットしつつも、いまいち喜び半分の茉奈だった。

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