第4話 調査

 現地に着く。

 錬金術師は遠目からもわかるほどの不機嫌な表情で、先行していた騎士団、修道士に囲まれてなにか話している。竜の解体作業は商人が引き継いだようだ。

 僕たちを見つけた錬金術師は、軽く口だけの笑みを浮かべて手をあげる。

 司祭が、矢庭に地面を杖で強く突く。

 「ここに、井戸を掘る」

 流石だ。もう水脈を読んだ。

 「この横に、臨時の監視所を建てる」

 普段の柔和な表情とは違う、なにかが乗り移ったかのような険しさを見せている司祭。一種の魔の力を借りてきていると推察されるが、かなり複雑な構造の秘匿されている技術なので、読み切れない。

 僕は、心に少し余裕が出てきたので、捨ててきたきのこ袋を回収することにした。

 ヒタスキに声をかける。

 「ちょっと森に入る。二十分くらいで戻る」

 「なんだ。つき合うぞ」

 「大丈夫。双子を見ていて」

 「うむ。了解した」

 昼尚暗い、樹海に分け入る。

 喧騒が耳を打つ外の草原と違って、ここはとても落ち着いている。探知スキル能力を最大限に上げても、大きな動物の気配などない。

 とは言っても、樹や草は動かなくとも生命の息吹を感じさせるし、沢山の昆虫、目に見えない菌類、皆生きて活動しいる。地面も呼吸している。 浮揚茸のみっしりと詰まった大事な袋は、あせって捨ててきたわりにすぐに発見。我ながらエルフの感覚は凄いなと思う。

 工房が手狭になってきていたので引越し計画中、浮揚茸の収入を大いに当てにしているのだ。

 袋を担いで森から出ると、今度はヒタスキが騎士団に囲まれている。騎士の面々は興奮しているような印象、ヒタスキはげっそりとした表情しているので、矢鱈と刀や戦闘のことを聞かれているのだと思う。

 錬金術師は双子と一緒に、草原に敷いた莚の上でのんびりと寝転んでいる。もうお役御免のようだ。

 陽が傾き始めたので、皆、帰り支度を始めている。

 僕は、錬金術師の所へ。

 「きのこ回収してきました」

 「お疲れー」

 「はー」

 僕は、溜息をついて座り込む。死ぬところだったのだよな。

 「お疲れニャ」

 「お疲れニャ」

 双子が、薄く小ぶりな手のひらで僕を撫ぜてくれる。

 「飴玉、舐めよっか」

 四人でころりと転がって、口の中でころころとする。

 「甘いニャ」

 「甘いニャ」

 「おーい」

 ヒタスキが、手を振りながらやってくる。僕は、起き上がって迎える。双子も飛ぶように立ち上がって喜んでいる。

 事情聴取から解放されたようだが、僕らのすぐそばに来て声をひそめて言う。

 「領主の館に泊まれと言うておる」

 「いいんじゃない? 歓迎してくれるよ」

 「むー。立派な家は居心地が悪いのじゃ」

 ものぐさの錬金術師は、寝転がったままで言う。

 「ぐはは! 野っぱらが一番ってか?」

 「そ、そんなことはないが」

 「じゃあうちに泊まってくニャ」

 「泊まってくニャ」

 「待ちやがれ! ベッド三人でもう窮屈だから!」

 ヒタスキの瞳が輝く。

 「三人で寝ているのか?」

 「剣のお姉ちゃんと一緒に寝るニャ」

 「一緒に寝るニャ」

 「狭ぇからダメだっての!」

 腕を組んで考え込むヒタスキ。

 「双子と一緒に寝る……いいな」

 「聞いてねえ!」

 「とりあえず街に帰って食事しようよ」

 急にあたりがざわつく。見ると、完全武装のドゥワーフ族が十数人、早足でこちらに向かってきている。

 身長は低いが屈強な種族だ。ヒゲぼうぼうで筋骨隆々、鍛冶技術が高く優れた武器を作るので、騎士団と仲がよい。

 錬金術師が、興味深そうな顔をして上体を起こす。

 「へぇ。戦闘体勢のドゥワーフは初めて見たぜ。やっぱ強そうだなぁ」

 「竜となにか関係がありそうですね」

 ヒタスキも、ドゥワーフを見つめつつ言う。

 「随分と長尺な戦斧じゃな。いいなあれ」

 騎士団となにやら話したのち、その剛強なる集団は、ガチガチと音を立ててこちらに向かってきた。

 樹を沢山伐る鍛冶のドゥワーフ族と森のエルフ族は、仲がよくないんだよなぁ……。

 わずかな緊張を漂わせつつ、静止して待つヒタスキ。威風をその身に漂わせるドゥワーフ部隊の長らしき者と、対峙する。

 「ヌシが鉄竜を倒した剣士かッ!」

 威圧感のある蛮声で言葉を放つ、ドゥワーフ。

 ヒタスキは、気後れすることもなく答える。

 「そうじゃ」

 「近くで武器専門の鍛冶工房を開いとるモンじゃ!」

 「うむ。良い武器を持っておられる」

 「礼を言う! 森で仲間が竜に襲われてな、討伐に出ていたところじゃッ!」

 「礼には及ばぬ。して、お仲間は無事であったか?」

 「……残念ながら、喰われてしもうたわッ」

 ヒタスキは、悲哀の表情を浮かべる。

 「お悔やみ申しあげる」

 首を垂れるヒタスキ。ドゥワーフの皆も、揃って低頭する。

 しばしの沈黙の後、長らしき者が口を開く。

 「ヌシぁ、勇者じゃナ!」

 「いや、大した者ではない」

 「しかし、随分と細っこい剣じゃノウ!」

 「うむ。東方の秘剣である」

 「不躾で申し訳ないのじゃが、ヌシさえよければ、一度剣をじっくり見せてくれんかノウ」

 「我も貴君らのその長い戦斧に興味がある。工房にも」

 「ヨシッ! これからウチに来るがいい! 歓迎するぞッ!」

 完全武装の剛強な鍛冶衆が、沸き立つ。皆、豪快な笑顔を見せ始めた。基本は陽気な種族だ。

 ヒタスキは、はにかみつつ答える。

 「あいや、今日は街に泊まる。明日以降でどうじゃ」

 「明日でもよいぞッ! 何時じゃ!」

 「いや、竜の件で色々と話し合いがあってな。済まぬがまだはっきりとは決められぬのじゃ」

 ドゥワーフたちの表情が、再び引き締まる。

 「竜かッ! まだまだ出てきそうかッ?」

 「わからぬが、ここに監視所を建てるようじゃ」

 「ウム。騎士団からもそう聞いたぞッ!」

 ドゥワーフたちが、ガヤガヤと話し始める。

 「ワシら樹海の際に住んどるが、奥地のこたァさっぱりわからんのじゃ!」

 「我も暫く竜の動向を探る手伝いをすることになると思う」

 「そうか! 何時でも会えるナ!」

 「勿論」

 「頼もしいノウ!」

 「我も、貴君らのような頑健なる者が傍にいると、心強い」

 ドゥワーフたちが、また歓声を上げる。

 ふと、長らしき男の表情が変わる。

 「……ところで、ヌシぁ、エルフの血を引いておるンか?」

 ヒタスキは、整った顔に渋い表情を浮かべる。

 「……ハーフエルフじゃが、親のことは知らぬ。捨て子じゃ」

 屈強なるドゥワーフが、少し体を縮こまらせる。

 「済まぬことを聞いたッ」

 「いや、お気になさるな」

 気遣うようにしてすぐに笑顔を見せる、ヒタスキ。

 「ワシら、エルフとは仲がよくぁねぇンだが、ヌシは別じゃッ!」

 「ははは。光栄じゃ」

 「ワシぁヴェイグル! 工房の長じゃ」

 「ヒタスキと申す」

 「ヌシぁ勇者じゃ! 抱擁をしようぞッ!」 

 ヒタスキと鍛冶工房の長が、ハグをし合う。

 「ワシぁヴィトゥルだ!」

 「ヒタスキと申す」

 「オイラぁノーリ!」

 「ヒタスキと申す」

 「オヴニルじゃ!」

 「ヒタスキと申す」

 ドゥワーフたちが次々と名乗り、ハグしていく。

 「ではナ! いつでも待っておるぞぃ!」

 大振りで堅牢な武器を持つ精悍な軍団は、ガチガチとにぎやかな音を立てて居所へと帰ってゆく。 

 だらしなく座ったままの錬金術師が、大仰な身振りとともに言う。

 「ぐはは! 騒がしいやつらだな!」

 はは。あなたも、わりとだ。

 ヒタスキが、嬉しいような、悲しいような、複雑な表情になっている。

 「ドゥワーフの衆、故郷の爺に似ておる。皆あんな感じじゃった。目鼻は小さかったがな」

 「なんでぇ! 里心がついたか!」

 ヒタスキは答えなかった。


 司祭が、杖を突きつつやってくる。足も大分弱っているらしい。教会では手にしていなかったが、外出する時は杖に頼っているようだ。

 先ほどの鬼気迫る相が嘘だったかのように普段の温厚な顔に戻っている司祭は、労わるような口調で話す。

 「今日は帰ろう。レンティヌスも一緒にどうかね」

 若錬金術師は、瞬時に表情を消して答える。

 「あー……、俺ぁ商人と話があっから、あっちでいく」

 錬金術師は、双子の手を握って素早く撤収態勢に。

 「じゃあ、また市街で」

 「おう」

 「練菌のお兄ちゃん、剣のお姉ちゃん、またあとでニャ」

 「またあとでニャ」

 「うむ、かわゆいのう」

 名残惜しそうに双子のほっぺたをぷりぷりと揉む、ヒタスキ。

 一旦、お別れです。


 帰途、司祭に水脈読みのことを聞く。

 「教会の秘術、拝見しました」

 「秘術と言うほどのものではない」

 「一瞬でしたね。驚きました」

 「ある程度の修行を積めば、身につけることはそう難しいことではないよ。メルリウスならばすぐに習得出来る」

 とは言っても、修行僧にでもならないと教え授けることも叶わず、である。そこまで教会と深くかかわる気にはなれない。

 「拙僧などまだまだだよ。我が師匠は凄い腕であったし、初代のここの司祭は超人的な方であったと聞いている」

 「この近辺を開拓した集団の一人ですね」

 「うむ。拙僧もその技を僅かながら引き継いでおるが……」

 「天候を読む技術も、興味深くあります」

 「神代からの知の集積だ。我々は多くの人間が寄り沿い、集団として生きることによって、知を維持し、更新している」

 司祭は考え込むようにして黙り、少し間を置いて口を開く。

 「我々の教団も、黎明期はエルフ族と親密であったのだ」

 「……そうなのでしょうね」

 確かに、自然と対話する技術には、共通するものがある。

 「今では、すっかり嫌われてしまったがね」

 「……」

 「我々は、自然を破壊し過ぎているのかもしれないね」

  無言でいる僕の代りに、ヒタスキが言葉をつないでくれた。

 「生きるために行っておることであろう」

 僕には、消沈の表情を見せる司祭を慰めるような辞句は、思いつかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る