冒険者パーティー同窓会

 冒険者の酒場。

 その昔、まだ魔導士になったばかりだったハークは、ここで仲間達と出会った。 ここに来るのは実に30年振りだ。


「おお、ジェイコブではないか。まだ生きてたのか、昔から生命力だけは強い奴だ」

 冒険者パーティーの一員にして、元魔導士だったハークは、30年前から相変わらずの毒舌でそう言った。

 絶大な魔力で仲間をサポートした彼も、現在は実戦から退き、魔法大学で教鞭を振るっている。一介の冒険者から随分と出世したものである。

 眼鏡に黒のローブ姿なのは、昔と変わらないのだが。


「おいおい、あんたの方こそなんで生きてんだよ。一緒に冒険してた頃は、病弱キャラだっただろ」

 そんな風にからかうのは、現役で戦士をやっているジェイコブだ。

 既に50歳を超えているというのに、パーティにいた頃と見劣りしない鍛え上げられた肉体をしている。歴戦の猛者として名声を得たジェイコブは、今や、王族の警護を任されるほどの地位にある。


「まあ、魔法使えば病気など何とでもなるからな。それにしても、元戦士で、脳筋のお前も意外とよい記憶力をしているのだな」

「俺は、元戦士じゃなくて、現役の戦士だぜ。しかし、30年振りに会ったてのに、既にあんたを殴りたい気分だ」

 そんな風に言いながらも、笑いながら酒を楽しむジェイコブ。

 お互いの立場こそ変わったが、それ以外はかつてと何ら変わらないやり取りである。パーティにいた頃毎日のように喧嘩したのも、今では二人にとってのいい思い出となっていた。


「それにしても、この酒場懐かしいものだな。昔はここが俺達の拠点のようなものだったからな。ここで同窓会とはいいアイデアだ」

「今回の同窓会は、元僧侶のマイラの主催だからな。あいつにはちゃんと例を言わねーと」

「アーサーの奴は、どうせ遅刻するだろうからな」

 乾杯し、酒を飲みながら、お互いのことを語り合う二人。と、その時、背後から女の声がした。




「あら、貴方達、ジェイコブとハークじゃない!会いたかったわよ。私のこと覚えてる?」

 ジェイコブとハークが振り向くと、そこに立っていたのは、胸元の大きく空いたドレスを着た美しい女性がいた。

「おっ、お前まさか、マイラか?」

「ピンポーン!大正解。よく分かったわね」

「おっ、お前、本当にマイラなんだよな。なんか大分印象変わっちまったから……」

「まあ、僧侶だった頃は、服装とかも戒律が厳しくてあんまりお洒落できなかったからね。反動で、止めてからは、こういうセクシーな服装が好きになったの」


 パーティーメンバーだった頃は、清楚で口数の少ない美少女という感じだったマイラは随分変わったものだ。とはいえ、美人であることに変わりはない。可愛らしさこそ失ったものの、大人の色気というものを手に入れ、より魅力的になったとさえ思える。実際、ジェイコブの視線は彼女に釘付けだった。


「うむ……それにしても……相変わらず、うむ、綺麗だな……」

 一方のハークは、反応に困っていた。昔から、綺麗な女性というのがどうも苦手なのだ。

「あら、ハークは相変わらず、女の子が苦手みたいね。この調子じゃ、元踊り子のハルにあったら気絶しちゃうかもね」

「はっ、ハルのことは関係ないだろう!それに俺はもう結婚して子供も……」

「なんたってハルは、ハークの初恋の相手だからねえ。浮気しないように見張っとかないとな。まあ、見る影もないおばさんになってるかもしれんが」

 ジェイコブとマイラの茶化しに、顔を赤らめるハークであった。


「しかし、結婚か。俺にも、妻や子供はいたんだが、俺が冒険に夢中過ぎたせいか逃げられちまってな」

「私には、いい夫がいるわよ。彼は商売上手なの、おかげで、お金には困らなくって、今じゃ私もすっかり遊び人よ」

「なんか男は金づるみたいな言い方だな」

 この歳になるとやはり、家族のことが話題になるものだ。拗ねてしまったハークをよそに、ジェイコブとマイラの会話は盛り上がっている。




「ふう、やっと着きました。私の方向オンチは治らないですね……」

 30年前と変わらない懐かしい声に振り向くと、思わず目を見張るパーティメンバー達。なにせ、元踊り子のハルは、30年前とほとんど変わらない姿だったのだから。彼女は、あの頃と変わらない煌びやかな衣装をしていた。まだ、現役の踊り子だと言われても納得してしまいそうだ。


「ハルか!まるで変わり映えしないな。若返りの魔法でも使ったのか?」

「ジェイコブさん、それどういう意味ですか。私が相変わらず子供っぽいって馬鹿にしてるんですか」

「ハハハ、普通に若々しくって綺麗ってことだよ」

「ジェイコブさんに言われるとなんか納得できないんですよね。あっ、そんなことよりハークさん、マイラさん、お久し振りですね、本当にまた会えて良かったです」

 ハルは、そう言うと、ハークとマイラに視線を移す。


「うむ……なんというか、本当に変わらないな、ハル。正直、びっくりした」

「ハークさんにも、そう言われるとなんだか複雑ですね」

「で、お前の近況はどうなんだ?」

「私は、今もまだ冒険者やってるんです。どうしても、夢が捨てられなくって……」

 ハークは、初恋の相手が昔と何も変わらないことに安心していた。

 しかし、あの頃の情熱的な思いが蘇り、胸の鼓動が高まるのには、少し狼狽していた。ジェイコブに言われた通りだ、もうこんな歳だというのに、もう手遅れになったあの初恋を未だに引きづっている、そう思えてしまうからだ。

 あの恋は所詮若気の至り、そんな風に考え、忘れようとしてきた。ハークは、実ることのなかったハルへの片想いを心の奥底にしまい込んできたのだ。


 ハークは、ハルとこれ以上何かを話す気にはならなかった。



「ハルちゃん、久し振り私も会いたかったよー」

 黙り込んでしまったハークをよそに、マイラが唐突にハルに抱きつくいた。共に冒険していた頃、マイラとハルは姉妹の様に仲が良かったのだ。

「うわっ、いきなり抱きつかないでくださいよ、マイラさん」

「いいじゃないの。昔もこんな風にじゃれあってたんだから」

 マイラは、ハルの体のあちこちを触りまくる。

 相変わらず美しい2人の女性がじゃれ合う光景、それはとても微笑ましいものに見えた。しかし、ハルの心の内は、この30年で大きく変わっていたのだ。


「やめてくださいよ。もう、昔とは違うんですから」

 ハルは大きな声でそう言い、マイラを冷たく突き放した。マイラは、突然のことに、キョトンした表情になる。


「いきなりすいません。マイラさん。でも、これは本当のことなんですよ……。そりゃ、マイラさん達には、会いたかったですよ。でも、社会的に成功してるかつての仲間の姿を見るのは辛いんです」

 場が気まずい雰囲気になる。


「私……今、生活結構厳しいんですよ。冒険者なんて不安定な職業ですし。それに……こんな歳になって未だに独身ですから……昔みたいに踊り子の衣装を着たって、人生の敗者であることはごまかせないんですよ……」

 昔のハルはこんな卑屈なことなど決して言わなかった。他のメンバーは、ハルにかける励ましの言葉を探したが、無駄だった。彼女に同情や哀れみの言葉をかけたとしても、それは彼女のプライドを傷つけるだけなのだから。


「まあ、自業自得ですよね。いい歳して、未だに夢を追いかけてるなんて無様ですし」


 あまりにも自虐的なハルの告白を聞く間、ジェイコブは、ただハルの顔を見つめていた。そして、先程まで、何も変わっていないと思われていた彼女の顔に、たくさんのシワがあることに気づいてしまったのだった。


 本当は、自分達はこの30年のうちにすっかり変わってしまった。もう、昔のようにはいかない、誰もがそう感じてしまっていた。

 先程まで、賑やかだった酒場もすっかり静かになってしまった。



 この暗いムードを吹き飛ばしてくれる奴。きっとあいつはここに現れるハズだ。そう、元勇者のアーサーだ。彼がいれば、いつでも、皆が笑顔になった。

 頼む、アーサー早く来てくれ。

 パーティーメンバーの誰もが彼が現れるのを期待していた。30年前、巨大な魔物に追い詰められ、絶体絶命であったあの時のように。




「おや、せっかくの同窓会なのに、皆さん随分と暗い顔をしてますねー」

 懐かしい優しげな声が、静まり返った酒場に響く。

 かつてのように、あの男が現れたのだ。


「まさか……この声は……アーサーか!」

 そう言ってジェイコブが振り向くと、そこには穏やかな笑顔の紳士が立っていた。彼こそが、かつてパーティーのリーダーを務めた男。元勇者のアーサーだ。みすぼらしい格好をしているが、その面影はかつてと同じだ。彼が現れると、場の雰囲気が一気に変わった。先程までのメンバーの沈んだ表情が嘘のようだ。


「うむ、遅いぞ。アーサー、お前は相変わらず遅刻魔か」

「アーサーさん……本当にアーサーさんなんですね!それはそうとして、服汚過ぎるでしょ!」

 30年振りの再会だと言うのに、あんまりな言葉をぶつけられるアーサー。

 しかし、穏やかな表情を崩さず答える。


「いや、こういう時には一人くらい遅刻してきた方が粋じゃないですか。それにこの服もファッションの一環ですから」

 彼の答えに思わず吹き出してしまうメンバー達。

 紳士的な口調から繰り出される、論理的に破綻した屁理屈。なのに、そうして、どんな状況でも、打開してしまう。これぞ、勇者アーサーの醍醐味、30年の時を経ても健在だった。


「てか、アーサー、あなたその腕どうしたの!」

 マイラの言葉に、アーサーの右腕に目を向けるメンバー達。アーサーは、右腕に大きなケガをしていた。


「ああ、これですか。この前の冒険で、ドラゴンにやられましてねえ。まあ、よくあることですよ。ところで、実は、つい最近いかにも凄そうな宝の地図を見つけたんですよ。せっかく再会できたんですし、もし良ければ、一緒に探しに行きませんか?」

「いっ、いや流石にそれは無理な話だぞ。ハル以外は冒険者やってないんだぞ。それに……俺たちは、もう歳だし……」

「ハハハ、それくらいなんとかなるでしょう」

 そんな風に言われてしまっては、どうしようもない。

 ハークの筋の通った冷静な反論は、アーサーに一笑に付されてしまった。


「ところで、皆さん、先程まで随分暗い話してたみたいですけど、どうかしたんですか?」

「ああ、アレですか。なんかアーサーさんを見てたらどうでもよくなってきました……」

「そうそう、アーサーには無縁の話だし、そんなことよりお酒を飲んで楽しみましょ」

 元勇者を中心にして、たわいのない話で盛り上がる元パーティーメンバー達。こんな風にくだらないことで盛り上がっている時が、一番楽しい。

 時が経っても、彼らの絆は変わらなかったのだ。


 気が付けば、30年前と変わらぬ賑やかな声が酒場に響いていた。




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