第21話 悩み
作戦終了から丸一日が過ぎ、第五部隊はマデンカ王国への帰還を始めた。
賊のリーダーであるガレグラムは、俺が気絶した後に無事確保され、一足先にマデンカ王国に移送されているとの事だ。
賊の残党に狙われるのではないかと不安に思ったが、護衛が十人付くらしく、その中にザルマスさんとミネさんがいると聞いて安心した。あの二人がいれば何とかなると思う。
第五部隊で亡くなった人の数は、七十六人。こんなにも大勢の人達が命を落とした。
亡くなった人達の死体は持ち帰らず、遺骨を親族に届けるらしい。隊長曰く、原型を留めていなかったり、四肢がなく酷い状態の死体を見せたら精神への負担が余計大きくなるため、遺骨にして渡すのだそうだ。
亡くなった人達の分も生きなければならない。思いや覚悟、希望を背負って。
今の俺は、まだその覚悟ができていない。全てを背負って生きていくなんて、少し前まで普通の高校生だった俺には難しい話だ。
でも、早くその覚悟を持たないといけないのかもしれない。そんな気がする。
「晴羽さん。悩み事ですか?」
そんな時、ティレンさんが声を掛けてきた。
ティレンさんとは、今朝にちゃんと話をした。感動の再開と言わんばかりに力強く握手をし合った。
あの日、俺と別れた後はしばらく逃げ回っていたらしく、怪我も大した事はないと話してくれた。
別れてしばらくした後、追い詰められていたところで隊長と合流し、助けてもらったそうだ。
「ティレンさん……」
「隊長の事なら心配いりませんよ。きっと戸惑っているだけです」
そう言いながら、ティレンさんは笑顔を見せる。
隊長があんな風に俺を怒鳴った理由。それは、弟さんが関係しているそうなのだ。
あの時の様子を見ていたティレンさんが教えてくれたのだが、隊長の弟さんも『加護者』だったらしい。
その『加護者』というのは、精霊に加護を貰った人物の事を言うらしく、俺も一応は『加護者』という事になる。
そんな俺と弟さんの事を、隊長は重ね合わせてしまっているらしいのだ。
生きていれば俺と同じぐらいの歳で、同じ『加護者』でもある。
その事で、弟さんと同様に俺もすぐ死んでしまう、と不安に思っているのではないかとティレンさんは言っていた。
さらに、隊長は『加護者』という存在があまり好きではないらしいのだ。
弟さんの場合は、『加護者』になるまでの沢山の努力を見てきたし、誰よりも人々を護ろうと戦っていたから良く捉えていたらしいのだが、その他の『加護者』は、自らの地位安寧の為にしか戦わないので、悪く思っているらしい。
しかし、そんな『加護者』である俺は、少しではあるが努力もしているし、人の為に戦っていた。だからこそ、どう接すればいいのかわからないのではないかとティレンさんが教えてくれる。
「きっとわかってくれますよ」
「……そうですね。ありがとうございます」
その後も、しばらく黙ったまま帰路を進んでいった。
どうしたら隊長の戸惑い、不安を取り除けるのだろうか。考えれば考えるほどわからなくなっていた。
○
オモシナ山とマデンカ王国の中継地点。それがマデンカ南平原だ。
マデンカ西平原同様、辺り一面の緑で、体に当たる風が心地良い。
第五部隊は、ここでしばらくの休息をとる事になった。
現在、俺は休息地から少し離れた場所に寝転がっている。
草花の匂いに心地良い風。温かな日差しを体全身で感じながら、思い耽っていた。
俺が『加護者』である事を話していれば、こんな状況にはなっていなかったかもしれない。なんでこんな事になってしまったのか。
先程、隊長が休憩しているテントに行ってみたが、「具合が悪いから、後にしてくれ」と言われ追い返された。
一体どうしたらいいのか……。
そう思っていた時、近くから声を掛けられる。
「……あの」
声が聞こえたほうを振り向くと、そこには清華さんが静かに立っていた。
清華さんはなぜか、ばつの悪そうな顔をしてこちらを見ている。
俺が起き上がろうとすると、清華さんが「そのままでいい」と言ってくれた。しかし、流石にそれは人としてどうなんだと思った俺は、体を起こして話を聞く。
「どうしたんですか?」
「昨日は助けていただきありがとうございました。それと、あの時は本当にごめんなさい……。恥ずかしい姿を見せてしまったし、途中から素で話してしまって……」
清華さんは恥ずかしそうに下を向く。
素……。敬語じゃなかった時の事か? あんなの気にしなくてもいいのに……。
清華さんはわざわざ謝りに来てくれたらしい。
「いやいや! 気にしてませんよ。逆に、素で話してくれてたって事を知れて嬉しいです」
「でも……」
納得してないような顔だ。どうしたものか……。
素で話してくれたってのは嬉しい。ならいっそこのまま素で話してもらうか? よし、そうしよう。そっちのほうが気楽だしな。
「なら、これからも素で話してくれませんか?」
「えっ……?」
予想外の言葉だったのか、清華さんは開いた口が塞がらないような状態になっている。
「俺としては、そっちの方が親しみ持てますし。それに、清華さんとは仲良くなりたいので」
その言葉を聞いた清華さんは、一瞬目を見開いた後、ニコッと微笑んで俺の隣に座る。
「……ええ。そういう事なら喜んで。でも、それなら貴方も素で話して? 私もその方が話しやすいから」
「わかった。俺も素で話すよ。それじゃあ、ちゃんとした自己紹介もしてなかったし、改めて……」
俺は右手を清華さんの方に伸ばし、言葉を発する。
「俺は晴羽拓斗。これからよろしく、清華さん」
「さん、はいらないわ。清華って呼んで?」
い、いきなり名前呼び捨てってのは結構ハードル高いんですが……。いや、でも仲良くなるチャンスだ。思い切りいけ俺。
少し恥ずかしがりながら、言葉を改める。
「よ、よろしく。せ、清華」
清華は右手を伸ばし、俺の右手を握って微笑んだ。
「美原清華よ。こちらこそよろしく、晴羽君……」
握り合った手は、何があっても離れないかのようにしっかりと結ばれていた。
この人を信頼し、困った時は助けよう。そんな風に互いが考えていたように感じられた。
その後、しばらくは他愛もない会話を楽しんだ。
好きなものや嫌いなもの、本当に他愛もないごく普通の会話だったが、とても幸せな気分になった。
こっちの世界に来て、そんな会話してなかったから余計に楽しかった。気づけば、気持ちも大分楽になっていた。
ちなみに、清華の好きな食べ物は『オモシナ焼き』という料理だそうだ。きっと豪快に何かを焼く料理に違いない。
食べてみたいが、もの凄く恐怖を感じるな……。
○
俺達が休息地に戻ると、皆出発の準備を急いでいた。
ここからマデンカ王国まではそう遠くない。急がずとも半日は掛からないだろう。
俺も自分のテントに急ぎ、荷物をまとめる。
荷物をまとめ終わった俺はテントをたたみ、隊長の元へ急ぐ。
「隊長。準備終わりました」
「……ん。そうか。では他の者達の準備が終わるまで待っていろ」
隊長はチラッと俺のほうを見るが、すぐさま視線を外す。
やっぱり駄目か……。でもいつかは……。
そう思いながら、俺はティレンさんのグリフォンに跨る。ここからは二人乗りさせてくれるらしいのだ。
余談ではあるが、結局俺のグリフォンは帰って来なかった……。
この世界には二種類の人間がいるらしい。それは、『加護者』を認める人間か、『加護者』を認めない人間かだ。
今現在では、圧倒的に『加護者』を認める人間のほうが多いらしいが、認めない側の人間も日に日に増えていっているらしい。
さらに、この『加護者』を認めない人間には、大きく分けて二つのタイプが存在する。
一つは、『加護者』という地位を使って、好き放題するのが許せないという者。
もう一つが、『加護者』のせいで大切な人達を失ったという者。
このように、『加護者』という存在は、この世界において微妙な立場にある。
こればかりは俺一人の力ではどうする事もできないだろう。『加護者』のイメージを少しばかり改善する事もできるかどうかわからない。
もともと、『加護者』というのは希望の象徴であったとされているらしく、現在のように悪いイメージは持たれていなかったそうだ。
それが、今では「人殺し」や、「クソ人間」等と呼ばれる始末。
俺はこの悪いイメージを少しでも取り除きたいと思う。
その第一歩として、まずは隊長に認めてもらう。
何日掛かったっていい。いつか、必ず……。
「と、ここまでが僕の知る『加護者』に関する事ですが、大丈夫でしたか?」
「ティレンさん、説明ありがとうございます!」
と、今のは全てティレンさんに教えてもらった事だ。
結構いい情報もらったかもな。でも、『加護者』って一体何人いるんだ? てっきり俺は自分だけの特別能力みたいな感じに思ってたんだけど……。いや、でも精霊って結構いるから、『加護者』も結構いるのかもしれないな……。
「あの、『加護者』って何人いるんですか?」
「確か……聞いた話では、各加護ごとに三人はいるとか……」
各加護。つまり、火、水、風、地、光、闇の属性ごとに三人ずつか。となると『加護者』の数は……十八人、か。
結構多いぞ……。というか、そんなにいるなら戦争終わらせられそうだけどな。
「晴羽さんは光の加護、でしたよね?」
「はい。そうですよ」
「では、光の精霊ウィル・オー・ウィスプに加護を受けたのですね」
ウィル・オー・ウィスプ? いや、たしかルナリスだった気が……。
俺の記憶が正しければ、加護を与えてくれたのはルナリス・ウィルウィスプだ。ウィル・オー・ウィスプではないはず……。
もしかして、『ルナリス』じゃなく『ウィル・オー・ウィスプ』として伝えられてるのか?
「まあ、はい。ルナリス・ウィルウィスプに加護を貰いました」
ティレンさんは目を丸くし、きょとんとしている。何を言っているんだ、と言わんばかりに首を傾げている。
「……誰ですか? その、ルナリス? という者は……」
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