episode.13「……おんぶ」
「――ああああっ!」
気合いとともに
今夜の
反射的に銃を構えるが、まさか発砲するわけにもいかない。斬撃を銃身で弾いて後退、お手並み拝見とばかりに
「……ふむ」
まあ……昨日ほどひどくはない、か?
身のこなし、キレ、前へと出る勢い。冷静さとは程遠いが、そこそこバランスは取れている。少なくともパニックではないらしかった。
剣に
その切っ先が
彼女の街で『殺し』を働く、その行為に
一度は故郷を滅ぼされた彼女に、今の公がどう見えているか――後のことを考えると、ますます正体を明かせそうにない。
「しかし……いちいち、
意外に、
そうするだけの余裕はあった。厄介で、面倒で、手間はかかるが……やるべきことは、ごくシンプルだ。
『名無し』のままで、できる限り手早く、傷つけないよう片付ける。そして、逃げた二人を追う。
そのためには……
「―――――っ」
半身を開いて踏み込みを誘い、涼真の腕を
しかし、軽すぎる。
涼真もあえて逆らわず
猫のように体勢を沈ませ、無意識に両
その瞬間を、公は逃さない。
「〈
彼女は昨日も気絶していたし、そもそもこちらの正体を知らない。完全に意表をついた手のはずだった。
涼真は、はっと足元を見下ろし、展開する魔法陣へと右手の刀を振り下ろす。
斬魔刀〈
「……なっ」
……まさか、本当に斬れるとは。
当の涼真本人は、自分が何をどうしたのかさえ、わかっていないようだった。
魔法陣の消えた地面をびっくりした顔で見つめている。剣士としての本能で、反射的に『斬って』しまったのだろう。
「つくづく、厄介な……」
全く
……たかが、十二のガキを相手に。
剣の性能もさることながら、扱う本人もかなりのものだった。
魔力レベル16。
普通に見れば半人前だが、ただの半人前の強さではない。
パワー、スピード、反射神経。そして『
が、魔力レベルの数字とその強さが単純に一致するとは限らない。
肉体強化の効果を決めるのは、体内魔力の総量よりも
どれほど巨大な力があっても回路がなければ伝わらないし、一本当たりの回路に流せる力の量には個人差が少ない。
ここでは魔力の絶対量より、伝達の効率性が問われる。
ある意味、
茉奈は典型的な遠距離型の〈弑滅手〉で、攻撃魔法の威力に比べると肉体強化の度合いは貧弱だ。
魔導経脈の密度は、魔力的な
認識を改める必要があるだろう。
殺すつもりでやるのならともかく、今日の彼女は昨日ほど簡単にあしらえるような相手ではない、と。
「ならば……喰らえっ!」
公は左手を突き出して、最後に残るなけなしの魔力で涼真へ光の矢を放つ。
彼女は、案の定それを斬り裂き、返す刀で突撃してくる。
――よし、来い。
新たな魔力を奪いたい公とて接近戦は望むところだ。右手に
はずだったのだが。
誤算続きだった今夜の総決算。
抜き差しならない
「…………っ!」
それと気づかぬ涼真のほうは、撃たれたと思い込み斬りつけてきた。
「おい、待て……っ」
すんでのところで回避はしたものの、
そんな彼女の背中を襲う、黒い獣の両前脚――
「クソっ!」
迫る刃に身を
二人一緒に倒れ込みながら、獣の腹に
「……ふう」
合計五体の〈魎幻〉を片付け、公はようやく一息ついた。
視界がやたらと明るく見えるのは、サングラスが壊れたからだろう。
「……東庄、さん?」
おかげで、涼真に正体がバレた。
「い――やぁぁぁっ!」
絶叫。
路上にへたり込んだ彼女はそのまま、顔を手で
「ああ、あ……」
顔から離した両手を見つめる。何か、汚れでもついているみたいに。
「いやっ、いやぁ……」
歯の根の合わない涙声で、両手を衣服に必死で
当然、何も変わりはしないが、彼女が何を見ているのかは公にも痛いほどわかった。
……逃げた二人は、
涼真をこのまま放っては行けないし、奴らがあのまま逃げきってくれるのなら、それはそれで当初の
「落ち着け、水薙。血なんてどこにもついてない」
「…………?」
涼真が顔を上げた。目には涙、肌から血の気も完全に
「でも、わたし、東庄さんを……」
「見ればわかるだろう、俺は何ともない」
「でも……わたしは……」
彼女がショックを受けたのは、公が『悪い人』だったせいではないだろう。
それなら、自分の手など見つめない。『仲間』の公を傷つけた――いや、殺そうとした自分自身への激しい
あまりに、
何しろ、俺は……
「よく聞け、水薙。俺にも俺の言い分はあるが、奴らを殺そうとしてたのは事実だ。お前に斬られたところで文句を言えた筋合いじゃないし、お前のとった行動にも恥ずべき点は何一つない。
だから、俺を『仲間』だなんて思うな。所詮は雇われの流れ者で、壊すのも殺すのも平気な人間だ。お前とは
「……ちがわないです……だって、わたし……」
涼真は力なくかぶりを振った。
「ああ……そうだな」
公も
「こうして、二度もやり合えばわかる。お前の剣は、人の斬り方を知ってる剣だ。お前の故郷を滅ぼしたのは〈魎幻〉でも魔人でもない、ただの人間だったんだろう?」
「…………。」
彼女は否定してこない。
公自身、四年前の惨劇のことは昔の
その地獄が、幼い心にどれほどのものを
「だから、何だ?」
それでも、公は言い切った。
「敵を殺して、自分を
彼女の前に左手を突き出して、
「血なんてものは洗えば落ちる。これが、本物の
公は声もなく笑った。
手首に
「〈
……こんな俺を殺す奴がいるなら、俺は感謝すべきだろうな……行くべき
「っ……、……っ」
涼真は、何も答えない。
さかんにしゃくり上げ、むせび泣く
熱い
こんな涙に触れるのは、いつ以来のことだったろうか……?
そんな義理も資格もないのに、どうにかそれを止めてやりたくて、
「だから……お前は、俺とは違う。殺し合いをしてでも護りたいものがあるなら、それはまだちゃんと生きてる証拠だ。そんなふうに自分を怖がらなくていい」
彼女は、泣きやんでくれなかった。
「……っく、うぅ……えぇ……っ……」
公の左手に取り
魔力を喰ったわけでもないのに、何かが流れ込んでくるような……
そんな、妙な感覚。
「――ぅぇぇええええっ!」
……ていうか、声デカい。
さすがにいたたまれなくなってきたので、公は左手をぐい、と引っ張った。
「帰るぞ、水薙。門限はもうとっくに過ぎてる」
つられてこちらを見上げてくるのは、色んなものでべとべとの顔。
「……おんぶ」
「…………まず、ハナを
ちーん。
鼻水をかむ涼真を背負って、公は夜道を歩きだした。
さっきの戦いが嘘のように軽いが、享の家までは結構遠い。ずっと運ばせるつもりだろうか。
「あの……私は、東庄さんのパートナー……ですよね?」
「別に、嫌ならやめてもいいぞ。お前から言えば享も許すだろう」
「い、いえ、嫌ではないです、とんでもないです」
「……背中で動くな、歩きづらい」
「……ごめんなさい…………でも……私……」
「何だ、便所か?」
「ち、違いますっ……だから、そうではなく、その……………………あ、公さん、と……お呼びしてもよろしいでしょうか……? ……パートナーですし」
「好きにしろ。どうせ偽名だ」
「……それは、ちょっと寂しいです」
「俺は寂しい人間だからな。触れ合いが欲しいなら他の奴を当たれ」
「むー……」
「……公さん」
今度は少し、落ち着いた声で。
「まだ何かあるのか?」
「公さんは……やっぱり、『仲間』だと思います。私のことも、助けてくれましたし……こんなに背中が温かい人が、生きてないわけないです、ぜったい」
「…………。」
……………………俺は。
◇◇◇◆
遠ざかっていく二人の背中を、茉奈は物陰からそっと見ていた。
「……ま、訳アリってのは見るからにだけど。アイツもやっぱ色々あるのね」
しみじみと
〈魎幻〉の出現を察知して、
出ていくかどうか迷っているうちに、立ち聞きするには重すぎる話を聞いてしまったような気がする。
涼真の過去に傷があるのは、組織で戦闘に
とはいえ、そこに正面から触れたのは公が初めてではないだろうか。
そして……公が語った彼自身の過去。
「あの話、あんたは知ってたの?」
「ええ」
大破したひょっとこのお面が頷く。
「勇者と彼と亡くなったもう一人は、当時の〈廻廊殿〉が誇る看板パーティでしたから。彼の裏切りは、全魔法世界に激震を走らせたと言っていいほどの大事件ですよ」
「そっか……」
「やはり、信用できませんか? 仲間殺しの裏切り者は」
仲間殺し。
改めて突き付けられると、ぞっとするような語感がある。
けれど……暗く、冷たいその響きと、いつも
「昨日と今日しか知らない相手に、信用できるもできないもないけど……」
難しいことを考えるのは苦手だ。
脳ミソがぐつぐつ
ましてやあいつの腹の底なんて、それこそまるで
……だけど。
「なんていうか……あいつ自身がそれを望んでない気がする。なんか、すごく寂しい奴だ」
感じるままに呟いた言葉には、不思議と確信めいたものがあった。
PART.2 END
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