第27話 聖の精霊の逸話
俺は、書庫にある精霊について記された本を片っ端から読んでいった。
理由はただ一つ。
聖の精霊とは何かを知るためだ。
『精霊』というタイトルの書物に記されていた“聖の精霊”。
ルナさんは光の精霊ではなく、“聖の精霊”という存在だった。
ほぼ全てが謎に包まれていて、何を司るのかもわかっていない。
しかし、俺は光の加護を受けた。それは断言できる。
なぜなら、光を扱えたからだ。
ガレグラムとの戦闘時、清華を護るために使ったアレ。
あれは辺りの光を集めて発生させたものだ。光の壁……というべきだろう。
つまり、ルナさんが光を司る精霊である事は間違いない。
しかし、それだけだ。わかっているのはそれだけ……。
「……なんで、偽ったんだよ……」
俺はそれがわからなかった。
なぜ光の精霊だと偽ったのか。別に聖の精霊って名乗ってもよかったんじゃないのか?
もし、言えない事情があったとして、それは一体何なのか。
俺を騙してまで何がしたかったのか。
「……とりあえず、片っ端から読んでいこう。そうすれば、きっと何かわかるかもしれない」
しかし、特にめぼしい情報は載っておらず、全て同じような感じの事しか記されていなかった。
「これもダメ……か。なんかないのか……?」
そんな時、少し古びた本を見つける。
表紙を見ると、かすれた文字で『精霊伝記』と書かれていた。
俺は迷わずそれを開く。
そこに記されていたのは、精霊についての事と、逸話についてだった。
火の精霊イフリートは叫ぶだけで火山を噴火させるとか、水の精霊ウンディーネは大津波を鎮めたとか、他の書物にも記されているのとほとんど同じことばかり記されている。
「これもハズレか……」
やっぱり、どの書物にも聖の精霊については記されていないのかもしれない。
考えてみればわかる。ほぼ全てが謎に包まれているのだから、記そうにも記せないはずだ。
俺はそう思い、ページを一気にめくる。
すると、その風圧で一枚の紙きれが飛び出す。
「なんだこれ…? 『聖の精霊の逸話』……!?」
すぐさま本を閉じ、その紙きれに目を通す。
【いまからこれに記すのは、私が世界中を回って知った“聖の精霊の逸話”についてだ。各精霊達の逸話には必ず、聖の精霊が出てくる。それをまとめたものを記そう。
大昔、この世界――レアム・ロネスは滅亡寸前まで陥った。火の精霊と水の精霊、闇の精霊は、その根源たる災厄に立ち向かったが敗北。さらに、風の精霊に地の精霊までもが為すすべなく敗北した。
しかし、これに憤怒した聖の精霊は単身で災厄に挑み、これを滅ぼした。
その後、聖の精霊は各精霊達に一つずつ大陸の守護を任せ、どこかに消えた。
これが、私が独自にまとめた聖の精霊の逸話だ。
この逸話からわかる通り、聖の精霊は強い力を持っている。その他の精霊達を凌駕する凄まじい力を。
そしてもう一つ。古い遺跡で見つけた謎の言葉を記そうと思う。
その遺跡には『火水風地に光と闇。それ全て凌駕***る者、***を操り輝きを操る。人々の***を力とし、強大な敵***滅ぼさん。その力与えられし者、***の***と呼ぶ』と記されていた。
ところどころかすれて読めなかったが、いつか私の意思を継ぐ者がこの言葉を解読してくれるのを信じるとしよう。そして、願わくば全ての謎を解明してくれることを願って。
聖歴 四五○年 エドラウ・スティフィ】
聖の精霊の逸話に、謎の言葉……。今日一番の収穫かもしれないぞ。
俺はその紙きれを軍服のポケットにしまいこむ。
大昔にこの世界を救ったのはルナさんって事なのか? いや、断言はできない。
もし、それが聖の精霊――ルナさんだとしたら、俺はとんでもない人の加護を受けているという事になる。
とりあえず、誰かに相談でもしておくか? するのであれば、第五部隊の誰か……いや、全員に相談しよう。もしかしたら良い情報を持っている人がいるかもしれないしな。
そうと決まれば善は急げだ。どうせもう日暮れだし、書庫にもいられない。
俺は机の上に並べていた書物を本棚に戻し、書庫を後にする。
加護については、また後で調べよう。
今日はもう十分な収穫だったし、時間はたっぷりとある。明日でも明後日でも、許可さえ取れば何時でも来れる。
だから今は詰め所に戻って皆に相談しよう。
○
「ただいま戻りました……」
辺りはもう薄暗く、森の方から梟の鳴く声が響いている。
俺が詰め所に着いたのは、書物を出てから小一時間が経った頃だ。
行きはあまり迷わずに行けたのだが、帰りは何回も迷ってしまい、最終的に軍長の秘書さんに送ってもらう羽目になった。
「おかえりなさい。随分と遅かったのね」
俺を出迎えてくれたのは清華だ。
「ちょっと迷っちゃって……」
清華は軍服の上にシンプルなデザインのエプロンを身に着けている。
……ん? エプロン?
「清華、その恰好……どうしたの?」
「これ? 今ミネフェルさんに料理を教わっているの。私、ちょっとした物しか作れないから、色々な料理を作れるようになりたくて」
清華はそう言いながら包丁をくるくると器用に回している。
きっと剣さばきが上手いのって、包丁の扱いが凄かったからじゃないかと俺は思う。
「美原ちゃ~ん。そろそろよ~」
キッチンのほうからミネさんの声が聞こえてくる。現在進行形で何かを作っていたらしい。
「ごめんなさい。スープを作ってる途中だったわ。もうすぐできるから座って待っていてね」
「ああ、わかった。頑張れよ」
パタパタと速足でキッチンへと向かって行く清華を見送ると、俺は言われた通りに居間の椅子に座る。
「新人君。なんか新婚さんみたいだったよ」
「……何言ってるんですか」
先ほどの様子を見ていたザルマスさんが、ニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべて話しかけてくる。
新婚さん……か。まあ、確かに悪い気はしないけど、清華に悪いよな。
俺としては、清華を大事にしてくれる優しい人と一緒になってほしんだが、見つかるかな……。
「新人君ってさ、新人ちゃんの事どう思ってるの?」
「……え?」
「だから、好きか愛してるかどっちって聞いたんだよ」
「いや、選択肢の意味なくないですかそれ」
清華の事をどう思ってるか? 考えた事もなかったな。
どうなんだろう。ただ単純に仲間として思ってる? それとも別の感情?
「それは私も興味があるな」
「た、隊長!?」
いつの間にか隊長が俺の隣に座っていた。全然気配感じなかったところは流石だと思う。
「私としては、お前には清華みたいな陰でサポートしてくれそうな嫁が似合いだと思うんだがな」
「さすが隊長! 見る目ありますねぇ!」
「そうだろう? こいつみたく優しすぎる奴はどこかで騙されないか心配でな……」
俺の未来の嫁論争で勝手に盛り上がる二人。
なんでそこまで盛り上がるんだあんた達は……。
俺の話で盛り上がり始めてしばらくした頃、キッチンから料理が運ばれてきた。
パンにスープ。野菜に肉料理。どれも見ただけで涎が出そうだ。
「スープは美原ちゃんが作ったの~」
「へえ……」
俺はスープが入った器を手に取る。
何とも言えない香りが鼻の中にスゥっと入ってくる。なんでも、魚介系の出汁を使っているらしい。
スープの中には、マデンカ沖で獲れるマデンカフィッシュと、ヒカリ貝が入っていた。
俺はスープを一口啜る。そして気付く。
「う、美味い……。美味いよ! これ!」
「そう……? よかった……」
魚介の味が凝縮されたような濃い味のスープだが、後味はさっぱりとしていて絶妙。さらに、マデンカフィッシュのぷりぷりとした食感に、ヒカリ貝のコリコリとした歯ごたえも抜群……。
料理の事なんて全然わからない俺でもわかる。このスープはお店で出せるレベルだ……!
俺は我慢できずにスープを一気に飲み干す。
「……おかわりお願いします」
「あらあら~。美原ちゃんよかったわね~」
「……ええ。今すぐ持ってくるわ」
清華は俺から器を受け取ると、嬉しそうにキッチンへと駆けていく。
清華の気持ち、俺もわかるなぁ……。何か上手くできた時って嬉しいよな。俺も特訓の成果が出てるって気付いた時は嬉しかったし。
「はい。晴羽君」
「おお! ありがとう!」
器を俺に手渡す時も、清華は嬉しそうだった。
清華の嬉しそうな顔を見てると、なんだか俺まで嬉しくなってくる。
清華と結婚した人は、この嬉しそうな顔を毎日見られるんだよな。……なんか羨ましいな。
……いや、何考えてるんだか。隊長達の会話につられちゃったのかもな。参ったな……。
でも、それを考えた時、なぜか胸の奥が少し痛く感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます