episode.10「悪く取るなよ。褒め言葉だ」

 出てきたのは良かったが、さて、どこへ行くべきか?


 案内される側のあきらが気楽に話を振ってみると、案内する側もおとらずにお気楽だった。


「んー……ここらだとやっぱ、カラオケとかゲーセンとか喫茶店とか? まぁ一通りはそろってるけど、どうせならモノレールで常苑とこぞのの駅前まで行ったほうが……

 日本の文化に触れるってことなら、緋煌ひおう神社なんかより有名なトコがよそにいくらでもあるし……」


「あの……先輩」

 思いつくまま並べたてる茉奈まなへ、涼真りょうまがおずおずと声を差しはさむ。


 彼女は昨日と同様に、真ん中を歩く茉奈の影に隠れて公との距離は離れたままだ。


 怖がられているのだろう。

 多分、というか、まず間違いなく。


 身に覚えがあるだけに、公としても接し方に困ってしまうのが正直なところだが……


「そ、そのっ、東庄とうじょう、サン……はこれからこの街に住まわれるわけですし、遊びや観光の場所よりも、日々の買い物ができる場所などにご案内するべきではないでしょうかっ」


 相変わらずのぎこちなさながら、涼真の発言それ自体はおどろくほど常識的だった。


「ああ、そのほうが助かるな。よく気がついてくれた」


 モノは試し、と賛成するついでに新しいパートナーのご機嫌きげんをとってみる。


「は、はいっ。光栄でござりますッ!」


 口調はまだどこか微妙に変だが、まんざらでもなさそうな顔だ。

 勇者パーティの信奉者しんぽうしゃというのも結構筋金すじがね入りなのかもしれない。


「はいはい、気が利かない助手で悪うございましたわね。で、御主人様はナニを御所望ごしょもうでいらっしゃいますか?」


 一方、茉奈はこの有様ありさま

 当てつけ全開の不機嫌な口調で、筋金どころか魔錬銀ミスリル製の鉄骨でも入っていそうな嫌われっぷりだ。


「そうだな……」

 公も別段、あえてこちらにまで気を使ってやろうとは思わなかった。


 どうせ、嘘をつき通す相手だ。


 気が合わないというのなら、互いにとって結構なことだろう。


◇◇◇◆


「けど、服を買うんだったら、やっぱり遠出したほうが……」

「今買わないと、部屋に帰っても着替えがない。これだけあれば十分選び放題だろう」

「まあ、それなら仕方ないか……って、さっきから何よコレは?」

「服だが」

「あー……もう。これだからファッションに無頓着な一人身の男ってのは……ほっとくと白と黒しか選ばないんだから! ほらっ――ただでさえ雰囲気暗いんだし、もうちょっと明るい色のやつとか着なさいよ」

「先輩、さすがにピンクのハート柄はちょっと……」


◇◇◇◆


「隣になぜか木沢きざわがいるんで、食事の心配はなさそうなんだがな……」

「へー。アイツ料理なんかできるんだ? あ、それはダメ。添加物てんかぶつ多めで体によくない」

「なるほど……おい、どうした?」

「あ、はいっ、今行きます」

「……ああ、煎餅せんべい。欲しいのか?」

「い、いえ、買い食いするとしかられますから」

「このくらいはいいだろう。きょうにはだまっててやる」

「……いいんでしょうか? 夢のようです」

「また、大袈裟おおげさな……あ、お茶も買っとく?」


◇◇◇◆


 公の頭上で、木の枝がそよいだ。日暮ひぐれ時のさわやかな涼気りょうきが、そっとふところへ運ばれてくる。


「ああ、いい風。自販機にホットのお茶があってよかったぁー」


 缶入りのお茶で煎餅を流し込み、茉奈はほっと幸せそうな息をついた。

 隣で海苔のり巻きをかじる涼真は、満ち足り過ぎて声もないらしい。


 春宵一刻しゅんしょういっこく、なんとやら。

 暗くなる前に、と買い出しを中断してやって来ただけの価値は十分にあったようだ。眼下に広がる風景は、夕日に照らされて赤々と染まっている。


「いやいや、こうしてみると地元の神社もそうそう捨てたもんじゃないわね」


 誰にともなく、茉奈がつぶやく。


 現在地の緋煌神社は小高い丘の上にあり、青々と生い茂る鎮守ちんじゅもりは街のどこからでも自然と目に入る。地元ではランドマークとしてお馴染なじみだとかで、境内けいだいの庭園に置かれたベンチからは素晴らしい眺望ちょうぼうを得ることができた。


 まず目につくのは、私鉄の駅舎だ。

 マッチ箱を並べたような駅前のビル群は、どれもあまり背が高くない。

 そしてそれらの外周に、窓からあかりが漏れ始めた家々や、電信柱を繋ぐ電線。

 空の底をうようにモノレールがすべっていき、道路には色とりどりの自動車が行き交う。

 背景の奥には、緋煌学院の広大な敷地しきちが緑も豊かに横たわっている。


 街。


 先人の築いた歴史の上に、人々のいとなみが生み出す活気と文明の喧騒けんそうが息づく場所。


「うーん……」

 茉奈の視線とつぶやきは、まだそのあたりを漂っている。


「この街がどうにかなっちゃう、って言われたら……やっぱ、戦うしかないかもだよね」


 静かな決意をのぞかせる声音こわね

 そういう顔もできるのか、と公を驚かせた茉奈の言葉に、涼真もきゅっと唇をみしめた。


「ねえ、あんたさ」

 と、茉奈が公を振り向いてくる。


「わたし、あんたに色々言ったけど……本当はこの街を助けに来てくれたんだよね?」


 少し、胸が痛くなる質問だ。


 本当は別の目的があって、『東庄公』はこの街に来たのだから。そして、それは間違いなく、この街のためにはならないことだった。


「行き場をくして、たまたまそんな時期に拾われただけだ。わざわざ、そのために来たってわけじゃない」


 甘ったれたことを……と思いつつも、なるべく嘘をつかないように曖昧あいまいな言葉でお茶をにごす。

 茉奈が笑ったのは、それを単なる謙遜けんそんだと受け止めたせいだろう。


「まぁそれでも、こっちにとっては有り難いわ。これから一緒に戦ってくわけだし……一応、仲直りしときましょ」


 煎餅の粉をスカートで払い、彼女は右手を差し出してきて。


 ……この手をにぎって、いいものなのか?


 躊躇ためらっていると、あちらが先に手を震わせて、危うく引っこめてしまいそうになった。


「……言っとくけど。あんたのやり方とか、全部を認めたってワケじゃないんだからね。そこんとこ、勘違いしないでよ」


 間が持たなくなったのか、視線は公の顔かられている。いかにも彼女らしい強がりと照れ隠しが、公にとっては余計に痛い。


 非合法〈弑滅手ヘルサイド〉の『レベル13サーティーン』は、金と保身ほしんのためならば仕事を選ばない悪党だ。後ろ指を指されるような真似まねも一度ならずやってのけてきた。

 しかし、それでも……


 疑うことを知らない相手の善意を利用して、裏切る。


 ろくでなしの人殺しにとってさえ、心苦しい行いというものはあるらしい。


「……ああ、互いの理解が深まるよう努力はさせてもらう」

「そ、お互いにね」


 握り合う手と、邪気のない笑顔。みゃく打つ血潮ちしおほのかなぬくもり。とうにてついたはずの心に、静かな波紋が走るような気配。


 悪くないな、と公は思った。


 そう……これはこれで、俺には似合いの罰じゃないか。こうしてまた一つ罪を重ねて、ヒトとしての何かを失ってゆくのだろう。


「あの……一つ、うかがってもよろしいでしょうか?」

 と――


 目の前での和解に安心したのか、涼真が初めて、自分から公に話しかけてきた。


「東庄さんは、以前にも世界を救ったことがあると聞きました。その、勇者様と一緒に」


 奥ゆかしい物言いだったが、輝く瞳が無言のうちにその先を聞きたいとせがんでくる。多分、煎餅を喰うよりも熱心に。

 勇者を夢見ているというのも、あながち伊達だてではないらしい。


「ローグウェイクと、俺と……享や荻島おぎしま、カデロ、ロズナー……他の仲間たちも一緒にな」

 過去を手繰たぐるようにして、公はいくつかの名を挙げていく。


 三年前の、イストラーグ戦役。


 半年にも及ぶ『魔王』の軍勢との戦いが幕を開けた頃、公は今の茉奈よりも若かった。まだ、たったの三年前――それが時折ときおり、遠い昔のように感じられる。


 人生において最も危険で、最も輝かしかった日々の記憶……


「勇者様とは、どのようなお方なのでしょうか?」


 涼真のとても素朴そぼくな疑問は、間接的にしか『彼』を知らない全ての人がいだくものだろう。


『勇者ローグウェイク・ラークス』といえば、当代とうだい最高の〈弑滅手〉の一人であり、魔法世界きっての超有名人だ。


 二人の間にはさまれた茉奈も、興味深げな様子で聞いている。


「お前は、どんな奴だと思う?」

 はぐらかすような、公の反問。


「それは……」

 涼真はクソ真面目に頭を悩ませ始めた。どこまでも素直で、まっすぐな奴だ。


「強くて、優しくて、賢くて、高潔こうけつで……あと……根性があって、正義感が強くて、心が広くて、優しくて、料理がうまくて……」


「まあ、大体そんなところだ。あいつはそういう奴だった」


 だいぶ苦しくなってきたようなので、公は適当なところでうなずいた。


「ちょっとそれ、適当過ぎない?」

「別に、俺のせいじゃない」


 非難がましい茉奈の指摘に、公は平然とうそぶく。


「ローグはとにかく自分に厳しくて、世間が抱く理想の勇者像に本気で近づこうとしてるフシがあった。そんなあいつを皮肉って、誰かが流行はやらせたジョークがコレだ。すたれた、って話も聞かないから、今でも基本は変わってないんだろう」


「もう、会ってないの?」

 いてきたのも、やはり茉奈だった。


「……ああ。〈廻廊殿かいろうでん〉を出てからは、一度も」

「そっか……」


 会話が途切とぎれる。


 しばし物思いにふける公に、少女たちも黙って付き合ってくれた。決して、気まずい沈黙ではない。


「良い街だな、ここは」

 公はようやく、そう言った。


「お前みたいな屈託くったくのない子供が育つのも頷ける」


「な……わたしが子供だっての?」


 心外しんがいそうにふくれる茉奈の、頭に手をついて公は立ち上がる。


「悪く取るなよ。め言葉だ」


 風が少し、冷たくなっていた。

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