第10話 斬撃
ヒタスキは軽快な足取りで森のほうへ歩いてゆき、ドゥワーフの胴よりも太い木を指差す。
「これ、斬ってもよいか?」
「うむ。構わんぞッ!」
一瞬、動いた気がしたが、終わっていた。
ヒタスキが樹を押すと、ヒタスキの胸のあたりから上の部分が倒れていった。
驚嘆の声。
「な、なんというスピードじゃッ……」
「刃こぼれはせぬのかッ?」
ドゥワーフの衆がヒタスキに駆け寄ってゆく。
「この程度なら問題はない」
「剣が速いからじゃなッ!」
何人かが樹をチェックしている。
「美しい切り口じゃノウ!」
「実に滑らかじゃ!」
「さてと」
ヒタスキがふわりと足を進め、牛ほどもある石の塊の前に立ち、しゃがんでそれを両手で抱えて軽々と持ち上げる。
そのまま先ほど切った樹の前にゆく。
「ちょっと、そこすまん」
大石を水平の切り口の上に載せる。
「これからが本番じゃぞ」
「……い、石を斬るというのかッ!」
ドゥワーフ達が押し黙る。
石の前に立ち、呼吸を整えるヒタスキ。
両手を伸ばして石肌を触り始める。しばらく手のひらで何かを確認するように撫でていたが、気が済んだのか石から離れる。
「皆、少し離れていてくれ」
ヒタスキを囲んでいた輪が広がる。
ヒタスキは、石から二十ヤードほどの距離となったところで、静止。
「では、いくぞ」
誰も口を開かない。
剣をざっと抜く。
走り始める。
十ヤード手前で急加速。
「厳鉞山抜刀術ッ!」
縮地!
シャリッ、という音がする。
ほんの少し、石の上半分がずれている。地面と水平に真っ二つとなったようだ。
「……な、なんという斬撃じゃッ」
「こッ、これでも刃こぼれはッ?」
「していないと思う。見てくれ。触れてはならぬぞ。かなりの熱を持っているはずじゃ」
ドゥワーフ達が剣を囲む。
「……むぅ、刃に傷などついておらんなッ!」
「……美しい光沢をはなっておるのう」
「……これが鉄かッ」
「まぁ、石だからな。水平斬りではなく上段から振りおろす斬り方なら、もっと硬い物もいけるぞ」
「な、何故じゃ……」
「剣も確かに凄いのじゃろうが……」
「まぁ、ここまで斬れる剣は我の故郷でもかなりめずらしいものだが」
「背の二本の剣はどのようなものじゃ?」
「同じ剣である」
剛毅で闘志あふれるドゥワーフ達が、静かになる。
ドゥワーフの長の態度が改まる。
「剣士殿ッ」
「なんじゃ?」
「まッことに不躾で申し訳ないのじゃがな……」
「なんでも言うてくれい」
「出来うる限りの金額を出し申す。その剣、一本譲ってはくれぬかッ?」
ヒタスキは、一瞬悲しそうな顔をする。
きゅっと小さくなる。
「うううううう」
顔が真っ赤になっている。
「こ、この剣はな、、、国の武道大会で優勝した時に賜った、名誉なのじゃ……」
「さ、三本ともかィ?」
「うむ」
ヒタスキは、背負った一本を両手に取り、じっと見つめる。
「うううううう」
「す、すまんかったノッ……」
「わかったっ!」
ヒタスキは大声を出し、持っていた剣をばッと差し出す。
「貰うてくれっ!」
「い、いやいや……、すまんかったッ。そこまでの物、貰うわけには」
「我はお主らがとても気に入っておるっ!」
ヒタスキは、叫ぶように言う。
「貰うてくれっ!」
ドゥワーフの衆が呆然とする。
ヒタスキは口をへの字に曲げ、大きな瞳で長を見つめ続ける。
長がゆっくりと両手を挙げ、剣を持つ。
「……ちょっと待っていてくれ」
再び剣をヒタスキに押し戻す。
長は仲間にに目配せする。全員、倉庫らしき建物のほうへ急ぎ足で入ってゆく。
少しして、皆粛々と出てくる。
長が言う。
「東洋の秘剣、ありがたく頂戴致すッ! その代わりに、ヌシに貰うて欲しいものがあるッ!」
うしろには剛健なる若衆が二人がかりで、巨大な武器を横にして持って立っている。
その奇妙な武器は、長さがヒタスキの身長の二倍を優に超える戦斧なのだが、斧の部分が異常に大きい。柄の部分には、全面に薄く装飾文様が彫り込んである。
「これは、我等が一族に代々伝わる宝の一つじゃ。これを貰うてくれるか?」
「そ、そのような物を、我などによいのか?」
「実はな、コイツぁ千年以上前の物らしいのじゃが、出自がはっきりとはわかっておらぬ。そんな昔の技術で作られたものとも思えぬが、千年前にはもうあったという記録があって、それより前に遡れん。そして、この斧を扱えた者がいた、という話も全く伝わっておらぬのじゃ」
「ん? 何故じゃ?」
「重過ぎるのじゃ。ヌシの体重の二倍以上じゃろうナ」
最近は長めのランスも出てきてはいるが、桁が違う重さだ。
「特に斧の部分が重い。鉄の塊で出来た巨大なハンマーみたいなもんじゃ。重心が先端にある」
武器を持ったいかつい体躯の二人組は、ヒタスキの前に歩いてくる。
「どんな力自慢の者が扱っても自分が振りまわされるだけじゃが、ヌシなら大丈夫じゃろう」
ヒタスキが細い両の腕を前に出し、戦斧を握る。
「離しますぞッ」
「うむ」
その異様な武器を運んだ二人は、様子を見るようにしてゆっくりと手を離す。
みしり、と、ヒタスキの体がきしむ。
「……凄いっ」
ヒタスキはその巨大な得物を持ったまま、ドゥワーフ達から離れる。
ぶん、と軽く振る。
持ち手を変えつつ様子を見るように十数回程振りまわす。徐々にそのスピードが速くなってゆく。
見事な殺陣となっている。
ドゥワーフたちが畏怖するように呻く。
ヒタスキは、鉄塊を踊るようして捌く。
「凄いぞっ!」
ヒタスキは、寒気がするほどの笑みを浮かべていた。目は笑っていなかった。獰猛な笑顔だった。
続けて戦斧を打ち振るう。
ドゥワーフの一人が密かに小声で長に話し掛けたが、僕の異常に鋭敏な聴覚に引っかかってしまう。
しかし、他種族の前ではまず使われないドゥワーフの言語だったので意味がよく理解出来ない。ただ、神代言語をわりと忠実に継承しているらしいエルフの言語と似通った部分が多い、ということは聞いているし、神代言語自体も少し勉強したので、いくつかのワードが自分の持っている知識に引っかかる。
『神族』を意味する言葉が多数混じっていた。
僕は、聞こえないふりをする。
数分もぶんまわして、さすがのヒタスキも疲れたらしい。
「ふぅ。これは凄いな」
「どうじゃ」
「実戦に使うにはまだまだじゃな。いつ竜が来るやもしれんしな」
「しかし、ここまで扱える者は、いなかろう」
「そうか……」
ヒタスキは少し思案げな顔をしたあとに言う。
「ほ、ホントにホントに、頂いてよいのかっ?」
「実はな、ワシらそいつのことを調度品ではないかと思っておったのじゃ」
「ん? 飾り物みたいな物と?」
「そうじゃ。動かせる者がいるわけがない、そう考えとったッ」
「我ならなんとかなるぞ」
「ああ。今見て思ったッ。そいつは、歴とした武器だッ!」
「武器は使ってやらんといかんなあ」
ヒタスキがにっこりと笑う。
「その通りじゃッ! お前さんが使うてくれッ!」
「わかった。ありがたく頂戴致す」
ヒタスキは、ペコリと頭を下げる。
「しかし、今は非常時で乗馬の訓練もあるし、この戦斧をいじる時間がなかなか取れぬ」
「ゆっくり会得するがヨイ」
「しばらく、今まで通りここに置いておいてはくれぬか」
長は、嬉しいような悲しいような表情をする。
「剣士よ……」
「なんじゃ」
「ワシらは、おヌシの好意に、どう答えればよかろうかノウ」
ヒタスキが、顔を赤らめてモジモジしだす。
「いや、そう気にせんでくれ。あー、それでだ」
「なんじゃ?」
「この秘剣じゃがな、使っている鉄が普通の鉄と造り方が違うと聞いたことがある」
「む? どう違うのじゃ?」
ドゥワーフの衆が色めき立つ。
「詳しくは知らん。でだ。我もそのうち里帰りをする」
「うむ」
「途中に大山脈があって大変じゃが、お主らの若い衆、向学のために同行せぬか?」
ざわつくドゥワーフの衆。
コルム・レミル山脈を越すなど、この地の者には途方もない冒険だ。その向こうに住む人々にとっても同じだろう。
「食い物の心配はせずともよいぞ。そこらじゅうにいるからな。熊やイノシシが」
「狩りをしながらこちらに来たのかっ!」
「うむ。我は動物の気配を感知する能力があるでな。狩りは得意じゃ」
なんという野生児。
いや、決して動きが速いとはいえない小型鉄竜が肉食獣として生きてゆけるのも、生物反応探知スキルを持っているからなので、これを身につけていれば狩りを有利にすすめられるのは事実だ。
「でも、熊なんか狩っても一人では食べ切れんのじゃ。で、まわりをうろうろしてるオオカミに投げてやったりしとった」
ドゥワーフの衆が笑う。
「ガハハ! 豪快じゃノウ!」
「そのうち群れから離れた若いのやらはぐれオオカミやらが、あとをついてくるようになってな」
「な、なんとッ!」
「山脈の旅の終わりには五匹になってな、皆で一緒に寝たりしておった。奴ら慣れると超可愛いんじゃ!」
「ははは」
長が、やわらかな笑顔を見せて言う。
「おヌシは、いろんなモンに好かれるノウ」
「そ、そんなことはないと思うぞっ。熊やイノシシには好かれとらんはずじゃ」
皆、一瞬きょとんとして、大笑いする。
「ワハハハ、そりゃあそうじゃろうノウ」
夕方になったので、ドゥワーフの工房を辞す。
「また、明日か明後日にでも来るからのー」
ヒタスキは鞍もなにもつけていない巨馬にまたがって、大きく手を振った。
今日もヒタスキは、巨馬と一緒に野宿をした。
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