episode.5「……は? あんた、魔法使えないの?」
再び、地下一階。
救出作戦が折り返しを過ぎ、復路に入った一行の空気は往路以上にギスギスとしていた。
「不細工だな。力任せにも程がある」
たった二言。
〈
「……あはは」
連戦に息を弾ませる茉奈は、思わず自然と笑っていた。
至って涼しげな
目に入るだけで笑えるほどムカつく。
「キレイじゃなくて悪うございましたねぇ。
茉奈の露骨な嫌味にも、あちらは顔色一つ変えない。
「言い訳しても強くはなれんぞ。敵にもそうやって
「…………っ」
しかも、なんだか正論だ。言い合いでは明らかに茉奈の分が悪かった。
その上、
可哀想に、すっかり
こうなってはもう、
「ちょっと、
「いや、何とか言えと言われましても……」
迷惑そうに尻込みするメガネ。
「……木沢?」
茉奈が視線を
「仕方ありません。では、言わせて頂きます……」
こほん、と神妙に
「茉奈たん、可愛い! 全然不細工じゃな――」
ごすんっ!
「わたしに言ってどうするッ!」
木沢の頭を
「ていうか、あんたもっ! お偉くて、お強いのはよーくわかったから、ちょっとぐらいは手伝いなさいよね! 女の子にばっかり戦わせといて、男として恥ずかしくないの?」
「戦いに男も女もない。それに……」
公は平然と『正論』をぶって、右手の銃を持ち上げる。
「俺の
鈍く、
テレビや映画で見たことがあるのとは、雰囲気からしてもう違っていた。銃火器の類に
魔錬銀弾仕様の『魔銃』――つまりは〈魎幻〉を狩るための武器だ。
魔力によって鍛えられた魔錬銀の合金は、それ自体が魔力を帯びているために術者から魔力を供給されずとも〈魎幻〉へダメージを与えることができる。
とはいえ、それなりに値の張る代物なのも確かで、使い捨ての銃弾にするのは珍しい。
万一に備えた護身用。せいぜい、それが現実的だろう。
そうでなくとも、魔法の使える〈弑滅手〉に飛び道具の使い手は少ないのだ。
つまり……
「だったら、そんなのしまっときなさいよ。横着せずに魔法使えば済む話でしょ」
多分、誰だってそう思う。茉奈も単純にそう思った。
公は銃を持つ右手を引っ込めて、代わりに左手を突き出してくる。
「俺は魔法が使えない。〈
腕時計ほどの細い幅で、途切れなく巡らされた魔封じの印――
蛇か、何かの
シンプルな分かえって不気味だが、この際それは問題ではなかった。
「……は? あんた、魔法使えないの?」
一応、尋ねてはみたものの、冗談を言っているようには見えない。
公の
「言った通りだ。魔力が無ければ魔法は使えない」
「何それ……」
ちょっとばかりじゃなく、衝撃の事実。
あまりのことに、またしばし絶句し――弾かれたように茉奈は叫びだす。
「じゃあ、何? こんな口だけエラそうなポンコツの出迎えで、わたしたちはこうやって苦労させられてるっての? バッカじゃない!」
「否定はしない。同情する」
淡々と、公。
叫んだところで相手がこれでは、ムキになるほうが馬鹿馬鹿しい。
茉奈はふんっ、と鼻息を荒らげ、大股でずんずか歩きだした。
このクソ野郎、どうしてくれようか。
「それでは勇者候補サマぁ、危ないデスから、離れないようについて来てクダサイネー?」
一時間目の国語で習った熟語そのままの態度で、茉奈は公をバカにしまくってやった。魔法が使えない〈
「――待て」
後ろ歩きで遠ざかる茉奈を、公が硬い声で呼び止めてくる。
「あーら、怒った?」
これはちょっと、気分がいい。
茉奈は冗談めかして笑うが、公の表情は硬いまま。
というか、
「――ひぃっ!?」
撃たれた。
揺らした髪に触れるほどの距離で、銃弾が茉奈の横をすり抜けていく。
「ちょっ……そこまで怒ることないでしょうが! あんた冗談通じないわけ!?」
実際、冗談ごとではなかった。
涙目で
「馬鹿言え、敵だ!」
敵?
向き直ると、いつの間にやら人が立っていた。
その辺ではまず見ないような、タキシードっぽいスーツの男。ロマンスグレーの整った髪に紳士然とした
「やあ、お嬢さん」
ぴん、と男が指を弾くと、銀色の物体が床に跳ねる。
あれは――まさか銃弾? 色々な意味で、ただの人間とは思えない男だ。
「はん、まぁた〈魎幻〉ってわけね」
二度も同じ手を喰わされてたまるか。
茉奈は迷わず、先制攻撃の発動句を詠唱。
「〈
光の矢が標的を捉え、小規模な爆発を巻き起こす。
「なるほど、素晴らしい魔力だ」
全くの無傷。
男は余裕たっぷりに
「うそ……今の効いてないわけ?」
そんな芸当ができるなら最初から公に酷評もされないし、今までの敵ならこの一撃でカタがついていたはずだ。
「やはり、そうか」
「さっきの〈魎幻〉もおそらくはコイツが操ってたんだろう。銃弾一発で死ぬ程度の
「何、どういうこと? 〈魎幻〉を操るって……」
茉奈の呟きに答えてきたのは、公ではなく木沢の声だった。
「それはつまり、魔人というやつではないかと」
「魔人、って……あんなのが?」
茉奈は目を
中肉中背、手足は二本ずつ、目、鼻、耳も顔色も普通で、口元から牙が
「でもあれ、ちっともバケモノっぽくないじゃない」
茉奈の抱く『魔人』像からすれば、もっと、こう――
わかりやすく翼とか角とか第三の目とかが
あと、触手とか。
不老の肉体、不死の生命、圧倒的な魔力と引き換えに人間性を捨て去った怪物。
それが、魔人という存在だ。
あんまり度を越して強力になると『魔王』なんて呼ばれちゃったり。
……だというのに、ああいう普通のおっさん的なモノが魔人でなどあるはずがない。
そんな茉奈の希望的観測は、公に軽く
「なんだ、初めて見るのか?」
まるで、友達でも紹介するみたいに。
「奴らも元は人間だからな。
と、どういう神経をしているのやら、この
「
それの何が面白いのか茉奈にはさっぱりわからなかったが、魔人もニヤリと笑っていた。
「ああ、その通りだよ坊や。私は君を喰いに来たんだ。
「次元廻廊の揺らぎに乗じて
互いに笑い合いつつ、虫だの
ハタで聞く限り、茉奈たち地球人類はどうも巻き
「しかし、
肌が自然と
これは……
茉奈の
「これは、物凄くマズイですよ」
ちっともマズく聞こえない口調だが、中身は掛け値なしに物凄くマズかった。
「魔力レベルが、なんと55――
お前は
魔力レベルという指標では、単体で〈弑滅手〉として戦力になるのがおおよそ20前後からと言われている。これより下だと、戦闘要員としては
それよりも上の20を超えて、30くらいまでがまずまず平均的な〈弑滅手〉のレベルで、30を超えてくると
そして、更にもっと上の段階――40以上にまで到達できるのは、ごく一部の先天的な『才能』の持ち主だけだという。
生まれ持った
一応、十五歳でその域に手が届きかけている茉奈は、相当有望な部類らしいのだが……
聞いての通り、魔人という連中はそうした人間のみみっちい尺度など豪快に飛び越えた世界に
レベル、55。
茉奈がこれまで戦った〈魎幻〉にこれほど強力な奴はいなかった。自分よりも高レベルな敵に一人で勝った経験もない。
けど……
振り返ってみると、味方サイドの
公はただ鉄砲を撃つだけのポンコツだし、木沢に至っては実戦で働いたという話さえ聞いたことがない。
頼みの綱は涼真だったが、
「…………っ」
完全にビビって
……やるしか、ない。
一旦そうと決めてしまえば、思い切りがいいのが茉奈の特質だった。それを美点と呼ぶには少々、見込みの薄い賭けではあったが。
「〈
茉奈は呪文を解き放ち、通路を
両側の研究室を派手に巻き込み、火と熱と衝撃が閉鎖空間に
「ちょっ、工藤君っ! ここ、地下ですよ! 全員生き埋めにする気ですか!?」
木沢の悲鳴は捨て置いて、新たな術式を組み上げる。
次は、もっと強力な奴を――
「〈
爆煙の向こうへ、放射状の光が収束していく。
濃厚な灰色の煙幕に
かっ――と爆発的に
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