第18話 光の壁


 俺は村の中を見て絶句した。

 村に漂っていた異臭――それは村人達の死体が腐った臭いだった。吐きそうになるのを堪えながら、村の中を歩き続ける。


 すると、近くから話し声が聞こえてきた。俺はその声のするほうに向かって行く。

 近づいていくに連れて、はっきりと内容が聞こえてくる。


「俺に逆らわないよう調教しないとなあ!」

「――――」


 一人の男の声は聞こえるが、もう一人のほうが何を言っているのか聞き取れない。

 民家の影に隠れて声がするほうを覗いた俺は、なんともいえない怒りがこみ上げて来て絶句した。


 トビネさんが、男に首を絞められ、腹に思い切り拳を当てられていた。

 男のほうは気持ちの悪い笑みを浮かべている。


「よし二発目ぇ!」


 その言葉と共に、男は拳を振り上げる。

 それを見た俺は、考えるよりも先に勢いよく飛び出す。

 一瞬で男の横に着き、トビネさんを掴んでいる左腕の手首を力強く捻る。男は反射的にトビネさんを離し、こちらに振り返ろうとする。


「ああ? なん――」

「トビネさんに何したんだ……!」


 振り返られる前に、思い切り拳を当て、男を殴り飛ばす。男は、近くの民家を突き破って地面に転げ落ちる。


 俺はすぐさまトビネさんの元に向かう。

 トビネさんの目は虚ろで、絶望しきった顔をしている。服は破かれ、首には絞められた跡が残っていた。それを見て、俺の怒りはさらに激しくなる。


「すみません。遅くなっちゃて」


 俺が着ていた軍服をトビネさんにかける。その後、すぐに立ち上がり、男のほうに歩いて行く。


「……痛えな。どこの誰だ。おい。」


 男の怒りがこもった言葉を聞き流し、俺は歩き続ける。

 久しぶりだ。こんなに相手を殴りたくなるのは。何か叫ばないと気が収まりそうにないな。


 俺は、隊長が言っていたある事を思い出す。特訓の時に教わった自分の名乗り方について。

 流石に普段は恥ずかしくて言えそうにないけど、今なら何でも言える気がする。

 

「俺は……精鋭兵軍第五部隊所属――」


 拳を力いっぱい握りしめ、立ち止まる。


「――晴羽拓斗だ!」


 いざ言ってみると意外に清々しいな。今度からこうやって名乗ってみようか。


「ああ? 晴羽拓斗? 知らねえな。つーかよ、精鋭の兵士さんが一人でどうしたんだ? まさかとは思うけどよお、一人で俺と戦うつもりじゃねえだろうなあ?」

「一人で……充分だ……!」

「……調子に乗るなよガキが。俺は賊の頭領ガレグラムだ。今までに何人もの凄腕兵士を葬ってきた。テメエ一人じゃ敵わねえ相手なんだよぉ!」


 そうか、こいつがガレグラムか。なら容赦なく攻撃しても問題ないだろう。元々容赦する気はないし。


 ガレグラムは、刀身が短い湾曲した剣を懐から取り出すと、それを振り回しながら俺に近づいてくる。

 それに対抗するように、ベルトにぶら下げていた支給用の剣を取り出した俺は、ガレグラムに向かって行く。


 一定の距離まで近づくと、互いに静止して隙を伺う。

 睨み合いが続く。

 あそこまで啖呵を切ったのは良いものの、正直恐ろしい。トビネさんを傷つけたこの男への怒りはあるし、負けられないという気持ちもある。だが、恐いものは恐い。

 

 賊達に追われていた時も、少し前に戦ったサイマンの時だって恐かった。それなのに、死ぬかもしれない今の状況が恐くない訳がない。

 悟られないように平静を装ってはいるが、いつ足が竦んでもおかしくない。


 俺は竦みそうになる足を抑え、いつもの構えをとる。


「どうした? かかってこいよ、精鋭の兵士さんよぉ!」

「……本当にいいのか? 後悔するぞ……」

「おう、いつでもいいぜ。ほら、かかってこいよ!」


 明らかな挑発行為をしてくるガレグラム。

 油断しているのか、それとも策があるのか。どちらにせよ、こういうのは先制攻撃でどれだけ相手を劣勢に持っていけるかだ。

 乗ってやろうじゃないか、あんたの挑発に。


 俺が足を一歩前に出そうとした瞬間、背後から小さく消えそうな声が聞こえて来た。


「駄目よ……。貴方では、きっと、勝てな、い……」


 トビネさんが、心配そうにこちらを見つめる。その眼には、僅かに光が戻っていた。

 俺に対して、少しだけでも希望を抱いてくれているという事なのだろうか。なら、より一層負けられないな。

 俺は、トビネさんにニッコリと笑って見せ、覚悟を決める。


「……大丈夫。きっと勝ちます。だから、そこでゆっくりしていてください」


 トビネさんに背を見せる形で、再びガレグラムと向かい合う。


「さっさとしろよ。遅えんだよ!」


 俺とガレグラムの距離はそう遠くない。この距離なら、きっと最初の一歩ですぐ傍まで近づける。そうなれば相手を劣勢に持っていけるはずだ。

 逆に言えば、最初の一歩が上手くいかなかった場合、相手に対応されてしまい、優勢にもっていけない可能性が高くなるのだ。

 だから、最初は思いっきり。地面をえぐるぐらい強く蹴りだすんだ。


 俺は、左足を出すと同時に前傾姿勢をとり、地面に足が着いた瞬間に力強く蹴りだす。


「え……?」


 

 信じられないスピードが出た。気付いた時には、ガレグラムを通り越した場所にいた。


「あ、あれ……?」


 ……おかしいな。ルナさんはチーターぐらいの速さって言ってたのに……。チーターって、一瞬かつ一歩でここまで来れるものなのか?

 驚いたのは俺だけでは無いようで、トビネさんにガレグラムも驚きを隠せずにいた。


「お……おい。なんだよ、今の……」


 ガレグラムは驚きのあまり、口を金魚のようにパクパクさせている。まるでいつかの俺みたいだ。

 でも、今がチャンス。怯んでる隙に一撃ぐらい当ててやる。


 俺は先程と同じように蹴りだす。先ほどよりも弱めに、速さはあまり変えず、距離だけを短くする感じで。


「は……?」

「ぎりぎり……セーフ……!」


 ぴったりとはいかなかったものの、ガレグラムのすぐ傍に来る事に成功する。

 そのまま、剣でガレグラムに斬りかかる。完璧なタイミングだった。

 しかし、俺は腕を止めてしまった。斬る事を一瞬戸惑ってしまったからだ。

 その隙にガレグラムは距離をとり、俺が振った剣は相手の左腕をかすめた程度だった。


「は、ははは……! 戸惑ったな! 殺す事を! そういう一瞬の隙が戦場でどういった結果を生むか教えてやる!」


 その直後、ガレグラムは後ろを向き、手に持っている剣を投げようとする。その方向にいるのは――


「――トビネさんっ!?」

「もう遅ぇぇ!!」


 今から走れば間に合うかもしれない。でも、間に合わなかったらどうするのか。それ以前に、トビネさんを庇える位置にいけるのか。さっきみたいに行き過ぎてしまうのではないか……。そんな考えが浮かぶ。

 こうしている間にも、剣がトビネさん目がけて投げられようとしている。


 多分――いや、きっと今助けられる可能性が一番高いのはしかない。

 俺がずっと一人で特訓してきた。特訓中、成功した確率よりも失敗した確率のほうが高かった。効果範囲もそれほど広くない……。それでも、走るよりはマシなはずだ。

 どのみち、を使わなければ助けられないんだ。幸い、

 成功させてみせる。いや、絶対に成功させるんだ。


 俺はトビネさんの周りに意識を集中させ、左腕をその方向に伸ばし、手のひらを広げる。

 光を一点に集め、圧縮させて硬度をあげるイメージで……。

 俺は光を掴むように握る。


「テメエのせいでコイツは死ぬ!!」


 ガレグラムの手から剣が放たれ、真っ直ぐトビネさんに向かって飛んでいく。


 あと数秒で、あの剣はトビネさんに突き刺さる。

 そんな事はさせない。させてたまるか。絶対に……。今度こそ――


「――守ってみせる!」


 俺の叫びと共に、握っていた手のひらを一気に広げる。

 その瞬間、トビネさんの周りを囲むように、大きな光の壁が現れる。

 その壁は眩しく輝き、トビネさん目がけて投げられた剣を跳ね返す。


 そこにいた誰もが言葉を失っている。

 ガレグラムにトビネさん。そして俺もだ。

 光の壁は周りの木々よりも高く、そして広い。こんな大きさの物は、特訓中に一度も作れなかった。それほど、ルナさんに増強された力が大きかったのだろう。


 ガレグラムは光の壁を見て立ち竦んでいる。チャンスだ、チャンスなのに上手く力が入らない。

 足にも力が入らなくなってきて、立っているのもやっとだ。

 しかし、すぐに膝をついて倒れこんでしまった。それに気づいたガレグラムは、こちらに走り寄ってくる。


 もうダメだ。立つ気力も残ってない。結局救えずに終わるのか。自分を変える事もできずに。

 だが、次の瞬間、ガレグラムの左腕が飛んだ。


 直後、見覚えある女性が目の前に現れる。


「だ、誰だよ! テメエ!」


 腕を抑えながら、ガレグラムが女性に対して声を上げる。

 女性は、ゆっくりとガレグラムに向かって行く。


「私の名は……ユーフィ・エルナンデ。マデンカ王国精鋭兵軍第五部隊の隊長だ」


 その女性は隊長であった。

 止まる事のない圧倒的な速さでガレグラムを斬りつける隊長。やっぱり隊長はかっこいいな……。タイミングばっちりだ。


 意識が朦朧としている中、こちらに向かってくる男の姿を目にする。


「無事ですか?」


 俺のすぐ傍までやってきたのは、ティレンさんだった。

 生きていてくれたのか……。よかった……。


 ティレンさんが生きていてくれた事、隊長が来てくれた事に安心し、俺は眼を閉じて意識を手放した。

 

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