PART.1 勇者と普通の女子高生

episode.2「……ああ、もうやだ」

『君が住んでいるこの常苑とこぞの市は、本当はこの日本には実在しないはずの都市だ』


 そんなバカなことを急に言われたら、普通は笑うしかないだろう。


 ましてや、


『常苑市は異世界の魔法で創られた都市で、今もたくさんの魔法使いが住んでいる』


 などと続けられてしまったら、ちょっと救急車でも呼んでやりたくなってしまう。


 しかも、その上、挙げ句の果てに、


『実は、君も魔法使いの末裔まつえいなのだ。だから、街を襲う怪物と魔法の力で戦ってくれ!』


 なんぞと口走られてしまった日には……

 ……もう、どうしたらいいんでしょーか?


「……ああ、もうやだ」

 他のどこでもあり得ない、生まれ故郷の常苑市の街角で、工藤茉奈くどうまなは溜息をついた。


 女子高生だ。


 肩に触れるあたりまで伸ばした、セミロングの普通の黒髪。標準的な灰色のブレザーにプリーツスカートを合わせた制服、紺色のニーハイソックス、黒のローファー、いずれも学校指定の服装に間違いない。ほどほどに短いスカートの丈だって、模範的とはいえないにせよ教室の中では普通な部類だろう。


 洒落しゃれらしきものはといえば、せいぜい眉を整えるのと色つきのリップクリーム程度。決してズボラなつもりはないが、化粧にるようなお金も趣味もまだ持ち合わせていない。


 つまるところ首尾一貫、徹頭徹尾、頭の上から足の下まで、完全無欠に、普通。


 こうして我が身をかえりみる限り、工藤茉奈は至って『普通』の十五歳の女子高生だった。


 なのに……


「やあ、工藤君。待ってましたよ。ご覧の通りの有様なもので」


 出動用のワゴン車を降りた途端、メガネでほがらかな爽やかスマイルが馴れ馴れしく彼女を出迎えてくれた。

 茉奈と同系統のブレザーとスラックスは、同じ学校の男子の制服だ。

 白に近い銀髪と紅い色の瞳はどうにも日本人離れして見えるが、異世界からやって来た魔法使いを相手にンなこと言っても始まらないだろう。


「で……何なのよ、コレは?」

 メガネのスマイルには一ミリも応えず、茉奈は端的に説明を要求した。


 目の前の光景――五月晴れの青い空の下、現代日本の特に変哲もない街路上において、熾烈しれつな魔法戦闘を繰り広げている『軍隊』と『怪物の群れ』たちについて。


 メガネこと木沢隼人きざわはやとは、眼鏡のブリッジをくい、と押し上げた。


「ちょっとその、面倒な事態なものですから。詳しい説明はまた後ほどに。とりあえず、この場を片付けてもらえます?」

「後ほど、って……コレ片付けて終わりじゃないの?」


 露骨にうんざりした茉奈の問いに対し、木沢は怪しく眼鏡を光らせてくる。


「まさか。たったそれだけのことで、わざわざ君を呼んだりはしませんよ」


 められた気もするが、全然嬉しくない。


「……なんか、適当に理由つけて逃げりゃよかったかな。妹が産気づいて病院に運ばれたとか」


 ぶつぶつ、ぶつぶつ。

 それじゃよろしく、と道を開ける木沢を茉奈は不景気な顔でやり過ごす。

 歩道から、車道へ。


 踏み入ったそこは、まさに戦場だった。


 片側二車線の道路のあちこちで、一見、警察の機動隊っぽい紺青こんじょうの制服が奮闘している。街の安全を影で司る守衛隊の隊員たちだ。

 耐魔加工の特殊セラミックシールドを先頭に、白兵戦用の槍、トマホーク。数人単位でチームを組み、後列の魔法攻撃要員は制服に同色の長衣をまとっている。


 対するは、ライオンみたいな頭をした獣型の〈魎幻ソリッド〉――キマイラとかそんなのの亜種か何かだろう。


 これが、この街の現実で、工藤茉奈がここにいる理由。

 こういう奴らが街にいるから、茉奈は普通に暮らせないのだ。


 まったく、嫌になる。


 本当だったら今頃は、教室で授業を受けているはずだった。

 勉強が好きなわけでもないけど、これ以上成績が下がるのはまずい。

 それでなくたって、部活動とか、委員会とか、生徒会とか、アルバイトとか、マトモな友達とか……恋愛とか。


「――う、うあぁぁっ!?」

「と、戸川とがわぁっ! しっかりしろ、傷は浅いぞぉっ!」

「畜生、バケモノめ! 本部からの応援はまだ来ないのか!?」


 ……いや。この際、せめて勉強だけでも。


「…………。」

 思うだけ、むなしい。


 茉奈の心を吹き抜けるのは、乙女にあるまじき荒涼たる風。

 何か、こう……

 かけがえのない、普通の女子高生として満喫すべき青春的なモノの全てを、血腥ちなまぐさい灰色の退魔ファンタジーに日々り潰されていくように感じるここ最近の茉奈だった。


「あの、工藤君。出来れば早く、助けてあげて欲しいんですけど」

 背中から、木沢の催促。


「……しゃあない、やるか」


 どうせ、ゴネたって聞いてはもらえない。

 目を閉じて、いやいや魔法攻撃の準備に入る。


 魔法。

 世界の理に上書きされた、在るはずのない超常の法則。


 物質世界より高次の位相に存在する『認識不能な時空』――魔導領域に精神を同調させ、見えざる世界の超法則をこちら側へと顕現けんげんさせる。その際に、引き出された法則を具象化させるための源となるのが、魔力と呼ばれる内的なエネルギーの働きだ。


 幸か不幸か、そのエネルギーの絶対量が人並み外れて巨大であるがために、工藤茉奈・十五歳(高一)は前途有望な〈弑滅手ヘルサイド〉候補としてこうした任務に駆り出されてしまう。


 だからって、なんで、わたしがこんなことを――


 やり場のない憤懣ふんまんが高まるにつれ、茉奈の内なる魔力のたぎりは一つの頂点へと到ろうとしていた。


 ……やってやる。

 ええ、やってやりますとも。

 あー、はいはい、やりゃあいいんでしょっ!?


 やる気と怒りの三段活用で、かっ、と目を見開く。


「あああああぁ……っ!」

 ヤケクソ半分に上がったテンションが声になって口から出ていた。


 味方のほうもそれでどうやら、待望の『応援』に気が付いたらしい。


「な――おい、ありゃアホの工藤じゃねーか!?」

「退避だ、退避いッ! 巻き込まれるぞ!」

「こっちだ戸川ぁ、俺の肩につかまれ!」

 口々に叫び、蜘蛛くもの子を散らすように逃げていく隊員たち。


「……あ、アホって、あいつら……」

 こめかみのあたりが、ひくり、と引きる。

 それでも一応、味方側の退避を確認しておいてから、茉奈は魔法の発動句をとなえた。


「〈焔霊群舞シャーラ・フライト〉!」


 前へとささげた両手の延長線上で、虚空こくうに炎のかたまりが生まれる。


 弾けろ、と茉奈が念じた瞬間、塊はぜて飛び散った。

 バレーボール大の火炎球が戦場の一面にばらかれ、取り残された〈魎幻〉の群れへと火山弾よろしく降り注ぐ。


「のわぁぁっ!? やりやがったぞクソぉっ!」

「戸川!? 戸川のケツに火がぁッ!?」


 呪詛じゅそ叫喚きょうかんと巻き起こる爆炎とにあおられながら、茉奈はうつろに笑っていた。


「ふふ……まだまだ、これっぽっちじゃ終われないでしょお……?」


 ちょっとばかりテンションがおかしいかもしれない。

 溜まりに溜まったモノをブッ放して、何かがキレてしまったような。


「……ほそくずより燃えでて散る、煉獄れんごくの灰にうずもれし火の粉よ……調べは巡り、韻律いんりつを刻む……なんじ灼熱しゃくねつまといて踊れ」


 うわ言みたいにぶつくさと詠唱。小細工はしない、手加減はできない。単純明快、猪突猛進、電光石火の正攻法ちからおしこそが茉奈の得意とするところだ。


「〈焔霊輪舞シャーラ・ロンド〉!」


焔霊えんれいシャーラ』――発動句名の由来となった遠い異世界の超常的存在について、茉奈は名前以外何も知らない。

 その必要も別になかった。

『魔法』と呼ばれるシステムにおいて、行使者に要求されるのは代償たる魔力とその制御技術だけだ。

 それさえしっかり身についていれば、無知な普通の女子高生にだって攻撃魔法は扱える。


 引き出された法理にのっとり、内なる魔力を事象へと変換――


「――やめろぉぉぉっ!」

「ド畜生めっ、どこの馬鹿ったれがあんなの呼びやがった!?」

「とっ、とがわぁぁぁっ――!」


 轟音ごうおんと熱風。

 炎の円柱が高々と天をく。

 切れ切れに響く諸々の声は、茉奈の耳にはほとんど入ってきていなかった。


「どーだ見たか、ザマーミロぉっ!」


 誰あろう彼女自身が、激しく両脚を踏み鳴らし、炎に中指おってたりしながら勝利の雄叫おたけびを上げていたから。

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