第7話 遊戯
朝食を済ませる。
パンが余ったので、両側の家の方に食べてもらおうと思い、挨拶にゆく。ついでに樹海のほとりでの竜監視業務に就くこと、しばらく家を空けることを伝える。両家とも心配そうな表情を見せて、道行で食べていきなと果物をくれた。
彼らは、ハーフエルフに対する差別意識を持っていないようなので、助かっている。
教会へ。
今日は司祭は現地へはゆかないとのこと。ヒタスキと二人で定期便に揺られる。
到着。
既に割り振られていた自分の部屋に荷物を入れ、監視詰所へ。
皆に挨拶。
がっしりとした身骨、太い首の上に優しげな顔を載せた隊長より、改めて任務について説明を受ける。
我々の目的は竜族の動向の監視であり、情報収集である。衝突は可能な限り避ける。
以上。
人間を食べるような竜は下級種で、足は決して速くはない。無理に戦わずに逃げる、という方針は悪くない選択だ。人が住む場所まで来なければ、の話だが。
丁度昼食時になったので、皆で賑やかに食事。ヒタスキの食べっぷりを見て、騎士連中は皆、驚いたり感心したりしている。
「ずいぶんと食べるね。その小さな体のどこに入るんだい?」
口腔に食糧を満載しているために話すことが出来ないヒタスキは、空いている手でお腹のあたりを指差したのちに、得意気にコクコクと強くうなずく。いや、そりゃあごはん飲み込んだら、まずはおなかの中に入るのでしょうけれども。
「食べる量もすごいが、きちんと噛んでいるところが偉いね」
頬を通常の二倍ぐらいに膨らませたヒタスキは、もう返答が身振り手振りになってしまっていて、人差し指で自分の頭をトントンと叩き、誇らしげに何度も点頭する。自分は頭が良いのだ、と言いたいのだろうか。もうよくわからなくなってきた。可愛いから許す。
食べ終えてしばらくすると、腹ごなしのつもりなのか、騎士何人かが空き地に集まって棒を持ってカチカチと音を立て始めた。なにやら楽しげだ。騎士のうち二人が兜を被って、長い棒を持っている。
と、そのうちの一人がヒタスキに声を掛けてくる。
「おーい! 剣士殿!」
「なんじゃー!」
「ちょっとしたゲームをやらんかー?」
ヒタスキはぴゅっと走ってゆく。
「この棒っきれで相手の兜を先に叩いた方が勝ち。ヘルメット以外は叩いちゃダメ。あんまし痛く叩かないように。これだけ」
にやりと笑うヒタスキ。
「おお。楽しそうじゃのー」
目つきがちょっと変わった。
どれ、見学させて貰おう。
その小さな頭に布を巻いてもらってから、堅牢そうな兜を被るヒタスキ。
準備完了。
「始めッ!」
ヒタスキは、騎士の方にではなく、いきなり斜め方向にゆっくり走ってゆく。
「えええー?」
騎士が大声でを出す。
ヒタスキは途中で方向転換、騎士を中心にまわるような走り方になる。戦意があるようには見えない、ゆっくり感だ。
騎士もヒタスキに向かって棒を構えてはいるが、さてどうしたものか、お手並み拝見するか、と思っているのか、踏み込んではゆかない。
ヒタスキは、くるくるまわる。
騎士もそれに合わせて微妙に向きを変える。
突然、ヒタスキの速度が変わる。
あれだ。
と、思ったときには、もう遅い。
コツンと音がする。
騎士が防御のために(?)棒を少し動かした時には、ヒタスキはもう騎士の後方に走り抜けていた。
「えっとー」
騎士が呆然としている。
ヒタスキは言う。
「すれ違いざまに軽く叩いておいたぞ。兜」
「えー……」
見学していた騎士が言う。
「ああ……。叩かれてた」
「さて、次はどの方が相手じゃ」
二人目との対戦。
ヒタスキはいきなり棒を地面に放り投げる。
「待った! 棒がないと勝てないんですけど!」
と騎士が言っているうちに瞬時に距離をつめ、相手の棒を握ってもみ合いつつ、コツン。
三人目。
ヒタスキは試合開始と同時に棒を上に放り投げ、いきなり相手に向かって突進。
騎士は即座に棒を短く、抱え込むように持ちかえ、軽く相手のヘルメットを叩くだけの動作を準備する。
ヒタスキは、騎士の狭くなった間合いに入ろうかという所で、丁度上から落ちてきた棒の端っこを掴み、長いリーチで防御の体制を取っていなかった騎士の頭をコツン。終了。
四人目。
ヒタスキは棒を騎士に向けて突進、相手の間合いに入る前に棒を地面に突き刺し、上空に跳躍。
騎士の身長の倍以上の高さまで飛翔し、騎士の頭上あたりで棒を拾い上げて大回転させ、騎士のヘルメットを後ろからコツン。
「あれ……?」
死角からの攻撃に、騎士もなすすべなく。
「不思議だなぁ。傍から見ていると動きはなんとか追えるんだけど、対戦中は見えなくなるんだよね」
「まあ、瞬発力だけではないんだ。相手の感覚を混乱させる小技も多々あってな、そいつと組み合わせるのじゃ」
「そうなのか。知略もあるのだな」
「とは言っても、腕力がない、ってことじゃないんじゃぞ。押し合いやってみるか?」
「どうやるの?」
「向き合って両手を組み合わせて押し合うだけ。膝を突くかうしろにさがったら負け」
騎士全員、一瞬で負けた。
「いや、山育ちじゃからな。ただの田舎者である」
ヒタスキの勝ちだった。
騎士は全員狐につままれたような顔をしていたが、最後の試合が終わった後、神妙な顔をしてヒタスキの前に並ぶ。
「ヒタスキ殿、騎士になられぬか?」
「いや、我は馬に乗れぬのじゃ」
「皆で教授致します」
「あなたなら、すぐに乗れるようになる」
「我ら四人、ヒタスキ殿を騎士として推挙致したい」
この都市は、実力さえあれば誰でも騎士になれる。
昔はどこもそうだったはずだが、今ではそんな制度も珍しいものになってしまった。
ここの『騎士』はほぼ地元農民出身で、体力や技能が落ちればまた農民に戻る。そして、毎年のように新しい騎士が補充される。
「馬が怖いとかでござるか?」
「いや、馬は可愛くて大好きじゃが、一緒に戦うというのが想像もつかんのじゃ」
「馬車には乗るでありましょう」
「うむ。それはそうなんじゃが……」
「騎士はお嫌いか?」
「いや、そういうわけではない」
「乗馬が出来て損はありませぬぞ。とりあえず練習しましょう!」
「そ、それはその通りじゃな……」
「やりましょう! 是非!」
「うむ。世話になる」
「では早速」
「あ、あまり丁寧な言葉を使わずともよいぞ。緊張してしまう」
騎士たちが笑う。
「了解!」
「錬菌術師殿、君も一緒にどうだい?」
「え、いいですか?」
「勿論。二人で練習するほうが面白かろう」
「ありがとうございます。是非」
騎士がすぐに馬を連れてきてくれる。
「おお、可愛いのう」
ヒタスキは馬の首筋をゴシゴシとこすってやっている。馬が目を細めて気持ちよさそうにしている。
「馬とは気が合いそうだね」
騎士もさわやかな笑みを見せる。
「ここに乗るのじゃな」
自分の身長より高い鞍へと、軽快な動きで飛び乗る。
僕にもヒタスキにも、二人の騎士がついて手ほどきをしてくれる。思ったよりも上手く、諸々こなせる。騎士も、温和で人慣れのしている馬を連れてきてくれたのだろうと思う。
「特に問題なく乗れるね」
「腰をもう少しやわらかくすると、長時間乗った時に体が辛くならないよ」
「そこらへんは、慣れもあるよね」
「自分の馬を買うといいよ」
僕は日々の生活では馬を利用しないが、この監視所にいると必要になってくることもあるはずだ。なにしろ最前線なのだから。
今の時期だけでも、臨時に買い入れよう。
「よし、これから馬を買いにいくか」
「馬を繁殖させている農家を知ってるぞ。俺が一緒なら安く売ってくれる」
「すぐ乗れるような訓練は、してあるのか?」
「勿論。軍馬も鍛えちゃうくらいのとこだ」
「よし。いこういこう!」
「みんなでいこう!」
竜監視業務と言っても、かなりゆるい印象だ。
今のところは。
いや、僕たちの馬の調達は、業務の範囲内かもしれない。隊長があっさり許可を出してくれた。但し、騎士の随行は二人までとされた。
騎士の馬に一緒に乗せてもらい、のんびり行。
隊長は鷹揚に手を振る。戦士としてはかなりの高齢な方で、どこか飄々としている。
「寄り道しないで帰って来いよー」
……一面の野っ原ですから。
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