episode.1-2「レベル、13だと……」
「ええ、はい。会うことは、会えたんですけど……別の仕事に行ってしまいまして。多分、そちらには行かないと思います。ああ、いえ、そうではなく……」
リゼットは報告の通信を続けた。
「彼は、要請を
◇◇◇◆
〈
前触れもなく突然現れ、死んだ後には
幻子体理論によれば、奴らは元々自然界に存在する
ともかく、大半の人間にとっては原理よりも重要な真理があった。
〈魎幻〉は人類の敵であり、倒せばカネになるということだ。
◇◇◇◆
ノルザーン侯爵領の田舎町から、オフロード車を飛ばすこと三十分弱。
ルースの
「……フフン、まあまあの成果だな」
車のシートに腰を落ち着け、『戦利品』の具合を陽光に
ルースが手の中で
後に残された唯一の痕跡が、カットされた宝石のようなこの結晶体だ。
後部座席に陣取るルースを、前列の仲間たちが振り返ってくる。
「上モノの〈
「まだまだ、今日はこんなもんじゃねえさ。奥まで行けばもっと狩れるぜ」
助手席のアウガーに、運転席のグレッド。
長くパーティを組んできた、いずれもルースに劣らぬ歴戦の使い手だ。
一般に〈
〈魎幻〉と戦い、狩って、カネを稼ぐ。実にシンプルな救世主稼業だ。多少は行儀の悪い
「全員、動くな」
心も浮き立つ
思わず、一同の背筋が伸びる。
……一体、何者か?
一仕事終えた油断はあったにせよ、接近にまるで気付けなかった。
かなり若そうな男の声で、その呼びかけは続けてくる。
「この森はノルザーン侯爵家の管理する猟区だ。
今日、この場所で〈弑滅手〉が活動するという報告はこちらに入っていない。
全員、武器を捨てて速やかに身の証を立てろ」
いかにもお役人、といった口調。
木陰から一人、男が現れた。
中肉中背で、黒髪、黒の戦闘服姿に、黒のサングラスまでかけた全身黒ずくめ。
「……ちっ」
ルースは低く舌打ちをした。
〈魎幻〉を狩ってカネになるのなら、当然、そこには利権や囲い込みの動きも出てくる。彼らのような無届の〈弑滅手〉は、地権者にしてみれば密猟者以外の何物でもないのだ。
「…………。」
先方への応対より先に、三人は素早く目配せをし合った。
こういう場合の対処については、今更確認するまでもない――
面倒になるなら、殺す。
のっそりと、何の気もない足取りを
「あー……いや。すまねェな、ちぃっとうっかりしててよ。届けを出すのを忘れちまった」
動くな、とは言ってこない。黒ずくめは黙って見ている。
「……で、届けってのはコイツでよかったか?」
ルースもまずは気安い物腰で、懐から数枚の紙幣を取り出した。
「何のつもりだ……?」
サングラスの下で、男はわずかに眉を
どうやら、面倒なことになるらしい。
「そうかい。わからねェってンなら、仕方ねえな――」
くしゃり、と紙幣を握り潰す。
ルースの殺気に応えて、背後でアウガーが武器を構えた。
男は、小さく息をつく。
「
邪魔だから失せろ、と言っている」
「ほぉう……?」
相手のふざけた言い草に、ルースはますます殺気を強め、グレッドは逆に笑いだした。
「ハハッ――レベル13の雑魚が俺たちを三下呼ばわりかよ!」
「レベル、13だと……」
ルースは、手元に目をやった。
腕時計に似た形状を持つ
空間に投射されたホログラム・スクリーンにはやはり同じ数値が表示されている。
魔力レベルという指標は、対象が外部に放射する魔力を元に算出したもので、持ち主が安定して運用できる魔力の絶対値とほぼ同義だ。
要するに「魔力レベル=現時点での実力」だと解釈してまず間違いないわけで、13という数字の相場はといえば……
「ガキが、大口叩きやがって。せめて下の毛が生えそろってから一人前の口をきくんだな」
ルースも思わず毒気を抜かれてしまうような、ひよっこレベルの相手でしかなかった。
よくよく見れば、顔を隠してはいるものの、年も二十歳には届かないだろう。
「…………。」
怒るでもなく、悔しがるでもなく。
黒ずくめの少年はただ、笑われるままに立っていた。
「おいおい、どうした……ビビっちまったのか、坊や!?」
アウガーまでもが笑いだし、一触即発の空気が
が――いくら相手を見下していようと、サングラス越しの少年の視線が、何かを追って動いたことを見逃すような三人ではない。
「――ッ!?」
ほとんど同時に、三人は森の奥へ視線を走らせる。
そこに、五人目の人影があった。
「クソっ、仲間がいやがったか!」
最も近いグレッドが、そちらへ向けて武器を構える。
「
少年の制止は、間に合わなかった。
PMDが鳴らす警告のアラーム音――
画面を確認するほどの間も置かず。
人影が瞬時にグレッドとの距離を詰め、突き出した武器を右腕ごと一閃で斬り飛ばす。
グレッドは悲鳴さえ上げられず、
「……グレッド!」
ルースが声を上げたときには、既にグレッドは動かなくなっていた。肌から急速に血の気が失せて、力なく敵の腕に吊り下げられている――
まるで、魂を吸い取られたかのように。
「間抜けが。人間をやめた奴の区別もつかないのか」
『人間をやめた奴』――その言い草には、ルースも思い当たる節があった。
「おい、待てよ……まさか、魔人だってのか? なんだってこんなトコに!?」
「決まってるだろう。お前らみたいな
少年が乱暴に言い捨ててくる。
「……馬鹿な」
ルースには返す言葉がなかった。
なるほど、俺たちは間抜けで阿呆な三下だ。〈魎幻〉に釣られて魔人の狩場なんぞにまんまとおびき出されるとは……
魔人。魔法の力に魅せられるあまり、人間を捨てたヒトならざる人。そこらの〈魎幻〉とはワケが違う。あれこそは真に『人類の敵』と呼ばれるべき存在だ。
何しろ奴らは、人間の魔力をその命ごと、喰い殺す。
加えて、並の〈弑滅手〉などでは及びもつかぬほどの戦闘能力を持ち、個体によっては〈魎幻〉さえも自由に生みだすことができるという。
「……ってことはナニか?」
ふと思い当った可能性に、ルースはかぶりを振った。いくらなんでも、無茶な話だ。
「お前さんが受けた『仕事』ってのはまさか、俺たちじゃなく、アレを……?」
「だから、言っただろう。邪魔だから失せろ、と」
少年の返答はこともなげ。
「おいおいおい、馬鹿言うんじゃねェよ!
グレッドでさえあのザマだ。お前なんざァ、小指の先で干物にされちまうぜ!」
「余計なお世話だ。心配するなら邪魔しないでくれ」
こちらの制止など歯牙にもかけず、彼は単身、歩み出ていく。
「ヒヒッ……次はお前かァ……?」
やや甲高く、耳障りな声。魔人が初めて口を開いた。
見た目には若い男の姿だが、肌は死人じみた土気色で乱れた髪も伸び放題だ。
武器の類は持っておらず、鋭く
……まさに少年の評した通り、ソレは、とうに人間をやめていた。
「…………。」
まったく、馬鹿げてる。
ルースは胸中で断言した。
レベル13の駆け出し〈弑滅手〉が魔人を相手に戦うだと?
お笑い種だ。死ぬに決まってる。
PMDが表示する
魔人のレベルは――62。
はっきり言って、勝負にもならない。
「次、か……」
少年の手が懐を探る。
「……次はお前が喰われる番だ、イカレ野郎」
不敵極まる宣戦布告。ジャケットの内側から引き抜かれた武器は、鈍器か何かと
あんなモノで、魔人を相手に……?
果たしてその
そういうものを、彼は目にした。
「かぁあああッ――!」
魔人の奇声と、第一発の銃声がほぼ同時。
突進するかに見えた魔人は、射撃をかわして斜め前へ飛ぶ。
続けて、二発、三発、四発。
巨大な銃を少年は片手で軽々と連射する。素早く、狙いも正確だったが、魔人の動きには少年の手並みをさらに上回るスピードがあった。
魔人が走る。
弾を避けながら距離を詰め、グレッドを切り裂いた右手の爪を手刀の形で振り下ろし――
「……ッ!」
銃を持つ右手が、辛うじてグリップの底を打ちつけ、その一撃を払いのけた。
銃と手刀――右手と右手。
自由な二本の左手のうち、より早く動いたのは少年のほう。
攻防はそこまでだった。
左手が、まるで林檎でももぎ取るようにして魔人の顔を無造作につかむ。
ただ、それだけで。
「近づけば喰えるとでも思ったか? お前の番だと言っただろうに」
少年の指に力が入る。
黒服の
腕時計や探知機の類とは明らかに別種の『何か』――。
「ば――馬鹿な……っ」
怯えを含んだ
砂でできた人形のように――黒く漂う粒子へと分解され、大気中に散って
後にはただ、少年だけが立っている。あまりにあっけない魔人の最期だった。
「なんてこった……信じられねえ」
アウガーが
……ああ、まったく信じられねえ。
ルースはごくりと喉を鳴らして、両目に焼き付いた光景の意味を慎重に
あの小僧は、魔人を喰ったのだ。
そういう真似ができる奴の
確か、こんな話だった。
そいつは魔力を封じられていて、外部に魔力を放射するどころか逆に周囲の魔力を吸い寄せる。魔力レベルは、マイナス13。探知機の想定する概念の外側だ。
故に、人は彼をこう呼ぶ。
『
Prologue END
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