第十一話 妖狐の美少年
「ほんとですか!? バク柄の猫を見たって!」
借りていた小袖を返しに行った自警団の詰所で、ヤヨイさんから思わぬ話を聞いた。
「ああ。飲み屋通りをふらりと歩いていた。声をかけたんだが、逃げられちまってね」
悪いね、と形の良い眉を下げるヤヨイさんに、ぶんぶんと首を横に振る。
ガマガエルの一件以来ヤヨイさんにはなんだかんだとお世話になっていて、猫の情報集めも手伝ってもらっていたけど、はっきりと「見た」と言われたのは初めてだ。今までは誰それが見たらしい、とか、似たような猫を見た人がいる、という間接的なものだったし。
「飲み屋通りって、どの辺りですか?」
「どこ、とはっきりとは言えなくてねぇ」
「もしかして、毎回道が変わるとか、入り口が見えないとか……?」
「飲み屋通りに出入りするには門をくぐらなきゃならないんだが、それがいつどこに現れるかは不確定なのさ。どこぞの屋根の上に現れる事もあれば、水上に現れる事もある。行くのも帰ってくるのも一苦労さ」
「それはまた……難易度が高いですね」
屋根の上ならいいけど、水上は大変そうだ。船を持っている知り合いはいないし、もし行けたとしても帰りが困る。ここには時計がないから、三時間後にまた来てください、とは頼めない。
「とにもかくにも、あちこち歩き回って偶然門に行き合うのを願うしかないかなぁ」
腕を組んでうんうん悩んでいると、ヤヨイさんが「手は打ってあるよ」と微笑んだ。
「うちの団員や知り合いに声をかけて、門を見つけたら知らせてくれるように頼んである。門が見つかったら夏海に連絡するよ。日が変わるまで門は同じ場所にあるから、よほど
「ヤ、ヤヨイさん! ありがとうございます!!」
本当にヤヨイさんには感謝してもしきれない。抱き着いてありがとう! と繰り返していると、耳元で「お安い御用さ」と笑う気配がした。
わたしもこんなお姉さんが欲しかったなぁ。ほんとカイトにはもったいない。優しいし頼りがいがあるし、良い匂いもするし。
「飲み屋通りには酔っぱらいやら鬼やらがいるから、気をつけるんだよ。心配ならカイトを連れて行っていいから」
「大丈夫ですよ。カイトにも仕事があるだろうし。逃げ足だけは自慢できるので!」
両手を腰にあてて得意げに胸を張る。
口元に細い指をあてたヤヨイさんは「へぇ」と呟いて、猫耳をぴくぴくと動かした。
「カイトとは仲良くなれたかい?」
「んー……どうでしょう。呼び捨てにしても怒られなかったし、嫌われてはいないと思いますけど」
「そうかい。でも夏海がカイトと仲良くなると、クスリ屋が焼いちまうかもねぇ」
「焼く?」
何を焼くんだろ? 首を傾げるわたしに、ヤヨイさんは縦長の瞳孔をした目を細めた。ヤヨイさんの笑みには時折妖しい色気が混じるけど、今がまさにそうだ。同性とはいえ、ちょっとそわそわしてしまう。
「な、なにか?」
「夏海が来てからクスリ屋がよく外に出るようになった、って。もっぱら噂になってるよ。元々滅多に外に出てこなかったからねぇ、あの人は」
ヤヨイさんの言葉に、心臓が変なふうに動いた。
薬の配達以外にも、サイラスさんは時折ふらりと出かける事がある。「しばらく留守にする」としか言ってくれないから、どこに行っているのかはわからない。一度それとなく何をしているのか聞いてみたものの、「散策だ」と素っ気無い一言が返って来ただけだった。
(あの人、って、なんか親密っぽい言い方のような……?)
もしかして、わたしが自警団の詰め所でお世話になっている間にサイラスさんとヤヨイさんが仲良くなって、どこかで逢引きしてたり……とか?
二人が寄り添う姿が思い浮かんだ瞬間、つきりと胸に痛みが走った。
綺麗で優しいヤヨイさんと、無愛想で意地悪だけど思いやりのあるサイラスさんは、お似合いだと思うのに……なぜだかもやもやと嫌な感情が沸いてきて、重い石でも飲み込んだみたいに、苦しくなる。
「どうしたんだい、夏海。具合が悪いなら、少し休んでいくと良い」
「い、いえ! 大丈夫です!」
いつの間にか俯いていた顔を上げて、心配そうな顔をしているヤヨイさんに笑って見せる。それでもヤヨイさんの曇った顔は晴れなかった。そんなに酷い顔をしているんだろうか。
「あ、っと。そうだ! この前白い馬の話しましたよね? わたしが和尚に襲われた時に、綺麗な白い馬が助けてくれた、って」
「ああ。言っていたね」
ヤヨイさんは納得してなさそうだったけど、それ以上追及しないでくれた。
「あの馬がどこのどなたか、心当たりありませんか? あの時は気が動転していたから、お礼を言いそびれてしまって。ちゃんとありがとうございました、って伝えたいんです」
「そうさねぇ……」
目を伏せたヤヨイさんは牡丹の花が掘り込まれた箱から
「近いうちに会えるだろうから、その時にたぁんと礼を言うといい。さっき夏海がアタシにしたように、ぎゅうと抱きついてね」
艶やかな流し目を送られて、思わず返事に詰まった。
ヤヨイさんはあの白い馬がどこの誰か知っているに違いないけど……これ以上教えてくれそうにないなぁ。なんだか面白がっているふうだし。
(近いうち、って、いつだろ。わたしの知っているひとだったりするのかな?)
楽しみなような恐いような思いを抱きつつ、煙管を吸い始めたヤヨイさんにお礼を言って、自警団の詰め所を出る。
自警団の詰め所の屋根で翻る狼印の旗を目印に、路地裏とかニンギョウ屋といった怪しい場所は避けて、なるべく明るく人のいる場所を選んで歩く。
この世界の建物は白壁に瓦屋根が多いけど、場所によってはレンガや石造りだったり、ガラス窓のある西洋ふうの建物もある。大抵の場合、家が和風ならそこの住人も和服を着ている。洋館ならシャツやズボン、女の人ならドレス姿といった具合だ。
だから、青白い鬼火が引く牛車からぴちぴちの燕尾服を着てシルクハットをかぶったミノタウロスもどきが降りてきたのを目撃した時は、思わず二度見した。そもそもその大きな身体でどうやって牛車のなかに収まっていたのやら。
「慣れてくると段々この世界が面白く感じるから、困るなぁ」
自分の心境の変化に、苦い感情がわいてくる。
最初は妖怪に襲われて恐い思いをしたし、絶対元の世界へ帰るんだ! って事しか考えていなかった。でも色んな事があって、色んな人と出会って、この世界とそこに住む人に愛着が沸いてきている。
カイトと川原で話したおかげで、はるかさんとウキョウさんの事から少しずつ前へ進んで行けたらと――妖怪と人間がわかりあえるようになれればいいなと考えられるようにもなったし。
帰るのはもう少し先でもいいんじゃないか、なんて考えが、ふっと頭を過ぎった。帰り方も見つかっていないし、サイラスさんたちと別れるのも寂しいし――
(ダメだなぁ、優柔不断で。お父さんやお母さん、友達も心配しているだろうし、わたしは帰らなきゃいけないのに)
自嘲しながら角を曲がる。と、目の前に六角形の
「あ、あの……コウ君さえ良ければ、わた、私と……付き合ってくださいっ!」
ふと、女の子の声が聞こえてきた。そのか細さから、明らかに緊張している様子が伝わってくる。
(……人の告白を盗み聞きするのは悪いよね)
そうは思っても、気になる。このままだと夜眠れなくなりそうだ。
迷いに迷った結果、姿勢を低くして、こそこそと声の出所――東屋の向こうへと忍び寄った。
そこには、一組の男女の姿があった。丸っこい狸耳と尻尾を生やした小袖姿の少女はこちらに背を向けていて、顔は見えない。彼女に告白されたコウ君とやらは……文句のつけようがない美少年だった。普通の美少年とはちょっと違うけども。
ヤヨイさんやカイトみたいに人間+獣耳と尻尾といった姿ではなく、顔の造詣は獣――狐がベースで、銀色の耳が生えていてもすごく自然だ。わたしと同じくらいかちょっと年下くらいの見た目をした彼の、真面目さのなかに甘さもある雰囲気に、詰襟に長着、袴といった書生さんみたいな格好がよく似合う。
(尻尾が二本あるけど、どっちもふっさふさだ。そんなところまでイケメンとは恐れ入る。しかしあの尻尾は触りごこち良さそうだなぁ……)
もふもふしたくて、わきわきと手が動く。が、狐少年の澄んだ碧眼と目が合いそうになって、慌てて東屋の柱の影に隠れた。
「ボクなんかを好きになってくれて、ありがとう。でも、姉さんより先にボクが幸せになる訳にはいかないんだ。君の気持ちは嬉しいけれど……応えることは出来ない」
ごめん、と目を伏せた少年の心苦しそうな声や表情からは、彼がどれだけ申し訳なく思っているか、お姉さんを大切にしているのかがひしひしと伝わってきた。
(わたしが告白したわけじゃないのに、なんだがこっちまで胸が締め付けられるみたい)
甚平の上から胸を押さえて、ぎゅっと目を瞑る。
告白してそれが成就しなかったら悲しくて辛いけど、相手が誠意を持って向き合ってくれたなら、少しはその傷も浅くて済むだろうか。そんな事を考えていると、ふと頭上に影がさした。
「何覗いてんの? 趣味悪い」
「ひゃわ! ご、ごめんなさい!!」
立ち上がり様に振り向いた先にはさっきの美少年銀狐がいて、不愉快そうに鼻の頭に皺を寄せている。
美少年――確かコウ君だっけ? は、ほとんど身長の変わらないわたしの頭の先から足元までをじろじろ眺め回し、ふん、とバカにするふうに笑った。
「!!?」
さっき見た儚げな美少年の印象が、がらがらと派手な音をたてて粉砕した。なんだこれ……実は腹黒いの? 見た目とのギャップが……というか、わたしが知り合う男の人は意地悪属性ばっかりだな。
「アンタだろ? クスリ屋に拾われた人間、って」
「う、うん。どうしてそれを……?」
「色々噂になってるし。人間はオレたちと匂いとか存在感みたいなのが違うから、すぐわかる」
片手を腰にあてたコウ君は前髪をかきあげるみたいに、肉球のついた手を動かす。その仕草もだけど、一人称が変わると誠実に見えていた顔まで小生意気な冷めた少年のように見えてくる。
「噂、って、どんな?」
「クスリ屋の押しかけ女房だの、非常食だの、自警団に食われかけただの」
「うわぁぁぁぁ!! 全部嘘だから、断じて違うからぁ!!」
誰だそんな噂流したのは!? よりによって……なにさ、押しかけ女房って…………。わ、わたしはただの居候であって、別にそんな――
「あと、実は陰陽師で妖怪を倒せるって噂もあった」
「うぐっ。事実無根も良いとこだ……」
追い討ちをかけられ、頭を抱えてうずくまる。
どこの世界にも噂好きで、尾ひれをつけたがる人がいるんだろうか。そういえば二口女さんは噂好きだって、お隣のキヨコさんが言っていたっけ。……まぁ、キヨコさん自身もそういう話好きらしいけど。
「まったく。こんな間抜けそうな女に妖怪退治なんて出来るわけがないだろうに」
わたしを見下ろすコウ君――もう呼び捨てでいいや。コウは目を細め口の端をつりあげ、わたしをバカにする。負けじとコウを睨みあげていると、
「あいつもあんたの事そそっかしいとか、忘れっぽいとか言ってたし」
「あいつ?」
「そう。クスリ屋」
「え。サイラスさんと知り合いなの!?」
立ち上がって身を乗り出すと、迷惑そうに顔を歪められた。失礼な。
「ちょっと縁があってね。頭と手足が黒くて、背中とお腹は白い猫を探している、って言っていた」
「サイラスさんが、そんな事を……」
わたしに内緒で、猫探しを手伝ってくれていたんだ。じわじわと心の中が暖かくなって、嬉しさに顔がにやける。ほんとうに、あの人はどこまで優しいんだろう。ヤヨイさんと逢引きしているのかも、なんて考えた自分が恥ずかしい。
帰ったらお礼言わなきゃ。うん、今日は早く帰ろう!
「猫は知らないけど、あんたの荷物ならオレが持ってる」
「……へ? ええぇぇえぇぇ!?」
「っ、煩いな、そんな大きな声出すなよ」
不機嫌そうな顔をされても、気にしている余裕がない。荷物を持っている? わたしの?
「しょ、証拠は!? それがわたしのだっていう、何か証明になるようなものはある?」
「見覚えのないものが色々あった。上下同じ色の服っぽいのとか、甘い匂いがする箱。あと、手のひらくらいの大きさの、よくわからない板とか」
たぶんジャージとお菓子、最後のはスマホだと思う。スマホがあれば、家族と連絡が取れるかもしれない! 電波があるかどうかはわからないけど、試してみない事には始まらない。
「わたしの荷物で間違いない。拾ってくれてありがとう。それで、荷物はどこにあるの?」
逸る気持ちから、心臓の拍動が早くなる。
この世界に来てからだいぶ日が経っているから、スマホの充電が残っているかどうかも危うい。今すぐにでも電話をかけてみたいけど――コウの意地悪そうな表情を見るに、そうはいかなそうだった。
「返して欲しければ取引だ」
「取引、って言われても……わたしこの世界のお金は持ってないよ?」
居候になっている身でサイラスさんに借金するわけにも行かないし。どこかでアルバイトとか出来るのかな。自警団で雇ってもらえたりしないだろうか。
「そんなのはいらない。オレに協力してくれればいい。簡単だろ?」
「協力……」
なんだか嫌な予感がする。簡単なら自分ですればいいのに……一体なにをさせられるんだろう。
びくびくするわたしに向かって、コウはそれはそれは綺麗な顔で微笑んだ。
「荷物がいらないなら断ってくれて構わないよ。ボクにとってはゴミも同然だし」
「……横暴だ!」
足元を見られる悔しさに歯噛みする。これじゃいいように使われる未来しか見えない。
「狐のくせに猫被って……裏表ありすぎだし」
ぶつぶつと文句をぶつけていると、「見た目に騙される方がバカなんだ。自分を有効利用して何が悪い?」と、開き直ったかのような台詞が返って来た。そりゃそうだけど、でも……。
「性格悪いよ」
「知ってる」
「ぐぬぬ……」
「獣の唸り声みたいだ」
「ほっといて!」
コウに良いように遊ばれている。これでは前途多難だ。そもそもコウを手伝ったとして、本当に荷物を返してもらえるんだろうか。
わたしの疑いを察したのか、コウは少し待っているように告げて、どこかへ行ってしまった。
コウが帰ってくるのを東屋に座って待つ間、不安と期待とで色んな想像が頭のなかに入り乱れていた。
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妖狐の美少年――コウと不本意ながら交わした契約を果たすため、自警団の詰め所を訪れると、カイトが一人で留守番をしていた。ヤヨイさんは猫の集会があるとかで留守らしい。
それは好都合だったけど、畳の上に寝転ばって大あくびしているカイトはここぞとばかりにわたしをこきつかった。部屋の片隅にある文字や絵がかかれた紙――瓦版を取れだの、台所からお酒を持って来いだの。仕舞いにはおつまみを作らされて「まぁ食えなくはねぇ」という失礼な事をのたまった。このぐうたらオオカミ男め……!
(でも、カイトさんがストーカーするようには見えないんだけどなぁ……)
抱えた膝に顎を乗せカイトを観察しながら、コウに言われたことを思い出す。
わたしを信じさせるために荷物――部活で使っているジャージの上下を持ってきたコウは、「飲み屋通りで一緒にイザカ屋をしている姉さんが男に付きまとわれているから、追い払うのに手を貸せ」と言ってきた。その男というのが、ど派手な自警団団長でガラの悪いオオカミ男ことカイトらしい。
「本当にカイトがストーカーなの?」
「すと……なに?」
「えっと、コウのお姉さんに付きまとっている迷惑な人なのかな、って」
「そこはあんたに関係ない。オレが言った事をやってくれればいいんだ」
「……どこの暴君だ」
「何か言った?」
「いいえ何も!」
コウからきつい視線を受け、目をそらす。
良くも悪くもヤンキーというか任侠というか、そっち方面の印象が強いカイトが、ストーカーみたいな事をするかな?
コウが言うには、お姉さん宛に差し出し人不明の贈り物がたくさん届いたり、「いつも見ている」「君だけを愛している」みたいな気持ち悪い手紙が送られてきたりするそうだけど……カイトなら直接圧力かけて脅しそうなイメージがある。面と向かってプレゼント押し付けたり、どこか行こうと強引に連れだしたり――それも大概迷惑だけど。
(んーでも実は、見た目に反してカイトは奥手だった、って可能性も、無きにしも非ず?)
じーっとカイトを凝視していると、「あんだよ?」と凄まれた。反射的にぴっと背筋がのびる。
サイラスさんの恐さは怜悧で冷たい感じによるものだけど、カイトの場合は野生的な攻撃性で、今にも噛みつかれそう恐さだ。実際すぐ手が出るし、粗雑に扱われることもしばしばだ。
「言いてぇ事があんなら、はっきり言え」
「あー……えっと」
まさか、妖狐の女性に陰ながら言い寄っていませんか、とは言えない。何でもないなんて嘘が通じるとも思えないし……。
必死で言い訳を考えていると、カイトの着物の裾から覗くふっさふさした尻尾が目に付いた。
「その耳とか尻尾、触ってもいいですか?」
「んだと、手前ぇ」
「すみません調子に乗りました! あ、お茶いれて来ますね!」
恐ろしい形相で腰を上げたカイトから湯飲みを回収して、そそくさと台所へ走る。危うく頭をぎりぎり締め付けられるところだった。あれはほんと痛いから勘弁してもらいたい。
(咄嗟の言い訳だったとはいえ、残念だなぁ。灰色の大きなもふもふ……)
粗雑な性格に反して、カイトの尻尾は良い毛並みをしている。頬ずりしたら気持ち良さそうなのに。
「お茶はいりましたー」
湯のみを渡すと、カイトはそれを一気に煽った。空になった湯呑みをわたしに押し付け、下駄をつっかける。
「どこか行くんですか?」
「見回りだ。手前暇だろ。留守番してろ」
「そんな決めつけなくても」
小さく文句を言って、カイトの後を追う。
「見回り、わたしも着いていきたいです!」
カイトの監視と、飲み屋通りへ続く門や猫探しが両立出来るうえに、カイトが一緒なら妖怪に襲われる事もない。これを逃す手はない!
「あぁ? 手前がいても何の役にも立ちゃしねぇ」
「そこをなんとか!」
外へ出ていこうとするカイトの虎の毛皮を掴んで、引き留める。あ、これ触り心地が良い。柔らかくてさらりとしてて……昼寝のお供に欲しいかも。
「おら、離しやがれ!」
「お願いしますー!」
「団長ー、今帰りました」
「縄張り内はどこも異常なかったっすよ」
カイトと攻防を繰り広げていると、揃いの長羽織を着た自警団の団員さんたちが帰って来た。その中にはガマガエル宅で出会った大きなカラスもいて、彼の羽織紐――連なった赤い珠に目が行く。
烏天狗のウキョウさんと友達だったというカラスは、ウキョウさんの遺品である数珠と、はるかさんの数珠とを繋げて、羽織紐に仕立て直した。最初カラスははるかさんの数珠をわたしにくれようとしたけど、別々にあるより一緒にあった方が良いからお断りした。
カラスの濡羽色の身体を背景に、光沢のある赤い珠がきらめいているように見えて……少し切なくはあるものの、二人も一緒になれていたら良いなと思った。
「アンタも来てたのか」
「はい、お邪魔してます」
わたしに気付いたカラスが声をかけてくれる。こういう何気ない事が嬉しかったりする。自警団の人たちとも仲良くして行きたいし。
「あ、皆さんが帰って来たって事は、わたしが留守番しなくても良いですよね?」
暖簾をくぐり外へ出ていってしまったカイトに駆け寄って、にやりと得意げに笑って見せる。隣を歩くわたしを一瞥したカイトは眉を寄せ舌打ちしたあと、分厚い胸板を晒すくらい大きく開けた着物のなかへ片手を突っ込んだ。
「食われそうになっても助けねぇぞ」
「えぇ!? そこはぜひ助けて下さい!」
冷たく言い放ったカイトは、大股でずんずんと歩いていく。開いた距離を詰めようと小走りになっても、またすぐに差が開いてしまう。
「カ、カイト、歩くの早いね」
「手前が遅いだけだろ」
振り返りちらりとわたしの足元を見たカイトは、はっ、と見下すように笑う。
「短ぇ足」
「なっなにおう!? 自分が背が高いからって、人をバカにして!」
……そういえば、前にもカイトに「チビ」とか言われたような……。くっ。いつかぎゃふんと言わせてやりたい!
そう心の中で闘志を燃やしながら、駆け足でカイトの後を着いていった。
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