episode.7「友達の友達は友達と言うじゃないか」

「まだいくらか、魔力が使える。専門外だがやらないよりましだろう」

「……お礼なんて、言わないからね」

「言うまでもない。礼ならお前のボスに払わせる」


 憎まれ口と治癒ちゆの魔法を一通り茉奈まなにかけ終えると、あきらはすっくと立ち上がった。

 茉奈と、気絶したままの涼真りょうまとをちょうど二往復分、見比べて、


「俺は疲れたから軽いほうを運ぶ。そっちの重いのはお前が引きずっていけ」


 命じられた木沢きざわのほうは、返してもらった眼鏡の奥から茉奈をちらり、と横目に見る。非常に感じの悪い視線だ。


「……ああッ、乱暴な人たちにしこたまなぐられたせいで急に目まいが!」

 わざとらしく倒れ込み、口をぱくぱくさせてあえぐ。


「も、もうしわけありません……今の僕には、51.5キロもある工藤君を運ぶことなど……どうか、これで助けを……」

 ポケットから取り出した携帯電話を、震える手で公に手渡す。


 ……というか、なんでコイツは他人ひとの体重をコンマ以下まで把握はあくしているのだろうか?


 殺意をつのらせる茉奈に目をくれつつ、公は電話で救助を呼んだ。


「ああ。重傷一名、気絶一名、死んだふり一名で救助隊は全滅した。もう少しマシなのを代わりに寄越よこせ」


 それから、ほんの十分弱。

魎幻ソリッド〉は既にいなくなり、突入の準備も進めていたとかで、助けはすぐにやってきた。


 ――しかも、〈緋星會エカルラート〉の総帥がみずから。


「やあ、戦友。久しぶりだな。面倒をかけてすまなかった」


 公を見るなり呼びかけたのは、緋色の瞳と長い髪を持つ、茉奈と同じ制服の少女だった。


 身長は茉奈より少し低く、その分だけ体格も華奢きゃしゃだ。

 はかなげで繊細せんさい造作ぞうさく面立おもだちには、まるで不似合いなふてぶてしい表情がとてもエラそうに浮かんでいる。


 やたらと鷹揚おうようで馴れ馴れしい謝罪に、公は仏頂面ぶっちょうづらを心持ちゆるませた。


「ああ、こうして顔を合わせるのは三年前のあのとき以来か」

「まあ、な。貴様も大概たいがい、見違えたものさ。随分ずいぶん陰惨いんさんな目つきになって、紅顔こうがんの美少年が見る影もない」

「そう言うお前は変わらないな。もう少し大きくなってると思ったが」

「口のき方に気をつけろよ? ここでの私は、神よりも偉大な総帥閣下だ。迂闊うかつな軽口でも誰かに聞かれればあっという間になぶり殺しだからな」


 ひとしきり親しげな軽口をたたき合うと、二人の視線は自然とほどけて少女の足がこちらに向いた。

 壁にもたれて座り込む茉奈へと、おもむろに歩み寄ってくる。


「茉奈、よく無事でいてくれた。奴に感謝せんとな」


「……享」

 ぽつり、と一言。

 まずはできるだけうらめしげに、茉奈はその名を口にした。


 緋咲享ひざききょう


 自称・神よりも偉大な〈緋星會〉の総帥を、茉奈は無遠慮ぶえんりょ眼差まなざしであおぐ。


「あんたねぇ……アイツといい魔人といい、こういうヤバくて危ないことに軽々しく人を巻き込むんじゃないわよ。あんなのに感謝するヒマがあったら、まずわたしに謝れっての」

「まぁそう怒るな。奴も、あれでいい男だぞ? 友達の友達は友達と言うじゃないか」

「…………」


 …………友達、なのか?


 無条件には受け入れ難い表現ながら、この少女と茉奈が幼稚園から高一の今までずっと同じクラスであり続けているのは事実だった。もちろん、ただの偶然などではない。それを贔屓ひいきと呼ぶ人もいるが、当人にはとんだ貧乏クジだ。


「茉奈――」

 享は表情を改めて、ふてくされた茉奈の肩に軽く手をかけてくる。


「お前はえある開拓者の末裔まつえいで、力のある〈弑滅手ヘルサイド〉だ。

 お前のような『力ある者』が応分おうぶんの責任を果たしてきたおかげで、今も我々はこの世界に生きている……わかるな?」


「……はぁ。わたしが何言ってもあんたは聞かない、ってことはよーくわかってるわよ」

「そう言って私に付き合ってくれるのはお前だけだよ、茉奈」


 溜め息に、享は満足げに微笑んだ。

 受けた傷を気遣きづかうようにそっと手が離れる。


荻島おぎしま悠里ユーリ。茉奈と涼真を運んでやれ」


 背後に従えた取り巻きの二人へ、総帥は声だけで指示を下した。


 オールバックに黒スーツの伊達男と、冗談みたいなピンク色の髪を腰近くまで伸ばした女子高生。

 一見妙な取り合わせだが、二人とも茉奈や涼真より遥かに練達れんたつの〈弑滅手〉だ。


「では、参りましょう閣下。僕も苦労した甲斐かいがありました」


 いつの間にやらちゃっかり復活した木沢も、享の隣にぴたりと寄りい腹心ポジションにおさままっている。

 ……何か、猛烈に釈然しゃくぜんとしないが。


 ともかくこうして、一同は地上への帰還を開始した。


◇◇◇◆


 享の登場で、茉奈と涼真はお役御免となった。

 二人とも念のために病院へ運ばれたが、特に大事はなかったらしい。


 いくつかの事務的な手続きを経た後、再会を祝う旧友たちの夕べはささやかな宴席えんせきでふけていった。


 全てがお開きとなった午後十時過ぎ――

 見知らぬ異境いきょうの夜風を浴びて、少年は一人、闇に立っていた。


「……こちらは、『フォース』だ」


 右腕。

 通信モードにしたPMDに向け、ささやくように呼びかける。


「予期せぬ事態に見舞われたものの、無事〈緋星會〉への潜入せんにゅうに成功。以後は当初の予定通りに、決行日までの潜伏せんぷくを続ける」


『了解しました、フォース』

 イヤホンに、若い女性の声。


 次元をへだてた彼方より、冷たい響きで指示が返ってくる。


『くれぐれも緋咲に行動を怪しまれたり、おかしな考えを起こしたりすることのないように。裏切り者のあなたに〈廻廊殿かいろうでん〉での復権が叶うかは、全てこの件での働き次第です』


「お前に言われるまでもない」


 吐き捨てるように通信を打ち切ると、ちょうど背後から人の気配が近づいてきた。


「こちらにおいででしたか、お客人」

 と、木沢の呼びかけ。


「閣下は既にお帰りですので、僭越せんえつながら不肖ふしょうこの僕が宿舎へご案内申し上げます」

「……ああ、よろしく頼む」


 振り返った黒ずくめの客に、案内役のメガネはうやうやしく一礼する。


「いいえ、こちらこそ。

 改めてよろしくお願い致します。ミスター・レベル13サーティーン――」


 そして作戦は、密やかに開始された。


PART.1 END

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