第19話 こんな俺でも言える言葉


 目が覚めると、俺はテントの中に居た。近くにあるかがり火が、パチパチと音を立てて燃えている。

 体を起こして周りを見ると、俺のすぐ左端で隊長が座りながら眠っている。どうやらここは、精鋭兵の休息地みたいだ。

 ずっと看病してくれたのだろうか。隊長の手には、調理刀と切りかけの果物があった。なんだか申し訳ないな、と思いつつも少しばかり嬉しかった。


 誰かに看病されるなんて久しぶりで、何だか母を思い出す。

 俺が風邪とかで寝込んだりした時は、こんな風に看病してくれたな。

 そんな風に懐かしんでいると、隊長の目がゆっくりと開いた。


「……ん? おお、拓斗……起きたのか。具合のほうはどうだ?」

「はい。おかげさまで楽になりました。迷惑かけてすみません」


 楽になったといった途端、隊長が眠そうな眼をトロンとさせながら微笑んで、そうかそうかと言わんばかりに頷く。

 か、可愛い……。その姿に一瞬見惚れてしまった。こんな美人な人に看病してもらえるなんて、少し得した気ぶ――いや、死ね俺。

 看病してくれた人に対してそれはないだろう。まず感謝するのが当たり前だ。


「隊長。看病してくれてありがとうございました」

「いいや、礼を言う相手が違うぞ。私は、ほとんど何もしていない。お前を看病していたのはトビネだ」

「トビネさんが……?」

「ああ。自分がやる、と聞かなくてな。熱心に看病していたぞ?」


 トビネさんがずっと看病してくれたのか……。そういえば、初めて会ったあの時も治療してくれたんだっけ。やっぱり優しいんだな、トビネさんって……。後でお礼言いに行かないと。

 今はどこに居るんだろうか。近くに居るならお礼を言いに行きたい。


「あの、トビネさんは?」

「……今は、村人達の前だ」

「村人達……? それってまさか……」

「あの村はトビネの故郷だったらしい」


 俺は驚きのあまり、飛び起きた。

 村の人達は皆亡くなっていた。あの場にトビネさんが居たという事は、その光景を見たという事になる。そう考えた途端、何とも言えない感情が込み上げて来る。

 親しい人達、お世話になった人達、家族、そして居場所を、トビネさんは一気に失ったのだ。悲しいなんてレベルじゃない。生きている心地さえしないはずだ。それなのに、トビネさんは俺を看病してくれていたんだ。

 居ても立っても居られなくなった俺は、テントから出ようと歩き出す。


「どこに行く? 今会っても――」

「トビネさんはどこに居ますか?」


 隊長の言葉を遮って、俺の声がテント内に響く。

 隊長はしばらくの間、俺の目を見て何かを考えていたが、俺が諦めないと悟ったのか、観念して口を開く。


「……テントを出て東に歩いて行くと、大きな湖がある。きっとそこにいるはずだ」

「……ありがとうございます」

「拓斗」


 テントを出ようとした所で、隊長に呼び止められる。


「お前に話しておく事がある」

「……話しておく事、ですか?」

「ああ。実はだな――」







 精鋭兵の休息地から東に進むと大きな湖があり、その湖のほとりには、ある花が咲いている。

 それは、オモシナ山にしか咲かないとされる希少な白い花。“クレールフルール”。

 いついかなる時でも、けっしてけがれる事無く澄んだ白さを持つ。この事から、その名前が付けられたそうだ。


 その花が咲いている場所に村人達を埋葬したと聞いた俺は、湖の周りを走り探していた。

 ちょうど半分回った辺りで、花が密集している場所を見つけ、すぐにそこへと向かう。


 そこには数え切れないほどの白い花と、いくつもの墓標が並んでいた。

 墓標には、一つ一つ丁寧に文字が彫られている。その墓標を見ながら、俺は奥へと歩いて行く。

 少し進んだ所で、視界に一つの人影が映る。俺は、その人影に向かってゆっくりと近づいて行く。


「……トビネさん」


 トビネさんの後ろに立った俺は、少し離れた場所から声を掛けた。

 

「……よかった、目が覚めたんですね」


 トビネさんは一つの墓標を見つめ、こちらには振り返らない。

 ここに来たはいいものの、何から話せばいいのかわからず、俺は黙り込む。


 しばしの沈黙が続いた後、トビネさんが口を開く。


「……何もかも失ってしまった。大切な人達も、私の居場所も、生きる意味も……。ねえ、晴羽さん。私はこれからどうしたらいいの……? どう生きていけばいいの……?」


 俺は何も言えなかった。いや、何て言ったらいいのかわからなかった。


 ゲームやアニメの主人公なら、俺がどうにかしてやるとか、俺が居場所を作ってやるとか、そういうかっこいいセリフを言うのだろう。

 でも、俺はゲームやアニメの主人公じゃない。だから、そういう大層な事は言えない。

 でも、一つだけなら……。一つだけなら言うことができる。こんな俺でも言える言葉が。


「……ごめんなさい。こんな事を貴方に言っても仕方な――」

「トビネさん」


 俺が言葉を遮った事に驚いたのか、トビネさんはこちらに振り返る。


「俺には、居場所を作ってやるとか、生きる意味を与えてやるなんて大層な事は言えないし、できません。でも、こんな俺でもトビネさんを一人にさせないって事ならできます」

「……それはどういう――」

「一緒に行きましょう。マデンカ王国に」


 俺の言葉を聞いたトビネさんは、戸惑うような表情を見せながら下を向き、俯いてしまった。

 やっぱり俺なんかにそういう事言われても嫌か……。でも、ここでトビネさんを一人にしちゃいけないだろ。


「マデンカ王国に行けば、生きていく意味も見つかるかもしれませんし、罪を償――」


 俺の言葉を掻き消して、トビネさんが言葉を発する。


「どうして? ……どうして貴方は、そんなに優しくするの?」


 俯いたまま発せられた声は震えていた。

 どうして、か。そんなの決まってる。


「……トビネさん。俺達が初めて出会った日の事、覚えてますか?」

「……え?」

「あの日、色々な事がありましたよね」


 俺は、トビネさんと初めて出会ったあの日の事を思い出しながら、言葉を紡いでいく。


「記憶喪失の俺に、この世界の事を沢山教えてくれましたよね」


 思い出せば出すほど罪悪感を感じる。

 記憶喪失だと嘘ついちゃったんだもんな……。


「明らかに俺の自業自得で付けた傷なのに、怪我の治療もしてくれましたね。は、裸を見ちゃった事も許してくれましたよね。も、もちろん、あの、は、裸を見た事は反省してます」


 今でもあの時の光景が目に浮かんで――それは思い出さなくていい。沈め。


「殴られても文句言えなかったあの状況で、トビネさんはそんな事せずに許してくれた。そんな俺に優しくしてくれた」


 これは俺が――いや、トビネさんの優しさを知ってる俺だからこそ言えることなんだ。

 ほんの僅かな時間の事だったけど、それでもトビネさんが優しい人なんだって事はわかった。


 トビネさんは、黙って俺の言葉を聞いている。顔は俯いたままで表情はわからないが、なぜか肩が震えている。


「理由はそれだけで十分じゃないですか? それに、困ってる人を放っておけるわけ――」

「私は!」


 突然に、トビネさんが声を荒げて俺の言葉を遮る。


「私は……貴方に隠していた事があるの! 嘘だって吐いた!」


 驚きで一瞬固まったが、口を挟まずにそのまま話を聞いた。


「私は山賊の仲間よ! 盗みを数え切れないほどしたわ! マデンカ国王暗殺未遂の件も私! あのローブも貴方を心配してあげたわけじゃなくて、ただ押し付けただけ!」


 その言葉と共に、トビネさんが顔を上げる。その顔を見た俺は、思わず声を上げそうになる。

 トビネさんは、今にも泣いてしまいそうな顔をしていた。目尻に浮かぶ涙が、月明かりに照らされ輝く。


「なのに、どうして……? どうして貴方は……」


 泣きそうになるのをぐっと堪えているトビネさん。

 少し前の俺なら、今話してくれた事が真実だと思っただろう。でも、俺は既に知ってしまっている。

 彼女がした事を、してくれた事を。

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