第8話 鬼のユーフィ
その後、三体目もカウンターで仕留めたところで試験が終了した。
試験が終わってすぐ、静まり返っていた会場には歓声が響いた。
俺が安心してその場に座り込もうとした時、オルトさんと魔術師の男が笑顔で近寄ってくる。
「まさかこれほどとは、さすがだな晴羽君! 今までで、こんな記録を出した者を生で見たのは初めてだ!」
もの凄く興奮しているオルトさんに肩を揺らされている俺に向かって、魔術師の男が笑顔で話しかけてきた。
「晴羽拓斗さん、お見事でした。まさかあんな簡単に倒されるとは思っていませんでしたよ。それで結果のほうなんですが――」
「ああ、それは私から話そう。晴羽君、貴殿は本試験において歴代三位という高記録を出した。よって貴殿を正式にマデンカ王国軍の兵士と認める」
オルトさんは、途中から少し言葉を堅くしているが、表情は綻んだままだ。
しかし歴代三位とは、思ってもない記録が出たな。加護の力で強化されてるとはいえ、結構凄いんじゃないか?
「まさか二十二秒とは……。流石に驚きましたね」
「ありがとうございます……」
なんて返事をしたらいいのかわからなかった俺は、とりあえずお礼を言いながら頭を下げた。
「君の配属先についてなんだが、晴羽君はどこに入りたいか決めてあるのか?」
オルトさんの質問に俺は少し戸惑う。
どこに入りたいかなんて決めてないし、どこがいいのかもわからない。俺としては、一番魔族との接触が多いところがいいんだけど……。
悩んでいても仕方ない。そう判断した俺は、オルトさんに教えてもらうことに決めた。
「あの、オルトさん。一番魔族との接触が多いのはどの軍団ですか?」
「うん? 一番か……。一番多いのは精鋭兵軍だな」
「じゃあ、俺は精鋭兵軍がいいです」
オルトさんは少し驚いたような表情を見せる。魔術師の男も同様にだ。
「いいのか晴羽君? あそこは毎日死と隣り合わせのような場所だぞ?」
そんなに酷いのか精鋭兵軍って。まあ加護の力さえあればなんとかなるだろう。さっきだって上手く出来たんだし大丈夫だ。
俺は先ほどの戦いの出来で、少々天狗になっていた。
「はい。そこがいいです」
「そうか、わかった。今すぐ精鋭兵軍の軍団長に話を通しておこう」
「ありがとうございます」
「私としては騎士団に入ってもらいたかったのだがね。まあ仕方ないな。では、少しここで待っていてくれ」
そう言うと、オルトさんは笑いながら魔術師の男と共にどこかに向かっていった。
オルトさんには悪いが、ここは精鋭兵軍に入るのが一番の近道なんだ。騎士団のほうは遠慮しておこう。
俺はオルトさんが来るまでの間、今まで起こったことをできるだけ整理することにした。
でも俺……なんでこんなにやる気になってるんだろう……。
それからしばらくすると、一人の男が俺のほうに歩いてきた。
その男は、深緑色のロングコートのようなもので身を包み、腰には剣をぶら下げている。見たことないような服装だ。軍服のようにも見えるが、それとは違って中世的な感じのものだ。
男は俺に近づくと、低い声で話しかけてきた。
「君が晴羽拓斗君かな? 話は聞いているよ。さあ着いて来て」
低い声だが優し気な口調に俺は安心する。
「あの、これからどこに?」
「うん? 決まってるじゃないか。ウチの隊長さんのとこだよ」
「隊長……?」
俺は隊長という言葉に反応した。まだ精鋭兵軍にも入ってないのに隊長って一体どういう事なのか。ああ、もう精鋭兵軍の兵士扱いって事なのか?
色々と考えながら、俺は彼に着いて行く。
「さて、君は今日から『精鋭兵軍第五部隊』の一員だ。しっかり働いてくれよ」
「は、はい」
第五部隊……? オルトさんが言っていた話によると確か、鬼と恐れられている隊長が所属してる部隊だ。
俺は今から会う隊長の姿を勝手にイメージし、勝手に恐がった。
一体どれほど恐ろしいのか……。
○
試験会場より西、人口が多く賑わいも凄いマデンカ王国の中枢区、王都。その王都からさらに西の方角に進むと見えてくるのが精鋭兵軍基地だ。
見るからに頑丈そうに造られており、大きさも予想以上だ。俺を迎えに来た男の話によると、マデンカ王国の三割を占める広さだそうだ。
「さ、こっちだよ」
男はそう言うと、基地の外れのほうに歩いていく。俺は置いて行かれないように一定の距離を保って着いて行く。
どうやら基地の外回りにあるプレハブ住宅みたいなのが各部隊の詰め所らしい。
気付くと、一つの小屋の前に辿り着いていた。小屋の横には、第五部隊と書かれた看板が地面に突き刺さっていた。
「只今戻りました」
男の口調は、先ほどまでの優し気な感じではない真剣なものへと変わっていた。
「ああ、ご苦労様」
中から女性の声がしたのを確認した男は、小屋の中に入っていく。俺もそれにつられるように小屋の中へと足を踏み入れる。
小屋の中には女性が一人椅子に座っているだけだった。
俺は隊長らしき人を探すも、どこにも見当たらない。鬼と恐れられてるからにはもの凄く顔が厳つい人なんだろうから居ればわかるはずなんだけどな。ああ、今は忙しくて来れないのか。なら仕方ないかな。
そんな事を考えていると、予想外の言葉が耳に入ってきた。
「例の新人連れてきましたよ、隊長」
「おお、君が例の新人君か」
え? 今なんて? よく聞こえなかったんだけども。この女の人が隊長? 秘書じゃなくて?
俺は何度目か分からない驚きで、放心状態になった。
「新人君。私の名前はユーフィ・エルナンデだ。一応第五の隊長をやってる。以後よろしく……って、ん? 聞いているのか?」
……はっ! 駄目だ驚きの連続で頭が混乱してた。
「……あなたが隊長ですか? 秘書じゃなくて?」
「秘書? 何の話だ? 私は隊長だぞ?」
聞き間違いじゃなかったらしい。どうやら彼女が第五部隊の隊長のようだ。
赤というよりは紫に近い色に、肩の辺りまで伸ばした髪。紫色のつった瞳。ルナさんやトビネさんと同じようなモデル体型で、ルナさんとほぼ同じぐらいの大きな二つの果実が上半身にぶら下がっている。年は二十代前半から後半ぐらいだろう。
一目見るに、美人なのはわかる。しかし、なぜ鬼と呼ばれているのか?
だが次の瞬間、その理由が判明する。
「隊長は鬼と恐れられているんですよね? 鬼って呼ばれるぐらいだから凄く厳つ――」
俺が話し終わる前に、銀色に光る何かが喉元に突き付けられた。
剣だ。
剣が俺の喉元に突き出されている。
ちょっとわかったかもしれない。隊長が鬼って呼ばれてる理由。
なんというか、恐い。そして、とにかく背が高いのだ。二メートルはいかなくても、それに近いぐらいの大きさがある。
「おい。誰の顔が厳ついって……?」
「い、いえ! なんでもないです!」
俺は身の危険を感じたので、これ以上何かを聞くのはやめようと思った。
しかし、ここで終わらないのが人生というものだ。
「驚くのは無理ないよ、晴羽君。だって隊長大きいもんね?」
「え、ええ。確かに背高いな、とは思いましたけど……」
「背が高い? 晴羽君、君はどこの話してるのかな?」
男は口元を抑えて、笑うのを我慢している。俺は横から発せられる強烈な殺意ですぐさま理解した。
完全にハメられた!
隊長は背が高いって事を気にしているらしい……。
「い、いや! あの、背高いというのは、その――」
「新人。表出ろ」
隊長の顔は笑顔に見えたが、目が完全に死んでいた。
その言葉から発せられる殺意に、俺は死を悟った。
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