マッチョになりたいの?

第6話

 また早い。

 ガリさんのトレーニングを見ていつも思う感想だった。

 彼氏である出部と同じ時期に入会し、頻繁に通っている細身の青年。身長も一八五センチと高く、見た目にも存在感がある。

 人見知りが激しく、話しかける目を逸らすのが特徴。

 と、私の秘密メモ帳に加筆されている。

「ガリさん、また早くなってますよ。胸を張ってゆっくり押しましょう」

 フィットネスジムの中でも人気があるチェストプレス。ガリさんは私がテンポの修正をしても一向に直る気配がなかった。

 むしろ直す気がないのか。中途半端な回数でも動作を中断し、そそくさと離れていく。分かりやすく私を避ける。例え大事な会員さんであってもムッとする。

「そう言えばガリさんの入会目的をまだ知らない」

 気がつくとガリさんの姿はなくなっていた。ジム内を見回っていると、私からは死角になる場所で、ペックフライという別種類の大胸筋を鍛えるマシンに座っている。両肘をくっつける運動。

「また椅子の高さが違ってる」

 背が高いため、前の人が設定した椅子の高さでは合わないことが多い。筋力トレーニングは正しい姿勢と正しいフォームで行うからこそ効果を発揮する。

 しかしまたしゃしゃり出ても逃げられるに違いない。

「どうしたものか……」

 自分のペースでやりたい人間にとやかく言う必要はない。部活でもボランティアでもないのだ。

 手をかけずに通ってくれれば毎月一定の会員費を落としてくれる。

 私たちフィットネスジムのインストラクターは運動指導が仕事だが、真の結果は会員の体を変えることではない。会員数を増やすこと。利益をあげることだ。

 その手段が運動指導なのである。

「すみません、ちょっとフォームが正しいか見てもらえませんか?」

 パーマの強い中年の奥さんが申し訳なさそうに指導を仰ぐ。不器用だが熱心に通っている人。私が入社するよりも前からいるベテランさんだ。

「今日もゆっくりカウントしていきますよ」

 奥さんは「ひえ~お手柔らかに~」と大きめの反応をしながら、嬉しそうに脚を鍛えるレッグプレスまで歩いた。

 インストラクターとして非常に教え甲斐がある。

「みんなこんな感じなら楽なのに」

 私はそんなことを考えながら、手を叩いて一カウントを二秒ほどかける。おそらくこれが昼休憩前の最後のフォロー。気分良くご飯を食べるため、より丁寧を心がけた。

 

 休憩中の控え室で私は唸った。

 週五。私が出勤している日数。

「やる気はあるんだよね。見ない日はないし」

 そしてガリさんが通っている日数でもある。

 入会してからまだ二週間だが、超がつくアクティブ会員と言える。同僚の間でも「ガリさん」と言えば名前と顔が一致するほど。長身に輪をかけた細身。加えて毎日いるとなれば存在感もある。

「誰のメニューでやってるんだろう」

 控え室の机に肘をついて、メモ帳を見返す。

 トレーニングメニューは誰が作っても良い。種目はもちろん、こなす順番。あるいは週に何回来られるか。

 そんなことが簡素なB6の用紙に記載されている。

「うーむ」

「おうマチ。休憩中か」

 一人で唸っているとマネージャーの畑さんがのそりと入ってくる。

「はい、畑さんがシフト作ってるんだからそれくらい把握してください」

「挨拶代わりのコミュニケーションだろ。相変わらず上司に対して容赦ないな」

 ロッカールームへ入って行ったかと思えばすぐに夕ご飯の弁当を持って出てくる。畑さんは体の割に意外と草食。弁当箱も女子みたいな大きさで、水玉模様とデザインも可愛い。一体どこで血肉を蓄えているのか。やはりプロテインだろう。

 今も静かに白米とししゃも咀嚼している。

「畑さんはガリさんを知ってます?」

「ああ、知ってる。やる気出して通ってるよな」

「私がはじめて運動教室をやったんですけどメニューを作ってなくて。誰が作ったか分かります?」

「俺だよ」

「え? 畑さんが作ったんですか? いつの間に?」

 さらっとそう言いながら畑さんは黒豆の煮付けへ箸をつけた。一応植物性タンパク質の摂取だと密かにのメニューを評価する。

「激しくチェストプレスをやってる時に釣ったかな。けっこう素直に受け入れてくれたぞ」

 解せない。

 私がこれほどに気をかけているのに。むしろ逃げられるし。

「どんなメニューを作ったんですか?」

「全身まんべんなくだな。今後は負荷を増やしていく方向と伝えてある」

 なんとも大雑把。とても草食的な弁当を持ってきている人間と同じとは思えない。畑さんはあまり現場には出ないから仕方ないと言っても放置になっている感は否めない。

 メニューはそのままにしろ、やはりここは私がフォームを修正するべきだ。休憩から上がってまだいたらコミュニケーションをとっていこう。

 畑さんの弁当の鳥のグリルが目につき、お気に入りのプロテインを切られしていることを思い出す。

 もう休憩時間も終わりのため、明日買うと脳みそにインプットし、畑さんの鳥のグリル(動物性タンパク質)を勝手に摘んでからジムへ戻った。

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