これだから友達は良いのです

 私と友人の坂本ちゃんと田村ちゃんの3人は、クーラーの効いた図書館で夏休みの課題を処理しようと必死でございます。せっかくの高校一年の夏休みだというのに悲しいものです。

 でも、1人でやるよりは、みんなでやった方が色々と嬉しいことがあるのです。


 これだから友達は良いのです。


「篠田あ。数学のノート写させろよー」

 坂本ちゃんがだるそうな声を出しながら私にもたれかかってきます。そんなことを言われてもダメなものはダメなのです。


「それは出来ませんなあ、坂本殿。課題とは己の力でやり遂げるものでございまする」

「篠田のケチ」

「悪口を言ってもダメなのでございまする」

 坂本ちゃんは相変わらずペンを回したり、消しゴムを滑らせてりして遊んでおります。机に広げられた数学のノートは、真っ白でございまして、達成率は多く見積もっても5%といったところでしょうか。

 ちなみに今は8月28日にございまする。


「ちょっとくらい見せてくれてもいいじゃんかよー。篠田、数学得意なんでしょ。ここは、いわゆる適材適所ってやつをだな……」

「意味は分かりませんが、とりあえず坂本ちゃんにノートを見せても得られるものは何もないということは分かっているのでございます」

「篠田、お前辛辣だな……」

「それが、残酷な社会のルールというものにございまする」

 坂本ちゃんは、文系科目が得意なので、私の終わっていない地理と現代文の課題は終えていると期待していたのですが、既に白紙であることが確認済みでございました。期待した私がバカだったのです。


「大体、坂本ちゃんはなぜ、数学の課題を毎日少しずつやらなかったのです」

「だって、面倒くさいし。数学は後でまとめてやる予定だったし」

「ところで、坂本ちゃん。確か、地理や現代文の課題も白紙だったと思うのですが」

「それは、アレだよ。アレ。自分自身を追い詰めて、本気を出させる策略的なサムシングだから」

「全く坂本ちゃんはダメ人間でございますなあ」

 私は、何も言い返せずに黙り込む坂本ちゃんを見て、不敵に微笑むのでございました。


 課題を写させてもらうために利用するという点においては役立たずでございましたが、坂本ちゃんのおかげで優越感に浸ることができました。


 これだから友達は良いのです。


 なお、私も地理の課題が白紙だというのは秘密にございます。これは、アレです。自分を追い込んで本気を出させる策略ですので。


「篠田さん、坂本さん、あなた達は一体何をしに、わざわざ図書館に来たんですか。先程から一向に課題が進んでいませんよ」

 ここで口を開いたのが、我らがアイドル田村ちゃんです。彼女は、いわゆる癒し系キャラですから、夏休み終了を前にやり残した課題に苦しんでいる私達2人のことも救ってくれるはずです。


「ところで、田村ちゃんは課題はどのくらい出来ているのですか」

「どのくらい出来ているかですって?今は8月28日ですよ。普通なら全て終わっていて当然じゃないですか。あっ、ちなみに私は、夏休み初日に数学を1ページやって以来、何もやっていないですよ。これがいわゆるノーガード戦術ってやつです」


 田村ちゃんの言うノーガード戦術が何を意味するのかは、理解に苦しみますが、これは驚愕です。何せ、この夏休み中、課題をほぼ何もやっていないということなのですから。


「まあ、私は篠田や坂本とはレベルが違うのですよ」

 田村ちゃんは何の自慢にもならないことを得意げに言います。


 坂本ちゃんといえども、得意科目の古典と英語の課題は既に終わっています。これがガチのダメ人間というやつなのです。レベルが違います。


 私と坂本ちゃんは、何も言葉が出ませんでした。さすが、田村ちゃん。私達には到底出来ないことをやってのけます。そこに痺れませんし、憧れもしませんが。


 とりあえず、この世界には自分よりはるかにダメな奴がいるということが分かり、私はとても安心しておりました。


 これだから、友達は良いのです。


「それより、もう3時だぞ、そろそろ帰ろうぜ」

 課題はほとんど進んでいないというのに、坂本ちゃんはこんなことを切り出しました。

「坂本殿はもうギブアップでございますか?」

「ああ、帰りに本屋に寄りたいんだよ。《俺の後輩がカードゲームにハマりだしたときの108の対処法》の新巻を買いたいんと思ってたんだ」

 本屋に寄りたいからとは、坂本ちゃんは相変わらず欲望に忠実でございますなあ。ちなみに、坂本ちゃんは変なタイトルの本を買うのが、相当好きなようでございます。


「今日は新作のゲーム買いたいから、私も早く帰りたいですよ」

 田村ちゃんも切り出します。課題があんな状況なのに、ゲームを買うというのは、完全に死亡フラグだというのは言わない約束です。

「私もそろそろ疲れて来ましたので、早い気はしますが、帰ることにいたしまするか」

 私も同意して、結局帰ることになりました。


 それにしても、こんな時期に新作ゲームを買おうとするとは、田村ちゃんは本当に期待の斜め上を行ってくれます。やはり、田村ちゃんは私にとって、最高のエンターテイナーでございます。

 あっ、妙なタイトルの小説を休み時間に堂々と読んで、周囲の失笑を買う坂本ちゃんもなかなかの逸材ですよ。全く、他人の不幸は蜜の味とは、よく言ったものです。


 これだから友達は良いのです。


 まあ、2人を心の中で見下して得意げになっている私が一番の道化なのですが。

思ってみれば、こんな私には、2人の友達であると名乗る資格などないのですし。


 全く、私は心の汚い人間でございます。



「いやあ、やっぱバトル漫画なら《ドドの奇抜な探検》は最高だよなあ。田村が読んでたなんて意外だったけど」

「坂本さんもよく分かってるじゃないですか。あの漫画はアツいですよ。私的には、豪太郎とボレノレフの絡みは最高ですし」

「うん、どうやら田村と私の楽しみ方はなんか違う気がするけどな」


 帰り道、坂本ちゃんと田村ちゃんはとても楽しそうに会話しております。

 私は、正直2人の話についていくことが出来ません。

 ただ相槌を打って、なんとなく笑っておくだけでございます。

 大丈夫です、これはいつものことでございます。


 そもそも、私が2人の友達になったのは、自分より劣る人間を見下すことで、私が優越感に浸れるというそれだけの理由でございます。

 クラスの中で孤立し、成績も外見も私より劣る坂本ちゃんと田村ちゃんは、まさにうってつけでございました。


 彼女達と一緒に並んで歩く資格もないのに、上っ面だけの笑顔を浮かべて友達ぶり、心の中では見下している人間。それが私なのです。

 本当に私は最悪な人間でございます。



 でも、それでも私は彼女達の友達でいたいと思ってしまうのです。


「なあー、篠田。暑いし、アイス買って帰ろうぜ」

「おお、いいですね。がっつり勉強した後のアイスは最高ですよ」


 坂本ちゃんと田村ちゃんは、こんなどうしようもない私にさえ屈託無い笑顔を向けてくれます。2人と一緒にいると本当に楽しい。

 彼女達と一緒にいると、私のような人間でも生きていてよいのだと思わせてくれるのです。


「そうでございますね。私達の友情の証に買って帰るとしまするか」

 2人の笑顔に私も精一杯の笑顔で応じます。

 少々複雑な事情はあっても、これが青春というやつでございます。


 照りつける夏の太陽に、冷たいアイス。

 大好きな友達との楽しいおしゃべり。


 これだから友達は良いのです。


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