episode.12「お宝、確かに頂きました」

 裏口から工場内へ忍び込んでしまうと、後は月明かりが頼りだった。


 壁に背中をぴたりとつけて、慎重に気配を探りながら進む。後続には、木沢きざわ。まだ敵の姿は見えない。


 しかし……


「…………。」

 あきらにはもう、迷いはなかった。


 何者であろうと、遭遇そうぐう次第しだい始末する。


  もし、仮に〈廻廊殿かいろうでん〉の手先だったとしても、無断で乗り込んできた上に足まで引っ張ってくれようという連中を気遣きづかってやる義理などこちらにはない。

 引きがねを引くのは公の指でも、原因を作ったのはあちらの側なのだ。結果的に『踏み絵』になってくれる分の感謝くらいはしてやってもいいが……


 冷徹な覚悟を総身そうしんみなぎらせ、視界が開けた場所に出るたびに公は銃口で敵の影を追う。

 そうして、五度目の角を曲がって。ついに、発見した敵は――


「動く、な……ッ!?」


 一斗缶いっとかんき火をおこし、串刺しの魚が焼けるのを待っていた。


 度肝どぎもを抜かれた間抜けづらが二つ、あんぐりとこちらに口を開けている。

 ただでさえ脱力もはなはだしい光景に、問題が更にもう一つあった。


 ……この連中、どこかで?


 二人組は、いずれも男だ。

 片方は赤毛の長身痩躯ちょうしんそうく、もう片方はスキンヘッドの巨漢――

 どこにでもいそうなチンピラの風体ふうていが、意識の奥底で妙に引っ掛かる。


 結局――

 警告抜きで攻撃しなかった自らの判断の甘さを、公は後悔することになった。


「おお、旦那。俺たち、あんたを――」

 言下げんかに発砲。


「黙れ、クソども。俺の許可なく口を開くな」


 命中こそさせなかったが、しゃべりかけた赤毛はたまらず絶句する。

 他方の公も、遅まきながら二つの顔と記憶の間に一つの一致点を見出していた。


 ルース・ジェストン、アウガー・ゲートリッヒ。

 ここへ来る前、魔人を狩ったついでに逮捕して依頼主へ突き出した密猟者みつりょうしゃたちだ。


 しかし、一体なぜこいつらが……?


 密猟者が辿たどるその後など、公には知ったことではない。

 定法じょうほう通りに処置されたのなら、侯爵家から〈廻廊殿〉に身柄みがらを送られ、しかるべく処分を受けているはずだった。


 例えば、そう……

〈弑滅手〉としての人的資源マンパワーを社会奉仕活動に役立たせる矯正措置きょうせいそちの一環だとか称して、〈廻廊殿〉の作戦行動に捨てごまも同然に投入されたりとか……


 ちょうど、今みたいに。


「…………っ」

 導き出した結論に、公は慄然りつぜんとなった。これは、全くの誤算だ。


 彼らが公を手助けに来たのは、状況から見て間違いないだろう。


 公はそれでも、相手に自分が『フォース』だと知られない限りは問題なく始末できると考えていた。

 出方でかたによっては、あえて身元を吐かせた上で公がそれを片づけてもいい。

緋星會エカルラート〉からの信用もかえって高めることになる、と。


 ……にもかかわらず、だ。


『不特定化』の魔法効果が、今や完全に裏目に出ていた。逮捕時と同じサングラスのせいで、かえって『レベル13サーティーン』として個人を特定されてしまったのだ。


 この状況で公が奴らを斬り捨てれば、奴らの側は木沢に泣きつくに違いなかった。逆に公を売り渡すことで、自分たちが生き残れる可能性にけて……


「お知り合いですか?」

「さあ……どうだったか。この業界も意外と狭いからな」


 背後から尋ねる木沢の声に、公の表情は硬く強張こわばる。


 まずい。本当にまずい。


 口を封じたいところだが、いくら三下で五流とはいえ、腐っても相手は〈弑滅手ヘルサイド〉だ。

 まず、片方を撃ち殺して、もう片方にも抵抗を許さず口を利く前に撃ち殺す――そんなにうまくいくだろうか。


 ……いや、無理だ。


 人道よりも打算によって、公は殺人の実行をあきらめた。


 かくなる上は、どうにかしてこいつらに逃げてもらうしかない。


 木沢ごと全員殺す手もあるが、信用低下のデメリットが大きすぎる。

 やるとしても、最後の手段だ。


「まあ、その……貴様らにも言い分はあるかもしれんが、聞けば俺たちの面倒が増える。悪いがりにはしてやれないから、諦めて大人しく死ねというかだな……」


 殺すはずの相手に全く不必要な説明をしながら――

 わずかにあごをしゃくり、サングラス越しの視線を介して無言のメッセージを送る。


 さ・っ・さ・と・う・せ・ろ。


 あ・い・よ、わ・か・っ・た。


 赤毛のルースが応えてくる。

 互いに目配めくばせでうなずき合うと、公は銃を振り上げて、


「クソっ、三人目か!?」


 明後日の方向へ二発ほど発砲。木沢の注意をそちらへらす。


 その銃声を合図にして、ルースも魔法を発動させた。


「――〈霧啼鳥の息吹ミスト・ブレス〉っ!」


 濃厚な霧が急速に立ちこめ、工場内の視界を奪う。

 ただそれだけの魔法だが、目眩めくらましにはうってつけだ。霧と闇の中、逃げだす足音が遠ざかっていく。


「……ふっ、浅はかな。ド近眼のこの僕に、こんな術が通じるとでも?」

「とりあえず俺にベタベタ触るな、気色悪い」


 木沢が諦めてくれないので、仕方なく手探りで追跡ついせきを開始。


 あちらもそれなりに手間取ったらしく、どうにか外に出た追う側の目にも路上を逃げる二人の背中が残念ながら見つかってしまった。


「やや、あれは……!」

 ド近眼の分際で、木沢が余計にそれを指さす。


 見つけたからには、追うしかない。


「止まれ、クズどもが! 命いのヒマもないほど、たちどころに撃ち殺してやるッ!」


 マンガみたいにムダだまを空に撃ちまくりながら、到底止まる気にはなれないような制止の命令をがなり立てる。


 こんな茶番を、いつまで続けたらいいものか……


 と、うんざりしたのもつかだった。


「た、助けてくれぇ!」

 かなり本気で悲鳴を上げて、誰かに助けを求めるルース。


 ……あれは?


 公は、己の目を疑った。

 行く手に見える、紺青こんじょうの制服。〈緋星會〉の守衛隊ESFだろう。二十人ばかりが群れをなす中に、緋煌学院中・高等部の制服もなぜか一人ずつ――


 水薙涼真みなぎりょうま工藤茉奈くどうまな


 無事に帰宅させたはずの二人が、何の因果いんがかそこにいた。


「な、何だお前たちは!?」


 守衛隊ESFの隊長らしき男は、そう言ってくる。


 いかつい体格で人相の悪い外国人と、珍妙な扮装ふんそうで素顔を隠す武装した二人組と。

 どっちもどっちという気もするが、客観的には後者のほうが怪しく見えたりするのかもしれない。


 制服の壁が道をふさいで、ルースとアウガーはまんまと逃げていく。

 それは、一向に構わないのだが……


「おのれ、怪しい奴らめっ!」

「そう言えば最近、このあたりに妙な二人組がみついたという情報が……」

「どこかのスパイか、テロリストじゃないのか?」


 何か、話が妙な雲行きになってきた。


「どうする? 正体を明かすか?」

 公は、ひょっとこにささやきかける。


「それも手ですが……街中で鉄砲撃ちながら人を追いかけてたなんて、工藤君に知れたら何と言われるやら……」


 確かに、それは面倒くさそうだ。

 そうなるよりは、むしろ――


「……よし」

 と、とある画期的かっきてきなアイディアのひらめきが公に舞い降りてきた。


「二手に分かれるぞ。俺は逃げた連中を追う。お前はなるべくこいつらを引きつけろ」


 まさに、画期的だ。

 邪魔な木沢に余計な面倒を全て押し付けてしまえば、あの二人組に追いついて口を封じることもできるかもしれない。


「承知しました」

 表向きマトモなその提案には、木沢も素直に乗ってきた。


「では、僕が仕掛けますので、どうにかすきをついて突破してください……」


 いつになく、真剣な声音こわね

 そして公は、ここに来て初めて木沢の魔法を目にした。


「〈悪戯な風ノーティ・ウィンド〉!」


 邪悪な突風が地面を駆け抜け――容赦ようしゃなく敵陣に炸裂さくれつする。


「きゃっ!?」

 茉奈の悲鳴。


 直撃だった。

 颶風ぐふうなぶられる少女――

 無残に過ぎるその姿は、とても正視にえるものではない。


 が……舞い上がった中身というか真っ白なは、敵味方を越えた全員の網膜もうまくに多分、しかと焼きついていた。


 ぱしゃり、と怪しげな電子音。


「お宝、確かに頂きました……では、失礼」


 携帯電話のディスプレイに、見事なまでの『決定的瞬間』がばっちり映し出されている。これ見よがしにそれを懐へしまいこみ、木沢はくるりと遁走とんそうを開始した。


「ま――」

 自失していた一瞬の後、


「待てこの変態野郎ッ! その写真よこせぇぇぇー!」


 激怒した茉奈が攻撃魔法を乱打しまくりつつ追撃を開始――凄まじいまでの爆音と震動が、夜のしじまを滅茶苦茶にき乱す。


「あのひょっとこを捕まえろ――工藤が街を壊滅させる前に!」


 号令一下いっか、制服たちもあわててその後を追いかけていく。


 こちらには目もくれない守衛隊ESFをやり過ごし、公は追跡を再開しようとして、やめた。


「…………っ」

 舌打ち。


 一人だけ、まだ残っている奴がいる。


「行かせません。あなたのような人は、絶対に……!」


 さやの鳴る音。

 涼真の眼は完全に真剣マジだった。

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