episode.10「悪く取るなよ。褒め言葉だ」
出てきたのは良かったが、さて、どこへ行くべきか?
案内される側の
「んー……ここらだとやっぱ、カラオケとかゲーセンとか喫茶店とか? まぁ一通りは
日本の文化に触れるってことなら、
「あの……先輩」
思いつくまま並べたてる
彼女は昨日と同様に、真ん中を歩く茉奈の影に隠れて公との距離は離れたままだ。
怖がられているのだろう。
多分、というか、まず間違いなく。
身に覚えがあるだけに、公としても接し方に困ってしまうのが正直なところだが……
「そ、そのっ、
相変わらずのぎこちなさながら、涼真の発言それ自体は
「ああ、そのほうが助かるな。よく気がついてくれた」
モノは試し、と賛成するついでに新しいパートナーのご
「は、はいっ。光栄でござりますッ!」
口調はまだどこか微妙に変だが、まんざらでもなさそうな顔だ。
勇者パーティの
「はいはい、気が利かない助手で悪うございましたわね。で、御主人様はナニを
一方、茉奈はこの
当てつけ全開の不機嫌な口調で、筋金どころか
「そうだな……」
公も別段、あえてこちらにまで気を使ってやろうとは思わなかった。
どうせ、嘘をつき通す相手だ。
気が合わないというのなら、互いにとって結構なことだろう。
◇◇◇◆
「けど、服を買うんだったら、やっぱり遠出したほうが……」
「今買わないと、部屋に帰っても着替えがない。これだけあれば十分選び放題だろう」
「まあ、それなら仕方ないか……って、さっきから何よコレは?」
「服だが」
「あー……もう。これだからファッションに無頓着な一人身の男ってのは……ほっとくと白と黒しか選ばないんだから! ほらっ――ただでさえ雰囲気暗いんだし、もうちょっと明るい色のやつとか着なさいよ」
「先輩、さすがにピンクのハート柄はちょっと……」
◇◇◇◆
「隣になぜか
「へー。アイツ料理なんかできるんだ? あ、それはダメ。
「なるほど……おい、どうした?」
「あ、はいっ、今行きます」
「……ああ、
「い、いえ、買い食いすると
「このくらいはいいだろう。
「……いいんでしょうか? 夢のようです」
「また、
◇◇◇◆
公の頭上で、木の枝がそよいだ。
「ああ、いい風。自販機にホットのお茶があってよかったぁー」
缶入りのお茶で煎餅を流し込み、茉奈はほっと幸せそうな息をついた。
隣で
暗くなる前に、と買い出しを中断してやって来ただけの価値は十分にあったようだ。眼下に広がる風景は、夕日に照らされて赤々と染まっている。
「いやいや、こうしてみると地元の神社もそうそう捨てたもんじゃないわね」
誰にともなく、茉奈が
現在地の緋煌神社は小高い丘の上にあり、青々と生い茂る
まず目につくのは、私鉄の駅舎だ。
マッチ箱を並べたような駅前のビル群は、どれもあまり背が高くない。
そしてそれらの外周に、窓から
空の底を
背景の奥には、緋煌学院の広大な
街。
先人の築いた歴史の上に、人々の
「うーん……」
茉奈の視線と
「この街がどうにかなっちゃう、って言われたら……やっぱ、戦うしかないかもだよね」
静かな決意を
そういう顔もできるのか、と公を驚かせた茉奈の言葉に、涼真もきゅっと唇を
「ねえ、あんたさ」
と、茉奈が公を振り向いてくる。
「わたし、あんたに色々言ったけど……本当はこの街を助けに来てくれたんだよね?」
少し、胸が痛くなる質問だ。
本当は別の目的があって、『東庄公』はこの街に来たのだから。そして、それは間違いなく、この街のためにはならないことだった。
「行き場を
甘ったれたことを……と思いつつも、なるべく嘘をつかないように
茉奈が笑ったのは、それを単なる
「まぁそれでも、こっちにとっては有り難いわ。これから一緒に戦ってくわけだし……一応、仲直りしときましょ」
煎餅の粉をスカートで払い、彼女は右手を差し出してきて。
……この手を
「……言っとくけど。あんたのやり方とか、全部を認めたってワケじゃないんだからね。そこんとこ、勘違いしないでよ」
間が持たなくなったのか、視線は公の顔から
非合法〈
しかし、それでも……
疑うことを知らない相手の善意を利用して、裏切る。
ろくでなしの人殺しにとってさえ、心苦しい行いというものはあるらしい。
「……ああ、互いの理解が深まるよう努力はさせてもらう」
「そ、お互いにね」
握り合う手と、邪気のない笑顔。
悪くないな、と公は思った。
そう……これはこれで、俺には似合いの罰じゃないか。こうしてまた一つ罪を重ねて、ヒトとしての何かを失ってゆくのだろう。
「あの……一つ、
と――
目の前での和解に安心したのか、涼真が初めて、自分から公に話しかけてきた。
「東庄さんは、以前にも世界を救ったことがあると聞きました。その、勇者様と一緒に」
奥ゆかしい物言いだったが、輝く瞳が無言のうちにその先を聞きたいとせがんでくる。多分、煎餅を喰うよりも熱心に。
勇者を夢見ているというのも、あながち
「ローグウェイクと、俺と……享や
過去を
三年前の、イストラーグ戦役。
半年にも及ぶ『魔王』の軍勢との戦いが幕を開けた頃、公は今の茉奈よりも若かった。まだ、たったの三年前――それが
人生において最も危険で、最も輝かしかった日々の記憶……
「勇者様とは、どのようなお方なのでしょうか?」
涼真のとても
『勇者ローグウェイク・ラークス』といえば、
二人の間に
「お前は、どんな奴だと思う?」
はぐらかすような、公の反問。
「それは……」
涼真はクソ真面目に頭を悩ませ始めた。どこまでも素直で、まっすぐな奴だ。
「強くて、優しくて、賢くて、
「まあ、大体そんなところだ。あいつはそういう奴だった」
だいぶ苦しくなってきたようなので、公は適当なところで
「ちょっとそれ、適当過ぎない?」
「別に、俺のせいじゃない」
非難がましい茉奈の指摘に、公は平然と
「ローグはとにかく自分に厳しくて、世間が抱く理想の勇者像に本気で近づこうとしてるフシがあった。そんなあいつを皮肉って、誰かが
「もう、会ってないの?」
「……ああ。〈
「そっか……」
会話が
しばし物思いに
「良い街だな、ここは」
公はようやく、そう言った。
「お前みたいな
「な……わたしが子供だっての?」
「悪く取るなよ。
風が少し、冷たくなっていた。
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