episode.3「お疲れ様です、先輩」
事実としては、この土地を創り出したのは異次元から流れてきた魔法使いたちだった。以後、今日に至るまで地球における最古の
現在の都市人口は、五十万強。
そのうち魔法使いは二割に満たぬ少数派に過ぎず、外部社会に存在を露わにすることも全くない。地球世界そのものの巨大さと、
征服の代わりに行われたのが、徹底的な
元来、〈
常苑の魔法使いたちは、その上に更なる魔法的措置を幾重にもわたって施した。
場所、あるいは事象に対する認識阻害、意識誘導、記憶
そうした
魔法結社〈
幼稚園から大学に至るまで各課程の学校と付属機関を
〈
◇◇◇◆
「お疲れ様です、先輩」
控え目な賛辞に振り返ると、後輩の女子生徒が茉奈へ
守衛隊――ESF(
茉奈とデザインが違うのは、中等部の一年生だからだ。
「ああ、水薙も呼ばれてたんだ」
「はい。お姉様の言いつけで、今日は一日お供をする予定でした」
「ふうん……」
しずしずと、
左手に
背丈は、茉奈よりだいぶ低い。中一としても小柄な部類だろう。まだランドセルのほうが似合いそうなくらいだが、見た目には独特の雰囲気がある。
ふんわりと淡い亜麻色の髪に、
遠い異国の妖精を思わせるそんな容姿とは裏腹に、
古き良き
コレで、実は異世界から来た魔法使いです、と言われると、まぁ意外とそんなものかと思えてくるから不思議だった。
「いやー、どうも。御苦労様です」
うなじで髪を一つに束ねた小さなサムライの頭越しに、薄笑いのメガネ男が茉奈に笑いかけてくる。
「……で? 片付けたけど何なのよ、一体」
「ええ。説明しますから、どうぞこちらへ」
駐車場つきで二階建てのビル。
高さに比べて奥行きが広く、学校や病院のようにも見える。
今日も今日とて、茉奈の魔法は必要以上に絶好調らしかった。
正面ゲートの警備事務所は半分近く吹っ飛んでいて、ビル本体のエントランスも中々に無残な状態だ。幸い避難は済んでいたようで、人の姿も見当たらないが――
「まず、工藤君がぶっ壊してくれたこのビルなんですけど……実は〈
「ふーん、そうなんだ。だから、あんなのが出てくるのね」
遠回しな木沢の苦情を、茉奈は気付かぬふりで
そもそも〈魎幻〉という奴らは、そうした『魔力の働きが強い場所』に
極端な話、ここに限らず〈緋星會〉の魔導関連施設が集中する常苑市一帯が、地球最大の
「ええ、そうなんです。まぁ主要部分は地下にあるんで被害は大きくないハズですが――」
廊下を奥へと進んでいきながら、木沢もさして気にせぬ
元々口数の少ない涼真は、茉奈の隣にくっついて大人しく話を聞いている。
「――何にしろ、今回の〈魎幻〉の発生については原因がはっきりしてます。ここの奥にある
「次元廻廊って……なんで、わざわざそんなもの。誰か、どっかに行くわけ?」
次元と次元を繋ぐ廻廊、と書いて次元廻廊。
読んで字のごとく、異次元世界の間を移動するための魔法施設だ。
人類には足を踏み入れられない魔導領域を通じて、次元の異なる世界同士を行き来する――詳しい理屈はよくわからないが、地球でいえば国際空港みたいなものだろうか。
「いいえ、逆ですよ。我々がお客様をお迎えするんです」
木沢はかぶりを振った。
「お客?」
「ええ。総帥閣下の
この方が、ちょっと訳アリでしてね。
〈
「つまり……わたしたちは今、そのお客を迎えに行かされてるってこと?」
「話が早いですね。さすが工藤君です」
木沢はにっこりと、怪しく微笑んだ。
「……大丈夫なんでしょうね、それ」
訳アリとか、裏ルートとか、どうも出てくる単語がキナ臭い。
ちなみに、〈廻廊殿〉というのは、廻廊の管理など次元を超えた魔法世界の秩序を
正式名称『超次元統合魔法評議院』。
茉奈たちが所属する〈緋星會〉も一応、加盟組織の一つとされている。
廊下の途中で行き当たった階段を、地下一階へと降りていきながら――
木沢は、至って軽薄な楽観論で茉奈の
「はっはっは、御心配には及びませんよ。訳アリとはいっても、ただ〈廻廊殿〉の超次元S級指名手配犯に指定されてるだけですから」
「ちょ……S級ってマジものの超凶悪犯じゃない!」
泡を飛ばす茉奈に、木沢はしれっと言ってのける。
「まぁ確かに、未登録の〈弑滅手〉といえば〈廻廊殿〉にとっては犯罪者でしょうけど。ウチみたいな
「…………。」
……こりゃダメだ。
茉奈は心底、絶句した。
この業界のこういう部分には、とてもついていけそうにない。
大体、この木沢という男も何なのだ?
総帥に取り入って
そんな奴が手配犯なんぞを組織に引き入れて、一体何をやらかすつもりやら……
考えるだけで、頭が痛い。ていうか、もう帰りたい。
「嫌ですねぇ。そんな顔しないでくださいよ。ちゃんとお金で話はついてますし、事故でよほど気が立ってない限り襲ってきたりはしませんって」
「……もういい。わたしはそんなのと
「……まぁ、それも結構ですが……」
――と、階段を降りきったところで。
「先輩」
茉奈と木沢が交わす会話に、初めて涼真が割り込みをかけてきた。
身構えた彼女に一瞬遅れて、茉奈もその気配を察知する。
「やっぱり出たわね」
何もなかったはずの行く手に、
中世ヨーロッパ的なアンティーク調でそれぞれが手に武器を持っている。いずれの個体も、バイザーが下りた
もう、見るからに〈魎幻〉だった。
「〈
出会い頭に、まず一撃。
茉奈の放った白い光が、銀色の胸当てを正面から射抜く。ごく基本的な攻撃魔法だが、強い魔力の持ち主が使えば雑魚の始末に不足することはない。
茉奈と銀色の
先頭の一体が消滅すると、抜刀した涼真が右手に駆けだし、茉奈は続けて左手を狙う。木沢は一人、当然のように茉奈の後ろで高みの見物。
ぎぎぃ、ぎしりっ、と。
「――っ!」
素早く、跳ねるように刀を
小柄な体の、か細い両腕で――
刀傷から、血煙のように黒い粒子が
〈魎幻〉とは、
攻撃の
魔力の怪物と、魔法使いと。
物理法則を超越した戦場においては、魔力の質や強弱こそが
「もいっちょ――喰らえぇっ!」
「――っ、やぁっ!」
決着は、あっという間だった。
初歩の魔法と細身の刀に、鎧の騎士たちはなす術なく滅んだ。
「素晴らしい。さすが僕の見込んだお二人です」
おざなりな木沢の称賛は捨て置いて、茉奈はふと、横合いを見やった。
「――――?」
まだ何か、気になる。
研究室のドア。
涼真の剣が、それを斜めに斬り裂いたのはまさに次の瞬間だった。
彼女も、何かを感じ取っていたらしい。
更なる攻撃を叩き込むべく、茉奈も魔力を集中しようと――
「ま、待った!」
男の声。
両断されたドアの向こうから、白衣姿の人影が現れる。
「僕はここの職員だ。避難が遅れて、ここから出るに出られなくなってしまって……」
両手を上げたその若い男は、確かに全くの丸腰だった。
戦闘能力があるようにも見えない。
二人を制して歩み出た木沢が、白衣の胸についたネームプレートを読み上げる。
「研究員の
そのまま小首を
「人事部の資料でお顔を
木沢の言葉に、石本氏は表情をほっと
「ですが」
と、木沢は前置きして、
「我々は現在、VIPの救出という重大な任務に従事しています。こちらであなたを保護するためには、更に奥までの
「悪いけど、そうさせてもらうよ。ここに取り残されるのは
一も二もなく石本は言い切り、足手まといは二人に増えた。
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