第9話 神族

 二日目。

 朝起きて外に出ると、ヒタスキはもう巨馬と戯れていた。一晩つきそって、巨馬の雰囲気が少し変わったような気がした。

 「眠れた?」

 「ああ! 野宿は慣れておるからな!」

 なんとなく、大丈夫かも、と思ってゆっくりと傍へと歩いてゆく。

 巨馬は、僕を見つめる。

 ヒタスキは、巨馬の太い首を撫でて言う。

 「あいつは我の兄弟のようなもんじゃ。仲よくせい」

 僕も、巨馬のつぶらな瞳をまっすぐ見て、緩やかに距離を縮める。

 威嚇してこない。

 目の前で立ちどまる。

 巨馬がゆっくりと頭を下げ、僕の顔を覗き込むようにする。

 「……鼻のあたりを、撫でてやってよいぞ」

 こしこしとこすってあげる。

 「お主も大丈夫じゃな」

 ヒタスキは微笑む。

 ヒタスキが僕のことを兄弟のように見てくれていたことも、嬉しい。

 気がつくと、隊長がかなり近くまでやってきている。

 戦士というものは、個人差はあれど大なり小なり闘志と言うか闘気みたいなものを発散しているのだが、この人はまるでそういうものを感じさせない。何故か、生物反応感知スキルにも引っかかりにくい。

 かと言って戦士としての能力がないわけではなく、むしろ高すぎるくらいで、この市の騎士団最年長でありながら若手と共に訓練をしているようだし、唯一の戦場での対人戦闘経験者でもある。

 そんな彼が、にこやかな顔をしてゆるりと近づいてくる。

 巨馬が、隊長から目を離さない。

 隊長は、半分に割ったリンゴを両手に持ち、顔のあたりでくるくると振っている。切り口から、ぷんとリンゴの甘酸っぱい香りが漂ってくる。

 五ヤードほどの間を置いて立ちどまる。

 「リンゴをあげても、よいかな?」

 ヒタスキは、巨馬の首をゴシゴシとこすりながら話しかける。

 「あの人は我らが隊長じゃ。よい人だぞ」

 威嚇してこないのを見て、隊長は静かに歩を進める。

 お互いに、目をそらさない。

 巨馬の手前で静止、リンゴを高く掲げる。

 巨馬は、しゃりっと音を立てて食べる。口から果汁を滴らせながら、美味しそうにしゃりしゃりと噛みしめている。

 「いい馬だ」

 もう一つのリンゴも、巨馬の口に放り込む。

 僕は、自分の空腹に気付いた。

 「私もブラッシングしてあげよう」

 隊長はヒタスキからブラシを借り、巨馬の体を隅々まで丁寧に梳いていく。

 さすが、手馴れている。巨馬は鼻を伸ばして気持ちよさそげにしている。

 人に慣れないと言われた馬だが、意外とおとなしくしている。

 エルフ族は人間族よりもはるかに動物と親密だ。その血をひている僕とヒタスキは、家畜の類ならばすぐに懐かれたりする。

 隊長は純血の人間族でありながら、かなり動物とのコミュニケーションに長けているようだ。

 ヒタスキとの交流で巨馬の心にも変化があったとは思うが、それにしても隊長の不思議な能力は、興味深い。

 

 「さて、朝食にするか」

 巨馬とのささやかな交流をひとしきり終え、隊長が和やかに言う。

 ヒタスキが、お腹をぱっと押さえる。

 「食べよ」

 「うむ。そうじゃな」

 詰所にはパンとチーズ、果物、シードル、ペリーが置いてあり、傍らには肉やら野菜やらが煮込まれている大鍋が二種類、常に火にかけられていて、いつでも好きな時に食べてよいことになっている。

 「それにしても、君は食いっぷりがいいねぇ」

 同じく健啖ぶりを見せている隊長が、楽しげに言う。

 言われたヒタスキは、隊長に話を振られたのでなにか話さねばと思ったのか、モゴモゴと謎の発音をしているが、口の中は食べ物で満員なので、身振り以上に本人の言わんとしていることが理解出来ない。

 「騎士の方々の何倍も食べていますね」

 「うん。ちょっといないね。こんなに食べる戦士は」

 「ぐふー。我の体を維持するのに必要なのじゃ」

 食後にゆっくりした後、ヒタスキと一緒に巨馬にリンゴをあげにゆく。けっこう離れた所で草を食んでいる。

 馬の視野は三百五十度くらいあるようだし、僕たちが近づいて来ているのはとうにわかっているはずだが、ずっとこちらにお尻を向けたままだ。

 ちょっと放っておいたから、すねているのかもしれない。

 でも、リンゴを見せるとすぐにこちらを向いて、美味しそうに食べた。

 「森をまわってくるね」

 「おう、我も一緒にゆくぞ」

 「いや、ヒタスキは馬のそばにいてあげて。多分もう少しで人を威嚇しなくなるよ」

 ヒタスキが微笑んで言う。

 「うむ。その通りじゃな」

 ヒタスキがつかつかと歩み寄ってくる。

 「よし。抱擁をしようぞ」

 お互いに、ぎゅっと抱きしめあう。

 「明日は、奥地に入るよ」

 「……我も一緒にゆく」

 体を離す。

 ヒタスキの顔から、表情が消えていた。

 エルフに会いたい、とは言っていたが、それはヒタスキにとっては嬉しいことではないのだろうと思う。

 「じゃ」

 「気をつけるがよい」

 「すぐ帰ってくる」


 今日もテンポよくきのこ狩り、三時間ほどで帰還。

 樹海内、特に異変なしと報告。

 浮揚茸でいつもお世話になっている商人がやってくる。もう初老の域に達している方だが、現役で頑張っている練達だ。隊長立会いのもとに受け渡し。

 どんどん値が上がっている。

 需要が激増していることだけがその理由ではなかった。

 「西のほうの樹海で、浮揚茸採り名人が竜に食われたそうだよ」

 「そうでしたか」

 「あんたは能力があるから大丈夫だろうけど、無理はしなさんなよ」

 「ありがとうございます。気をつけます」

 「西の国では、森に入った人がずいぶんとやられてしまったようだよ」

 商人の情報網は教会に負けず劣らず早い。

 「人間の味を覚えてしまったのかもしれないね」

 近隣の農民がちょくちょく様子見に来ていて、差し入れと称してニンジンやら豆類を置いていく。農民とはいえ、こんな所まで来るのは騎乗にクロスボウ所持と、有事の際にはいつでも兵士として動く覚悟のある者ばかりだ。

 ヒタスキは頂いたニンジンを、早速巨馬に食べさせてやっていた。


 午後三時、ドゥワーフの武器工房へ出発。ドゥワーフ馴染みの騎士も一人同行。

 また二騎が先行して、ヒタスキと巨馬が後追いするかたちになるが、それでもこのコンビは、昨日よりは親密な関係になっているように見えた。

 ドゥワーフ達も櫓を建てていて樹海を監視している。僕らの姿を見つけると、大声で叫んで手を振ってくる。

 すぐに工房からドゥワーフ達がワイワイと出てきた。

 「よう来たノウ!」

 複数の家族で工房を運営しているようで、小さな集落になっている。

 僕と騎士は、馬を馬留めに繋がせてもらう。ヒタスキは巨馬を放ったらかし、そこらへんで草をむしり食いしている。

 「剣士よ! 馬はあれでいいんかィ?」

 「大丈夫だ。友達だからな。それより早く武器が見たい」

 「ワハハ! さすが戦士じゃノウ!」

 早速、工房に案内される。

 壁に立てかけられている、多種多様な戦斧。

 ヒタスキは目を輝かせて見ている。特に長斧が気になっているよう。

 「素晴らしいな! かっこいいな!」

 「手に持ってみィ!」

 ヒタスキは、自分の身長よりも長い戦斧を片手で持ち、調子を見るように上下させる。

 「うむ。いい感じじゃ」

 「軽々と持つノウ!」

 「ふっ。我の腕力は並ではないぞ」

 「どれ、腕相撲でもするかッ!」

 ドゥワーフは、のしのしとテーブルのほうへ歩んでゆき、その太い右腕を直角に曲げてヒタスキに向け、テーブルに肘をつく。

 「ははは。どれ一勝負」

 ヒタスキも真似をして体制を整え、お互いの手を握り合う。

 ヒタスキの拳が、あまりにちっぽけだ。

 興味津々らしいドゥワーフの衆が、騒ぎつつわさわさと集まってくる。

 「とりあえず、少しずつ力を込めて押してみィ!」

 「ふっ」

 「むッ、、、あれッ?」

 ドゥワーフの手の甲が、ぺたりとテーブルにつく。

 部屋に響きわたる物凄い歓声と拍手。

 「も、もう一回ッ! つッ、次はこちらからも押すゾイ!」

 「うむ」

 ヒタスキのちいさな手が、その甲の側に動くことはなかった。

 屈強なる鍛冶職人は、二秒と持たなかった

 「よしッ! ワシもじゃッ!」

 ドゥワーフ族の何人かが挑戦したが、ヒタスキの敵にはならなかった。

 敗者が腕をまわしながら言う。

 「おかしいなァ、、、エルフ族も人間族も、そう腕力はないはずじゃがなァ」

 ドゥワーフの衆は皆、腕を組んだりして困惑した表情を浮かべている。

 そのうちの一人が、ぽつりと言う。

 「……先祖返りではなかろうかッ」

 ああ。

 「あるとは聞いたことはありますが……」

 ヒタスキが、きょとんとして問う。

 「なんじゃそれは?」

 「神代の頃の話じゃ。神族という種族がおってなァ」

 「そういう言い伝えなら、我の故郷にもあるぞ」

 「東方にも似たような神話があるのじゃなァ」

 「数千億年前とも、数億年前とも言われていますが、はっきりしたことはわからないんですよね」

 「ワシらも人間族も、エルフ族や竜族、すべての魔族の祖は神族だったのじゃよ」

 「竜もか」

 「竜は獣とは違うゾィ」

 「うむ。そうじゃな」

 先祖は同じなのに、下級竜とは意志の疎通がまるで出来ない。なんとかならないものか。

 「で、ワシらは皆、神族を祖としておるのじゃが、残念なことにその能力を一部しか引き継げなかったッ」

 「そのように伝えられていますね」

 「ワシらは触覚、特に指先の感覚の鋭さを受け賜りておるナ」

 「頑強な体も、じゃな」

 「エルフ族は鋭敏な視覚と嗅覚、聴覚」

 「奴ら、二百ヤード先のウサギの足音を感知出来るからナ」

 「集中すれば、ですけどね」

 「人間族は、神族の姿かたちを引き継いだと言われているナ」

 「ものごとを筋道立てて考える能力が凄いが、これも神族の能力ではなかろうか?」

 「コミュニケーション力が高いかもしれません。多数が寄り集まってなにかすることが他の種族よりもはるかに得意ですね」

 「魔族の中では、最も体が弱いんじゃがナ」

 「やはり人間も魔族の仲間なのか?」

 「勿論じゃよ。魔力を持ってる者はもう今ではほとんどいないから、そうは見られていないがナ」

 「確かに、まれにではありますがいますね。人間族の魔力持ち」

 「……しかし、弱いようで、一番強いのかもしれんノウ」

 「子供もたくさん産むしナ」

 「種族の繁栄というのはその頭数が増えることとも言えるので、子供をたくさん産む生物はその点では有利ではありますね」

 「で、我がその神族の能力みたいなものを持っておると?」

 「いや、想像じゃがナ」

 「ヒタスキ殿の能力は飛びぬけているな。手合わせをして感じたのだが、訓練で身につけられるレベルとは思えない」

 「我は普通の女子のつもりなんじゃがの」

 一拍、間をおいてドゥワーフの長が言う。

 「さて。その刀、切れ味を見せてもらえると嬉しいのじゃがッ!」

 「うむ。表に出よう」

 ドゥワーフの衆から歓声が上がる。

 皆でぞろぞろと外に出る。

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