第25話 第五部隊の新たな仲間
清華が特訓を始めたのはあの後――ちょうどお昼時頃からだった。隊長に足運びや剣裁き。構え方なんかも教わっていた。
特訓開始から数時間。辺りが暗くなり始めた時、俺はその場から追い出された。なんでも、秘密の特訓をするとかなんとかで、詰め所の裏のほうに行ってしまった。
その後、二人は詰め所に戻って来ず、俺が今朝に目を覚ますと、当然のように居間で朝食をとっていた。
どんな特訓をしたのかも教えてもらえず、現在に至る訳なんだが……。
現在、俺と清華は試験会場のど真ん中でティレンさんと向かい合っている。
「清華、準備は?」
俺がそう問いかけると、清華は小さく頷く。
「ええ。大丈夫よ」
表情はいつも通り凛としているが、もの凄いやる気が感じられる。何て言えばいいのか……。そう、あれだ。獲物を狩る時の猛獣の目。清華は今、そんな感じの目をしている。
「では清華さん、よろしくお願いしますね」
ティレンさんは試験官として、この入軍試験に参加している。
というか、ティレンさん無しでは試験が行えない。そのぐらい重要な人物なのだ。
ティレンさんは目を瞑り、手のひらを合わせて唱え始める。
「ティレン=フィファルドの名において命ず。我、生無き傀儡に生与えし者。命無き物に命吹込みし者――」
俺が参加してた入軍試験でも見せた魔法。
魔法を唱えるには、こういった詠唱が必要らしいのだが、実際には詠唱無しでも可能らしい。しかし、ティレンさん曰く「詠唱したほうが集中できる」という理由で、このように唱えている。
「『
ティレンさんがそれを唱え終えると、隣に置いてあった三体の犬型の人形が、命を宿したかのように動き出す。
流石に清華も驚いたようで、興味深そうに人形を見ている。
「ほら、清華。始まるぞ」
「え、ええ。そうね」
清華は、試験用の剣を胸の前で構える。その姿はまるで中世の騎士のように見える。
「それでは、試験開始!」
審判の男が開始の合図を出すと、清華と人形がほぼ同時に動き出す。
○
試験が始まってからは、ほぼ一瞬だった。
清華の剣さばきは素人の俺から見ても素晴らしいもので、その切っ先が次々と人形達を捉え、一線の筋を描いて斬っていった。
「す、凄い……」
素直に見惚れてしまっていた。なんというか、綺麗だったんだ。戦い方がとても……。
あれは戦っているというよりも、舞っているに近かった。少し『瞬乱』に似ているようにも感じたが気のせいだろう。
「こ、これほどとは……」
ティレンさんも、驚きで空いた口が塞がらないようだ。
「し、試験結果が出ました。記録は――」
審判の男が結果を見て唖然とする。
「に、二十五秒……。歴代四位の記録を塗り替えました……」
歴代四位……。俺が三位だから一つ違いで俺の勝ちか。
いや、でもたった一日特訓しただけでこれって……。
「晴羽君の記録はいくつだったの?」
「俺? 俺は確か……二十二秒だったかな?」
「やっぱり晴羽君は凄いのね。私も頑張らないと」
俺の記録を聞いた清華は俄然やる気になったらしく、やる気で満ち溢れているように見えた。
「まさか清華にこんな才能があったなんて……。凄いよ……」
「そんな事無いわ。ユーフィさんのおかげよ。あの人に教えてもらえたからだと思うわ」
確かに隊長は強いし、教えるのも上手だ。でも、きっとそれだけじゃない。清華の才能があったからこそ今日の結果に繋がったんだと俺は思う。
そんな話をしていると、どこからともなく軍長が俺達の目の前に現れた。
「おめでとう清華君」
「なんでここに軍長が……?」
「軍長が試験を見てはいけないのかい?」
なんだ。試験見てたのか。でも、当然と言えば当然か。今回の試験は特別なもの。たった一人の為に行われた入軍試験なんだから。
「さて、素晴らしい結果を出した君には、配属先を自由に決められる権利が与えられる訳なんだけど――どうする?」
そうだ。軍長が居る居ないなんてそんな事はどうでもいい。今は、清華がどこを希望するかだ。
「私は精鋭兵軍第五部隊の配属を希望します」
「えっ……?」
即答だった。何の躊躇いも感じられないくらいスパッと言い切った。
「即答だね。うん、わかった。美原清華君、今日から君は精鋭兵軍第五部隊の一員として、しっかり働くように」
清華は一言「はい」と小さく頷く。凛とした顔で、声で。表情一つ変えずに。
そんな清華が、今何を思ってるのか、俺にはわからなかった。
本当に第五部隊でいいのかとか、なぜそこなのかとか、聞きたい事が沢山浮かんでくる。
そんな時、俺はなぜか口走ってしまった。
「なんで第五部隊なんだ……?」
別に何も疚しい事じゃないのに、なぜか言ったことを後悔してしまう自分がいる。
でも、そんな後悔は次の瞬間に消え失せた。
「……私を一人にさせないって言ってくれたでしょう? 忘れたの?」
清華は少し不機嫌そうな顔で俺を見つめてくる。
そんな清華が可愛くて、俺は思わず笑ってしまう。
「……どうして笑うの?」
「いや、ごめん。清華の不機嫌そうな顔があまりにも可愛かったから」
俺がそう言うと、清華は恥ずかしげに俯いてそっぽを向いた。
「……か、からかわないで……」
「ああ、ごめん。でもからかったわけじゃなくて本心……というか」
そうだ。俺は約束したんだ。
清華を一人にさせないって。
だから俺は約束を守る。まだ何の覚悟もできてない弱くて中途半端な異世界人だけど、清華との約束は絶対に守る。
俺の命が尽きるまで、絶対に。
なんて、ちょっとカッコつけすぎたな。
○
「――というわけで、清華。改めて挨拶を」
隊長が清華を前に立たせる。
清華は一呼吸すると、俺達に向かって自己紹介を始める。
「本日より、この第五部隊に配属された美原清華です。よろしくお願いします」
深く一礼し、自分の席――俺の隣の席に座る。
「清華、改めてよろしく」
「ええ。こちらこそよろしく」
二度目の挨拶を終え、俺は目の前に用意されたご馳走に手を伸ばす。
今日の歓迎会は、俺と清華――二人の新兵に向けて行ってくれたのだ。このようなイベントでは当然、ミネさんが腕によりをかけて作らないはずがない。つまり、全てがご馳走である。
「ミネさん! もの凄く美味しいです! ありがとうございます!」
「あらあら~。晴羽ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいわ~! みんな、たくさん食べて~!」
俺はご馳走をどんどん口に詰め込んでいく。
そんな俺の隣にも、静かにご馳走を頬張る人がいる。
「……本当に美味しい。どうやって作ってるのかしら?」
「清華って結構食べるんだな……」
「美味しい物は沢山食べないと勿体ないもの」
大食い……って訳でもなさそうだな。まあ、うん。たくさん食べるのは良い事だ。
「ミネフェルさん。おかわりお願いします」
そうこうしてる間にまたおかわりだ。というかパンを片手に言うセリフじゃないだろ……。
「おお? 新人ちゃんやるねぇ。じゃあ俺と勝負しよう。どっちが多く食べられるか……」
「……望むところです」
ザルマスさんはなぜか清華に勝負を挑む。清華もパンを頬張りながらそれに応える。
なんで張り合う必要があるのか……。
「これ勝負する必要あるんですか?」
「では僕も参加させてもらいましょう」
「ティレンさんまで!?」
清華とザルマスさんに続き、ティレンさんまでもが居間に運ばれてくる料理を口に放り込んでいく。
ミネさんもたくさん食べる三人を見てやる気を出したみたいで、どんどん料理を作っては運んでくる。
「……じゃあ俺も参戦します!」
運ばれてくる料理を、俺も負けじと口一杯に頬張る。
隊長はというと、そんな俺達を微笑ましそうに見つめていた。テーブルに肘をつき、優しげな表情で。
こっちの世界に来てから、こんなに楽しく感じたのは初めてだ。
ザルマスさんやミネさん、ティレンさんに隊長が居て、清華が居る。こんな時間がいつまでも続けばいいのに、と俺は思う。
でも、この時の俺はまだ知らなかった。
人生は非情で、残酷。
人の命ってものは簡単に失われるものだと。
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