LEVEL-13 ー魔力喰らいの無法使いー

観殿夏人

VOL.1 『13』の烙印

Prologue

episode.1-1「…………。」

 ――魔法が、使えない。


 恐慌に揺さぶられる意識の中で、思考と感覚の働きは確かにその事実を彼に告げていた。信じたくはない。だが、生き延びるためには認めるしかない。

 自分は、裏切られたのだと。


 己自身の力。

 重ねてきた修練。

 奉じてきた正義。


 この世で最も信頼する相手。


 それら全てが彼を裏切り、無力な弱者としての『死』を彼の喉元に突き付けてくる。


 だから――


「…………。」

 だから、こうするしかなかったのだ。彼女が自分を殺そうとするのなら、この手で先に殺すしかない。

 魔法でも、呪いでも、奇跡でもない、ただ一本の刃で。


「そう……それでいいの……あなたは、生きて……」


 鮮血にまみれて死にゆこうとする彼女は、それでも彼に微笑みかけた。

 いつもと変わらぬ優しさをまとい、彼の好きだった表情を作って、彼の選択を肯定してくれた。


「どうして……」


 かすれた声で問いかける。

 蒼ざめた顔に、光のない瞳に、冷えてゆく体に、彼はその問いを投げかけ続けた。


「どうして、こんなこと……」


 しかし、答えは返らない。


 全ては永遠に失われ、左手の黒い烙印だけが残る唯一の証となった。


◇◇◇◆


 稼いだ金を別にすれば、人生の収支はここ二年マイナスだ。


廻廊殿かいろうでん〉を飛び出したことで、多くのものを失くす破目になった。安定、安眠、安月給、それと安っぽい正義感。


 特に迷いはしなかったし、今でもそれを後悔はしていない。


 失くして惜しいと思うようなものなど、とうに粗方あらかた無くなっていたのだ。未練がましく居座ってみたところで何かを守れる保証もなかった。


 だから、他の全てと引き換えに『自由』を選んだ。自由の対義語に上がる候補が、逮捕、拘禁、裁判、刑罰では迷うほうがどうかしている。


 流れ流れて、エバーガーデン。


 夢のような名前を与えられて生まれ、開発に失敗して打ち捨てられた悪夢のようなゴミ溜めの街だ。素晴らしいものは何一つないが、警官や役人が幅を利かせていないことだけは素晴らしい。

 ゴミ溜めのゴミが、新たなゴミを呼ぶ。そうして出来上がった街だった。


 住めば都、と人は言う。


 自分がその一部であることに慣れるのは、実際そう難しくない。否定すればいいのだ。法と正義と倫理とその他、ついでに自分自身の価値を。


 暮らし向き自体は清らかなものだった。隠者じみていると言ってもいい。酒も薬も女もやらず、暴力に付きまと幾許いくばくかの金を身過みすぎに使ううちに仇名がついていた。


 もちろん、自分で名乗ったわけじゃない。仕事も喧嘩も、今ではこっちが売り出す前に向こうから勝手に舞い込んでくる。


 二年は、あっという間に過ぎた。


 マイナス収支の人生が底をつくまで生きるだけの日々。


 危険は砂をむように味気なく、成功が渇きをいやすこともない。暗い性根は生まれつきだが、口数も以前よりは随分と減った。増えることはもうないだろう。


 自分では、そう思っていたのだが……


「何で、黙って見てるんですか! 来たなら早く助けて下さい!」


 リゼットがきゃんきゃんと仔犬のように吠えていた。


「……何で、と言われてもな」


 見たくもなかった顔だ。

 黙って見ていたのではなく、絶句していたというほうが正しい。こんなゴミ溜めにいる限り、見ることはないと思っていた顔だった。


「いいからさっさとやっちまえ、13サーティーン! わざわざ呼んでやったんだぞ!」


 金髪の少女を仔犬とするなら、こっちはさしずめオスのブルドッグか。鼻息を荒くしてゴルテスが凄んでくる。


「いい迷惑だ。呼ばれはしたが、仕事を受けた覚えはない」

「なにィ……?」


 ゴルテスは歯軋はぎしりした。毛むくじゃらの太い腕が、リゼットを指さす。


「いいか、13。奴は〈廻廊殿〉の役人だ。しかも、お前を探し回ってた。始末はお前の責任だ。それがこの街のマナーってもんだろう」

「お前の口からマナーなんて言葉を聞く日が来るとは思わなかった」


 彼は軽く肩をすくめた。13というのが、問題の仇名だ。


「だがな、ゴルテス。わざわざ案内のふりをしてまで、アジトに連れ込んだのはお前たちだろう? 少しばかり抵抗されて屋根と壁と部下が吹っ飛んだとしても、それは俺の責任じゃない」

「だったら、何しに来やがった? 手前てめえのケツをぬぐ手間賃てまちん他人ひと様にたかろうってのか。呆れたセールスもあったもんだぜ」


 ゴルテスの悪態はある意味、もっともだった。


 リゼットを遠巻きに取り囲む〈パラキート団〉が十五、六人。アカデミーの制服を着た十五、六歳の小娘に、こいつらはすっかりビビっている。攻撃魔法のたった一発でアジトを半壊させられれば無理もないことかもしれないが。


 いずれにせよ、元々がこちらを訪ねてきた客だ。自分でどうにかしないことには一向にらちが明きそうにない。


「……リゼット」


 躊躇ためらいながら、名前で呼んだ。目が合う。蒼い瞳に嫌気がさす。救い主にでも見えたのだろうか。嬉しげな顔に反吐へどが出そうだ。


 ――溜息。

 ついでにこぼれ出たのは、愚痴ぐちだった。


「『特戦部』のトップがげ替わったのは知ってる」


〈パラキート団〉と彼女の間へ、割って入るように歩みを進める。


「新しい部長の名前も聞いたし、奴の性格と底意地の悪さも嫌というほど身にしみてる。クビになったテイラーの前任を殺した容疑で手配中の俺に追手がかかるのも理解できるし、その役回りにお前を選んだのも――悪趣味の極みだが、策としては一理ある。だがな……」


 俺って、こんなにおしゃべりだったか? うんざりしながらしゃべっていた。


「こんな場末のゴミ溜めに、指名手配犯が俺一人しかいないとでも思ったのか?

 ここはエバーガーデンだ。〈廻廊殿〉の役人と見れば、考えもせずに殺そうと思いつく単細胞の生き物なんていて捨ててもキリがないほどいる。

 例えば、ここにいる〈パラキート団〉――」


 あごをしゃくって、ゴルテスを示す。


「見ての通りケチな盗賊団だが、盗賊をやるほどの知能すら実はない。襲っていい相手と悪い相手の区別もできないトリ頭の集団だ。今日だけじゃない。先週もヘレンブルートの荷物を襲って怒りを買った。近所のよしみで皆殺しにしろ、とさっき依頼を受けたばかりだ」


「……あん?」

 ゴルテスは間抜け面にクエスチョンマークを浮かべた。


 ただのジョークだと思ったのかもしれないし、実は最初から人間用の言葉なんて通じていなかったのかもしれない。


 何しろ頭の鈍い集団だ。


 真っ当な運送業者と極悪密輸シンジケートをうっかり間違えたチョンボの翌週に、街で見かけた余所者よそものの少女を不用意にアジトへ引っ張り込む。

 どれほど無防備な世間知らずに見えても、役人と知っていて魔力レベルの確認すらしないのは間抜けにも程がある。大方、よからぬたくらみで脳ミソと目がくらんでいたのだろう。


「つまりな、ゴルテス。こういうことだ」


 馬鹿でもわかるよう、アクション付きで優しく言ってやった。


『アル・サビクA-13』――魔錬銀ミスリル弾仕様で、本体の主要パーツもブラックの魔錬銀製。9ミリ弾を二十発装填可能な一点ものの大型自動拳銃。


 引き抜いた銃口をゴルテスに突きつけ、視界の端にリゼットをかえりみる。


「お前を助けに来たわけじゃない。死にたくなければ自分で工夫しろ」


 トリガーを引く。

 風通しのいいアジトの天井から、銃声が空へ抜けていった。

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