episode.11「理屈がほとんどヤクザだな」

 門限ぎりぎりまで連れ回されて、時刻は午後六時五十七分。


「おお、帰ったか。可愛い妹が心配過ぎて、守衛隊ESFの全戦力を捜索そうさくに動員するべきかいなか電話をにぎりしめて逡巡しゅんじゅんしてたところだ」


 緋咲邸ひざきていはやはり、豪邸だった。


 建物自体は周囲と変わらない近代的なおもむきのものだが、単純に大きさがふた回りほど違う。庭の敷地は更に広く、門から玄関までのエントリーだけで公の部屋が三つは入りそうだ。異世界の城ややかたほどではないにせよ、多分、日本では相当なレベルだろう。


「じゃあ、確かに引き渡したぞ」

「ん、御苦労。今日はもう帰っていいぞ。茉奈まなは時間も遅いことだし、後で送るから夕食でも食べていけ」


 露骨に待遇の差をつけられて、あきらは一人、追い返された。


 門を出て、薄暗い夜道をしばらく歩くと、背中越しに電柱の陰へ呼びかける。


「用があるなら、早く出てこい」

「……あら、気付かれちゃいましたか。初めての道で迷子にでもなったら、颯爽さっそうと現れて助けようと思ったのに」


 予想通り、出てきたのは木沢きざわだった。


「ぬかせ。きょうが『七時までに戻れ』と言ったのは、俺にまだ別の用事があるからだろう? 勿体もったいぶらずにさっさと言え」

「ええ、まぁ……話が早いのは助かりますけど、もう少しおどろいて欲しかったですね」


「そんな、お前の都合は知らん」

「言ってみただけです、お気になさらず……あ、それ持ちますよ。あの店、ちょっと遠いですけど、品揃しなぞろえはなかなかですよね。ポイントカード、作りましたか?」


 買い込んだ荷物を置く場所もないので、二人は結局、ボロアパートまで歩いて戻った。


◇◇◇◆


 何だかんだでしっかり夕食の片付けまで終えて、時刻は午後九時四十八分。


「さあ、出発です。詳細は追い追い御説明いたしましょう」

「……この三時間、いくらでも機会はあった気がするが」


 ボロアパート近くの裏路地に、公と木沢の姿はあった。


「いけませんよ、食事中にまで仕事の話なんて。そんな味気ない食卓は御免です」

「俺に、何を求めてるんだお前は……」


 ぐだぐだ言い合いながら、黒の戦闘服に着替えた公は『変装』の仕上げにサングラスを身につける。もちろん、ただの変装用ファッションアイテムではなく『不特定化』という特殊な魔法効果を付与ふよされた魔導具の一種だ。


 素顔を隠すのみならず、着用している間は個人としての識別しきべつが不可能になってしまうという全犯罪者垂涎すいぜんの一品。


 所持するだけで犯罪になることは言うまでもない。


 真っ白なスーツに身を包む木沢も、同じく変装を終えたようだった。


「ほう、さすがにキマってますね。僕のはどうですか?」

「……どう、と言われてもな」


 なぜか、『ひょっとこ』のお面を被って。

 まあ、力のある品には違いないようだが……


「そもそも、それで前は見えるのか?」

「ご心配なく――」

 木沢はくい、とひょっとこの眉間みけんを押し上げて、


「視界はゼロに等しいですが、どのみち眼鏡を外した時点で僕にはほとんど何も見えません」

「お前もう帰れ」


 閑話休題かんわきゅうだい


「では、参りましょうか。ミスター・デューク東庄とうじょう。以後、僕のことはファルコンと――」

「呼ばん」


 二人の変な服を着た男は、やっとこ『仕事』の話に入って夜の街へと彷徨さまよい出ていた。


「まあ……助手を二人も付けられた矢先に、お前なんぞと組まされるんだ。どうせ、ロクな仕事じゃないだろう」

「さすが、よくわかっておいでで。実際、女の子にはちょっとキツいですよ。〈廻廊殿かいろうでん〉の送り込んだスパイを闇から闇へ始末しろ、なんてのは――」


〈廻廊殿〉の送り込んだスパイ――

 身に覚えがありすぎる単語を、公は努めて平静に受け止めた。


「なるほど、そりゃロクでもない。だが、情報は確かなのか?」

「二週間ほど前からだそうですね。この近くの廃工場に、正体不明の二人組がみついたとかで……それがどうも、〈弑滅手ヘルサイド〉らしいんですよ」


「……ふむ」

 ともかく、公のことではないらしい。


 まずそれはよかったとしても、本当に〈廻廊殿〉の回し者だとすれば公には全く初耳の話だ。

 捨てごま扱いなのは重々承知で受けた『仕事』だが、こんな連携ミスがあるようでは成功など覚束おぼつかないだろう。

 図体ずうたいのでかい組織なだけに、競合きょうごうする部署ぶしょがそれぞれの思惑おもわくで別々の作戦を同時に進めるということもあり得る話ではあったが。


「いきなり始末とは物騒ぶっそうな話だ。何か、確証はあるのか?」


 心中で密かに舌打ちしつつ、公は素知そしらぬ顔で木沢から情報を引きだしにかかる。


「いえ、何も」


 とぼけられたかと思いきや、木沢は存外ぞんがい真面目だった。顔はお面で全然見えないが。


「確証なんていらないんですよ。他所者よそものの〈弑滅手〉が、仁義じんぎを欠いたまま我々の支配領域シマに居座っている――始末する理由としてはそれで十分に立ちますからね。

 仮に、どこかの飼い犬であっても文句をつけられるいわれはありません。相手の身元を下手に暴いて火種にするのはヤブヘビってものです。

 今は時期が時期でもありますし、闇の中から出てきた人たちにはそのまま闇に消えてもらうのが、こちらにとっても好都合でして……」


「理屈がほとんどヤクザだな。享の奴が考えそうなことだ」

 肩をすぼめる公。


 納得の素振そぶりをしてみせてから、チクリとひと刺し、突いてみる。


「で? わざわざ俺を使いだてするのは、元いた〈廻廊殿そしき〉の仲間をらせて踏み絵でも踏ませる魂胆こんたんか?」

「そんな、まさか。あなたのお力を頼ればこそですよ」


 無表情に、ひょっとこが微笑ほほえむ。

 白々しさを承知の応酬おうしゅうから読み取れたものはこれといってなかった。


「ああ、どうやらここのようです。踏み込む準備はよろしいですか?」


 見えてきたのは、暗く人気ひとけのない工場。


 潜入作戦はいつの間にか、突入作戦に変わっていた――


◇◇◇◆


 あれやこれやとしっかりデザートまでたいらげて、時刻は午後十時二分。


「では先輩、また明日――」

 すっかり長居をした茉奈が、涼真りょうまに見送られて車に乗り込もうとしたそのときだった。


「お、ちょっと待て」

 遅れて見送りに出てきた享が、携帯電話の着信を受ける。


 ……ちょっと待たずに帰りたい。

 本能的にそう思った茉奈の、直感はとても正しかった。


 享は短い通話を終えると、


「また〈魎幻ソリッド〉だ。守衛隊ESFでは手が足りんらしい。すまんが、涼真と助太刀に行ってくれ」

「えぇー? そんなの、アイツにやらせりゃいいじゃない。そのために呼んだんでしょ?」

「公は木沢と別件で動いている。今はお前と涼真が頼りだ」

「……あーあ。ごはんに釣られたのが間違いだったかぁ」


 自宅への帰路きろはいつの間にか、地獄への岐路きろに変わっていた――

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