第20話 清らかな花


「私は山賊の仲間よ! 盗みを数え切れないほどしたわ! マデンカ国王暗殺未遂の件も私! あのローブも貴方を心配してあげたわけじゃなくて、ただ押し付けただけ!」


 トビネさんは涙を溜めながら、声を荒げる。


「なのに、どうして……どうして貴方は……」


 消え入るような声を出し、俯く。

 彼女は嘘を吐いている。俺にも、自分自身にも。


 俺だって、そこまで鈍感じゃない。トビネさんは今も苦しんでる。

 本当の事が言えなくて。罪の償い方がわからなくて。


 だから、俺から真実を告げる。トビネさんの嘘も全て。


「……盗まれた物は、後日無事に返却。国王暗殺を阻止。村人を護るために山賊の一員に」

「…………!」

「ほら、やっぱり優しいじゃないですか」


 トビネさんの目から、一滴の雫が零れ落ちる。それをきっかけに、トビネさんは大粒の涙を流し始め、膝から崩れ落ちた。

 俺はトビネさんに歩み寄り、戸惑いながら背中をさする。


 その真実は、先程隊長に教えてもらったものだ。

 トビネさんは確かに山賊だった。盗みもしたし、国王暗殺作戦に参加していた。 

 でも、盗まれた物は後日帰ってきた。暗殺は未遂に終わった。

 それは全てトビネさんがした事なのだ。


 山賊として働かなければ村の皆を殺す、と脅迫されていたトビネさんは、仕方なく山賊として盗みを働いた。でも盗んだ物は、ガレグラムに見せた後持ち主の元へ返しに行っていたのだ。

 きっと辛かっただろう。こんなに優しい人が、盗みを働かなくてはならない。山賊として悪行を行わなければならない。

 そんな心境を考えると、辛く苦しいという事は俺でもわかる。


 自分の感情を押し殺してまで悪行を行い、村の人達の為に頑張っていたのだ。


「トビネさん……。もう自分に嘘を吐くのはやめにしましょう? もう、楽になっていいんです……」


 その言葉を聞いたトビネさんは、声を上げながら泣いた。まるで今まで溜めてきた全ての負の感情を流しだすかのように、大粒の涙を流し続ける。その涙はしばらく止まる事無く、地面へと落ち続けた。







「落ち着きましたか?」

「……ええ。ごめんなさい、見苦しい所を見せてしまって……」


 あれからしばらくの間、トビネさんは泣き続けた。

 泣いていたトビネさんは途中、俺の体に抱き着く形で泣いていたんだが、その時は本当に何も考えられなかった。体に感じる二つの柔らかな弾力ある感触。あれが当たっていたためだ。

 あんな風に、同年代の女の人に抱き着かれた事なんて経験した事ないし、あの柔らかさも……。


「……私、貴方に隠している事がもう一つあるの」

「えっ? あ、ああ、はい。何ですか?」


 そんな事は考えちゃ駄目だ。今は会話に集中しないと――いや、でもこんな時、なんて話せばいいのかわからないぞ……。


「私の本当の名前」

「……え?」


 本当の名前……? トビネが本名じゃないのか?


「トビネは山賊としての仮の名。本当の名前は“清華せいか”。“美原清華みはらせいか”よ」

「美原、清華……」


 その名前には心当たりがある。写真に彫られていたセイカという文字。

 そうか、あれに映っていた女の子は小さい頃のトビ――美原さんだったのか。確かに面影があったような……。もしかして、俺が文字を読んだ時に険しい表情を浮かべていたのはそのためだったのか。


「あの、トビ――美原さん。……すみません、まだ慣れなくて」

「ふふっ。ごめんなさい、やっぱり戸惑ってしまうわよね。私の事は“清華”でいいわ」

「わかりました。それでトビ――清華、さん。渡したい物があるんですけど……」

「渡したい物?」


 俺は小さく頷くと、清華さんにある物を差し出す。

 差し出したのは、折り畳まれた紙。そこには小さな文字で『清華へ』と書かれている。

 この紙は、一人の老人が握っていた物らしく、隊長がそれを見つけたらしい。


「この字……。お父さんの……」


 清華という人物が誰なのかわかっていなかった為、放置する事も考えたらしい。 だが、隊長がもしかしたら、と俺にそれを渡してきた。


 中に何が書かれているかはわからない。ただ、清華さんにとって何か大事な事が書かれているのは間違いないはず。

 ここは邪魔せずに、静かに読ませてあげるべきだ。


「俺は湖でも眺めてるので、気にせずに読んでください」


 俺はそのまま湖を見つめ始める。

 湖の水面には、月が映っている。

 今までは、深く考えてる余裕なんかなくてわからなかったけど、この世界には太陽も月も存在している。時間の流れも、俺が居た世界とほぼ同じだ。

 馬も、牛も、鳥も、虫だって同じように存在する。

 基本的な事は同じなのだ。違うのは、地名や地形。妖精族に魔族や魔物が存在する事ぐらい。それ以外は元いた世界と同じような感じなのだ。

 異世界って大体はそんな感じなのかもしれないな。


 ……というよりも、だ。よく考えてみたら、真夜中に女の人と二人きりなんて、母さん除いたら初めてだな……。

 それに気づいた俺は、変に意識してしまった。考えまいとすればするほど、変に意識してしまう。


 どうしても気になって、清華さんの方をチラッと覗く。次の瞬間、そんな俺の考えは消え失せた。

 

 清華さんが声を詰まらせて涙を流していたのだ。


「お、とう……さん……」


 俺は清華さんの近くに寄り、紙に書かれている文字を読む。

 それには、こう書かれていた。


『清華。お前には迷惑をかけた。わしらのせいで山賊なんぞに……。だから、わしらは山賊共に立ち向かう事にした。

 以前の平和な日常、そしてお前を取り戻すために。

 もし、このままわしらが死んだとしても自分を責める事だけはしないでくれ。それは全て無力であったわしらの責任じゃ。

 それとな、ずっと黙っていたが、お前はわしの本当の娘ではない。ちょうど十二年前、山で食料を調達していたわしは、記憶を失くしたお前を見つけ、育てる事にしたんじゃ。自分の事を何にも覚えてなくてな。それでも日に日に元気になっていく姿は、わしらにも元気をくれた。

 お前はいい子だから、山賊の仕事も誤魔化してやってるんじゃろう。物を盗んでも、翌日には返したり……なんかしとるんじゃろう? もし何か罪を感じているのなら、生きる事でそれを償え。それで充分。わしらの願いもそうじゃ。

 お前には、生きて幸せになってほしい。いついかなる時もけがれる事なく、“クレールフルール”のように澄んだ心をもってほしい。そう願って“清華”と名付けたんじゃからの。どうかこんな無能なわしを許しておくれ。また会える日を楽しみにしておるよ』


 俺はその手紙を読んで、言葉を詰まらせる。

 清華さんのために命を懸けた。親の鏡じゃないか……。


 この人は……清華さんをよく知っているんだな。本当の父でも無いのに、ここまで思ってくれるなんて……。確かにこんな人達に囲まれて生活していれば、清華さんも優しい人になる。

 

 清華さんは、紙を握りしめ、涙を流し続けている。

 声は出さずに押し殺して、ただひたすらに涙を流した。

 

 その時、一陣の風が吹いた。

 その風はなんだか優しくて、清華さんを送り出しているように感じた。





 オモシナ山の“頂点山”。その麓には大きな湖があり、その湖のほとりには、ある花が咲いている。

 それは、オモシナ山にしか咲かないとされる希少な白い花。

 いついかなる時でも、けっしてけがれる事無く澄んだ白さを持つ清らかな花。


 その事から、付けられた名は“清花クレールフルール”。

 その花は、けがれなく白く澄みきって、とても美しく咲き誇っている。







 あの後、清華さんは泣き疲れて眠ってしまった。その為、俺は清華さんを背に背負って休息地に戻った。

 休息地に着く頃には、夜明けを迎えていた。皆寝静まっていて、辺りは静寂に包まれていた。


 俺は清華さんを自分が寝ていた場所に降ろし、テントの外に座る。

 ふと、視線を左に向けると、そこには布で覆われた人たちが何人も転がっていた。


 とても居た堪れない気持ちになった。この作戦でどれだけ人が亡くなったんだろうか。俺がもっと早く清華さんを見つけていれば、こんな事にはならなかったんじゃないだろうか。

 そんな気持ちで頭がいっぱいになる。

 正直、まだ震えが収まっていない。今でも、戦闘の事を思い出す度に恐怖心が俺を襲う。

 これに慣れる事ができるのか不安で仕方ない。元の世界に帰りたいって思う感情も芽生えてきている。


「死んだ者の分も精一杯生きろ」


 そんな事を考えていた俺に、近くから声が聞こえてきた。


「……隊長」


 声の主は隊長だった。隊長は亡くなった人達のほうを向き、思い詰めたような表情を浮かべている。


「死んだ者達の思いや覚悟、希望を背負って生きていかねばならない。それが生き残った者達の定め――為すべき事だ」

「為すべき事……」

「ああ、そうだ。これからはお前もそれを背負って生きろ」


 隊長の声は悲しげだった。

 亡くなった人達の分まで頑張る、全てを背負って生きる……。俺にそんな事が出来るのだろうか?

 

「……ところで拓斗。一つ聞きたい事がある」


 隊長が、いつになく真剣な表情で俺を見てくる。

 でも、なぜか怯えのようなものも感じられるのは気のせいだろうか。


「あの時、光る壁を出現させていたのはお前か?」


 光る壁……。もしかしてアレの事だろうか? 使ったら何かマズい事でもあるのか?


「はい。確かに俺ですけど……」

「……なぜ隠していた!」

「えっ?」


 なぜか隊長は俺に向かって怒鳴る。

 隠す? 何を? 技の事か?


「別に隠していたわけじゃ――」

「なぜ『』である事を黙っていた!」


 隊長の表情はよくわからないものになっていた。

 怒っているのか、怯えているのか。

 隊長はハっと我に返ったのか「すまない」と俺に言って、そのままテントの中に戻って行ってしまった。


 俺は訳がわからずに、しばらくの間その場に固まっていた。

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