第11話 第五部隊

「――トビネというらしいんだよ」


 俺はその言葉を聞いて、頭の中が真っ白になる。

 あんなに優しくしてくれたのに、あんなにいい人だったのになんで……。俺にはどうしても信じられなかった。今でも信じたくはない。

 俺は騙されたのか……? ああ、そうか。そうだよな。簡単に人を信じた俺が馬鹿だったんだ。

 ……でも、そう思ってしまう自分が嫌で仕方なかった。


「……うん? そういえば拓斗。このような感じの黒いローブを持っていなかったか?」


 隊長の言葉に俺は咄嗟に頭を上げる。


「…………!!」


 よほどひどい顔をしていたのか、俺の顔を見た隊長は驚愕したような表情を見せる。

 少しの間固まって俺を見ていた隊長は、耳元まで顔を近づけてきた。


「……後で話を聞く。今は少し我慢しろ」


 そう囁くと、隊長はすぐに軍長のほうに目をやる。


「それにトビネって賊。なんか不思議なんだよね~」

「どういう事です?」


 その言葉に疑問を感じたようで、一人の青年が軍長に質問する。


「この賊のグループってさ、殺人が主な活動って事は知ってるよね? リーダーのガレグラムなんか隣国でも指名手配される程の凶悪殺人犯だ。それなのに、彼の右腕であるトビネはらしいんだ。出てくる情報は全て盗みの事ばっかり。不思議に思わないかい?」


 その言葉に、俺は少しだけ安堵した。

 そうだ。トビネさんがそんな事する筈がない。きっと何か事情があるんだ。

 自己暗示のように、自身にそう言い聞かせる。軍議の話なんか耳に入ってこなかった。

 気付けば、軍議はもう終わりを迎えていた。


「じゃあ作戦は明日決行するからね。準備はきちんとしておくように」


 この言葉を聞いて、皆軍議室から次々と出ていく。俺もそれに着いて行くように軍議室から出たところで、誰かに腕を引っ張られる。顔を上げると、隊長がいた。


「着いて来い」


 そうして、俺を第五部隊の詰め所に引っ張って行った。

 俺を詰め所の椅子に座らせると、隊長は俺の目の前に座った。そして真剣な表情で俺を見つめる。


「ザルマス。あれをここに」

「了解」


 隊長に何か持ってこいと指示されたザルマスさんは、男部屋のほうに入って行った。

 何を聞かれるかは大体わかってる。


「これですね、隊長」


 ザルマスさんが持って来たのは、やはりあの黒いローブだった。

 隊長はその黒いローブを手に持ち、俺の前へと差し出す。


「これをどこで手に入れた? お前は、あの賊達の仲間なのか?」

「……仲間ではないです。ただ……」

「ただ?」

「俺は……そのローブをトビネさんに貰いました」


 そう言うと、その場に居た隊長以外の三人が驚きの声を上げる。しかし、隊長は表情を一切変えず、既に知っていたような感じだった。


「やはりか……。あの時のお前の顔で、なんとなくそうではないかと思っていた」

「隊長。やっぱり新人君、履歴通りの怪しい奴でしたね」


 ザルマスさんの言葉に続くように、他の二人からも疑いの言葉を掛けられる。


「晴羽ちゃん……。まさか賊と繋がりがあるなんて……」

「晴羽さん。我々を欺こうとしたのですか……?」


 俺はそんな言葉を黙って聞いているしかなかった。

 身元不明の人間が、賊との繋がりを示すような物を持っている。疑いをかけられて当然だろう。俺は身の潔白を証明する証拠すら持っていない。

 何よりも、この空間が俺には耐えられなかった。声が出せない程に震えていた。とても似ているのだ。あの時ととても……

 そんな時、隊長が口を開いた。


「お前達、少し落ち着け。……拓斗、詳しく話してくれないか?」


 隊長に言われた通り、俺は詳細を説明した。

 森を彷徨っていた時に小屋を見つけた事。その中でトビネさんと出会った事。こんな俺に親切にしてくれた事。それらを事細かに話した。


「そんな風に、とても親切にしてくれたんです……」

「……なるほど、そのような事があったのですね……」

「トビネちゃんっていい子なのね……晴羽ちゃん! 疑ってごめんね……!」


 隊長とティレンさんは納得したように相槌を打ち、ミネさんは泣きながら俺に抱き着いてくる。

 しかし、ザルマスさんはまだ納得していないようだった。


「……これが全部作り話って可能性もありますよね? 隊長、信じるんですか?」


 その言葉に、隊長は今日初めてと思われる笑顔を見せる。


「ああ、私は信じる。見てみろザルマス。こんな澄んだ目をした奴が嘘を言うと思うか?」

「しかし――」

「ザルマス。例え昨日からだろうと一昨日からだろうと、拓斗は私達の仲間だ。仲間を信じなくてどうする? 大切なのは信じる事、ただそれだけだ」


 俺は胸が熱くなるのを感じた。俺は肩を震わせながら涙を堪える。

 ザルマスさんは、先程までの険しい表情とは違い、いつもの優しそうな表情に戻っていた。


「……まあ、隊長ならそう言うと思いましたよ。ごめんね、新人君。ちょっと試してみたんだ」


 笑顔でこちらを見るザルマスさん。俺はその笑顔に少しだけ安心した。


「ザルマス。試すような真似はやめなさいといつも言っていたでしょう」

「一応ね、一応。でもこれで俺らの目的は決まった。ですよね? 隊長」


 全員が一斉に隊長のほうを向く。隊長は下を向いて考え事をしているようだった。

 というか目的が決まったって一体どういうことなんだろうか。

 

「あの、目的が決まったって一体どう――」

「私達の目的は二つ」


 俺の言葉は隊長によって遮られた。

 目的が二つ。一つは賊の討伐なのだろうが、もう一つはなんだ? 

 俺がもう一つの目的について考えてようとした時、隊長が声を上げる。


「マデンカ王国精鋭兵軍第五部隊隊長、ユーフィ・エルナンデが告ぐ! 我々の目的は二つ! 一つは王の命を狙った賊共の討伐! そしてもう一つは――」


 その堂々たる姿に目を奪われていた俺は、次に発せられる言葉に驚愕する。

 

「隊員である晴羽拓斗をトビネの元に無事連れていく事!」


 俺はきっと、目を丸くしながら隊長を見ているに違いないだろう。それほど驚いているんだ。


「な、なん、で……」


 俺は驚きで声が上手く出せなかった。伝わっているかも怪しいぐらいか細い声。

 だが、隊長にはちゃんと伝わっていた。


「なんで、か。拓斗、お前は確かめたいんだろう? トビネという者が本心で賊をしているのか、知りたいんだろう?」

「……し、知りたい。俺は、会って確かめたい……!」

「ならば確かめてくるといいさ。私達は全力でお前をサポートする」


 隊長は笑顔で俺の頭を撫でてきた。他の人達も、俺に笑顔で言葉をかけてくる。それと同時に俺の目から涙が零れ落ちた。

 この人達は本気だ。本気で手伝ってくれるんだ。こんな見ず知らずの人間を、素性のわからない俺を……信じてくれているんだ。

 そう思うたびに涙が止まらなくなった。


「晴羽ちゃん、ほら、泣かない泣かない!」

「おお……。新人君って泣き虫だったのかい?」

「晴羽さん、泣きたい時は泣けばいい。楽になりますから」

「拓斗。私達は仲間なんだ。過去に何があったかは知らんが、頼りたい時は頼れ。必ず力になろう」


 その言葉にまた、俺は心を打たれる。

 この人達なら、信じてもいいのかもしれない。頼ってもいいかもしれない。もしかしたら、あの日失ったものをこの人達となら取り戻せるかもしれない。

 俺は涙を拭いて隊長達のほうを向く。


「ありがとう、ございます……!」


 俺の言葉を聞いて、隊長達は微笑みながら頷いた。

 信じることにしよう。この人達を。俺を信じ、仲間と呼んでくれたこの人達を……。この第五部隊を……。

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