第24話 生きる意味


「美原清華よ。これからよろしく、晴羽君」


 俺は現在の状況について行けず、ややパニックである。

 朝早くに軍長に呼ばれ、来てみたらある人物を任せたいと言われた。ここまでは良いとしよう。


 問題はその後。なぜ清華なのか。


「ど、どうして清華が……?」

「彼女自ら志願したんだ。この精鋭兵軍で戦いたいって」


 志願? 清華が? 何かの間違いだと俺は思う。清華は戦いなんてしたくないと思っていた。

 そもそも戦う動機はなんだ? ますますパニックになる。


「晴羽君。私、考えたの」

「考えた……?」

「……あの時、貴方に言ってもらえた言葉が嬉しかったの。あの言葉に私は救われた……。貴方みたく人に優しくしたいって思ったわ。だから考えた。私にもできる事を」


 清華は真剣な眼差しで俺を見つめる。

 

「これ以上、哀しい思いをする人がいなくなるように戦う。それが私の考え。そして、生きる意味……」


 そう言葉にする清華の瞳には、決意のようなものが感じられた。

 覚悟……とも言えるのだろう。

 既に清華は持っていたんだ。俺には無い、覚悟を……。


「……そうか。見つかったんだな。生きる意味が」

「ええ。貴方のおかげよ。ありがとう……」

「というわけだ、晴羽拓斗君。彼女の事は君に任せるよ」


 軍長は笑顔で俺を見る。

 いや、任せるって言われても何もできないんですが……。


「早速だけど、明日に特別入軍試験をやるからね」

「……そのために戦い方を教えろって事ですか?」

「差しがいいね。その通りだよ。だからよろしくね」


 俺は横目でチラッと清華を見る。清華は微笑みながら、期待の眼差しをこちらに向けていた。

 流石に無理だ……。清華の期待には応えられそうにない。だってそうだろう? 俺は戦い方すらろくに理解してない新人中の新人なのだから。

 入軍してまだ一週間程度。その内、訓練に費やした時間は約二日。こんな奴が何を教えられると言うのか……。


「入軍して間もない奴が何を教えろって言うんですか……」

「教えるのは君じゃなくても構わないよ。君はただ付き添っていてくれるだけでいい」


 それはもう俺に任せる必要ないんじゃないのか、と思ったが敢えて口には出さなかった。

 まあ、付き添っているだけなら簡単だし、俺にもできる。問題は誰に任せるかだけど……。


「わかりました……。それでは失礼します」

「うん。よろしく頼むね」


 俺は軍長に軽く頭を下げ、軍長室からゆっくりと出る。清華も俺に着いてくるように部屋から出てくる。


「まさか清華が入軍希望とは……。驚いたよ」


 俺はそう言いながら歩き出す。清華も、俺の歩幅に合わせるよう横に着いて歩く。

 

「そうでしょうね。私だって驚いてるもの」


 どこか呆れているように話す清華は、凛とした表情で前を向き歩いている。

 

 清華はとても行動力がある。哀しい思いをする人を減らしたいって考えてすぐに入軍希望をしてしまうほどにだ。誰にだってできる事じゃない。


「思い立ってすぐ行動できる程の行動力があって羨ましいよ。俺も清華みたいに行動力があればいいんだけど……」

「そう? 思い立って、考えて、もう一度考えた。ただそれだけのことよ。誇れることじゃないと思うけれど……」

「それでも実際に行動を起こして実現させてる。それだけでも充分誇れると思うけど?」

「そう……かしら?」


 思い立っても行動しない。行動しても、実現させるのは難しいって人は大勢いる。でも、清華はそれが出来ているんだ。

 そんな清華が、ほんの少し羨ましいと感じる。俺にも清華みたいな行動力があれば、と思う。


「でも……」


 そう考えていると、清華が突然俺の目の前で立ち止まる。


「貴方にも行動力はあると思うわ」

「いやいや、俺にはないよ」


 俺は笑って受け流す。

 俺に行動力? そんなものあるはずがない。思い立って行動しても、実現できない事がほとんどだった。そんな俺に行動力なんて……。


「……実現できないんだ」

「晴羽君。行動力って様々なの。思い立ってから実現させるまでが全てじゃない。思い立った事を行動に移す勇気や度胸。そういった事も行動力には含まれるわ」


 清華は俺の手をそっと握りしめ、凛とした表情は変えずに距離を縮める。


「ほら。貴方にもあるでしょう?」

「ある……のか?」


 正直わからない。そんな度胸が、勇気が俺にあるのか。でも……よく考えてみたら、実現できないにしても、行動に移すって事は多々あったかもしれない。


「あるわ。だって、オモシナ山で私を助けてくれた時も咄嗟の行動だった。そうでしょう?」


 ……そうだ。あの時も、思い立って行動に移したんだ。もしかしたら失敗するかもしれないのに……。ああ、そうだ。俺はいつも後先考えずに突っ走ってた。無鉄砲っていうのかもしれない。でも、行動に移せる勇気はあるって事なのか?


 清華は握りしめていた俺の手を離し、再び俺の横に立つ。


「さあ、そろそろ行きましょう?」

「……ああ。そうだな。ありがとう」

「……どういたしまして」


 俺達は並んで歩き出す。

 また少し、清華との絆が深まったように感じた。ほんの少しだけど……。







 帰り道でまたしばらく迷ったりしたものの、無事に第五部隊の詰め所まで辿り着いた。

 本当にこの基地どうにかしたほうが良いと思う。


 俺は詰め所の前に立ち、ゆっくりと中に入る。


「ただいま戻りました!」

「お帰り新人君。随分と遅かっ……え」


 椅子に座って寛いでいたザルマスさんが、こちらを見て一瞬動きを止めた。

 

「初めまして。美は――」


 清華の自己紹介も聞かずに、ザルマスさんは慌てた様子で執務室へと入っていった。

 なぜ慌てるのだろうか? 何もそんなに慌てなくてもいいと思うんだけど。


 そんな時、執務室から大きな声が聞こえてくる。

 

「ユ、ユーフィ隊長! 新人君が彼女連れてきた!」

「なんだとっ!」


 その言葉を聞いた俺は一瞬固まる。

 彼女はないだろう。どう考えたって。とにかく誤解を解かないと……。いや、俺は別に嫌じゃないんだけど清華が可哀想だし。というか隊長は清華の事見た事あるから誤解されないか。なら問題なしだ。

 

「せ、清華ごめん。変な誤解されちゃって」

「……いえ。気にしてないわ」


 清華は俯いてそっぽを向いている。

 やっぱり嫌だよな……。こんな奴と誤解されるなんて。

 でも、心なしか清華の耳が赤いような……。いや、気のせいだ。


 俺が執務室に向かおうとすると、ザルマスさんが勢いよく扉を開ける。


「ほら! あの子です!」

「どれ……うん? おお、清華じゃないか」

「あの時はお世話になりました、ユーフィさん」


 執務室から出てきた隊長は、清華の顔を見るなり微笑みを浮かべ、近づいた。清華もゆっくりと隊長に向かって歩み寄っていく。

 やっぱりだ。これで誤解が解ける。少し寂しい気もするけど、まあいいか。


 一方、ザルマスさんは理解できていないのか、視線が隊長と清華を行ったり来たりしている。


「それにしても、なぜ清華がここにいる? 城下町のほうで暮らすのではなかったのか?」

「いえ、実は私も入軍試験を受けることになりまして」


 清華が試験を受ける、という事を聞いた隊長は、驚いた様子で清華を見つめる。しかし、真剣さを感じ取ったのか、すぐさま表情を緩ませて清華の肩に手を置く。


「……そうか。頑張るといい。それで? 試験はいつだ?」

「ここからは俺が説明します。試験は明日……でも、清華は戦い方を知りません。そこで――」


 俺は隊長のほうへと一歩、前に進む。

 そしてできる限りの真剣な表情を浮かべ、隊長に頼んだ。


「清華に戦い方、教えてあげてくれませんか?」

 

 とりあえず戦いの事は隊長に丸投げした。

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