episode.1-2「レベル、13だと……」

「ええ、はい。会うことは、会えたんですけど……別の仕事に行ってしまいまして。多分、そちらには行かないと思います。ああ、いえ、そうではなく……」


 リゼットは報告の通信を続けた。


「彼は、要請を受諾じゅだくしました。おそらく、『地球』には直接向かいます。こちらより先に〈緋星會エカルラート〉側からのコンタクトを受けていたようで――」


◇◇◇◆


魎幻ソリッド〉――正式には〈魎化幻子体ソリッド・ファントム〉。


 うつろから襲い来るその異形どもは、なるほど確かに『固体化した幻』だった。


 前触れもなく突然現れ、死んだ後にはむくろも残さず霧のようにき消える。

 幻子体理論によれば、奴らは元々自然界に存在する幻子体粒素マナ・エレメントの集合体であり――と、理屈をね始めればきりがない。


 ともかく、大半の人間にとっては原理よりも重要な真理があった。


〈魎幻〉は人類の敵であり、倒せばカネになるということだ。


◇◇◇◆


 ノルザーン侯爵領の田舎町から、オフロード車を飛ばすこと三十分弱。

 ルースのにらんでいた通り、その森は格好の猟場だった。


「……フフン、まあまあの成果だな」


 車のシートに腰を落ち着け、『戦利品』の具合を陽光にかざし見る。

 ルースが手の中でもてあそぶのは、怪物の肉でも角でもない。彼らが狩った獲物は既に、死骸すら残さず幻のようにこの世から消え去っていた。


 後に残された唯一の痕跡が、カットされた宝石のようなこの結晶体だ。


 つまんだ親指と人差し指の間で、自らも淡く光を発して蛍のように明滅している。間近にのぞくと、内部に浮かぶ黒い模様が渦を巻くようにうごめいて見えた。


 後部座席に陣取るルースを、前列の仲間たちが振り返ってくる。


「上モノの〈魔結水晶マナ・クォーツ〉に魔力が六割ってトコか。中身だけ売っても元は取れそうだな」

「まだまだ、今日はこんなもんじゃねえさ。奥まで行けばもっと狩れるぜ」


 助手席のアウガーに、運転席のグレッド。

 長くパーティを組んできた、いずれもルースに劣らぬ歴戦の使い手だ。


 一般に〈弑滅手ヘルサイド〉と呼び習わされる魔法戦闘のスペシャリストたち――〈魎幻〉を人類の敵とするなら、彼らこそが救世主だった。


〈魎幻〉と戦い、狩って、カネを稼ぐ。実にシンプルな救世主稼業だ。多少は行儀の悪い真似まねもするが、そのぐらいの楽しみがなければ命をける張り合いもない……


「全員、動くな」


 心も浮き立ついこいの一時に、その声は唐突に割り込みをかけてきた。


 思わず、一同の背筋が伸びる。


 ……一体、何者か?

 一仕事終えた油断はあったにせよ、接近にまるで気付けなかった。手練てだれが三人も揃っているのに、だ。


 かなり若そうな男の声で、その呼びかけは続けてくる。


「この森はノルザーン侯爵家の管理する猟区だ。

 今日、この場所で〈弑滅手〉が活動するという報告はこちらに入っていない。

 全員、武器を捨てて速やかに身の証を立てろ」


 いかにもお役人、といった口調。

 木陰から一人、男が現れた。


 中肉中背で、黒髪、黒の戦闘服姿に、黒のサングラスまでかけた全身黒ずくめ。

 身形みなりは妙だが、侯爵家の使いなのだろう。


「……ちっ」

 ルースは低く舌打ちをした。


〈魎幻〉を狩ってカネになるのなら、当然、そこには利権や囲い込みの動きも出てくる。彼らのような無届の〈弑滅手〉は、地権者にしてみれば密猟者以外の何物でもないのだ。


「…………。」

 先方への応対より先に、三人は素早く目配せをし合った。


 こういう場合の対処については、今更確認するまでもない――

 面倒になるなら、殺す。


 のっそりと、何の気もない足取りをよそおいルースと二人は車を離れた。


「あー……いや。すまねェな、ちぃっとうっかりしててよ。届けを出すのを忘れちまった」


 動くな、とは言ってこない。黒ずくめは黙って見ている。


「……で、届けってのはコイツでよかったか?」


 ルースもまずは気安い物腰で、懐から数枚の紙幣を取り出した。


 そでの下、というやつだ。忌々しい出費ではあるが、侯爵家に上がりをピンねされるよりは遥かに安く済む。


「何のつもりだ……?」

 サングラスの下で、男はわずかに眉をひそめた。


 どうやら、になるらしい。


「そうかい。わからねェってンなら、仕方ねえな――」

 くしゃり、と紙幣を握り潰す。


 ルースの殺気に応えて、背後でアウガーが武器を構えた。


 男は、小さく息をつく。おびえもせずに、至って平然と――


寝惚ねぼけるな、三下。お前たち程度を相手にするほど安い仕事は受けてない。

 邪魔だから失せろ、と言っている」

「ほぉう……?」


 相手のふざけた言い草に、ルースはますます殺気を強め、グレッドは逆に笑いだした。


「ハハッ――レベル13の雑魚が俺たちを三下呼ばわりかよ!」

「レベル、13だと……」


 ルースは、手元に目をやった。

 腕時計に似た形状を持つ携帯型魔力探知機Portable Mana Detector――PMDというやつだ。

 空間に投射されたホログラム・スクリーンにはやはり同じ数値が表示されている。


 魔力レベルという指標は、対象が外部に放射する魔力を元に算出したもので、持ち主が安定して運用できる魔力の絶対値とほぼ同義だ。

 要するに「魔力レベル=現時点での実力」だと解釈してまず間違いないわけで、13という数字の相場はといえば……


「ガキが、大口叩きやがって。せめて下の毛が生えそろってから一人前の口をきくんだな」


 ルースも思わず毒気を抜かれてしまうような、ひよっこレベルの相手でしかなかった。

 よくよく見れば、顔を隠してはいるものの、年も二十歳には届かないだろう。


「…………。」

 怒るでもなく、悔しがるでもなく。

 黒ずくめの少年はただ、笑われるままに立っていた。


「おいおい、どうした……ビビっちまったのか、坊や!?」

 アウガーまでもが笑いだし、一触即発の空気がゆるむ。


 が――いくら相手を見下していようと、サングラス越しの少年の視線が、何かを追って動いたことを見逃すような三人ではない。


「――ッ!?」

 ほとんど同時に、三人は森の奥へ視線を走らせる。


 そこに、五人目の人影があった。


「クソっ、仲間がいやがったか!」

 最も近いグレッドが、そちらへ向けて武器を構える。


せっ、そいつに近づくな!」

 少年の制止は、間に合わなかった。


 PMDが鳴らす警告のアラーム音――

 画面を確認するほどの間も置かず。


 人影が瞬時にグレッドとの距離を詰め、突き出した武器を右腕ごと一閃で斬り飛ばす。

 グレッドは悲鳴さえ上げられず、喉首のどくびを敵につかみ上げられた。


「……グレッド!」


 身悶みもだえしたのは、わずか数秒。


 ルースが声を上げたときには、既にグレッドは動かなくなっていた。肌から急速に血の気が失せて、力なく敵の腕に吊り下げられている――


 まるで、魂を吸い取られたかのように。


「間抜けが。人間をやめた奴の区別もつかないのか」

 苛立いらだたしげに少年がうめく。


『人間をやめた奴』――その言い草には、ルースも思い当たる節があった。


「おい、待てよ……まさか、魔人だってのか? なんだってこんなトコに!?」

「決まってるだろう。お前らみたいな阿呆あほうを狩るためにエサをいて待ち構えてたんだ」


 少年が乱暴に言い捨ててくる。


「……馬鹿な」


 ルースには返す言葉がなかった。


 なるほど、俺たちは間抜けで阿呆な三下だ。〈魎幻〉に釣られて魔人の狩場なんぞにまんまとおびき出されるとは……


 魔人。魔法の力に魅せられるあまり、人間を捨てたヒトならざる人。そこらの〈魎幻〉とはワケが違う。あれこそは真に『人類の敵』と呼ばれるべき存在だ。


 何しろ奴らは、人間の魔力をその命ごと、喰い殺す。


 加えて、並の〈弑滅手〉などでは及びもつかぬほどの戦闘能力を持ち、個体によっては〈魎幻〉さえも自由に生みだすことができるという。


「……ってことはナニか?」

 ふと思い当った可能性に、ルースはかぶりを振った。いくらなんでも、無茶な話だ。


「お前さんが受けた『仕事』ってのはまさか、俺たちじゃなく、アレを……?」


「だから、言っただろう。邪魔だから失せろ、と」

 少年の返答はこともなげ。


「おいおいおい、馬鹿言うんじゃねェよ!

 グレッドでさえあのザマだ。お前なんざァ、小指の先で干物にされちまうぜ!」


「余計なお世話だ。心配するなら邪魔しないでくれ」


 こちらの制止など歯牙にもかけず、彼は単身、歩み出ていく。


「ヒヒッ……次はお前かァ……?」

 やや甲高く、耳障りな声。魔人が初めて口を開いた。


 見た目には若い男の姿だが、肌は死人じみた土気色で乱れた髪も伸び放題だ。

 武器の類は持っておらず、鋭くとがった爪の生えた右手から赤い血糊ちのりを滴らせている。


 ……まさに少年の評した通り、ソレは、とうに人間をやめていた。


「…………。」

 まったく、馬鹿げてる。

 ルースは胸中で断言した。


 レベル13の駆け出し〈弑滅手〉が魔人を相手に戦うだと?

 お笑い種だ。死ぬに決まってる。


 PMDが表示する彼我ひがの数値は、悲劇というよりも喜劇的ですらあった。


 魔人のレベルは――62。

 はっきり言って、勝負にもならない。


「次、か……」

 少年の手が懐を探る。


「……次はお前が喰われる番だ、イカレ野郎」


 不敵極まる宣戦布告。ジャケットの内側から引き抜かれた武器は、鈍器か何かと見紛みまがうほどに物々しいサイズの拳銃だった。


 あんなモノで、魔人を相手に……?


 果たしてその顛末てんまつは、ルースの常識を超えていた。

 凝然ぎょうぜんと目を見開いていてなお、己の目を疑うしかない。

 そういうものを、彼は目にした。


「かぁあああッ――!」

 魔人の奇声と、第一発の銃声がほぼ同時。


 突進するかに見えた魔人は、射撃をかわして斜め前へ飛ぶ。


 続けて、二発、三発、四発。

 巨大な銃を少年は片手で軽々と連射する。素早く、狙いも正確だったが、魔人の動きには少年の手並みをさらに上回るスピードがあった。


 魔人が走る。

 弾を避けながら距離を詰め、グレッドを切り裂いた右手の爪を手刀の形で振り下ろし――


「……ッ!」

 銃を持つ右手が、辛うじてグリップの底を打ちつけ、その一撃を払いのけた。


 銃と手刀――右手と右手。

 自由な二本の左手のうち、より早く動いたのは少年のほう。


 攻防はそこまでだった。


 左手が、まるで林檎でももぎ取るようにして魔人の顔を無造作につかむ。

 ただ、それだけで。

 如何いかなる奇跡の働きか、聖者へと懺悔ざんげする罪人つみびとさながらに魔人はこうべを垂れて動かない。


「近づけば喰えるとでも思ったか? お前の番だと言っただろうに」


 少年の指に力が入る。


 黒服の袖口そでぐちに覗く手首で、何かがほのかに光を放った。

 腕時計や探知機の類とは明らかに別種の『何か』――。


「ば――馬鹿な……っ」


 怯えを含んだうめきだけを残して、魔人の肉体はその場で崩れ去った。

 砂でできた人形のように――黒く漂う粒子へと分解され、大気中に散って希釈きしゃくされていく。


 後にはただ、少年だけが立っている。あまりにあっけない魔人の最期だった。


「なんてこった……信じられねえ」

 アウガーがれた声でつぶやく。


 ……ああ、まったく信じられねえ。

 ルースはごくりと喉を鳴らして、両目に焼き付いた光景の意味を慎重に咀嚼そしゃくしてみ下そうとした。


 


 そういう真似ができる奴のうわさを、どこかで耳にしたことがある。

 確か、こんな話だった。


 そいつは魔力を封じられていて、外部に魔力を放射するどころか逆に周囲の魔力を吸い寄せる。魔力レベルは、マイナス13。探知機の想定する概念の外側だ。


 故に、人は彼をこう呼ぶ。


無法使いブラッガード』。魔人殺し。沈黙の〈弑滅手〉。魔力喰らいの『レベル13サーティーン』――


Prologue END

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