第17話 見守っていた精霊


 トビネさんを探し始めて半日程が経過した。

 作戦が始まった時は、まだ出始めていたばかりだった太陽も、今はもう沈み始めている。


 先程見たトビネさんの表情が、いまだに頭から離れずにいた。

 二度目だ。彼女のあんな顔を見たのは。


 思えば、誰かの悲しそうな表情を見たのは久しぶりだ。

 二年――いや、三年程前だったか。あれは、確か駅前で――いや、今はそんな事はいい。


 誰かの為に何かをするなんて考えは、あの日に捨てたはずだった。誰かの為に何かをしたって――誰かを助けたって、結局傷つくのは自分だけ。力がなくちゃ誰も救えない。そう学んできたはずだった。

 俺がこの世界に来たのも、世界を救うなんて事の為じゃなく、楽しそうだからという理由で来たんだ。自分を変えたいだとかは口実だった――いや、そう思い込みたかったんだろう。

 でも、第五部隊の皆が変えてくれた。こんな俺を少しでも変えてくれたんだ。

 あの日以来、誰かを信じるとか、誰かの為に何かをするとか、誰かを助けたいだとか、そういうのが出来なかった。しようと思えなかった。

 それでも、第五部隊の皆のおかげで、少しづつ思えるようになってきた。


「お人好しって言うんだろうな……」


 こんな性格であった為に失ったもの、傷ついた事は多かった。そんな自分を変えたいって心の中では思ってたんだ。

 俺は思わず笑みがこぼれる。

 

「いや、お節介か……」


 トビネさんを追う足が速くなる。

 お節介だろうと何でもいい。今はトビネさんの為に何かをしよう。それだけで充分だ。

 それでまた傷つく事になっても、後悔はしない。自分が決めた事だ。それに、どうせ懲りずに、また誰かの為に何かをするんだろうしな。

 だから、今回は――救ってみせる。……絶対に。

 そんな事を考えながら、奥へ奥へと進んでいった。







 だいぶ日が落ちてきた。あれから探し続けているものの、一向に見つかる気配がない。完全に見失った。

 これでまた振り出しだ。せっかくここまで来たのに……。あの時、すぐにでも追っていればこんな事にはならなかったかもしれない。

 次々と、そんな後悔の念が頭をよぎる。それでも、俺は足を止めずに辺りを捜索する。

 

「急がないと……!」


 しかし、どこをどう探しても見つからない。それどころか、同じ道を延々とループしている気がする。

 先程も見たような地形に木々。迷うようにトラップでも仕掛けられてるんじゃないかと疑うほど、同じような場所を回っている。


 そんな時、頭に誰かの声が響いた。


――た……さん。た……斗……さん。拓斗さん――


 聞き覚えのある声が頭に響く。その声の主は、俺の名前を呼び続けている。

 もしかしたら幽霊なんじゃないだろうか、などと怯えながら、俺はその声に応じる。


「ど、どちら様ですか……?」

『ああ! 拓斗さん……! やっと気づいてくれたのですね!』

「……どちら様ですか?」


 確かに聞き覚えのある声なのだが、どうも思い出せない。

 何しろ、最近は驚きの連続で記憶が曖昧だから、この声の主を思い出せないのかもしれない。


『冗談はやめてください。消しますよ』

「もしかして……ルナさん、ですか!?」

『その驚き様……本当に忘れてしまっていたのですね……』


 やっと思い出した。あの笑っていながら殺意に満ち溢れたような事を言う人物。

 俺を異世界に飛ばして放置してたルナさんだ。すっかり忘れていた。


「だって、ルナさん俺の事放置してたし……」

『それに関しては本当に申し訳ないと思ってます……』


 ルナさんの申し訳なさそうな顔が目に浮かぶ。

 というか、こんな事してる場合じゃない。早くトビネさんを追わないと……

 急がないといけないという事を、ルナさんに話そうとするが、それよりも先に言葉を発せられる。


『……さて、拓斗さん。本題に入りましょうか』

「本題……?」

『トビネについてです』


 なんでルナさんがトビネさんの事を知っているんだろう、と疑問を感じる。

 しかし、ルナさんは精霊だ。そういうのを知っていてもおかしくはない。


『トビネという人物を探しているのですよね?』

「なぜそれを……?」

『精気化して拓斗さんを、そのぐらいは知っていますよ。』


 普段は精気化しているから各地を見て回れるのか。

 いや、ちょっと待とう。今、ルナさん俺の事見守ってたって……という事はつまり……。


「ルナさん。それってつまり、ずっと俺の近くに居たって事ですか?」

『はい。ずっと監視してましたよ?』

「……なんで助けてくれなかったんですか?」

『ちょっとした試練ですよ。大丈夫です。トビネの裸体を見た時も、しっかりと監視してましたから』


 何が大丈夫なのか俺には理解できない。

 ルナさんって、本当は悪い精霊なんじゃないかと思った。結構タチが悪い。


「というかルナさん。俺こんな事してる場合じゃないんですが……」


 俺は、早くトビネさんを探しに行かないといけない。今は時間を無駄にできない状況なのだ。

 

『この先に生えている大木の先です』

「え?」


 いきなり何を言うかと思えば大木なんて。一体何を言っているのだろうか。

 混乱している俺の耳に、思いもよらない情報が入ってきた。



 その言葉を聞き終えると同時に、俺は走り出す。

 ルナさんは断言した。そこにいると。彼女――トビネさんがいると。

 俺は無我夢中でその場所を目指す。倒木を飛び越え、空を切りながら走る。


 そんな時、ルナさんが放った言葉に驚愕する。

 

『……拓斗さん。トビネが殺されかけています』

「な……! なんで早くそれを言ってくれなかったんですか! 一体誰がそんな事……!」


 トビネさんが殺される。その言葉に俺は焦ってしまう。

 まだ話したい事がある。トビネさんの口から聞いてない事もある。それなのに話せないなんて事あっていいはずない。

 

『貴方は確かに強くなりました。しかし、今のままではガレグラムには敵わないでしょう』


 ガレグラム――確か、賊達のリーダーだったはずだ。なんでそんな奴がトビネさんを……。

 時間が経つと共に、不安が大きくなっていく。

 例え、ガレグラムに敵わなくてもトビネさんを逃がす時間ぐらいは稼げるはずだ。それに……。


「……敵う敵わないじゃないんです。ここで諦めたら、もう二度と変われない気がするんです。それに、話したい事も色々ありますしね」

『……そうですか。では、今回だけです』


 頭の中で何かを呟き始めるルナさん。一度聞いた事があるような言葉を次々に繋げていく。確か……加護を与えたくれた時の呪文みたいなやつだ。

 ルナさんが呟くのをやめると同時に、体の底から力が沸き上がってくるような感覚がした。


『加護の力を一時的に増強させました。少し増強させすぎた気もしますが……』

「……なんか、今なら何でもできる気がする……」


 こんな感覚は初めてだ。自分の体じゃないような、不思議な感覚だ。


『足の速さも変わりましたね。今の拓斗さんは、貴方の世界でいうチーターよりも速いはずですよ』

「そんなに……。ルナさん。ありがとうございます」

『はい。あっ、その大木です』


 大木の先へと突き進む。

 すると、すぐに視界が開け、変な臭いと共に、村のようなものが目に映った。


『では、私はここで失礼します。ずっと拓斗さんに着いている訳にも行かないので』

「ルナさん。何から何までありがとうございます……」


 どこに居るのかもわからないルナさんに対して、深々と頭を下げる。


『いいのですよ。人間を助けるのが私達の役目……。さあ、救ってきなさい。拓斗さん――いえ、よ』

「……はい!」


 それっきりルナさんの声は聞こえなくなった。俺は、ルナさんに感謝しながら村の中を捜索し始める。

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