第26話 真実


 午前九時。

 青年は自宅でコーヒー片手に新聞を読んでいた。


 ソファーには、青年が林道で見つけた女性が眠っていた。

 あの後、女性はすぐに意識を失ったように眠ってしまった為、青年が自宅へと運んだのだ。

 

「……う……ぅん……?」


 女性が静かに目を開ける。

 それに気づいた青年は立ち上がり、女性に一声かけた。


「あ、起きたんだね。ちょっと待ってて、今温かい飲み物用意するから」


 青年はそう言うと、台所のほうに向かう。


「はい。紅茶でよかったかな? というか紅茶しか用意できないんだけどね……」


 ソファーに座っている女性にティーカップを手渡す。

 女性はそれを受け取ると、やや警戒しながらゆっくりと口の中に流し込む。

 

「……美味しい」

「そう? 良かった。ところで君はさ、なんであんな場所に倒れてたの?」

「…………」


 青年が聞いても、女性は黙ったままだった。


「う~ん……。あ、まだ名前言ってなかったよね。俺の名前は――」




――――




「う……ん……」


 俺は体を起こして顔をこする。

 もう日は出てるのに、もの凄く眠い。昨日は少しはしゃぎ過ぎたかもしれないな。


 それにしても、さっき見た夢……なぜかはわからないけど、不思議な感じがする。夢の話なのに、一度経験しているように感じてしまう。

 まあ、どうでもいいか。そんなことより、今日は書庫に行かないと。


 書庫。その名の通り、色々なジャンルの書物が置かれている場所。だが、歴史書や伝記がほとんどらしい。

 このマデンカ王国には三つの書庫があり、その内の一つが精鋭兵軍基地にある。書庫に入るためには許可が必要なのだが、ティレンさんが昨日の内に軍長から許可をもらってきてくれていた。

 俺が書庫に向かう理由は、この世界の事を知る為。そしてもう一つが、加護と精霊について調べるためだ。


 俺をこの世界に送り込んだ精霊――ルナリス・ウィルウィスプ。

 昨日の歓迎会中に、第五部隊の皆に聞いてみたが、誰もが「知らない」と口を揃えて言った。

 だから俺は、その正体を確かめる為にも書庫に行かないといけないのだ。


「じゃあ、行ってみるか」


 まだ眠っている皆を起こさないように、慎重に詰め所の外に出る。

 そのまま俺は書庫に向かって走り出す。


 とにかく優先すべきは『加護と精霊について』の本だ。

 手当たり次第に探していけば、そういうジャンルの本ならすぐ見つかるだろう。







 詰め所を出てから数十分。途中迷いそうになりながらも、なんとか書庫の目の前まで辿り着いた。


 書庫の扉を開け、中に入る。

 中には本棚が三つと机が一つ。少しこじんまりとした場所だ。


 本棚の中から数冊、めぼしい物を取り出して机の上に並べる。机の下にしまってあった椅子を取り出し、そこに腰かける。


「じゃあ……読み始めるとしますか」


 これは時間との戦いだ。許可を貰っているのは日暮れまで。その時間までには、なんとしても終わらせなければならない。


 俺が最初に手に取ったのは、『精霊』というタイトルの書物だ。

 あまり厚みがないので、どこまで詳しく書かれているのか心配だが、読むに越したことはない。


「さて……なんだこれ目次ないのか……」


 せめて目次ぐらいは付けてほしい……。


 最初のページを開くと、いきなり火の精霊について記されていた。


【火の精霊イフリート。真名を『イフリート・サラマンドラ』という。

 この精霊は火を司ると言われている。イフリートが叫ぶと火山が噴火すると伝えられている。

 六百年前の“人魔決戦”時には、ソヒトという男に加護を与えて勝利へと導いた。

 現在、イフリートはソヒト大陸のボルガディアに祀られているとされる】


「なるほど……。よくわからないけど、まあいいか」


 もうどんどんいこう。時間もないしな。

 そう言って、俺は次のページをめくる。次のページには水の精霊について記されていた。


【水の精霊ウンディーネ。真名を『ウンディーネ・クラルケルン』という。

 この精霊は水を司ると言われている。大昔、巨大な津波が大陸を襲った時にそれを鎮めたのがウンディーネだと伝えられている。

 六百年前の“人魔決戦”時には、シウレイという女に加護を与えて勝利へと導いた。 現在は、ウォタリアス大陸のシウレイ臨海都市に祀られているとされる】


 水の精霊の次は、風の精霊について。


【風の精霊シルフ。真名を『シルフィード・ジンネスタ』という。

 この精霊は風を司ると言われている。シルフが息を吐くと山一つ消し飛ぶと伝えられている。

 六百年前の“人魔決戦”時には、ブレーゼという女に加護を与えて勝利へと導いた。

 現在は、ブレーゼ大陸のエルフィムに祀られているとされる】


 その次のページでは、地の精霊についてが記されていた。


【地の精霊ノーム。真名を『グノーム・アルベヒモス』という。

 この精霊は大地を司ると言われている。かつて、ノームは枯れた大地に命を吹き込み、豊かな地へと蘇らせたと伝えられている。

 六百年前の“人魔決戦”時には、グロウディという男に加護を与えて勝利へと導いた。

 現在は、グロウ大陸のデオナーテ王国に祀られているとされる】


「……ふう。ここまでが四精霊か。大分時間掛かったな」


 俺は次のページをめくる準備をする。次はきっと光の精霊についてだろう。

 このページをめくれば全てがわかるんだ。


 俺は一度深呼吸し、ゆっくりとページをめくる。


「……闇の精霊……? あ、ああ。そっかこの次か……」


 鼓動が速くなるのを抑えながら、そのページを読む。


【闇の精霊シェード。真名を『シエルード・デスミラス』という。

 この精霊は影や闇を司ると言われている。この精霊は謎が多く、過去に何を行ったかや、言い伝えなどはわかっていない。

 六百年前の“人魔決戦”時には、ハルートという男が闇の加護を与えられていた。しかし、この男に加護を与えたのはシェードではなく、別の精霊だったのではないかと思われる。そもそも、この時代にシェードが存在していたかどうかも不明である。

 現在は、ヤルデミア大陸のシェーラ王国に祀られているとされる】


「……ダメだ。全然頭に入ってこない」


 次のページが気になってしょうがなかった。

 だって、これをめくってしまえば真実がわかってしまうんだ。その真実が良くても悪くても、受け止めなければならない。


 俺は一気にページをめくった。

 そこに記されていたのは、俺が望んでいないほうの真実だった。


【光の精霊ウィル・オー・ウィスプ。真名を『ウィシェル・オー・ウィスプ』という。

 この精霊は光を司ると言われている。ウィル・オー・ウィスプがいることによって、この世に光が存在するとされる。

 六百年前の“人魔決戦”時には、マディアという男に加護を与えて勝利へと導いた。現在は、マデンカ大陸の聖国に祀られているとされる】


「……嘘だろ? ……どうしてなんだ。……どうして……!」


 俺はその書物を手で弾き飛ばし、左手で頭を抑える。


 真実を知った。知ってしまった。知らなければよかった。

 ルナさんは光の精霊じゃなかった。……俺を騙していたのか。でも、どうして……。


 湧き上がってくる怒りと悲しみを何とか抑え、地面に落ちた書物を拾いに行く。


「……今は他の書物を読もう」


 そう言いながら、書物を拾い上げる。


「……ああ、落ちた時に開いちゃったのか」


 開いてしまった本を閉じようとした瞬間、とあるページが俺の目に映る。


「……聖の精霊?」


 俺は急いでそのページを読む。

 そこには、誰も予想できないであろう真実が記されていた。


ひじりの精霊ルナ。真名を『ルナリス・ウィルウィスプ』という。

 この精霊は、殆どが謎に包まれている。何を司るかも不明。実在するかも不明。


 ただ一つ、わかっていることがある。

 それは――




 



 という事だ】



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