第10話 山賊リーダーの右腕


 次の日の朝。俺は詰め所に寝かされていた。どうやら隊長が運んでくれたらしい。昨日の事もあるし、ちゃんと謝っておこうと思った矢先、俺の真横に鋭い何かが突き刺さった。

 剣だ。剣が突き刺さっている。


「うん? 外したか」

「何してるんですか!?」


 隊長は俺を起こしに来たらしいが、起こし方を完全に間違ってる。というか当てに来てるよね、絶対。起こしに来るのに、「外したか」なんて言わないよ普通。ああ、ここ俺の知ってる世界じゃないから常識が違うのか。いや、絶対そんな事はない。そんな常識あってたまるか。


「弟の事はいつもこれで起こしていたぞ? まあ、その時は調理刀だったが」

「いや、然程変わりませんよ!? というか弟さんにまでこんな事してたんですか!?」


 やっぱり弟さん恨んでるかもな……。ああ、毎日こんな事されてたら命いくつあっても足りない気がする……。それとこの世界では包丁を調理刀って呼ぶのか。なるほど。

 俺は一瞬で詰め所から外に飛び出す。今日からいよいよ特訓が始まる。先ほどの事を思うと先が思いやられるが、まあ大丈夫だろう。


「よし。それじゃあ特訓を開始するぞ。覚悟はいいな?」

「……はい。お願いします」

「おっと、その前にだ。拓斗に渡さなければならない物がある」


 そう言うと、タンスのような衣装箱から、深緑色のロングコートにズボン。新品の剣を取り出す。


「これは……?」

「第五部隊への入隊おめでとう。剣は私からのサービスだ」


 軍服って事か。なんか実感ないけど感動する。それに剣まで……。


「さあ、早く着替えてこい」

「……ありがとうございます」


 それを受け取った俺は、男部屋に入って大急ぎで着替える。

 ロングコートに身を包み、ベルトに剣をさげ、男部屋から出る。


「ほう……中々似合っているな」

「そう、ですかね?」


 隊長は、俺の姿を見て微笑んだ。

 鏡があれば確認できるんだが、この世界にあるかどうかもわからない。自分の姿が見れないのが残念だ。


「では、始めようか」

「……はい!」


 それから、地獄のような特訓が始まった。基礎のトレーニングとして、マデンカ王国の三割を占める精鋭兵軍基地の外回り十周。腕立て、腹筋等の筋力トレーニングを各三百。それらが終わると、素振りに入る。素振りに関しては隊長がいいと言うまでやり続けなければならない。

 ここまでを大体昼ぐらいまでに終わらせて昼休憩。正直最初の外周だけで死にそうになる。案の定昼飯は喉を通らない。やっぱり隊長は鬼だった。


 昼休憩が終わるとすぐに、対人戦の動きとかを教えられる。攻撃のかわし方や見切り方。予測や立ち回りなどを実践形式で、これでもかと言うぐらい叩きこまれる。これで身も心もボロボロになる。

 夕飯を食べてからは自由特訓になる。自分が鍛えたいところや、習ったことを復習したりする時間だ。

 俺はこの時間を使って、ある研究をしている。加護の力を使って何か出来ないかという研究だ。

 身体強化以外に何か他の事が出来るんじゃないかと考えたのだ。

 

 実はもう既に一つ、技を編み出してある。これは誰にも言ってない。いざという時の隠し玉として取っておくつもりだ。

 とは言っても、光がない場所だと使えないし、使えたとしても失敗する確率のほうが高いんだけどな……。


 と、まあこんな感じの特訓を繰り返しているわけで、今日でもう三日目だ。

 そして今日もまた地獄のような特訓が始まろうとしている。


 いつものように隊長に起こされ、基地の周りを走っている。ちょうど十周した時、ザルマスさんが俺と隊長に向かって走って来た。何やらとても慌てているように見える。

 

「隊長! 軍長から呼び出しを受けてます!」


 ザルマスさんは手紙を差し出して隊長に渡す。


「軍長から? 一体何の用だ?」

「どうやら決まったようですよ。


 隊長は手紙を広げ、真剣な表情でそれを読む。俺は何の事だかわからずに、その場に突っ立っていた。

 賊と言えば、俺がこの前倒した奴もそうだったな。そいつと何か関係しているのは間違いないか。


「……よし、ザルマス、拓斗。今すぐ軍議室に向かうぞ」

「わかりました」

「え? あ、はい」


 何の事だかわからないまま、俺は隊長達に着いて行った。







 精鋭兵軍基地のちょうど中心に位置するのが軍議室。何か重要な作戦がある時等に使われるらしい。

 俺は隊長達に連れられて、中へと足を踏み入れる。中には、縦に長い長方形のテーブルと、十の椅子が置いてあるだけの部屋だった。

 軍議室には、第五部隊を含む三隊が召集されていた。


「全員集まったようだね」


 突然どこかから声が発せられる。部屋の奥のほうを見てみると、一人の男が偉そうな椅子に座っていた。


「新参もいるようだし、自己紹介でもしよう。私の名前はグレドモル・サバレイオ。よろしくね」


 なんだかとても軽い感じの人だな、と思っていると、ザルマスさんがさりげなく教えてくれた。


「あの人が精鋭兵軍のトップ。グレドモル軍長だよ」

「えっ!?」


 思わず大声を上げてしまい、周りから白い目で見られる。とてつもなく恥ずかしい……。


「コホン。え~、今回、君達に集まって貰ったのは軍書にも書いておいた通り、賊討伐の件だよ。君達も知っていると思うが、先日、国王陛下が暗殺されかけたよね。その事件の主犯である者達が特定出来たんだ」


 王様が暗殺されかけたという事に俺は驚いて目を見開く。

 初耳だ。王様が暗殺されそうになるなんて事あるんだな……。ゲームや漫画だけの話かと思ってたけど、現実にも起こるのか。


「では、この写真を見てほしい」


 軍長はそう言うと、秘書に写真を持って来させた。というか、この世界にも写真はあるのか……。ああ、そういえばトビネさんの家にも写真あったっけ。

 秘書は、テーブルの上に写真を並べ始める。どれも顔からして悪そうな奴ばかりだ。


「そいつらは全員、奴らのグループの幹部達だよ。で、本命はこっち」


 軍長は一枚の写真を取り出すと、テーブルの上に置いた。


「この写真に写っているのがリーダーと思われる男。名前はガレグラムというらしい。そしてもう一人。唯一写真が手に入らないのが、彼の右腕と呼ばれる奴なんだけど」


 俺はリーダーの写真を見て、ある事に気が付く。その写真には見覚えある物が写っていた。


「謎が多くてね。あんまりわかってないんだけど、そいつはいつもを羽織っているようでね。しかもフードを目深にかぶっているらしくて、顔が全くわからないそうなんだ」


 リーダーの男が腕に掛けていた物――それは俺が知る人の物とそっくりだった。そして、写真の右端にはそれによく似た人物が写っていた。


 目深に被ったフードから艶のある黒髪が出ており、ローブを着ていてもハッキリとわかる体のライン。

 ただそっくりなだけかもしれない。いや、同じなんだ。

 信じたくないのに、頭の中で答えは出ていた。


「その右腕の名前がね――」


 だって俺は、その人の……その人のローブを――


「――トビネ、というらしいんだよ」


 持っているのだから。

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