第14話 見覚えある地
「……晴羽さん。ここからは君一人で行ってください」
その言葉に思わず後ろを振り返る。そこには、立ち止まって賊のほうを向いているティレンさんの姿があった。
「なっ!? 何してるんですか! 逃げましょう! 速く!」
俺の声が届いてないのか、ティレンさんは一切反応しない。グリフォンに引き返すよう念じるが、まったく引き返す素振りを見せない。
俺はグリフォンの手綱を後ろに引き、無理やりにでも引き返そうとさせる。しかし、グリフォンは止まらなかった。その時、グリフォンと目が合う。その目を通して何かが伝わってきたように思えた。
『覚悟を無駄にするな』と、俺に語りかけているようだった。
ティレンさんのほうを向くと、ティレンさんは笑顔で親指を立てて俺のほうに向けていた。
「ティレンさん……」
なんでそこまでしてくれるのか。俺の為に、なぜ……
そうして俺は、あの時の言葉を思い出す。
―私達は必ず君の力になる―
隊長の言葉であり、第五部隊の皆の言葉。
俺はその言葉を胸に、振り返る事なく前に進む。
「……ありがとう。ティレンさん……」
生きて必ず会おうなんて事は言わない。なぜならそれは当たり前だからだ。
こんな所では死なない。ティレンさんは生き残る。
振り返るな。前に進め。自分を信じ、力になると言ってくれた皆の為にも……俺なんかの為に囮になってくれたティレンさんの為にも……絶対に成功させなきゃいけない。
そう自分に言い聞かせ、俺は奥のほうに進んで行く。
○
もう賊達の声も聞こえない。大分遠くまで来たのか、それともティレンさんが引き付けてくれたのか。でも今は考えてる暇なんてない。トビネさんを見つけないと。
木々の間をすり抜けて駆けていると、またあの違和感を感じた。
一度来ている。見覚えがあるのだ。
そんな時、二匹の魔物が現れた。
「子犬……?」
その魔物は子犬のような姿をしていて、とても可愛げがある――いや、そうじゃない。見覚えがある、というよりも見た事がある。
あの日、俺が初めてこの世界に来たあの場所。ここはその場所にそっくりなのだ。ということは……この先にはあれがある……!
俺は、ある場所に向かって駆けた。俺とトビネさんが初めて出会ったあの場所に。
魔物達から逃げ切り、俺は無事にその場所に辿り着いた。
そこには小さな小屋みたいな家が一軒建っていた。あの日と何も変わっていないこの家。これがトビネさんの家だ。もしかしたらここにいるかもしれない。
グリフォンから降りた俺は家の戸の前に立つ。一度深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。そして落ち着くと共に、戸を叩く。返事はない。今度は声を出して呼んでみる。
「誰かいませんかー!?」
やはり返事はない。
俺は戸を引いて中に入ろうとする。
その時、後ろからもの凄い殺気を感じ、咄嗟に左方向へと避ける。顔を上げ、先ほど殺気を感じた場所に目をやるが、誰もいない。
俺は立ち上がって周りを見渡す。すると、家の上に誰かいる事に気付いた。
青いバンダナを頭に巻き、鋭い目つきで俺を睨んでくる。いかにも賊らしい恰好で家の上に立つその男は、懐から短いナイフのような物を取り出す。
「お、お前は誰なんだ……?」
俺は思わず声に出していた。
その男は家の上から飛び降り、綺麗に着地する。男はそのまま口を開く。
「俺はサイマン。幹部の一人だ。テメエこそこんなところでなにしてやがる」
サイマンと名乗る男は、不気味な笑みを浮かべながらゆっくりと近づいてくる。
ここで嘘をついても仕方ない。こいつがトビネさんの情報を持っているって事もある。その場合、真実を言っておいたほうが聞きやすいかもしれない。
「俺は……人を、人を探しに来た」
「人探し……? ははーん? いつもの排除作業か? 毎度ご苦労なこった。まったく変わってねえなあ! あの国も!」
「排除作業……? 俺はただ、探しに来ただけで……!」
「なんだお前知らねえのか? おおひでえひでえ。一般兵は教えてもらえないのね」
「どういうことだ……?」
「なんでもねえよ」
サイマンは不気味に笑いながら腹を抑えている。しかし、足は止めずに俺のほうに向かってくる。
危険に思った俺は、腰にぶら下げている剣を抜き、構える。
「おっ? 殺る気充分っぽいなぁ。それじゃあ始めるか!」
「な、何を……?」
「あぁ? 決まってんだろ。殺し合いだよ!」
サイマンの叫びと共に、ナイフが二本、俺目がけて飛んできた。
一本目のナイフをかわし、二本目のナイフを剣で弾く。しかし、二本目のナイフを弾いた時には、既にサイマンが後ろに回り込んでる後だった。
「ほらほら、がら空きなんだよぉぉぉぉ!」
「くっ……!」
サイマンは、素早く背中を斬りかかりにくる。俺はそれを振り向きざまにかわし、それと共に剣で斬りかかった。
俺の剣は弧を描きながら、サイマンの頬に傷をつけた。
「……っ!!」
驚いた様子で俺の事を見るサイマンだが、すぐに不気味な笑みを浮かべて突撃してきた。
先ほどと同じように構え、相手の攻撃に備える。サイマンは、真っ直ぐ俺に斬りかかってきた。俺はそれを剣で防ぐ。しかし、サイマンのナイフによる連続攻撃が予想以上に速く、防ぐばかりで防戦一方になってしまう。
どうにかして隙を見つけないと負ける。でもこんな速い攻撃のどこに隙が……
「ほら! どうしたよ!? さっきみたく俺に傷付けてみろよっ!」
不気味に笑うサイマンの攻撃は激しさをます一方で、俺には防ぐのがやっとだ。
恐い。これが殺し合うという事。これが死――どうする、どうする……?
そんな時、俺は隊長との特訓の事を思い出す。
あれは確か、隊長と対人戦の特訓をしていた時だ。対人戦で、こういう時の戦い方について教わったはずだ。思い出せ、確か……
――いいか? 相手の攻撃に防戦一方になった時、まず行うのは落ち着いて、相手の動きをきちんと見る事だ。そして冷静に、相手の動きを分析しろ。人間には必ずパターンや癖というものが存在する。それを見極め、予測するんだ――
そうだった。すっかり忘れてた。冷静に、気持ちを落ち着かせるんだ。
俺は乱れていた呼吸を正常に戻し、気持ちを落ち着かせようとする。だが、上手くいかない。どうしても死という恐怖が心を乱すのだ。
でも、恐いのは当たり前なんだ。隊長だって、ザルマスさんだって、ミネさんもティレンさんも恐いんだ。それでも戦ってる。皆を護る為に、大切なものを失わないように戦ってるんだ。だから俺も頑張らなくちゃいけないだろ……!
「どうしたぁ!? 全然攻撃してこねえじゃねえか! もういいや、つまんねえ。さっさと殺すか」
サイマンの攻撃がより一層激しくなる。俺は防ぎながら、サイマンの動きを集中して見る。
冷静に、正確に、奴の隙を探る。そして、俺はとうとうサイマンの隙を見つけた。
サイマンは、左腕で横から斬りつけに来た後は一瞬止まる。その後は必ず、左腕で上から斬りつけに来る。それがサイマンの隙。俺が反撃できる唯一の隙。
俺は冷静にその隙を待つ。止まる事のない攻撃を防ぎながら、落ち着いて動きを見る。
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」
サイマンは左腕をしならせながら、薙ぎ払うように横から攻撃してくる。
俺はその攻撃を剣で受け止める。その直後、サイマンが一瞬止まり、上から斬りつけようと左腕を上げる。俺は、ここだと言わんばかりに、剣で左腕のナイフ目がけて斬り上げる。ナイフは空高く弾き飛ばされ、サイマンは大きく後ろに態勢を崩した。
「なっ!?」
俺は、そのままサイマンとの距離を詰める。そして、剣を持っていない左手に力を込め、腰を落とす。
対人戦の特訓時、隊長はこんなことも言っていた。
己の武器は自分で決めるもの。装備というものに囚われるな。そして――
「――自分自身も……」
「す、素手で――」
「武器になる!!」
サイマンの言葉を遮ると同時に、腹部へと拳をぶつけて振り抜く。
小さな呻き声を上げながら、サイマンは遠く奥にある木まで吹っ飛んでいった。
俺は息を切らしながら、サイマンのほうを見る。どうやら気を失っているようで、動く気配がない。
「な、なんとか勝てたのか……?」
恐怖から解放され、その場に座り込んだ。
俺は、自分の拳とサイマンを見比べ、実感した。あの時よりも確実に強くなっている。これも隊長との特訓の成果だろう。
強くなっているという喜びをかみしめながら、捜索を開始する事にしたが、サイマンに、トビネさんの事について聞くのを忘れていた事に気づき、少し焦った。
「とりあえずこのまま探してみよう……」
そう決めた俺だったが、直後に予想外の事態が起きている事に気づく。
グリフォンがいない。見事に逃げられた。
移動手段を失った俺は落胆する。このままじゃトビネさんを探すのが困難になる。足で歩くには広すぎるし、何しろ時間が足りない。
何とかしてグリフォンを見つけようと立ち上がった瞬間、後ろの茂みが揺れた。グリフォンかと思って後ろを振り向いた俺は、驚きのあまり剣を落とした。
必死で探していた。もう無理かと思っていた。
その茂みの向こうで、目を見開いて立ち竦んでる人物――
「――ト、トビネ……さん?」
「晴羽さん……?」
俺とトビネさんは、その場から一歩も動かず、ただ茫然としている。
せっかく会えたのに、うまく言葉が出てこない。というよりも、何を話せばいいのかわからなかった。
しばらくの沈黙が続いた。その沈黙を破ったのは、トビネさんではなく、俺だった。
「ト、トビネさ――」
「どうして……どうして貴方がここにいるの……? どうして……!」
だが、トビネさんが俺の言葉を遮った。
そんなトビネさんは、悲しんでいるような怒っているような顔をしていた。
「ト、トビネさん! 俺は……!」
トビネさんは、この場から逃げ出すように走り去っていった。
俺は、走り去って行くトビネさんを見ながらしばらく立ち竦んでいた。なぜかはわからないけど恐くなった。真実を聞くのが恐ろしくなった。しかし、俺はそんな思いを胸の奥底に押し込み、トビネさんが去っていったほうに向かって走り出す。余計な事は考えず、ただひたすらにトビネさんを追い続けた。
どうしても、もう一度話さなければならない気がしたんだ。だって、走り去る瞬間のトビネさんはとても哀しげだった。初めて会った日に見せた哀しそうな顔にとてもよく似ていたんだ。
それは、まるで世界に絶望しきったような……でも、その中に少しの希望を持っているような……そんな感じの表情だった。
木々の間を掻い潜り、頬に切り傷を作りながら、俺はトビネさんを追った。もう一度話をする為に。
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