episode.4「……やっと来たのか、愚図どもが」

 引き続き、地下二階に降りて『お客』の探索中――


「ところで……魔法の研究って、こんなデカいとこで何やってるわけ?」


 後列で呑気のんきに雑談する木沢きざわ石本いしもとに、茉奈まなは思い付きの疑問をぶつけてみた。

 さすがにこれ以上、今日の大相撲の取組がどうのとか聞いているのもバカらしい。


「ああ、そうだね……表沙汰おもてざたにできないものも含めて、それは色々あるわけだけど……」


 石本は少し考える素振りをしてから、


「まあ、代表的なところでは〈魔結水晶マナ・クォーツ〉関連かな。僕の専門にも関わる分野だし」

「〈魔結水晶〉?」


 茉奈は上着のポケットから、小さなガラスのびんを取り出した。


 封入された宝石が、淡く自ら発光している。

 倒した〈魎幻ソリッド〉の遺留いりゅう魔力は全てこの石に吸収されて、組織に上納された後は結構なお金に化けているとか、いないとか。


 いまいちピンとこない茉奈に、続けてきたのは木沢だった。


「そう、何といっても地球世界は魔力資源の宝庫ですからね。もし万が一、地球からこの供給が途絶とだえれば、魔法文明に依存する世界では大混乱が起きかねないわけです」

「……ふーん」


 地球しか知らない茉奈としては、どちらにしろ実感のきにくい話だが。


「つまるところ、我々の稼業は砂漠で原油を掘ってボロ儲けしてるのと同じようなもので……〈廻廊殿かいろうでん〉のお歴々れきれきにしてみれば、ちっぽけな田舎ヤクザに急所を押さえられた思いでしょうね。無駄にあちらの警戒が厳しくてこちらも色々と大変ですよ」


「なんか……面倒な話ね。普通に仲良くすればいいのに」

「まったくです。旧世界の亡者どもが自由と平等さえ保障していれば、マジ=マジ反乱やジオン公国の成立やラグランシティーの虐殺ぎゃくさつもなかったでしょうに」

「……………ふーん」


 結局なんだかよくわからなかったが、木沢の話がよくわからないのは今に始まったことでもない。途切れかけた会話を継いだのは、石本からの逆質問だった。


「僕もここは結構長いけど、次元廻廊があるとは知らなかった。君らが探してるそのお客って、一体どういう人なんだい?」


 語調は軽く、興味津々きょうみしんしんといった様子だ。


 よりにもよって、またその話――

 茉奈は辟易へきえきする反面、多少、興味を引かれてもいた。


 未登録で、お尋ね者の〈弑滅手ヘルサイド〉。


『お客』について茉奈が知るのは、せいぜいそんな程度のことだ。

 どこで何をしてきた人やら、気にならないと言えば嘘になる。


「ええ、音に聞こえた名うての〈弑滅手〉――総帥閣下の御友人ですよ」


 そんなこちらにも気を使ってか、木沢の説明は先ほどよりも具体的だった。


「三年前のイストラーグ戦役は御存知ごぞんじでしょう?

 僕はまだこちらにいませんでしたが、地球でもかなりの影響があったとか」


 そのことなら、茉奈も知っている。

〈廻廊殿〉が認定している『魔王』発生案件の中では、今のところ最も新しい事例だ。


 戦場になった異世界が地球と近い次元にあったとかで、当時はこちらの魔力バランスにまで多大な影響が生じていたらしい。

〈魎幻〉の発生数がけた違いに跳ね上がるなど、この町でも大変な騒ぎになったことを覚えている。


「かの戦役にて魔王を討ち取った勇者ローグウェイク・ラークスと仲間たちの活躍ぶりは、後に『イストラーグの聖なるいかずち』とうたわれるほどの華々しいものでしたが――我らが総帥閣下もまた、義勇兵として戦いに身を投じ、彼らと戦友のちぎりを結んだそうです」


「勇者様のお話……以前、お姉様に聞いたことがあります」

 前方の警戒に努めていた涼真りょうまが、ぽろりとつぶやくように言う。


 おや、と茉奈も彼女を見やった。

 石本のような馴染なじみのない相手の前で口をきくのは、涼真にしては珍しいことだ。


 木沢がうなずき、うたうようにして先を続ける。


「本日ここに、我々がお迎えするのはまさにその英雄の一人です。

 勇者ローグウェイクとともに戦い、自身もまた勇者候補と目された若き天才。

 それが故あって〈廻廊殿〉を離反し、長き流浪を続けた末に総帥を頼ってこの地球へと落ち伸びて来られるとか」


「へえ、それは頼もしい」

 誇張じみた言い草に鼻白はなじろんだか、石本は複雑な声音で応じた。


「勇者様の……」

 一方の涼真は、夢見る瞳で拳をきゅっと握りしめている。

 よっぽど好きなのだろうか。


 現実の『勇者』の称号というものは、〈廻廊殿〉のお役所が認定する『模範的で優秀な』〈弑滅手〉の証でしかなく、別段、天啓てんけいを受けたとか聖剣を抜いたとかではないという話だが……


「そんなにお強いお方だったら、自力で出てきてくれないもんかしらねー」


 あくまでも白けた茉奈の物言いに、木沢は軽く肩をすくめた。


 それから――地下二階での探索を終えるまでに〈魎幻〉との遭遇そうぐう戦がもう二回。

 お客の姿は依然いぜん見当たらず、手がかりらしきものさえなかった。


 そしてついに、地下三階――


「あーもう、キリがないっての!」


 茉奈の放った光の波濤はとうが、黒い獣をまとめて三匹、手近な壁ごと吹き飛ばした。

 忍耐の限界が近づくにつれ、施設への損害も大きくなってきているが……知ったことか。


「――ぃっ!」

 涼真も右から左へと刀を縦横じゅうおうに振るい、雑魚ざこどもを景気よく蹴散けちらしていく。


 ここまで探しても出てこないなんて、実はもうどっかで死んでるんじゃないだろうか?

 茉奈もいい加減、本気でそう思い始めた頃だった。


 廊下の先で、影がうごめく。


 自販機の脇に据えられたベンチから、何やらもそもそと――


「誰か……いるの?」

 今度はいきなり攻撃を仕掛けず、慎重を期して茉奈が呼びかけた。


「……やっと来たのか、愚図ぐずどもが」

 あくび混じりにこぼしつつ、影がのっそり立ち上がってくる。


 上から下まで黒ずくめの男。戦闘服か何かなのだろうが、髪と目の色も同じく黒で、あまり異世界人らしくはなかった。


 しかし――とにかく、ガラが悪い。

 無礼も極まる第一声に、愛想あいそが一切死滅した仏頂面ぶっちょうづら。目つきも堅気かたぎのそれとは思えず、どう見ても勇者より手配犯が似合いだ。


 ……何なの、コイツ。


 あれこれと細かく理屈をねるより、本能レベルでの反感が先に立った。


 相手にしない、という宣言はあっさり放棄。


「やあ、どうも――」

 気さくに手を上げる木沢を遮り、茉奈はそいつへ因縁をつけにいった。


「ちょっと、あんた」


 言葉が通じない心配はない。

 魔法のシステムが存在する――言い換えれば、魔導領域を共有している世界においては、魔法使い同士のしゃべる言語は自動的に同期されるのだ。


「今、なんかグズとか言わなかった?

 そんなトコで寝てたくせに?

 こっちはわざわざ、あんたを助けにここまで来てやってるんですけど?」


 男は、悪びれもしなかった。


「タダ働きはしない主義だ。ここの掃除はそっちの仕事だろう。

 一人前の口をたたくなら、自分のケツは自分でぬぐえ、役立たずが」


「なっ――わたしの何がっ」

「黙れ」


 色をなす茉奈をにらみつけ、男は右手を振り上げる。

 大型の拳銃――そして轟音ごうおん


「――――っ!」

 気付いたときにはもう遅かった。


 茉奈の耳元をかすめた銃弾が、後列の石本の眉間みけん穿うがつ。


 崩れ落ちる石本。

 ぴくりとも動かない。即死だろう。


「あ……え……?」

 わけがわからず、茉奈は被害者と加害者を行ったり来たり何度も見比べた。


 いきなり、何の前触れもなく人を一人、撃ち殺して……

 今のは、本当に……何なんだ?


「ちょっ……あんた、何してんのよ!?」


 茉奈の非難は、ほとんど悲鳴だった。木沢は無言で眼鏡を押し上げ、涼真は顔面蒼白のままその場に唖然あぜんと立ちつくしている。


 男はさもうるさげな様子で、銃を持つ手をひらひらと振った。


「落ち着いてよく見ろ。ソイツは人間じゃあない」

「……へ?」


 言われて、もう一度石本を振り返る。


 人間の死体だったはずのモノは、黒い粒子に分解されて消えていくところだった。

 まるで、〈魎幻〉みたいに……というか、まんま〈魎幻〉の散り際と同じだ。


「理解できたか? 〈魎幻〉の中には人間の姿を偽装する奴もいる。もっとも、こんな安い手にだまされるのはよほどの間抜けくらいだがな。まともな〈弑滅手〉なら気配で見破れる」


「……ぬぐぅ」


 言い返せない茉奈をよそに、今度こそ木沢が前に歩み出た。

 苦笑気味に肩を揺らしつつ、ポケットから取り出した何かを手渡す。


「何はともあれ、ようこそ地球へ――東庄公とうじょうあきらさん」

「トウジョウ?」

「ここでのあなたの名前ですよ。それが身分証明書です」

緋煌ひおう学院高等部、三年A組三十七番……」

「ちなみに僕は、クラスメイトの木沢隼人きざわはやとです。どうぞよろしく」


 三年生。

 ああ、あいつは十七歳くらいなのか……と、茉奈は何とはなしに思った。


 肩書から想像していたのに比べれば、確かに見た目でははるかに若い。

 年齢も背格好も、ほぼ木沢と同じくらいだろう。


「……それで、こちらは工藤茉奈くどうまな君。小さいほうが水薙涼真みなぎりょうま君。御覧ごらんの通り、お二人ともまだお若いので、先輩としての御指導をよろしくと総帥からのお言伝ことづてです」


 木沢の紹介に『東庄公』はふん、と鼻を鳴らすと、


「若かろうがなんだろうが弱ければ死ぬぞ。使うならもう少しきたえてからにしろ」


 ずかずか歩き、言いたいことを言うだけ言って、茉奈の顔をのぞきこんできた。


「何か、まだ言いたそうだな?」


「そりゃ……そうよ」

 妙な迫力に気圧けおされながらも、茉奈も簡単には引き下がらない。


「あんな、いきなり撃ってくるとか……見込み違いだったらどうすんのよ。ヘタすりゃ、わたしが死んでるとこじゃない」


「なんだ、そんなことか」

 公は、こともなげに言う。


「元々、俺の出迎えだ。一人や二人撃ち殺しても俺が生きてれば問題ないだろう」


「な……っ」

 茉奈は、今度こそ絶句して――コイツを嫌いになることを決めた。


 凄く、ものすっっっごく嫌な奴だ。

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