第22話 隊長の想い
「……誰ですか? その、ルナリス? という者は……」
俺は言葉を失う。
知らないのか? いや、そんなはずがない。ルナさんは自分を光の精霊だと話していた。
「ルナリス・ウィルウィスプ……って名前ですよ?」
「……? 知らないですね……」
俺は驚きのあまり、手に持っていた荷物を地面に落とした。
知らない? なぜ? 考えられるのは三つ。
単にティレンさんが知らないだけなのか、ルナさんが俺を騙したのか。それとも、『ルナリス・ウィルウィスプ』という精霊は存在しないか、だ。
しかし、ティレンさんの次の言葉で、三つ目の考えは間違いである事を知る。
「……いや、待ってください。ルナリス・ウィルウィスプ……。どこかで聞いた事があるような――」
「では、マデンカ王国に向けて出発するぞ!」
隊長の声がティレンさんの声をかき消す。
どうやら出発準備が整ったらしい。
「すみません晴羽さん。聞いた事がある気はするのですが……」
「いえ、気にしないでください。俺が間違えてるだけかもしれないので……」
「王国に戻ったら書庫に行ってみてはどうですか? きっと何かわかるかもしれませんよ?」
そう言うと、ティレンさんはグリフォンの手綱を握り、何かを念じる。
グリフォンはそれを読み取って、走り出す。
帰路の中、ティレンさんに話しかけられたりしたのだが、俺はルナさんの事が気になって、頭に入ってこなかった。
ルナさんは俺に何を隠しているんだろうか。俺を騙しているとして、何をさせたいのだろうか。
その帰路は、とても長く感じられた。
○
気付けば辺りは暗闇に支配されていた。
遠くに見える火の明かり。もうじきマデンカ王国に到着する。
「晴羽さん、着きましたよ」
「もう着いたんですね……」
俺はあくびをしながら前方を見る。目の前には頑丈そうな外壁が見えた。
その壁を見た俺は、安心感が沸き上がってくるのを感じる。
初めての戦いが終わったのだ。この世界での第一歩であった戦いが。
だが、何やら様子がおかしい。第五部隊は、王国入口にある門の前で急に止まらされた。
グリフォンから降りた俺は、前のほうに歩いて行く。どうやら、門の前に騎士団が並んでいるようだ。
近くまで行ってみると、騎士団の一人と目が合う。
その男は、走ってこちらに向かってくる。
「おお! 晴羽君! 無事だったみたいだな!」
「オ、オルトさん? これはどういう事なんです?」
「我々は『トビネ』という人物を引き取りに来ているのだ。受け渡しが完了するまでは、ここを通すわけにはいかないのでな」
その言葉で、俺は思い出す。清華が『トビネ』として手配中だという事を。
いや、待てよ? 確か顔は割れていないはずだ。ならなんで『トビネ』がここに居るのを知ってるんだ? 誰かが情報を流したって事か?
しかし、清華が『トビネ』だと知っているのは第五部隊の正規兵だけなはずだ。
「だから少しの間待っ――」
「無実です……!」
俺の声が辺りに響く。
その声に反応し、皆がこちらを見つめる。
「は、晴羽君? ち、ちょっと待ってくれ。私の話を――」
「『トビネ』は無実です! 確かに、賊として盗み等もやったと思います! でも……それは――」
「落ち着け拓斗」
その言葉と共に、頭に強烈な痛みが走る。痛みに耐え切れずに、そのままうずくまった。
チラッと後ろに目をやると、隊長が腕を組んで堂々と立っていた。
「た……隊長、痛いです……」
「お前が人の話を聞かないからだ。騎士団は『トビネ』を捕まえに来たわけではない」
「えっ……? そ、そうなんですか?」
「あ、ああ。実は陛下が『トビネ』という人物に礼が言いたいと仰られていてな。だから城に連れて行かねばならないのだ」
話を聞かずに口走った自分が恥ずかしく思えた。
俺は安心して肩の力を抜く。
「でも、なんで『トビネ』がここに居るって知ってたんですか?」
「ザルマスだ。あいつが国王に全て話したらしい」
「あれは私も驚いたよ。陛下に頭を下げて『トビネ』が善人であると証言し続けていたからな」
どうしてそこまでしてくれるのだろうか。清華と接点がないザルマスさんがどうして……。いや、俺と同じなのか。ザルマスさんは、接点が無くたって誰かを助けたいと思ってるんだ。誰かの為に何かをしようって思っている人なんだ。
やっぱり、第五部隊の皆はかっこいいな。
そうして、清華は騎士団と共に城に向かって行った。
これからは会う機会も減るだろうが、たまには会いに行こう。一人にしないって言ったしな。
……まあ、下心がないと言えば嘘になる。あんなに美人な人と仲良くなれるチャンスだし……。
そんな事を考えながら、俺は第五の皆と共に精鋭兵軍基地に戻って行った。
○
その日は皆疲れていたようで、帰ってすぐベッドに入った。
男部屋では、既にザルマスさんが眠っていた。俺は感謝の言葉を口に出し、自分のベッドに横になる。
こっちの世界に来てから約一週間。本当に驚く事ばかりだ。
空想の存在だと思っていた精霊に異世界に飛ばされ、加護の力まで貰った。こんな俺に仲間だと言ってくれる人達に出会えた。生まれて初めて殺し合う戦いに参加したり、もう一度、人の為に何かをしようって気持ちになれた。本当に人生っていうものは何が起こるかわからないな。
今までの事を思い出し、感傷に浸っていたその時、男部屋の扉がキイと音を立てて開いた。
そこに立っていたのは隊長で、俺はなぜか慌てて寝たふりをする。
足音がゆっくりとこちらに近づいてくる。俺は扉とは反対方向に寝返りを打つ。足音は俺のすぐ近くで止まる。
なんで寝たふりなんてしたんだ俺は。普通に起きていればよかったじゃないか。……今すぐに起きるか? いや、でも何て言って起きる? 例えば……「隊長……? どうしたんですか?」はベタすぎるか。「イエイ! 実は起きてました!」は……問答無用で殴られそうだ。やっぱりこのままやり過ごすのが一番か……?
そう考えていると、小さな囁き声が耳に聞こえてきた。
「……拓斗。すまなかったな、あんな態度をとってしまって……。私は……少し怯えているのかもしれない。お前はどこか弟に似ている。雰囲気、言動、『加護者』。そして、他人を大切に思う優しい心……。そんなお前達を重ね合わせてしまう私がいる」
隊長は、音を立てずゆっくりと俺のベッドに座る。
俺は狸寝入りのまま、その話を黙って聞く。
「だから、私は怯えているんだろうな……。また私を庇って死んでしまうのではないか、他の『加護者』と同じようになってしまうのではないか、と。……このような考えが杞憂である事は承知している。お前に庇ってもらうほど私は弱くないし、お前は心優しい人間だからな。ただ――」
俺の頭に優しく手が置かれる。
その手で頭を撫でながら、隊長は話を続けた。
「どうしても考えてしまう。どうしても思い出してしまうんだ。……だが、明日からは普段通りでいられるように努力する。『加護者』という奴等は好きではないが、お前の事は好きだからな」
俺は自分でもわかるほど顔が熱くなっていた。
隊長はそんな事を思っていたのか……。
「……話はそれだけだ。邪魔をしたな」
スッと立ち上がった隊長は、扉のほうに歩いて行く。
俺は今聞いた事を深く記憶し、寝ようとする。しかし、隊長は扉の前で立ち止まり、言葉を発した。
「狸寝入りはもっと上手くやるようにな」
そう言うと、隊長は部屋から出て行った。
再びこの部屋が静寂に包まれた中、俺はベッドから起き上がる。
「……バレてた」
しかし、俺が起きている事を知りながらも、胸の内を明かしてくれた隊長に感謝だな。
隊長に関しての悩みが消えて、きっと俺の顔は随分綻んでいる事だろう。
魔王を倒して世界を救うなんて使命を二つ返事で了承してしまった。だが、だからこそ俺を信じ、大事に思ってくれる人に出会えた。今はそれに感謝し、眠りにつくとしよう。
そうして俺は眼を瞑り、今度こそ眠りについた。
第二章 『オモシナの戦い編』 終
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